第19話 出発!!いざ神草温泉宿へ!
「仕事中なのに、こーんなに優雅に過ごしていいのかな...」
窓から流れる景色を眺めながら、椅子の背もたれに体重をかけリラックスして過ごす。
駅の売店で買った果汁100%のオレンジジュースを飲みながら、片手でスマホを操作し、これから向かう場所について検索する。
「神草温泉宿...結構、評判いいな」
僕は今、特急電車に乗りながら温泉で有名な『神草温泉宿』に向かっている。佐瀬市から特急電車で二時間ほどだ。
窓の景色は人が住む街並みから、都会の建物が減り、田んぼや木造の建築物が増えていく。
佐瀬市も都会と呼べるほど発展はしてないが、今から向かう場所は温泉以外はほぼ発展していない、未開拓の土地のような場所だ。
見知らぬ地域に移動する時、僕は今日のように、必ず外を眺める。こうやって、少しずつ見えている植物や建物が変わっていくその時間を堪能するのが好きなんだ。
とはいえ、今は仕事中。
仕事中になぜこんな優雅な時間を過ごしているかと言うと、その理由は昨日に遡る.....
-----------------昨日--------------------
「え?温泉に行けって?」
唐突な指示に驚き、蓮さんの顔を凝視する。
「そうだ。明日、温泉に行ってこい。事務所には寄らなくていい。家からそのまま直行しろ。特急で2時間か、それくらいで着くはずだ。温泉宿はすでに私が予約しているから、そこで泊まってこい」
「おお!なるほど!今回は温泉宿に住み着く悪霊退治ですかね!?」
「いや、違う。もっと大事な仕事だ」
蓮さんは『こっちへ来い』と手招きするような仕草をしたので、僕は蓮さんのデスクへ向かう。蓮さんの指はそのままパソコンの方へ移動し、僕も視界をパソコンに移すと...
「神草温泉まんじゅう...?」
美味しそうな茶色のまんじゅうの12個入りの写真が映っている。
「この饅頭を買ってこい。それがお前の仕事だ」
「...ん?すいません、僕、その、一応ゴーストファイターやらせてもらってまして...」
「ああ、知ってる」
「...え?え?これは、饅頭を買ってこいって、その、遠回しに『お前はゴーストファイターとしてはポンコツだからせめて飯でも買ってこい』ってことですか...?」
蓮さんの突拍子もなし指示に困惑してしまい、自分でも何を言っているのか分からなくなってしまった。
いじめっ子がよく言う『焼きそばパン買ってこい』的なノリなのだろうか...。その『焼きそばパン』はたいてい近くのコンビニや売店で買えるパターンだろうけど、蓮さんは特急電車で2時間かけて饅頭を買わせる新ジャンルのいじめっ子なのだろうか...。
「ポンコツとか、そう言う意味じゃない。深読みしすぎだ」
「はは、そうですよね!!す、すいません...」
自分が悪いわけではないのに、なぜかへらへらと笑って謝罪してしまった。蓮さんがあまりにもずっと真面目に話すので、変に気を遣ってしまう。
「私が行く予定だったが、急な仕事が入って行けなくなってな。ここの饅頭はネットでは買えない、つまり分かるな?」
「あ、は、はい...」
つまり、蓮さんが今から僕に頼もうとしている『大事な仕事』とは、現地でしか買えない温泉まんじゅうを買ってこい、ということだろう。...いくら自分が温泉宿に行けなくなったからといって、饅頭のために部下を派遣させるとはなかなかの横暴だ。
(珍しいな...)
蓮さんは、雑務を大量に押し付けたりすることはあっても、仕事に関係のない頼みをすることはなかった。そんな蓮さんがそれほどまでに欲しい饅頭...と思うと、どんな味がするのだろうと興味が湧いてきた。
それに、仕事の時間に、温泉に浸かって一泊休んで饅頭を買ってくるだけなんて、むしろ最高にラッキーだ!
「了解です、蓮さん!!神草温泉まんじゅうは僕に任せてください!!」
僕は姿勢を正し、ビシッと敬礼した。
「ああ、頼む。私と、あと榎本の彼女の分も買ってやれ」
「はい!了解し...えぇ!?彼女さんの分をですか!?」
再度敬礼しかけた僕の手は、驚きから頭を離れた。
蓮さんと榎本君になら分かるけど、なぜ『榎本君の彼女』さんご指名なのだろうか。
「あれぇ?蓮さーん、よく知ってますね。自分の彼女がそこの温泉宿の饅頭が好きだって」
ソファでアイマスクをつけて寝そべっていた榎本君が、アイマスクをわずかにずらして、蓮さんの方を覗いている。眠いせいなのか、それともアイマスクをずらしたせいで眩しいのか、一本線になるほど目を細めている。
「そうだな...。以前、榎本が話していたのを、思い出して...」
「はえー、そうでしたっけ?自分、その時のこと全然覚えてないっすわ。いやー、そんなたわいもない事をわざわざ覚えて気ぃ遣ってくれるなんてありがとうございます〜。先輩とは気配りレベルが大違いだなぁ」
僕の方を見て榎本君はいたずらな笑みを浮かべている。
「はいはい、気配りレベルが大違いですいませんでしたっ!買ってくるのいいけど、饅頭代はちゃんと徴収するからね!」
「嘘でしょせんぱーい!?奢ってくださいよ!?」
榎本君は起き上がり、信じられないと言った視線をこちらに向けてくる。
僕だってかっこよく奢ってあげたい。けれどもこれから子供が生まれてパパになる身。節約をしなくてはならない。
...あと、いつもいじわるなことを言う榎本君へ、ちょっとした仕返しの気持ちもある...。
「ああ、春野。言い忘れてたけど私の分と榎本の彼女の分は、私が払うから。あとでいくらだったか教えてくれ」
「さーすが蓮さーーん!!一生ついていきまーす!」
調子よく返事をする榎本君を睨みつけながら、なんだかちょっと悔しい気持ちで仕事をした...。
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...という過程があって温泉に行くことになったが、仕事もせずに温泉に行くだけというのは、多少、後ろめたさを感じる。
「でも...温泉なんて久しぶりだし、罪悪感よりも楽しみが勝つんだよな〜」
「分かる〜、私も久々だわ」
「そうだよね...ってえ!!??なんでもこ太がここにいるの!?」
声のする方に目を向けると、窓の下の窓台で寝そべっているもこ太がいた。




