九十三、元彼の本音
それからの私はふりきって、仕事に全集中していた。今まで無駄に悩んでいたモヤモヤした感情が、やっと今日で終わると思うと、気分がすでに晴れ始めていた。
ただ気持ちとは裏腹にさっきまで晴天だった空が嘘のように夕方頃には薄暗い雲で埋め尽くされていた。そして急な天気の変動で、予約のゲストのリスケが次々に入り、夜はほとんどパソコン業務と清掃にあてられ、恐ろしいほどにスムーズに閉店した。早番だった澁谷君は帰る直前、わざわざ私に声をかけてきた。本当に心配してくれているのが顔にも表れていたので、私はあえてあっけらかんと大丈夫と言いながら、彼をまたパシパシ叩いて送り出した。そして閉店時間になり、いつも通りの閉め作業をどんどんこなしていき、私は最後に機械のスイッチを消し、部屋の電気も消して、ロッカールームに向かい、早々に着替え始めた。さすがにそのままは失礼かなと思い、軽くメイクも直して、服装を姿見で確認し、鏡の向こうの自分にがんばれよと声をかけた。私は自分の気持ちが完璧に整ったのでくるっと身体をひるがえし、扉のほうにずんずん歩き始めた。もう迷わない。自分にも。そして遠い土地にいる彼の為にも。気持ちが乗った勢いのまま勢いよく扉を開けると、扉の向こうでうわっと言う声が聞こえた。
「っえ!、す、すみません!」
私は誰かは分からないがとりあえず謝ると元カレがなぜか店前じゃなくて、目の前にいた。
「な、なんで、ここに……?」
「結構、雨がどしゃ降りでさ、もう店誰もにいないからここで待ってても怪しまれないし、あれなら家まで送ろうかなって……。」
「い、いや、いいです!」
「え、でも話もあるんでしょ?……なんなら飯食いながらでも……。」
私は断ろうとしたがふと、むしろあえて自宅まで送ってもらって、彼と同棲してると言ってしまうほうがいいのかもしれないと思い始めた。あのマンションなら私1人じゃ借りれないのも外観からして理解できて、そしたら彼氏がいる話も信憑性も上がるし、なんなら結婚間近な感じに見えるのかもしれない。
「………………香奈ちゃん?」
「…や、ご飯はいいので、やっぱり……家まで送ってもらっていいですか。」
「っ!、も、もちろん!」
「あの、話は、ゆっくり話したいので、家の前に着いたらでもいいですか?」
「うん!全然!じゃあ、行こうか。」
私はよろしくお願いしますと軽くお辞儀をして彼の後に着いて行った。外に出ると確かにかなり強めの雨が地面にバチバチとぶつかる音が聞こえた。
「車、寄せるから待ってて?」
「……え、あ、ありがとう……ございます。」
私がそう返答するとニコッとして、車まで走っていった。こういうところは変わらない優しさなんだろう。車が目の前で止まり、私は車内がなるべく濡れないように急いで中に入った。正直これと言って話すことはないが、沈黙も耐えきれないので、近隣店舗の話や、澁谷君の例の彼女との進捗など、他愛のない話をしていたら、意外とあっという間にマンションの近くまできていた。
「えっと、コンビニ?だっけ。」
「あ、いえ、そのまま少しだけ進んでいただいて……。」
「え……いいの?」
「………………はい、そしたら右に出てくるので……。」
「了解。」
車はそのまま真っ直ぐと進んでいった。そしてしばらくすると自宅のマンション名が書かれたおしゃれなブロック塀が出てきた。
「…………ここです。」
「へ?……こ、ここ?」
「はい……。」
「……………前のマンションと比べるとさすがに家賃高くない?」
「元々彼のマンションなんです。」
「…………………………は?」
私がそう言うと目を丸くして、理解できないと言うような顔をしていた。
「あの……宮野さん……私…………。」
「わざと嘘ついてる?」
「え。」
「いや、……いやいやいや、嘘だよね?」
「う、嘘じゃありま……。」
「だって、佐野も澁谷も、そんな人いないって……。」
「楓さんは知らないです!……澁谷君は前にたまたま鉢合わせしちゃって……黙ってもらってました……。」
私がそう言うと彼はハンドルにおでこをつけて、急にだんまりとしてしまった。ただ私は伝えなくてはいけないと思い、そのままゆっくりと話しかけた。
「あの……正直、私は過去のことがあるので、初めは一緒に働くの嫌でした……。でも昔から変わらずストイックなとことか仕事熱心なとこはやっぱり尊敬で、なので過去のことは水に流して、同僚として—————。」
「水に流す?何言ってんの?」
急な返しに私は思わず、口を閉ざした。さっきまでのにこやかな感じとは違い、真っ直ぐとこちらを見つめる目に私は正直恐怖を感じた。
「は、俺の中では全然過去じゃない。進行形だ。」
「…み、宮野さん?」
「傑さんって言ってたじゃん……前みたいに、なんで呼んでくれないの!?」
「……………………。」
「俺は再会して、運命だって思ったよ!!あぁ~、やっと変わった姿を見せれるって!!」
「かわっ……た?」
「俺は今ではちゃんと、決断もできるし……それに紳士的な振る舞いもできてたでしょっ!!?」
「な、なんのはなし……?」
「~~っ!!!、香奈ちゃんの完璧さに見合う男になったでしょ!?って話だよっ!!!」
私は彼の口から出てくる話が何のことか分からなかったし、私が理解できないことが信じられないとでも言いたげに彼がどんどんイライラしてるのが分かった。これはとても冷静に話せる状況じゃない。私は怖くなり車のロックとシートベルトを慌てて外し、外に出ようとした。その瞬間彼は肩を力強く引っ張り、無理やりキスをしてきた。私はあまりの行動に驚き、すぐに離れて、思いっきり彼の頬にビンタした。
「い、ってぇ~……。」
「っ!、失礼します!」
私は痛がる彼を置いて、荷物を持ち、雨がザーザー降っていたが濡れるのなんて気にせず、マンションに向かおうとした。するとすぐさま彼が前に立ちはだかった。
「どいてくださいっ!」
「なんで分かってくれないんだよっ!」
「何がですか?!」
「昔のあれだって、別に浮気したかった訳じゃなくて、君と釣り合う男になるために、研究心で、やったんだよ!!」
「……………………なに言って……。」
「香奈ちゃんといると自分がいかに頼りなくて、不甲斐ないか、日に日に感じちゃうんだよっ!!それくらい、君は完璧すぎて、、、だから色んな女性とデートしたり、それ以上もしたっ!!」
「…………私のためって言いたいんですか……?!」
「そうでしょっ!!……だから、ね、もう一回やり直そうっ!」
そう言って彼は私の今度は腕を力強く掴んだ。ジムで鍛えてる人の力を私なんかが振り払える訳もなく、どんどん引っ張られてるのが分かった。私は何とかしなくちゃとは思いながらも、どうすることもできなかった。
「…………や、いやっ……やめ——————。」
次の瞬間雨が止み、誰かが、彼の手から私を解放して、私の前に立ち、助けてくれた。私はやっと解放され、ほっとしてゆっくり見上げた。私は目を疑った。それは澄だった。




