三十六、二人の時間
「仁美ちゃん達はいつ入籍するの?」
先程頼んだ寿司を囲みながら、皆はわいわいと話をしていた。正月ということもあって、家には大量にお酒も用意されていた。それをいつの間にかみんなで飲み始めたので、酒の力があいまっていっそう騒がしくなった。私は途中冷蔵庫の中を確認して、酒の減り具合が尋常じゃないなと思った。ここにいると辱しめが続くので、またコンビニに買い物でも行こうかなと思い始めた。
「お母さーん?お酒足りなそうだから買いに行くね?」
「あら、ありがとう!よろしく~。」
母はあっけらかんと言ってきたので、私ははいはいと言いながら上着を着て、玄関に向かった。私は靴を履いて、玄関棚に置いてある買い物袋を取り出した。
「俺も行きます。」
マフラーを巻き直しながら澄がこちらに向かってきた。私は平然とこちらに向かってくる彼を見て、頬を膨らませながらじとっと睨んだ。
「え、なに……。」
「澄が何でもかんでも、お母さんの質問に答えるから……私ずっと恥ずかしいんだけど……。」
「知ってる。」
「は?」
「恥ずかしそうにしてんの……可愛いから。」
「……っな!……もう知らない!」
私はささっと玄関の外に出て歩き始めた。しかしその私の後ろをすぐに追いかけきた。澄は隣にくると同じ歩幅で歩き始めた。
「…………。」
「………………。」
「……怒った……?」
澄は沈黙が耐えきれなかったのか、私にそう聞いてきた。しかし私は何も返さずただただ歩いた。
「………………。」
「香奈さーん……?」
「しばらく口きかない……。」
私は彼と絶対に目を合わせるもんかと思い、彼がいる方と反対側を見ながら歩いた。
「……………。」
「……………………っ!」
すると私が黙り作戦を実行しているからか、彼は何も言わず、いきなり私の小指だけを掴んできた。
「……これ、なんのまね……?」
「ふ、今は、話さないんじゃないの?」
「……くっ!……。」
私は彼の策略にまんまとハマったのがとてつもなく悔しかった。しかしこの小指だけはもどかしいし、なんなら歩きづらい。私は立ち止まって彼のほうを見た。
「あ、やっとこっち見た。」
彼は満足そうに私を見てにっこりした。可愛い微笑みの裏に小悪魔を感じる顔だなと思った。
「小指……離してよ。」
「うーん……どうっすかな。」
「いじわる。」
「いや?」
「いや。」
私が即答したのが意外だったのか、彼はちょっとだけやらかしてるかなって顔を見せた。私はふぅとひと息ついて、握られていない手を彼の手の上に置いた。
「……小指だけじゃ、やだ。」
「……………。」
「久しぶりに会うのに……私の家族とばっかり話して、しまいにはさっきから意地悪してきて……。」
「…………。」
「…………ムカつく~~っから、やっぱ繋がない!」
「え。」
私は一瞬彼の手が緩んだのを感じてさっと小指を抜いた。そしてわざと彼の前で、自分のコートのポッケに両手をズボッと押し込んだ。その行動を見て軽くショックをうけていたのが顔で分かった。日に日に表情豊かになっていく彼を見れるのは嬉しいので、ちょっとだけやり返して得をした気分になった。
「寒いから行くよ。」
私は元の方向に歩き始めようと身体の向きを変えようとした瞬間、彼が私の肩をガチっと掴んだ。
「……俺が調子のりました。」
「もう遅い……。」
「…………本当に?」
「本当に。」
「……手、出して。」
「出さないもん。」
「………………じゃあ、無理矢理だな。」
「は?」
彼はそう言うと私前に回り込み、私の両方のポケットに自分の手を突っ込んできた。私は予想だにしなかった行動に少し後ろによろけた。
「……ちょ!誰かに見られたらどうすんの!?」
「あぁ、じゃあこうでいいか。」
私の質問に彼はそう答えると、コートごと自分のほうに引寄せて店と店の隙間に誘い込んだ。手がポケットの中でがっちり握られたままなので、押そうにも押せず、身動きが全然取れなかった。
「何やってんの?!」
「大体……先に香奈さんが前の男の話、するからじゃん。」
「それは……ごめんだけど。」
私はその言葉を聞いて、彼の顔を見上げた。そっぽを向いた彼は少しだけいじけて少年みたいだった。
「澄って、前より表情豊かだよね……。」
「誰かさんのせいだろ。」
「……ねぇ、そろそろ行こう……。」
「遅くても誰も気にしてないだろ、酔っぱらって。」
「澄……。」
「何、離せって?」
私は自分の頭を彼の胸元にコツンと置いた。
「2人で遠回り……しない?」
「………とお、まわり?」
「だって……あれ以来……会ってなかった……。」
「………………。」
「それに私、一回、後悔してるの思い出したから…。」
「後悔?」
私は彼の顔を見て話すのは恥ずかしくて、そのままゆっくり話し続けた。
「……あの…………き、キスで喧嘩した時……。」
「…………。」
「……忙しい澄と会える時間……って私にとって…………貴重なのに、意地はって……どんどん、会えなくなったり……話せなくなるのは…………もう……やだ。」
「……………。」
「人間……だから……喧嘩はやめられないけど……仲直りは……早く…………したい……です………………以上です。」
「あーーっ。」
「ん?!」
私が話し終わると彼は声を出しながら、上を向いて天を仰いだ。私はあまりの声の大きさにビックリして、彼を見つめた。
「…………ダメだろ。」
「え、遠回り?」
「ちげーし、今、の。」
「……?」
「ここじゃ、キスもできねぇ。」
「…………っき!」
「…………あー、つら……なんで外で言うかな……。」
「そっちが連れ込んだんですけど……?」
「ハイハイ、じゃあ、行こう。こっち?」
彼はそう言いながら私の手を片方は離し、片方は握ったまま自分の上着のポケットに入れてくれた。元旦の住宅街はさすがに人通りも少なくて静かだった。私達の足音だけがコツコツと響いていた。
「今さらだけど……年末もお疲れ様でした。」
私は何となく彼に労いの言葉を送った。
「ども……そっちは?」
「あー、私も卒論ある程度形になったから、だいぶ落ち着いてきてはいるよ?」
「インターンはハードなの?」
「工場が終わって、次はジムかな?人がいいから大変だけど、楽しくやれてるよ!あとは2月最後に本社で、4月からは社会人です!」
「じゃあ、、3月頭に温泉行こう。そこじゃないとたぶん、しばらく無理だ。」
「……う、うん……いいよ。」
「場所……俺が決めてい?」
「ん?……うん?澄が平気なら任せます。」
「うん、じゃあ、それで。」
私は返事をした後にふとした疑問を持ちかけた。
「あの……さ。」
「ん?」
「………………お泊まり……かな?」
「え、そのつもりだったけど……日帰りがいい?」
「いや?!……もちろん、泊まりで!」
「……そ?じゃあ、そのつもりでいて。」
「………………はぃ。」
私は彼が何をどこまで考えているかが分からず、それ以上は突っ込めなかった。




