番外編2 シスター・プリンセスプリンセス
このまま裸にしておくわけにもいかないので、ティオにはとりあえず俺のローブを貸すことにした。
ただとある部分が想像以上に大きくなっているので、裾が引っ張り上げられておへその辺りがチラチラと顔を出している。
全体的に痩せ形である俺の衣服では、少しキツそうである。
下着は流石に俺のを使わせるわけにはいかないので、ショーツだけはシュネアのを借りた。
上の下着はその、合う人がいない。
プリムヴェールがいれば、一着くらい貸してくれたかもしれないけど。
「やはり、昨日のきのこが原因なのでしょうか」
リビングの床に寝転がるティオを横目に、シュネアは困ったような声で呟いた。
シュネアもやはり俺と同じく、成長したティオを一目でティオだと認識するには至らなかった。
成長したティオを紹介して下着を貸してくれと頼んだところ、真っ先に「プリムヴェールお嬢様には内密にしておきましょうか」と耳元で囁かれたしな。
どうやら俺が夜中の内に連れ込み、そのまま口説き落としてしまった相手だと勘違いしたようだ。
まあ、普通に考えればそうなるんだろうけどな。
「そのきのこだけど、欠片でも良いから残ってないかな。もしくは、元々の形状を説明してもらえれば――良いんだけど」
「申し訳ございません。昨日の内に、全部食べてしまいました。形状はその、……少し、えっちぃ、かったです」
形状の話になると、シュネアは生娘のように恥ずかしがってしまうので無理そうだ。
ティオになんて聞いたら、恥ずかしすぎて俺が死ぬ。
とはいえ、このまま放置しておくわけにはいかないだろう。
副作用とかがあるかもしれないし。
「何のきのこか調べるために、図書館とかギルドにも行ってみるよ」
異国の食材であるため、図書館に情報が眠っているとも限らない。
ギルドなら、国外から来た冒険者やギルド職員もいるだろうし。もしかしたら、類似した症状を知っている人がいるかもしれない。
「食べる前に、解毒魔法はかけたって言ってたよね」
「はい。私はオドを扱えませんので、ティオお嬢様とプリムヴェールお嬢様が直接」
となると、きのこの毒による症状だという可能性は低いな。
やはり魔力濃度の高い場所でとれたというのが問題なのだろうか。
それとも、解毒魔法の効かない新種の毒素が入っていたとか。
とりあえず現在は落ち着いているようだし、苦しんでいる様子もない。
手遅れになる前に、行動に移しておいた方が賢明だろう。
「ティオ、図書館とギルドに行くから付いておいで」
スタッフを拾い上げ、マントを纏って出発の準備を整える。
スタッフに溜まった魔力の量も申し分なく、ローブやマントに解れはない。
さて参らんと振り返ると、目の前にティオの顔があった。
「二人っきりでお出かけだね、アヤメお兄さん!」
普段やっているように、ティオは俺に向かって駆け寄り、そのまま飛びついてきた。
普段のままなら、良かった。
鍛えられた腕に、ローブ一枚のみを纏った魅惑の曲線美。美しく成長したその顔も、幼気な愛らしさより先に女としての魅力を伝えてくる。
身体は大人で中身は子供な女の子は、何よりも官能的で可愛らしい生き物だと前にどこかで読んだことがあったが――。
「ああ、柔らっか……」
ある程度の筋肉と脂肪に包まれた体躯に抱きしめられた俺は、何も言い残すことは無かった。
一つ思うことがあるとすれば――、このような姿に成長するティオが他の誰かのものとなる未来が来るとしたら、俺はそれを絶対に認めないであろうということだけだ。
◇ ◇ ◇
兎にも角にも、この格好のティオを連れまわすのは良くない。
現在のティオは、十七歳の身体を手にした十一歳の童女である。ある程度の常識は持ち合わせているが、基本的な部分はまだまだ子供だ。警戒心も羞恥心も熟し切っていない美少女が、半裸ローブという凄まじいフェチシズムを刺激するような恰好で歩いているのだ。
ローブを捲れば、綺麗なおへそと、暴力的とも言えるロケットおっぱいが姿を現す。ローブを脱がせれば、キツキツに食い込んだショーツが露出する。一種の性兵器だろう。
そして一番問題なのは、当の本人がその格好に何の疑問も抱いていないというところだ。
流石に裸――もしくは局部が露出した格好で外を歩くとなれば、疑問は湧くし羞恥心も出るだろう。
だがティオは、その先のことを知らない。
世の中には、全裸よりも素肌に直接衣服を身に着けているラインに興奮するという人だっているのだ。
生の胸を見るより、服の中で揺れる影を追う方が好きという人だっているのだ。
さっきも言った通り、ティオのおっぱいはツンと突き出すようなロケット型をしている。
さらにローブが擦れて痛いとのことなので、歩くときは下乳を腕で押さえて胸の位置を固定している。
はっきり言ってしまえば、存在感が凄い。隣を歩きながらも、よく俺はこの状況で手を出さないな、と感心してしまうくらいである。
そんなわけで、ギルドや図書館より先にまずは武器屋に行くことになった。
ついでに今の身体に合うサイズのロッドも必要だろうし、服屋よりも品揃えが良いと思ってのことだ。
武器屋のおっちゃんは禁欲的な人なのか、明らかにノーブラなことが分かるティオを見ても、とくに興味津々な視線を向けてくるようなことは無かった。
もし俺がこんな性兵器と出会ったら、迷うことなく今晩のお供として消費してしまうだろう。
俺の話はどうでもいい。
まず買うのは、剣士用の胸当てである。
これならベルトや紐を使って長さを調節できるし、質が良いものなら擦れるということもない。
万が一の時には急所を護る防具にもなるし、良いこと尽くしである。
「衣服は俺のローブで良いとして……。後は、今の背丈に合ったロッドかな」
ティオが所持しているロッドは、俺のスタッフのような魔道具ではなく、純粋に見せかけの武器である。
振り回して魔物を叩く程度なら可能だろうが、それだったら剣を持った方が充分効率的だ。
ロッドが持つ利点といえば、微妙に攻撃距離が延びるという点だろう。
離れたところから撃った魔法が、威力を軽減されることなく着弾するというのは中々便利だ。
だがそこまでだ。それ以上でもそれ以下でもない。
魔法の威力を高めるわけでも、使用魔力を軽減させるわけでもない。
故に、無くても別に困るものではないのだが。
「今まで届いてた距離の攻撃目標に魔法が当たらなくなると、戦闘のリズムが狂うからな」
ティオの戦闘スタイルは、鍛えられた脚と瞬発力を利用して初級・中堅魔法を正確に撃ち込むというスタンダードな戦闘スタイルだ。
経験のない俺のように、とにかくでっかいのをバカバカ撃ち込めば勝てる、なんて非常識な戦い方ではない。
父親は傭兵で戦闘経験が豊富であり、母親は細々とした魔法を使うのが得意だったらしい。
その才能を受け継いだティオは、冒険者の魔術師に求められる戦闘スタイルを無意識の内に習得していた。
現在のティオと俺の背丈は同じぐらいであるため、ティオが胸当てを選んでいる間に幾つかのロッドを試し振りしてみる。
魔物の素材で作られたもの、木材と鉱石を溶接して作られたもの。
それらを全て溶かし固めて作られたもの。色々だ。
とはいっても、実際ティオがどの程度の期間、この体格を保持しているのかは分からない。
必要以上に高価なものを買っても、あまり良くないだろう。
ある程度絞り込めたところで、ティオを呼ぼうと振り返る。
ティオは既に胸当てを選び購入していたようで、さっきよりかは胸元の存在感が薄れていた。
それでもやはり、思わず目が行ってしまう程度には膨らんでいたが。
「ロッドを買おうと思うんだけど、どれが良いと思う?」
「ロッド? アヤメお兄さんも、魔法武器使って戦うの?」
「いや、俺のじゃなくてティオのだよ。今持ってきてるのだと、短いでしょ」
ティオは手に持ったロッドを一振りすると、難しそうに眉を顰めた。
「本当……。いつもより、すっごく短く感じる」
「だから使いやすい長さのロッドに新調した方が良いと思ったんだ。どれが良い?」
ティオは暫し悩んでいたが、不意にロッドが並べられた棚からスッと移動した。
ティオが向かったのは、剣や槍なんかが置いてある場所だ。
「これが良いな」
手に取ったのは、魔物の尻尾から造られた簡素な剣だった。
切れ味は良好。元の世界で試し持ちさせてもらった鋼の真剣と比べて、若干軽いような気がする。
値段も――まあ許容範囲だ。
流石に物理的殺傷能力を所持した剣ともなれば、ロッドよりかは良いお値段になる。
「でもそれは、ロッドじゃなくて剣だよ。剣の先からは魔法とか出ないけど、大丈夫?」
「魔法はロッドが無くても使えるから大丈夫。それよりも、えっと……。剣、振ってみたかったんだ」
照れたように頬を染め、ポリポリとその部分を指先で撫でる。
「ダメ、かなぁ……?」
「ダメなわけないだろう。よし、アヤメお兄さんが買ってあげよう」
「わーい、アヤメお兄さん大好き」
ガバッと腕を広げ、遠慮なく俺の胸に抱き付いてきた。
胸当てのおかげで生の感触が触れることはないが、頬に髪が当たってこそばゆい。
桃色の頭を挟んだ向こう側に、武器屋のおっちゃんの姿が見えた。
こちらを見て、にこやかに目を細めている。
懐かしい目だ。プリムヴェールと二人で毎日のように食堂に通い詰めていた時にも、食堂の店主に同じような目を向けられた。
そうか――。
今のティオと俺とは、純粋に愛し合う若い二人にしか見えないのか。
こうして抱きしめ合っていても、手を繋ぎながら歩いていても、何もおかしくない関係。
「ただまあ、ゆっくり成長していく様を観察できなかったのはちょっと残念だったな」
「――? アヤメお兄さん、何か言った?」
「いや、何も言ってませんことよですわ」
思い返すとかなり変態的な発言だったため、心の中に留めておく。
ティオに寄り添われながら、ティオが選んだ剣を購入する。
俺のローブには剣を引っ掻ける場所が附属していないため、剣を納めるためのベルトも買ってやった。
西部劇に出てくるガンマンが付けているような簡素なものだが、それで充分だろう。
何でもかんでも買い与えるのは、ティオのためにも良くない。
腰に差した剣を揺らしながら、ティオは嬉しそうに俺の手を握り締めてくる。
二人肩を並べながら、ギルドへの道を急ぐ。
「ティオ。何か身体に不調が出たりとか、変だなって思ったら、遠慮せずすぐに俺に言うんだぞ」
「分かったよ、アヤメお兄さん。……ん、でも、そうだなぁ」
ティオは不意に立ち止まり、繋いでいない方の手で胸のあたりを撫でてみせた。
胸当てに押し潰されて余計に官能的になった胸元に、視線を向ける。
まさか、胸が苦しいのか。
今になって、ゆっくりと毒が回っているなんてことは無いだろうな。
だらだらと武器屋で装飾品を選んでいる場合では無かったか。
「胸がキツくて、ちょっとだけ変な感じかも」
「く、苦しいのか!? 息がし難いとか、そういう症状はないよな?」
「……? いやえっと、こんな風に胸当てで寄せて上げるのが初めてだから、ちょこっと違和感があるなって思っただけだよ」
「…………」
何だ、びっくりさせやがって。んもう。
息苦しくでもなったかと思って心配したじゃないか。
とはいえ、ここでそのことに関して叱ったせいで、不調を訴えるのを遠慮してしまい、具合が悪いのを隠し通して最後には――という展開は創作物だと結構遭遇する。
下手に抑圧するのは賢明な行動とは言えないだろう。
「まあそういう小さいことでも良いから、遠慮せずに言うんだよ」
「はーい、アヤメお兄さん」
本当に分かっているのかと若干不安になりながら、俺はようやく辿り着いたギルドの扉に手をかけた。
◇ ◇ ◇
ギルドの中は、普段と比べて静謐としていた。
人が少ないのだ。
ふと視線を壁に向けると、紙やら何やらがベリベリと剥がされた跡が幾つも残っていた。
どうやら割のいい依頼があったようだ。
皆さん、実入りの良い依頼を発掘して既に出発した後みたいだな。
「ふわぁぁぁ……」
受付にて頬杖を着きながら、見慣れたイヌミミお姉さんが可愛らしく欠伸をしていた。
欠伸に合わせてイヌミミがピンと立ちあがり、やがてゆっくりと丸まって元の形に戻る。
今の光景って、好きな人には堪らない垂涎ものな場面だったのではないか。
異世界に行ったら即ケモミミを揉みしだく! って感じの主人公も、元の世界では何度か目にしたことがあったな。
この世界の冒険活劇ものの創作物では、流石にそういった描写は無かったが。
「どうも、こんにちは」
「――! あ、アヤメさん。お久しぶりです、お元気でしたか?」
簡単な言葉とともに首肯し、ティオと肩を並べてイヌミミお姉さんと向き合う。
「あら、新入りさんですか?」
ここで冗談でも「新しい彼女?」とか言わないのが、エイムと違うところだ。
「ティオです。この――身分証明書の娘なんです」
ティオの身分証明書を受付に提示し、紹介を済ませる。
イヌミミお姉さんは柔らかく微笑みながら、俺が提示した身分証明書を眺めていたが。やがておかしいことに気付いたのか、「あれ?」といった様子で俺の顔を見た。
「ティオ……さん。あの、ティオさんと同じ名前なんですね」
「いえ、本人です。この娘が、正真正銘うちのティオです」
「――――?」
イヌミミお姉さんは柔和な微笑みを崩さず、「何を言ってるんだこいつは」という心の声がかろうじて聞こえない程度に小首を傾げてみせた。
いつでも笑顔が鉄則である受付嬢は天職だろう。
「実はですね――」
あまり大きな声で言うことでもなかろうと思い、イヌミミお姉さんの耳元で囁こうと思ったのだが。
あれ? そういえば、この世界のケモミミさんたちの耳はどこ――いや、どっちなんだ。
創作物によっては頭の耳が飾りであったり、逆に人間の耳が付いていないなんてことが多々ある。
ちなみに髪が長いためか、イヌミミお姉さんに人間耳が付いているかどうかは分からない。
まさか面と向かって、耳はどちらですかなんて聞くわけにもいかないし。
「……あの、何でしょうか」
迷っていると、イヌミミお姉さんはズイと身を乗り出してきた。
耳を傾けることはせず、目の前でじっと俺の顔を見つめている。
イヌミミお姉さんもかなりの美人さんであるためちょっぴりドギマギしそうになるが、今はそっちに気を取られている場合ではない。
俺は慎重に言葉を選びながら、ティオがこのような姿になった原因を説明し始めた。
◇ ◇ ◇
「異国のきのこを食べたら、こんな風になったんですか……」
「ええ、治癒魔法も解毒魔法も効かないみたいで……。似たような症状を患った方とか、見たことありませんか?」
イヌミミお姉さんは残念そうに首を左右に振ると、考えるように頬杖を着いてみせた。
「こんな症状は初めてですね。私自身きのこは見たことしかありませんので、食べたらどうなるのかまでは存じておりませんし」
「――? 見たことはあるんですか」
この清楚っぽいイヌミミお姉さんも、やはりきのこを見た時の第一印象はそれなのだろうか。
だとしたら実に魅力的なことだとも思いつつ、違って欲しいなと思う変な感情もある。
恋慕を抱いているわけではないが――、何て言うか、あれだ。
清楚で優しい近所のお姉さんがお見合いすると聞いて、どうも落ち着かない気分になってしまうとかそんな感じ。
別にどうこうしたいわけでもないけど、何だか気になって仕方がない。そういうやつだ。
「見たことはあるんです。前にエイムさんが、珍しいきのこを貰ったとか言って、仕事仲間たちに見せて回ってましたから」
「その時、なんか思いました?」
「エイムさんにも同じようなことを聞かれたんですけど、質問の意図がよく分かりませんでした。何人か真っ赤になりながらエイムさんを追いかけていたので、多分何かしらの意味はあったんでしょうけど」
本当に不思議ですといった様子で、イヌミミお姉さんは可愛らしく小首を傾げる。
嘘を吐いているようには見えない。
ということは、えっと、もしかして――。イヌミミお姉さんって、処――。
「一応エイムさんにも聞いてみますね。あの人、このギルドでは長い方ですから。何か知ってるかもしれません」
「――! え、ええ、お願いします」
危ない。何の罪もないイヌミミお姉さんを如何わしい目で見るところだった。
どうにも思考が変な方向へ行ってしまう。
何だろう、一昨日の晩にプリムヴェールとしたばかりなのにな……。
頭に浮かんだ煩悩を消し去ろうと別のことを考えていると、壁伝いにギルドの中を周っていたティオが、受付まで戻って来た。
「アヤメお兄さん、この依頼受けたいな」
ティオが持っていた紙には、《緊急!》という文字がデカデカと書かれていた。
どうやらブラッド・オーキッドなる妙な植物系魔物が大量発生したらしく、緊急で刈り取って欲しいとの依頼だった。
依頼主は、トリスコールの兵団。
報酬も契約も、信頼できる相手だな。
この依頼表は剥がさずに、口頭で職員と契約を結んでくださいと書いてある。
「ティオ、この紙は剥がしちゃダメなやつだよ」
「だ、ダメなの……?」
「大丈夫ですよ。もう既に何組かの冒険者様たちが向かっておられますから、直に終了しますでしょうし」
そういってイヌミミお姉さんは、その依頼書を丸めて受付の後ろへと仕舞ってしまった。
気を使ったとかそういうわけではなく、実際にもう依頼は終了ということだったらしい。
「何なんですか、その魔物」
ブラッド・オーキッド。聞いたことのない呼称だ。
この辺りでも妙な名前の付いた植物――もしくは動物型の魔物は出ないわけではない。
だがこの名前は初めて見る。
どのような魔物なのだろう。
「先日お見えになった行商人さんの荷台から、逃げ出した魔物らしいです。逃げ出したのが丁度産卵期だったらしくって、物凄い勢いで繁殖してしまったらしいです」
「何でそんなものを積んでたんですか」
「解毒魔法の効かない毒薬か何かの治療薬になるらしいです。トリスコールではまだ被害は出ていませんが、異国では解毒魔法の効かない毒がじわじわと広まっているようでして」
なるほど、特殊な毒を解毒するための素材なのか。
特殊な毒――。
異国の毒を、解毒する素材、ね。
同じことを考えたのか、顔を上げた途端丁度イヌミミお姉さんと目が合った。
二人してティオに視線を送り、分かったような顔で頷いてみせた。
「もしかしたら、効くかもしれないな」
「試す価値はあるかもしれません」
毒かどうかはともかく、何かしらの理由があって異国から運び込まれた解毒草だ。
手に入れておいて、損をすることは無いだろう。
「その依頼、受けても良いですか?」
「はい、大丈夫ですよ。狩った魔物の素材は買い取りと調合とどちらでも選べますので、必要に応じて申し付けください」
必要な分だけ調合して、残りはギルドが買い取ってくれるのか。
それはありがたい。
「では、ここにサインをお願いします」
俺とティオは指定された書面に名前を記してから、ブラッド・オーキッドの生息するという場所へ向かうことにした。
◇ ◇ ◇
トリスコール西部の森林に赴くと、様々な格好をした冒険者たちが地面に生えた雑草を刈り取っていた。
よく見ると、その花卉一つ一つがウネウネと動いている。
毒々しい赤紫がかった花弁に、黄色と黒の斑点がポツポツ浮かび上がっている。
花と地面とを繋ぐ一本の茎からは、食虫植物を思い起こすようなギザギザした葉っぱが何本か生えていた。
今にも攻撃して来そうなビジュアルだが、殺意や戦意のようなものは感じられない。
どうやら動けないらしい。
根っ子がしっかりと、地面に這って埋まっているのだ。
産卵期と言っていたが、正確には種子を撒き散らす季節だったのだろう。
どうやって運んできたのかは知らないが、とにかく種や植物が荷台から落ちて、風に乗って飛ばされて、西部森林に散らばってしまったのだろう。
ビジュアルからは想像し難いが、たんぽぽのように風に乗せて種子散布するんだろう。
自身が動けないなら、種を遠くまで飛ばせば良い。
生物学的には、理に適ってはいるか。
「見たところ、これといった害は無さそうだな」
攻撃を受けて怪我をしていたり、切り裂いた直後に反撃を受けている様子はない。
完全に草むしりの要領だ。
これなら安全に狩ることが出来るだろう。
「さて、ちゃっちゃと終わらせちゃおうかな」
火魔法で焼き焦がしてしまうと薬として使えなくなってしまうので、鎌鼬でも飛ばして一気に狩ってしまおう。
なるべく人のいない場所を探して、そこでスパスパ刈り取ってしまえばよろしい。
これならすぐに終わらせられるな。
その場にしゃがみ込み、無数の鎌鼬を発出するイメージを膨らませていると、ちょんちょんと遠慮がちに肩を突かれた。
「どしたの、何か気が付いた?」
「う、ううん。えっとあの、アヤメお兄さんが手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、私だけでもちょっとやってみたいなって」
言いながら、ティオはさっき買ったばかりの剣をギュッと胸の中に握り締めた。
なるほど、さっき買った剣を試してみたいのか。
確かに、もしこれでティオの身体が治ったら、その剣はこれから十年近く使うことが出来なくなってしまうものな。
毒ではなく、一種のマジカル的なものだと考えてみる。
ティオは今、ファンタジックな魔法にかけられた状態なのだ。
いつものように大きくなりたいと願っており、その思いが今日ようやく叶った。
そう考えてみよう。
そうなると、今のティオは夢の世界にいるような状態だ。
普通は出来ない――夢でしか出来ないことを、現実の世界で行っている。
大人用の剣を精一杯振り回すのも、その内の一つだろう。
ティオがやりたいということなら、是非やらせてあげたい。
「分かった、気を付けてね」
「うん、アヤメお兄さん」
腰から剣を引き抜くと、疾風のようにびゅんと雑草地帯へ飛び出して行った。
剣を振り抜くと、毒々しい色彩の花弁がパッと飛び散る。同時にティオは開いた方の手で火の玉を作りだし、地面に残った根っ子や茎を瞬時に燃焼する。
浮浪者時代に鍛えられた筋力と瞬発力を活かし、ティオの体躯はバッタのようにぴょんぴょんと遠くへ跳ねて行く。
花弁は散り、茎は燃やされ、根っ子は瞬時に消し炭と化す。
剣士用の胸当てのおかげで飛び跳ねる度に揺れ動くということはないが、邪魔にはならないのだろうか。
基本的に女騎士っていうと、身体の一部分にコンプレックスを抱いている設定が多々見られると思うのだが。
例えばカミーユとか。
魔法剣士らしいステップで奥の方まで行ってしまったので、その間に俺はティオの狩り残しを鎌鼬で掃討しておいた。
鋭利な風魔法で根っ子から上を切断し、掃除の時に使っていた風魔法で散らばった素材を手元に回収。
ティオと俺とで狩った分は、残らず布袋の中に仕舞い終えることが出来た。
二つ目の袋の口を縛って腰に備え付けていると、ティオが息を切らせながら戻って来た。
「どうだった、アヤメお兄さん?」
可愛らしく上目遣いをして、俺の顔をじっと見つめてくる。顔とか身体付きは大人っぽいけど、本質的なところは普段のティオと同じだ。
「かっこよかったよ、ティオ」
そう言って、肩を抱き寄せる。
背丈が同じくらいだから、ティオの顔がすぐ傍にくる。
寄り添い、ティオの頬がほんのりと染まる。
暫し肩を密着させていると、照れ隠しかティオは俺の胸板を指先でくりくりして、唇を尖らせた。
何だか可愛いので、もう少し続けておく。
ギルドに戻ると、真っ先にブラッド・オーキッドの素材を詰めた袋をイヌミミさんに手渡した。
それを調合用と売却用に分けて、報酬を戴く。
「はい、達成おめでとうございます。調合には時間がかかるので――また後で来てください」
イヌミミさんはペコンと腰を折ると、袋を持ってギルドの奥へと姿を消した。
よし、とにかくこれで『異国の解毒草』は手に入った。
とはいえ、ここで立ち止まるつもりはない。
出来るだけ色々な方向からアプローチをかけた方が良いだろう。
とにかく冒険者ギルドでの情報収集では、これ以上の情報を手に入れることは出来ないだろう。
トリスコールで情報や知識を欲す場合、参る場所はもう一つ。
人類の叡知を閉じ込めた宝庫――次は、図書館だ。




