番外編3 この中に一人、偽幼女がいる
王都北部と南部を区切る凱旋門のすぐ傍に、図書館が存在する。
図書館には、つい先日も本を借りに赴いたばかりだ。
俺が図書館に行くと、蔵書室の案内は大抵プリムヴェールが受け持ってくれる。
もう書物の場所は大体覚えているのでとくに案内が必要だというわけではないのだが、本に囲まれて幸せそうなプリムヴェールを見るのも中々良いものなので、無碍に案内を断るような真似はしない。
仕事に支障が出そうにも見えるが、プリムヴェールと俺が交際している事実は周知の事であり、ほとんどの司書仲間さんたちがその恋を応援しているらしいので、誰も嫌な顔は見せないのだとか。
人の恋路を応援するってのも珍しい環境だなと思ったが、これにはちょっとした事情がある。
誰が見ても分かる通り、プリムヴェールは美人さんである。
初めて会った時に、思わず呼吸も忘れて見惚れてしまったくらいだ。
美女がその身体を持て余していると、その事実を知っている男性陣は、その美女を己の手中に収めようと必死に努力をする。
そうなると、自身が求める者とは別の女性から声がかかっても、真面目に取り合ってもらえないのだとか。
それは、他の者たちにとっても面白くない事象だ。
だがその美女をいくら祭り上げようと、その対象に恋人がいてはどうしようもない。
もしプリムヴェールが男どもをはべらし、逆ハーレムを作りそうないかにもな小悪魔女だったら、一人くらい想い人がいようとアプローチは止まらなかっただろう。
しかしプリムヴェールは小悪魔や悪女ではなく、純粋な天使である。
俺がティオと仲良くしている姿を見て、最初は「浮気だ」というくらい純粋である。
端的に言ってしまえば、一途である。
ついでに言うと、実は意外と尽くすタイプである。
プリムヴェールが一途に尽くすタイプだというのは、司書の中では有名な話だ。
プリムヴェールが直接言ったわけではないが。休憩時間などに話す内容が、一時期ほとんど俺に関する話だけだったらしい。
あと、案外ここの司書さんたちは性格が良いのだとか。
人の恋路を真っ向から邪魔したり、敵視したりすることはほとんどないらしい。
ほとんど。
図書館に入ると、藍色の髪をした司書さんが案内係りとして座っていた。
真剣な目で書物に視線を落としていたが、来客が来たことに気が付いた司書さんは、柔らかい笑顔でこっちを見た。
「ど――」
間違いなく、瞳が輝いた。
俺――の隣に佇むティオの姿を捉え、司書さんの瞳に刹那的にハートマークが散ったように見えた。
あの反応は、誰かに一目惚れした時に起こす反応だ。
司書さんはボーっとした様子でティオに見惚れた後、俺の姿を見て「あっ」という顔をした。
うん、気持ちは痛いほど分かりますぜ。
一目惚れした相手に男がいて、ちょっぴりショックを受けているのだろう。
それにしても、本当にこの司書さんとは女性の趣味が合うな。
藍色の司書さんは少しだけ残念そうな顔を見せながらも、精一杯取り繕って笑顔を見せ、
「本日はどうされましたか? どのような書物をお探しでしょう」
見事に平静を装ってみせた。
俺もそこまで性格が悪いわけではないので、気が付かなかった振りをすることにする。
「毒薬とか、きのこなんかの図鑑――いや、書物を探しています。
あとはそれらの解毒方法や、不可解な呪いを解くようなことが記された書物なんかがあれば嬉しいのですが」
「魔法以外の特殊な解毒方法や解呪手順ですか……。少々お待ちを」
藍色の司書さんはくるりと腰を回すと、背後に並べられた分厚い書物をパラパラと捲り始めた。
栞代わりに挟まれた羊皮紙には、「蔵書の管理書」と書かれていた。
全て載せるとなると骨が折れる作業だろうから、多分簡単にどういった書物がどこに置いてあるのか記されているのだろう。
「毒薬やきのこの書物はありますが、解毒魔法以外の手法による解毒関連の書物は、トリスコールでは扱っていないようですね。
解呪の書物はございますので、どうぞこちらへ」
丁寧にエスコートしてもらいながら、一階の蔵書室へ案内される。
しかし、この司書さんは未だに独り身なのか。
男の子にしては割と可愛らしい見た目をしているし、何となくモテそうな雰囲気はあるんだけどな。
――と、あまり詮索するのは失礼か。自重しよう。
「あ、プリムお姉さん」
俺が藍色の司書さんに夢中になっている間に、上を見上げたティオがポツリと呟いた。
ティオに倣って天井付近を見上げると、モノクロを基調とした普段の仕事着に身を包んだプリムヴェールが、書物を入れたり出したりしているのが見えた。
暫し見つめていると、清らかに浮遊していたプリムヴェールが中空で立ち止まり、こちらを見て小さく手を振ってみせた。
そっとスカートを押さえると、嬉しそうに頬を緩めながらゆっくりと降下していく。
ふわりと足を床に着き、ぺこんと腰を折る。
見事な着地だ。思わず見惚れてしまったよ。
思いつつふと横を見ると、藍色の司書さんがボーっとプリムヴェールの横顔を見つめていた。
想いを寄せる女の子の両方が俺の恋人だなんて――、いつか背後から刺されるんじゃないかね。
「こんにちは、アヤメさん。……えっと、そちらの方はどなたですか?」
その質問に藍色の司書さんが一瞬この世の終わりのような顔を見せたが、自分に向けられた言葉ではないと分かった途端安堵したように溜息を吐いた。
瞬時にキリリとした表情を浮かべさせ、姿勢よくタンと靴で床を叩くと。
「何でも、毒や呪いを解除する書物をお探しのようで」
と、凛々しさ全開な振る舞いで返答した。
俺の意見を入れると司書さんが不憫すぎるので、今回は何も言わない。
毒や呪いを解除と聞いたところで、プリムヴェールの顔が不安の色に染まった。
藍色の司書さんを押しのけ、キュッと俺の手を握ってくる。
「……! 何か、あったのですか? もしかして、昨晩のきのこがアヤメさんの身体に何か害を――」
「いや、身体に影響が出たのは俺じゃなくて」
言って、俺の後ろに隠れていたティオに、前に出るよう促す。
胸に手を当てながら不安げに歩を進め、ぴったりと俺に密着したままぺこんと腰を折ってみせた。
俺の前に出ながらも、心配そうに何度も振り返ってみせる。
さっきよりも不安が勝っているらしい。
多分、プリムヴェールに「どなたですか?」と聞かれたからだろう。
ここ二週間近く同じ屋根の下で暮らしていた憧れのお姉さんでさえ、自分が誰であるのか、一目見ただけでは分かってもらえない。
少しショックだったのだろう。
「もしかして、その方が……? ということは、きのこでは無いのですか!?」
「プリムお姉さん……」
その呼び方に、プリムヴェールはびっくりした様子でティオの顔を見やった。
次いで髪の色を見て、ティオが身に着けているローブを見て、最後にもう一度ティオを上から下までじっくり眺めてから。
「……もしかして、いえ、もしかしなくても、ティオちゃん……だよね」
「…………うん」
「原因はまだ分かってないけど、俺としては多分きのこが素因なんだろうなって思ってる」
「根拠は――、時期的なものですね」
プリムヴェールの言葉に首肯し、思案するように、顎に手をやってみせる。
プリムヴェールも同じように、唇に指先を宛がい眉を顰めてみせた。
今の掛け合いで内容が理解できていないのは、藍色の司書さんだけだろう。
困ったように俺とプリムヴェールに視線を送ってから、同じように、何かを考えているような表情で瞑目してみせた。
なんだか、仲間外れにしているみたいだな。
気分的にも嫌なので、出来るだけ分かり易くその上で端的に、今俺がぶち当たっている壁に関しての説明をする。
昨晩異国のきのこを食し、朝になったらティオが成長していたということ。
異国の毒かもしれないので、一応ギルドにて異国の解毒薬を調合してもらっているということ。
必要な箇所だけを掻い摘んで、藍色の司書さんに説明した。
割と理解力のある人らしく、幾つか質問を挟みながらも何となくは理解してくれたらしい。
とはいえ、普通に聞いて「はいそうですか」と信じられるような話でもないのだが。
「にわかには信じられない話ですが……」
ティオを見やり、思案気な表情で顎を撫でる。
視線はしっかりとティオの顔を見ているが、時々振り子のように胸元へ落ちては、ハッとした表情とともに顔に戻る――というのを何度か繰り返している。
まあ仕方ない。
ローブの下に身に着けているのは、剣士用の胸当てのみなのだ。
男物のローブだとはいえ、身体のラインは割と浮き彫りになっている。
一瞬たりとも見てはならんなど、健全な男の子には無理な話だろう。
なので、ここも触れずに流しておくことにしよう。
「でも、アヤメさんはそんな嘘をつくような人ではないと思います。
それに、確かにこの方は、どことなくティオちゃんに似ていますし」
「確かに、この鮮やかな桃色の髪と瞳は、トリスコールではあまり見ませんね」
すごく魅力的です、なんて言葉が飲み込まれたような気がした。
実際そう思っていたのだろう。
事実今のティオは元々持ち合わせていた可愛らしさに、さらに大人の色香が漂っており、格段に魅力的である。
他の男性がティオに見惚れていても、嫌悪や独占欲より先に「まあ仕方ないか」という感想が漏れてしまうほどだ。
「その、……こんなこと聞くのは失礼だとは思うのですが。
そのティオさんというお方は、実際はおいくつなのですか?」
藍色の司書さんは期待するような目で、チラチラとティオの顔に視線を送っていた。
ティオはその熱い視線に、きょとんとしたぬるま湯のような視線で無言の応答。
その反応に嫌悪や無関心が見られなかったためか、藍色の司書さんは少し嬉しそうに頬を染める。
「十歳――いや、この前十一歳になったんだっけか」
「じゅういっさい、ですか……」
藍色の司書さんはがっかりした様子で、がっくりと項垂れてみせた。
まあ、予想はしてた。
プリムヴェールと今のティオに恋慕を抱いている時点で、どこかの使用人兼親衛隊のような恋愛観は持っていないだろうと。
とはいえたった七年でこれほどの美女に成長すると知ったら、「それでも僕とお付き合いしませんか」とか言い出すんじゃないかとも思ったが。
「もしかして、賢者様の妹さんですか?」
「あ、いや」
「私はアヤメお兄さんの彼女だよ」
誤解の無いよう言葉を選ぼうとしていたら、ティオの無垢な台詞に先を越された。
言う順番が逆だったら、そこまでの衝撃は無かっただろう。
だが生憎、まだ記憶が薄れるほどの時間は経過していない。
まだ慌てるような時間ではなくなかった。
藍色の司書さんは「えっ?」といった顔で、ティオと視線を絡めた。
唐突なことで、理解が追いついていないらしい。
多分、一目惚れした相手が目の前で他人への恋慕を紡いだ、という点での動揺だろうが。
「だって、将来アヤメお兄さんのお嫁さんになるって、ちゃんと約束したもん」
成長しきった胸を押し付け、俺の腕を抱く。
「憧れとかそういうんじゃなくて、一人の男の子としてアヤメお兄さんのことが好き。
アヤメお兄さんも、同じ意味で私のこと好きって、言ってたもん」
言いました。
前にティオと熱い接吻をして、二人っきりで朝を迎えたその晩。
確かにそう言った。
というか事実だったし。
「そうですか、ティオさんと賢者様は両想いだということですね」
「ん、そーだよ」
「なるほどなるほど」
藍色の司書さんは俺とティオとを交互に見やると、「へっ」といった表情で口元を歪めた。
ついでに一歩踏み出し、温かい目で見つめながら、ポンと肩を叩かれた。
やめろ! その目は、俺がバルテルスに向けた目と同じ目じゃないか!
つるぺたーにゃに欲情するクォーター親衛隊、バルテルス・グレイハウンドの姿が脳裏に蘇る。
違う! ……違わないけど、違う。
俺は別に幼気なロリっ娘が好きなんじゃなくて、ティオが好きなだけだ。
好きになった娘が、偶然小さかったっていうか――。
言いながら「この返し、元の世界の創作物で腐るほど見たな」と、頭の中を過った。
大抵こういう場面では、感情に任せた弁明は信じてもらえないのだ。
「それは確かに、早く呪いを解いてあげなければ可哀想ですね。賢者様が」
「くっ……」
「では、僕は案内に戻らなければならないので、これで失礼いたします」
形だけの礼儀は忘れずに、藍色の司書さんは蔵書室から出て行った。
とりあえず、一目惚れした相手を二人とも持ってかれた、という事実は忘れてくれたらしい。
「それでは、本を探しましょうか」
微妙な空気を払拭するため、気にしていない素振りを見せつつ話題を戻す。
戻しながら振り返ると――プリムヴェールの腕には十冊以上の書物が積まれていた。
思わずギョッとする。
何時の間に、どこから運んできたんだ。
「毒薬、きのこ、解呪の書物です。では、そちらで読むことにしましょうか」
きっと風魔法の力なのだろう。
あまり深く考えない。
これからたっぷりと、もっと大切なことを考えなくてはならないんだからな。
プリムヴェール、俺、ティオの順で椅子に座って(何故か挟まれた)本を開く。
急速に身体を成長させる毒薬、もしくは魔法的な現象。
身体に害を与えるきのこと、その症状。
そして――あまり考えたくないが、呪いを解く方法。
とはいえ肝心な呪いの種類やかけかたが記された書物はここにはないらしいので、あまり期待はしていない。
急激な発育も、多分魔法的な現象では不可能だ。
前に魔導書に書き込もうとした時も失敗していたし、多分個人の判別を困難にさせる魔法か何かはこの世界の規律から弾かれてしまうのだろう。
「まあ、魔法学的な解明がされてない魔道具なんてものがゴロゴロしてる世界だから、皆無とは言い切れないんだけどな」
結界を張る魔法なんかは、確か存在していなかったはずだ。
土魔法か水魔法の亜種で障壁くらいはあっただろうが、取り囲んだ場所に誰も入れないようにする魔法などは、無かったはず。
だがうちの敷地を囲っている魔道具は、上述の効能を所有している。
「魔道具って可能性もあるか……。でも、それだったら何かしら治す方法があるはずだよな」
効き目が一方通行な魔道具もあるのだろうか。
成長させるだけさせて、元に戻せない魔道具。
それ以前に、ティオがどこでそんな魔道具に触れただろうか。
可能性は高いけど、機会が無かったか。
これが近代推理小説とかだったら、絵画か何かの裏から小さな穴が見つかって、そこから毒矢でも吹き込んだかとか疑われるのだろうけど。
ティオの裸は今朝確認したけど、変な魔道具とかが引っ付いてたりはしなかったと思うんだよな。
流石に女の子の部分とか体内の話になってしまうと俺にも分からないが、機械的なものが装着されている様子は無かった。
子供向けアニメなんかだと、たまに夢の中に魔女が出てきて、魔法をかけられて目覚めたら大人になってた! って展開も見たことあるが。
ティオは変な夢を見た覚えも無いって言ってたし、それは違うだろうな……。
可能性と、それを起こすための機会の双方を満たす条件。
やはり一番怪しいのは、昨晩食べたきのこだよな。
形が卑猥だったらしいし、もしやそのきのこのせいでティオは女にされてしまったのではないか――。
いや、んなわけねえ。
その理屈はおかしい。
だったらシュネアとか俺とかプリムヴェールだって、同じような症状が出ているはずさ――。
ここで、変な違和感が生じた。
そういえば、きのこを食べたのはティオだけじゃない。
きのこが原因なら、俺ら四人とも妙なことになっていてもおかしく無いんじゃないか。
いや、しかし例外もある。
あの中で十五歳未満だったのは、ティオだけだ。
この世界の酒と同じで、十五歳未満にのみ影響を及ぼす何かが入っていたのかもしれない。
となると、製作者は幼女嫌いな巨乳至上主義者だな。
~ぴるぴぴるぴるぴるぴぴ。
まあ冗談はともかくとして。
もしきのこが原因だとしたら、アレルギーとかそういった症状になるだろう。
元の世界でもアレルギー食品による死亡事故とか、時偶報道されてたし。
「ティオちゃんの症状に合致する症例は、やはり無いみたいですね。やはり異国のものなのでしょうか」
「もしくは、ティオの体質にきのこが合わなかったとか」
「……毒では無いので、解毒が効かないということですか」
プリムヴェールはなるほどといった様子で、パシンと手のひらを拳で叩いてみせる。
「でも、体質がどうこうのせいで、このような症状が出るというのも……」
「考えにくい、か」
はい、と首肯し、新しいページをパラパラと捲る。
確かに、昏睡してるだとか意識を失っているならともかく、実際に肉体が成長しているからな。
それから閉館時間まで様々な書物を捲っていたが、ティオの症状に値する症例や治癒方法を見つけることは出来なかった。
プリムヴェールの帰宅用意を待ってから、三人で肩を並べて図書館を出る。
「ティオちゃんが心配なので見に行きたいのですが、明日も早いので……」
「分かった、また何かあったら真っ先に伝えに行くから」
本心を言うと、プリムヴェールには一緒にいてほしかった。
至って健康な振る舞いを見せるティオだが、俺から見れば幼く脆い重病人だ。
今後どうなるのか、どのような症状を見せるのか、想像もつかない。
しかし俺も、プリムヴェールを引き留めることは出来ない。
ちょっとした感情論で、プリムヴェールの信用や信頼を失うような真似はしたくない。
我儘を言うわけにはいかないのだ。
プリムヴェールを自宅へ送ってから、急いでギルドに向かう。
思ったより図書館で時間を使ってしまった。
もうとっくに調合とやらは終わっているだろう。
夜道を足早に駆け抜けるが、妙な違和感。
やけに人が少ない気がする。
今は急いでるし、ぶつかったりして難癖付けられるよりは良いだろう。
きっと緊急依頼の報酬か何かで、酒場に集まって宴会でも開いているのだろう。
「ティオ、身体の具合は平気か?」
「ん、大丈夫。疲れとかもないし、いつもと変わりないよ」
顔を見たが、いつものティオ――を成長させた感じだ。
脂汗や冷汗が滲んでいるようにも見えないし、無理をしているようにも感じさせない。
本当に、大丈夫なのだろう。
暫しの時が経ち、ギルドへ到着する。
扉を開けると、受付にはイヌミミさんとエイムが揃って佇んでいた。
「あら、アヤメさん」
「あ、アヤメさん。丁度良いところに。――エイムさんが、昔ティオさんみたいな症例の方を見たことがあるらしいです」
「本当ですか!?」
キツネ耳をパタパタと揺らしながら、エイムはティオを見て穏やかに首を傾ける。
事前にイヌミミさんから話を聞いていたからか、動揺したり驚いたりしている様子はない。
「エイムさん、今の話は――」
「大丈夫、嘘じゃないわ。昔――このギルドに来る前にいた土地で、似たような症例の女の子を見たことがあるの。
治癒魔法も解毒魔法も効かなくて、本人はいたって健康体」
同じだ。
エイムの言っている症状だけを見るなら、ティオが患っている症状と全く同じ。
「原因は、――いえ、その人はどうやって、その」
「原因は、魔力の籠った木の実を短時間で大量に食したからよ。
治し方は――、これを使ってたかしら」
そう言ってエイムは膨らんだ胸元に手を入れると、豊満な谷間の深淵から小さな木箱を取り出した。
取り出す時、思わず視線が奪われてしまう。
「この薬を飲んで暫く大人しくしていれば、良くなるはずよ。
少なくとも、私が出会った症例の娘は、それで良くなってたわ」
それはティオにも効くのだろうか。
そして俺は――その薬剤を、買い取ることが出来るのだろうか。
――カネなら、幾らでもある。
こういうこともあろうかと、金貨三枚程度ならいつでもローブの中に仕舞い込んである。
それ以上を要求されたら。
家に帰れば、悪魔討伐の時に戴いた報酬がまだたっぷり残っている。
それを積めるだけ積めば、どうにかなるはずだ。
カザミ・アヤメに、不可能はない。
「その薬剤は、幾らですか」
ポケットに手を突っ込みながらクールに問いかける。
エイムとイヌミミさんはびっくりした顔で瞠目し――――面白いものでも見たかのように、唐突にクスクスと笑い出した。
「これ――、そうね。これが何なのか、まだ言ってなかったっけ?」
「ああ、言い忘れていたかもしれません。失礼いたしました、ふふっ……」
エイムとイヌミミさんは顔を見合わせると、ペロリと色っぽく舌を出してみせる。
ケモミミお姉さんによるこのツーショットは、中々絵になるな。――じゃなくて。
何か言い返そうと口を開きかけたところで、エイムの人差し指で優しく唇を閉じられた。
そのまま身を乗り出し、人差し指で俺の唇をなぞりながら、
「これはね、ブラッド・オーキッドの素材を調合したものよ」
――と、極上のウィンクを見せながら、何でも無いことのように呟いた。




