5-13.平穏な日常[後編]
「……た、ただいま戻りました」
「戻ったよ、アヤメお兄さん」
そろそろ戻るだろうなと思いながら玄関で履き物を磨いていると、丁度良いタイミングで扉がガチャリと開かれた。
キョロキョロと周囲を見渡しながら扉を開けるシュネアと、若干不機嫌そうに頬を膨らませるティオ。
手には小さ目の布袋が一つぶら下がっている。
半ば勢いで送り出してしまったため、何も持たせずに買い物に出してしまった。
悪いことをしてしまったな。
「二人とも、お帰り。重かったでしょ、台所までは俺が運ぶから」
「アヤメお兄さん、プリムお姉さんと何してたの?」
シュネアから布袋を受け取ろうと手を伸ばすと、拗ねたような声でティオにそんなことを問いかけられた。
シュネアはティオの言葉を聞いてビクッと体躯を竦めると、目を逸らしてほんのりと頬を赤く染めた。
「えっとその、ティオお嬢様にお伝えしてよろしいものかどうか、分からなくて」
あー、はい、ソウデスネ。
あの流れで離脱したんだから、シュネアは俺とプリムヴェールが大人な恋慕を燃え上がらせていたと思っているのだろう。
というかもとよりそのつもりだったし。
今はダメって断られちゃったけどね!
心なしか――いや、確実にシュネアも頬を赤らめてモゾモゾとしている。
チラと視線を送っては、すぐに目を逸らす。
どうしよう。ここは誤解を解いておくべきなのだろうか。
別に恋人同士だし、悪いことをしているわけじゃないんだけどね。
でもまあ、隠し事をするのは良くないな。
ティオだって、俺の大切な未来のお嫁さん(仮)なんだから。
一方的に信頼を削るのはよくないことだ。
正直に言おう。
「ああ、さっきまでプリムヴェールと――」
「あ、はぅ、で、では私は袋の中身を戸棚に仕舞わなければなりませんのでこれで――、うっひゃぁ!?」
頬を手で包み込みリビングへ駆けて行ったシュネアは、リビングの扉の目の前で可愛らしく悲鳴を上げた。
丁度プリムヴェールがリビングから出てきたところだったらしい。
「あら二人とも、お帰りなさい。それと――えっと、シュネアさん。お聞きしたいんだけど、お手洗いはどちらかしら?」
驚きのあまり近代美術的なポージングをしていたシュネアはコホンと咳払いをすると、布袋を背負い直し、欠片も震えのない声音で、
「こちらでございます、お嬢様。ご案内致しましょう」
実に様になった仕草で、プリムヴェールをエスコートしていった。
おおぅ、意外と切り替えが早いな。
まあラスティがいた頃はもっと波乱万丈な日常が繰り広げられていたし、この程度ならシュネアも慣れたのだろう。
流石に事を致したであろう(誤解だが)主と会話するのには、まだ慣れていないようだが。
「……では、ごゆっくり」
だがそんな余所行きモードなシュネアも、プリムヴェールがお手洗いの扉を閉めた途端豹変する。
真っ赤になった顔を布袋で隠しながら、ものすごい勢いでリビングの中へ駆けこんで行った。
分かり易い。
さて、シュネアの奇行を眺めるのはここまでだ。
「プリムお姉さんと、何してたの?」
「プリムヴェールが淹れたお茶を飲んだり、お話をしてたよ。
図書館で起きた珍事件とか、司書さんのコイバナとか、色々と」
「……他には?」
「うん?」
「この前の夜、私にしたようなキスとか、した?」
ティオは頬を染め、だが視線は刹那も逸らさずに俺の顔を覗き込んでいる。
この前の夜したようなキス、か。
あれをプリムヴェールとすると、そのままお互いに我慢できなくなるだろうから、今回は自重しておいたのだ。
だがここで何もしていないと言って、ティオはその言葉を心から信じるだろうか。
また俺がティオに何か隠し事しているとでも思われるのではないか。
ラスティの助言が欲しい。
今までこういった場面に遭遇した時は、ラスティに助けてもらっていた。
もしくは、ティオは子供だからとなぁなぁに収めていた。
だがそれでは不味い。
先日の夜決めたじゃないか。
俺はもう、ティオを子供扱いしないって。
「キスはしてないよ。でも、抱きしめたりは、した」
「……それは、プリムお姉さんのことが好きだから?」
無言で首肯する。
プリムヴェールとティオの二人を求めることに関しては、一応ながら了承されている。
どちらかを諦めたことで人間関係がギクシャクしたり、選ばなかった方への未練が邪魔して真剣な恋が出来なくなることを防ぐため。
若い男児が女子を選べる身分を手に入れたなら、妥協せずガツガツ行けとラスティに勧められたから。
それでプリムヴェールとティオの関係が悪くなったら本末転倒だと思ったが、ラスティ曰く大丈夫だろうとのこと。
今のところ仲良くやってるみたいだし、多分これで合ってると思いたい。
不穏な沈黙が場を支配する。
この対応は間違っていただろうか。
ここは嘘をついてでも、抱きしめ合っていたことは隠すべきだったのか。
正しい嘘だったのだろうか。
「……だったら、約束して」
ティオは俺の胸にもたれかかり、ぐりぐりと頭を押し付けてきた。
「私が大きくなったら、プリムお姉さんにしてるようなこと、して」
顔は胸元に埋められているので、ティオがどのような表情をしているのか、俺からは分からない。
だが髪の端から見える耳は、熱を帯びたように真っ赤になっていた。
それだけで、ティオが今どれだけ勇気を出してその台詞を紡いだのか理解できる。
それに応えるため、俺はティオの頭に腕を回して抱き寄せた。
今はまだ無理だけど、将来的にはティオとも同じことをする。
たかが口約束だと軽視せず、ちゃんと心の中に刻んでおこう。
「分かった、約束する」
「絶対、だかんね」
ティオは顔を上げず、耳まで真っ赤にしたまま階段を駆け上がって行った。
あのままベッドにダイブして、「うぅー」とか言いながら顔を擦りつける場面が浮かぶ。
――が、あまり頭の中でそういうこと夢想するのは失礼だな。
しかし――。
将来的にティオと致す約束か。
元の世界に数多と広がる創作物の世界では、幼い頃結婚の約束をした幼馴染なんてものが出てくるが。それと同系列に語って良いものではないのだろう。
あれは、お話の世界――成功例だけを切り取った所詮虚構だ。
実際に幼い頃結んだ結婚の約束など、守られる方が少ない。
今日の約束は、そんな「あー、昔そんなこともあったねー」で済ませてしまうものとは違う。
ティオが大きくなって、俺を受け入れることが出来るようになったら。
その時になっても、ティオの方が俺を好きでいてくれたなら。
絶対に、反故になんてしない。
「それにしても、大きくなったティオか……」
そういえば最近、ティオは自分の下着を全部自分で洗うようになった。
少し前までは俺も手伝っていたのだが、最近はさっぱりである。
故にティオが今どの程度のサイズのを身に着けているのか詳しいことは知らないのだが――。
「間違いなく、成長してるよな……」
初めて会った時はターニャよりちょっと大きい程度だったが、昨晩風呂で見た時は思ったより存在感が出ていたような気がする。
身体付き――曲線とか起伏も微妙に出てきているような気もするし。
この世界の成長期がいつ頃なのかは知らないが、もしかしたらティオはこのままボンキュボンなグラマラスボディに成長するのかもしれない。
今のままのティオも勿論可愛いが、俺はプリムヴェールのようなお姉さん体型(年下だが)も大好きである。
というか、幼女体型がプリム体型に成長するまでの期間を、俺は身近に感じることが出来るということか。
何だかそう考えると、俺は今物凄く幸せな境遇にいるのではないかと思えてくる。
いや、思うとかじゃなくて実際そうなのだろう。
さっきプリムヴェールとひっついていたせいで頭が桃色煩悩でいっぱいになっているというのも原因だが、色々と危ない妄想が炸裂してヤバい。
落ち着こう、落ち着かなければなるまい。
間違いを犯すわけには、いかないんだから。
◇ ◇ ◇
「くっ――くっ――くっ――、――――ぷは」
「お味の方はどうだい、プリムヴェール」
「はい、まろやかで甘味があって、とっても美味しいです」
「お気に召していただき、光栄でございます。プリムヴェールお嬢様」
「やぁん、プリムヴェールお嬢様だなんてえ。何かお姫様になったみたーい」
テーブルに肘を着いて湯呑を傾けるプリムヴェールは、艶っぽく瞳を細めてクスクスと微笑む。
プリムヴェールが飲んでいるのは、さっきシュネアが買ってきた真新しいお酒である。
樽の中身は若い二人が一晩で飲み干してしまえるほど――この世界の酒樽にしては小さいものだ。
俺もこの酒の存在は知っていた。
大樽の中にポツンと置かれた、小さめの酒樽。
何でも、酒に弱い人でも美味しく呑める優しい味わいをしているのだとか。
一杯だけ試し飲みしたラスティが、弱すぎて全然酔えないと零すほどの程度である。
「アヤメさん、頭撫でてー。お願ーい」
とはいえ、プリムヴェールも酒に強いわけではない。
前も、ヤキガシに含まれた微量の酒だけで、同じようにほわんとしてしまっていた。
だから多分、この程度の強さで丁度良かったのだろう。
「ご主人様は、お飲みになられないのですか?」
「あー、俺はお酒飲めないんだ。飲むとすぐに寝ちゃうっていうか……」
俺にとっては一種の睡眠薬である。
まあせっかくプリムヴェールと晩酌を楽しめる機会を無下にしてしまうのもどうかとは思うが。
プリムヴェールは、酔うといつも以上に可愛くなる。
そんな可愛いプリムヴェールを愛せずに寝てしまうなんて勿体なさすぎる。
だから俺は、今晩酒を飲むわけにはいかないのだ。
「アヤメさんも飲もうよぉ。わたし一人で飲んでても寂しいですしぃ、これすっごく美味しいですよぅ」
「後でプリムヴェールとキスするから、その時に味わうよ。……して、くれるでしょ?」
遠まわしに誘ってみると、プリムヴェールは安心したように身体を預けてきた。
遠慮せず抱き寄せ、そのまま腕を回してギューッと抱きしめる。
プリムヴェールが甘えるような声を出し始めると、背後から逃げるような足音と、静かに扉を閉める音が聞こえてきた。
どうやらシュネアは離脱したらしい。
言葉を介さずとも分かってくれて助かる。
ほんのりと染まった頬を撫でつけ、ほどよく湿ったプリムヴェールの唇を奪う。
甘い味がする。
お酒の味だ。
ぬめりとした感触が口腔内を刺激して、さっきの味が口いっぱいに広がっていく。
そのままどちらともなく床へと倒れ込み、二人きりの夜はゆっくりと更けて行った。
◇ ◇ ◇
――目が覚めた時、リビングはまだ仄暗い雰囲気を纏っていた。
明け方――元の世界で言えば4時かそれくらいだろう。
うしみつどきを越えて、ようやくお日様が姿を見せようと準備を始める、そんな時間帯。
雇用されていない冒険者が起きるには、明らかに早すぎる時間だ。
どうしよう、もう一度寝直そうか――。
などと思いつつ身体を動かすと、冷たく堅い感触が腰の骨を襲った。
頬に触れる感覚も、いつもの温かな布団とは異なり、冷ややかだ。
「ああ、あのままリビングで寝ちゃったんだっけ……」
身体が痛い。
スタッフを探すため身体を起こそうと右手に力を込めると、柔らかな感触が俺の右手を祝福した。
細くて長くて柔らかい、プリムヴェールの指先である。
どうやら俺とプリムヴェールは一晩中指を絡め合っていたらしい。
視線を向けると、俺の手を握り締めながらプリムヴェールが眠っているのが見えた。
膝を抱え込み、丸くなって寝ている。
床にぺったりと身体の側面を密着させ、幸せそうに寝息をたてるプリムヴェール。
無防備な寝顔が実に可愛い。
こんなに愛らしい女神が無防備に眠っていたら、欲望全開で襲い掛かり、めちゃくちゃにしてしまいたくなってしまうだろう。
とはいえ既に昨晩めちゃくちゃにしたので、賢者であり、別の意味でも賢者である俺は彼女をどうこうしようとは思わないが。
心の中で結構下衆なことを考えていると、身を捩じらせながらプリムヴェールは瞳を開いた。
暫しの間ボーっとした後、こしこしと瞳を擦ってから可愛らしく欠伸をしてみせる。
やがて頭が活性化してきたのか、プリムヴェールは身体を起こして可愛らしく小首を傾げてみせた。
「おはようございます、アヤメさん」
「おはよう、プリムヴェール。どこか痛かったり、具合とか悪くない?」
床の上で寝てしまったからな。
寝違えたりしていなければ良いのだけど。
「大丈夫ですよ。わたしだって、そんな軟な女の子じゃないんですか――――くしゅん」
気まずそうに顔をそっぽに向けると、小声で治癒魔法の詠唱を唱え始めた。
思わず盛大にからかってやりたくなるほどの可愛さだったが、プリムヴェールの機嫌を損ねても困るので自重しておく。
「やっぱり、床で寝ちゃうのは良くなかったね」
「仕方ありません。久しぶりだったので、少し夢中になってしまいましたから」
プリムヴェールの昨晩の乱れ具合は、夢中なんてものではなかった。
それで俺も興奮して張り切り過ぎて――、このような結果になったのだ。
身体の疲れはとれてないけど、全然後悔していない。
「さて、早く起きなければいけませんね。こんなところティオちゃんに見られたら、何て言われちゃうか――――あら?」
「そういえば、ティオはどこに行ったんだ?」
昨日俺とプリムヴェールがドサリといった時、ティオはまだ部屋から出てきていなかった。
将来のお約束をしてから階段を駆け上がって行って――、それからティオとは会っていない。
そういえば、昨日は晩飯を食べていなかったな。
「拗ねたまま寝ちゃって、そのままなのかな……」
「見に行ってみましょう。何か、嫌な予感がします」
乱れていたスカートや上着を整えたプリムヴェールが、一足先にリビングを飛び出して行った。
少し遅れて、俺もプリムヴェールの後に続く。
階段を上り終えると、丁度プリムヴェールが俺の部屋から出てきたところだった。
「どうだった?」
「誰かが寝ていた形跡はありましたけど、ベッドの中に誰かいる様子はありませんでした」
プリムヴェールの言う通り、ベッドのシーツには確かに皺が残っていた。
子供の頃ホラー番組を観て怖くて眠れなくなったときなど、頭まで布団をかぶってうつ伏せになっていたことがあったが。その時に出来た皺と形状が似ている。
大方俺と話した後のティオは、羞恥のあまり感情の暴走に耐え切れなくなって布団を頭までかぶって静かにしていたのだろう。
で、そのまま疲れて眠ってしまったと考えるのが妥当だろう。
問題は、今ティオはどこにいるかということだけど――。
「……もしかすると」
部屋から退出し、俺は隣の部屋のドアを叩こうとして寸でのところで踏みとどまる。
今はまだ仄暗い早朝だ。
いくらシュネアが奴隷だとはいえ、こんな時間に叩き起こすのは悪い。
だからといって、ノックもなしに年頃の女の子の寝室に無断で入るのも良くないだろうしな……。
「……わたしが見て来ましょうか?」
俺が何を考えているのか分かったのか、プリムヴェールはそんなことを俺に問うた。
確かに、どちらにせよ寝室に無断で侵入するというのは非常識な行為だが、どうこう言っていられる場合でもない。
これでももしシュネアの部屋にティオがいなければ、三人でティオを探しに行かなければならない。
そうなれば時間など関係なく、シュネアを叩き起こさなければなるまい。
「お願いします。流石に俺が入るのはまずいだろうから」
「主が奴隷の部屋に入っても、文句は出ないと思いますけど……。では、失礼します」
静かに扉を開き、プリムヴェールはシュネアの寝室に闖入する。
十秒も経たぬ内にプリムヴェールは内側から再度扉を開き、俺に向かって手招きした。
「ティオちゃん、いましたよ」
音を立てぬよう、忍び足で俺はシュネアの部屋に足を踏み入れる。
心の中でシュネアに詫びの言葉を紡ぎながら、爪先立ちでシュネアのベッドに沿って歩行。ふと視線を揺らすと、部屋の隅にシュネアの普段着が綺麗に畳んで置かれていた。
ふっと裸で寝ているのではないかという疑念が湧き、背筋がゾクリとした。
だがそんな煩悩と本能の塊みたいな感情は、すぐにその頭から消失する。
シュネアのベッドに被せられた掛布団の中から、ちょんと顔を出す桃色の髪。
寝息に合わせて波状変動を起こす、雪山のような掛布団。
ティオは、シュネアの胸に抱かれたまま幸せそうに眠っていた。
ティオを抱くシュネアの寝顔も、慈しむような優しさを含んだ清らかな顔だ。
あまりじろじろ見るのも失礼だろうから、このくらいにしておくけど。
「……わたし、シュネアさんのことを誤解してたかもしれませんね」
ティオを抱いて眠るシュネアの寝顔を見下ろし、プリムヴェールは慈愛に満ちた声音でそう呟いた。
「ティオの無事も確認できましたし、戻りましょうか?」
俺はプリムヴェールの手を取って、扉までエスコートする。
静かに扉を閉め、手を繋ぎ合ったまま階段を降りて階下へ向かう。
リビングに戻るかと思ったのだが、プリムヴェールは「外に行きたい」と、俺を玄関の方へ誘導した。
外に出ると、大気を凍結させるような寒気が総身に襲い掛かった。
真冬の早朝――寒いはずだ。
特にこのあたりは民家などもなく、生活行動による温暖は見込めない。
全身を寒さが包み込んだが、たった一箇所、右手だけはとても温かかった。
柔らかい指先が絡み合い、決して離れない。
身を寄せ合っては離れ合い、肩が触れては顔を見合わせにへりと笑う。
ずっと一緒に――永遠に、隣にいて欲しい相手だと強く思う。
十年後も二十年後も、俺の隣で同じものを同じ時間に同じ場所で見ていたい。
「そういえば、ラスティさんはどうしたんですか?」
「何か――、行くべきところがあるからって言って、何日か前に出て行ったんだ」
プリムヴェールは「そうですか……」と小さく紡ぎ、風に煽られた長い銀髪を手で押さえながら空を見上げる。
どこか遠くを見ているような目で、雲一つない蒼穹を見据えている。
どこか、心当たりでもあるのだろうか。
長い髪を押さえながら、物憂げな表情で遠い目をする。
絵になる光景だ。
もし俺に絵心があったら、この一瞬を余すことなくスケッチしてしまいたくなるだろう。
物憂げな少女の瞳が瞬き、そっと頬を染めた少女は遠慮がちに視線を動かす。
灼熱の瞳がこちらを捉え、視線が交錯する。
「ラスティさんが戻るまで、アヤメさんの家に泊まっていても良いですか?」
「良いけど、急にどうしたの?」
俺とプリムヴェールは恋人同士なのだから、何もおかしいことはない。
というか、プリムヴェールの仕事場が王都の図書館でなければ、既に同棲していただろう。
俺の家は広いから、住人が一人や二人増えたって何の問題もない。
遠慮がちにキュッとローブの袖を摘まみ、じっと上目遣いをして俺の顔を見つめる。
暫し見つめた後、プリムヴェールは頬を染めて色めかしく瞳を揺らめかせた。
「久々にアヤメさんと愛し合ったら、何だか離れたくなくなっちゃって」
何これ可愛い。
俺と離れたくない、だなんて。
「プリムヴェールは本当に可愛いなぁ」
「……! も、もぉ! からかわないでください!」
怒ったような顔をしつつも、プリムヴェールが俺から距離をとる気配はない。
誰もいないとは思うが一応周囲を確認してから、お互いに腕を回して抱きしめ合いながらの接吻。
寒気を纏う北風に煽られながらも、体躯の全面は柔らかくて温かい。この世で一番幸せな温もりだろう。
ラスティが戻ってくるまでなんて言わず、これからずっと一緒にいたい。
「でもお仕事があるので、毎晩ずっと一緒ってのは無理なんですけど」
「俺が毎日プリムヴェールの仕事場に行けば良い。最近行って無かったから、読みたい本も溜まってるし」
そうだ、お休みにしよう。
実験だとか転移した理由だとか、新しい魔法だとかそういうのは一旦全て忘れてしまおう。
元の世界では到底成し遂げえなかった、恋人といちゃつく日常。そんな毎日を大切に過ごそう。
「でも、あんまりわたしばっかり構うと、ティオちゃんが嫉妬しちゃうかもしれませんよ」
「あー、それはそれで困るかも」
「いっそのこと、二人同時に可愛がってみちゃいますか?」
ふ、二人同時!?
そ――それはもしかして、プリムヴェールのたゆんたゆんボディと、ティオの未成熟な身体を同時に可愛がると、つまりそういうことですか。
ベッドに寝そべりながら誘うような目つきでこっちを見る二人の姿を思い描いていると、指先で鼻先を突っつかれた。
「まったくもぉ、なーにを想像してるんですか、アヤメさん?」
「ふへ!? い、いえ、何も想像してなんかいませんことよですわなのよ?」
焦りのあまり珍妙な語尾で返答すると、それがおかしかったのかプリムヴェールはクスリと笑みを零す。
そしてもう一度手を握り直すと、真紅の瞳を柔らかく細めて俺の顔を見つめてきた。
その笑顔に応えるように、俺もプリムヴェールの手を握り返す。
これから紡ぐのは、幸せな日々、ありふれた日常。
穏やかな毎日が、これからも毎日続いて行くのだろう。
魔力を持たない異界の賢者と、彼を慕う美少女達との平穏な異世界生活。
そんな時間がいつまでも続いて欲しいと、心から願うのだった。
◇ ◇ ◇
――――ラスティ・ネイルが戻ってくるまでの俺は、それを信じて疑わなかった。
第5章 異世界魔法はエルフ奴隷とともに -終-
次章
第6章 異世界探訪は龍族姉さんとともに




