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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第5章 異世界魔法はエルフ奴隷とともに
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5-11.魔力譲渡の脅威[後編]

 王都東部森林に足を運ぶとは言っても、俺の家があるのがその王都東部森林であるため、大した距離を歩くわけではない。

 ただ、うちの敷地は魔物や盗賊が入らないよう結界が張ってあるため、自宅周辺には魔物が出現しないのだ。


 魔物だろうと動物だろうと、生き物はその生命を繋ぐため、基本的にエサがうろついている場所に生息する。

 うちの敷地は、エサになる魔物が現れない。


 従って、弱い魔物をエサにする吸血ゴブリンなどは、ここ周辺から少しずつ住居を動かしていく。

 うちの傍に住処を誂えても、エサになる魔物が近寄ってこないからだ。

 そうして少しずつ魔物の住処が家から離れるに連れ、家の周辺から魔物が減っていく。


 魔物が減れば、魔物をエサにする魔物はまたさらにうちから離れていく。

 うちの敷地を中心に、少し離れた場所に魔物がそろって住居を作るのだ。

 ドーナツ化現象ってやつだな。

 多分違うけど。



 そんなわけで、結界を張られた敷地から大分離れないと魔物と遭遇することが出来ないのだ。


 普段ならそれで良いのだがね。

 こうして出会いたい時にも出て来ないとなると少々面倒だ。

 何ていうか、レベルアップさせるために草むらに入ったのに、中々モンスターが出て来ないあの時の感覚を思い起こす。

 そんでもって、急いでいる時に限って邪魔するように出てくるのを何て言うんだっけか。

 マーなんたらの法則とか呼んだ気がするんだけど。

 鬣がある方じゃなくて。


「この辺りは魔物が少ないのですね」

「普段はここまで静かなわけじゃ無いんだけどね」

「もしかして、これもご主人様の能力ですか!?

 ご主人様のオーラで、魔物はひれ伏し、姿を見せなくなるとか」

「シュネアの中の俺って、本当に人間なんだよね?」


 邪気のない単純な褒め言葉なのだろうが、何だかシュネアの中で俺と言う存在が大きくなりすぎている感が拭えない。

 確かに、奴隷に寝込みを襲われたりだとか裏切られたりなどされないよう、ご主人様というのは決して抗えない強大な存在だと思われていた方が都合が良いのは事実である。


 とはいえあまり過大評価され過ぎると、変なところでボロが出そうで困る。

 ボロを出さぬよう立ち振る舞えれば万々歳なのだが、俺にだって出来ないことはある。――というか、魔法関連以外だったら出来ないことの方が多い。

 何でも出来る完全超人だと思っていた人間が“失敗”をすると、信頼や名声は途端にガラガラと音を立てて崩れてしまう。

 必要以上に過大評価されても、後で困るのは俺自身だ。


「俺だって普通の人間なんだから、オーラだけで魔物を屈服させるような霊的能力は持ってないよ」

「ユグドラシルの魔導書に選ばれただけで、『普通の人間』なんて範疇からは飛び抜けているともとれるがの」


 さっきまで黙りこくっていたラスティが、突如会話に混ざり込んできた。

 何やら多少、スッキリしたような表情をしている。

 今のは嫌味だとか意味深な台詞だとかではなく、単なる軽口の一つなのだろうか。


「どういう意味ですか」

「にぃ様が己自身のことを『普通の人間』なんて称すると、逆恨みする者が出て来てしまう、というだけじゃよ」


 視線はこちらを捉えているが、ラスティの眼はもっと遠くを見据えている。

 距離的なものではなく、時間的な意味で――。


「それって、どういう――」

「あ、ご主人様気を付けてください。どうやらようやく、魔物が出てきたみたいですよ」


 もう少しラスティの話を聞きたかったが、魔物が出てきたとなれば仕方が無い。対峙しなければならん。

 巷に溢れた戦闘系の創作物なら変身シーンだとか会話シーンでは、横からの攻撃は絶対にあってはならないのだが。


 兎にも角にも、戦わなけれ――実験開始である。

 シュネアの指さす先に佇むのは、この世界に来て初めて対峙した魔物――吸血ゴブリンだ。

 本当にこの森林は吸血ゴブリンが多く生息している。

 前にラスティが言っていた“魔力濃度”とやらが関係しているのだろうか。


 まあ別に構わない。

 この世界の生物は、全て――基本的には体内にオドを循環させている。

 ビジュアルも大して愛らしいものではない(むしろグロテスクである)ので、実験には好都合だ。


「それじゃ、実験開始だ。――魔力譲渡マナ・トランスファー


 左手でスタッフを擡げ、右手を突き出して吸血ゴブリンの方へ向ける。

 吸血ゴブリンは刹那的に臨戦態勢を作ろうと脚を曲げてみせたが、そのまま突如膝から崩れ落ちた。


「――え」


 崩れ落ちた直後、吸血ゴブリンの顔に無数の気泡が浮かび上がった。

 元から醜かった顔面がさらに酷い有り様になり、萎みかけの水風船のような水膨れが顔中に広がっていく。

 そのまま気泡は身体にまで襲い掛かり、吸血ゴブリンは何やら呻きつつ、痙攣しながら白目を剥く。


 あまりの惨状に思わず良心が痛み、かけよって治癒魔法を施してやった。

 ――が、身体中を蝕んだ気泡も水膨れも、消える兆候は見られない。

 解毒魔法もかけてみたが、同じように全く意味を為さなかったようだ。


 とはいえ治癒魔法が効かなかったからといって、吸血ゴブリンを襲う苦しみが消失するわけではない。

 実験に付き合わせたのは俺自身だ。

 最期まで面倒を見るのは一種の義務である。


「――ごめんよ」


 土魔法で即席の槍を作り、吸血ゴブリンの左胸の辺りを一突きする。

 刹那的に顔を歪めた吸血ゴブリンの四肢から力が抜け、ついでにプスプスと音を立てながら水膨れが萎んで行った。

 暫し経つと身体中にびっしり浮き出ていた気泡は完全に消滅し、吸血ゴブリンは元の醜い死に顔を取り戻した。


 わくわくといった様子で実験経過を眺めていたシュネアは、悍ましいものを見たような目で俺の顔を見つめていた。

 顔が青ざめている。

 信じられないとでも言われているような感じだ。

 大丈夫、俺も今起きた事象を理解できていない。


「……何と言うか」


 思ったより、凄惨な光景だった。

 全身に水膨れが浮かび上がり、生命を根絶するまでその苦しみは延々と続く。

 軽はずみな実験として、生き物で行うべきものではなかった。


 オドとマナが接触するだけで、プリムヴェールは目を回して倒れていたが……。

 今みたいにオドを保有した生物にマナを無理やり送り込むと、身体が、細胞が、体組織が全て異常反応を起こすようだ。

 一種のアレルギー反応を思い起こさせる。

 こっちの方が、身体に現れる症状のインパクトは強烈なものだったが。


 吸血ゴブリンの死骸は、穏やかな死に顔をしていた。

 強烈な苦しみから解放されたような、微塵にも歪みをみせぬ顔。

 胸を貫かれる痛みよりも、辛く苦しい症状に侵されていたということだろう。


「これって、殺さないと治らないんでしょうか」

「いや、死に際に凄まじい魔力の香りがした。時間をかければ、やがて排出はされるじゃろ」


 しかし、治癒魔法の効かない身体異常か。

 無暗やたらに使って良い魔法ではないな。


「とは言っても、普通は体内にマナを送り込もうとしても、オドが邪魔をして成功しないはずじゃ」

「俺も、今の今まではそう思っていましたよ」


 プリムヴェールもターニャもビリーも、吸い上げた際にマナが体内に入ってオドと混ざり合ってしまう、ということにはならなかった。

 これはきっとオドとマナというものは、水と油のように弾き合う性質を持っているからだと思っていたのだ。


 今回の実験だって、大方流し込んだマナと体内のオドが接触して目眩を起こす程度だろうなと考えていた。

 まさかここまで残酷な結末を迎えることになるとは。


「じゃから、にぃ様は普通ではないんじゃよ。

 オドの巡る体内に無理やりマナを流し込むなど、たとえ方法をしっていたとしても出来るはずがない。

 “魔力”とは液体ではなく、単なるエネルギーなんじゃから。

 本来は接触する、という表現からおかしいものなんじゃよ。

 にぃ様はそんな世界の禁忌を、簡単に掴み取ってしまうような御方じゃということじゃ」


 そんな、人が苦しむようなもの、掴み取りたくなんて無かった。


「それは俺に、オドが無いからでしょうか」

「オドというよりかは、器が無いからじゃろうな。

 欠損だとか欠落ではなく、はじめっからそんなものは無かった。

 無くても、生まれることが出来た。

 にぃ様の身体を構築する際に、“器”なんて必要なかったんじゃろ」


 それは、俺が異世界人だからか。

 この世界の人間では、ないから。


「では、もし俺のように器のない――欠けた人間がこの魔法を知ったとしても」

「無理矢理マナを体内に巡らせるのは不可能じゃろう。――もっとも、にぃ様のように完全に器を持たない者が絶対に生まれないとは、言いきれないことじゃがの」


 ラスティは遠い目をしながら、慈しみような声音で呟いた。

 それはまるで、小さなことに怯え恐れる孫娘を思いやるような声だった。

 俺を不安にさせないための、優しい嘘なのだろうか。


 ともかく、この魔法は封印しなければなるまい。

 面白半分で使ってはいけない魔法だ。


「……シュネア、ラスティさん。今日の実験は、これで終了にします」


 少しだけ、ショックだったな。

 シュネアなら――オドの扱いが不得手なエルフ族なら、俺と近い部分がきっと見つかると思っていた。

 規格外の能力とか、俺だけが使えるユニークスキルだとか、そういうものには勿論憧れていたけど。

 実際に生物の海へ突き落されれば、やはり普通と異なる箇所が気になって仕方が無い。


 流石の俺でも、水膨れでいっぱいになった魔物の死骸は衝撃が強すぎた。

 胸を貫かれるよりも辛い苦痛を与える魔法――。

 とくにこの魔法は、そんなことを意図せずに書き込んだ魔法だったからな。



 変な感傷に浸りながら回れ右をして、自宅へ向かう。

 シュネアとラスティを連れて庭まで辿り着いたところで、不意にローブの裾を引っ張られた。

 高さ的に、ラスティだろう。


「どうしました、ラスティさん」

「ん、大した話では無いのじゃが――。ちょっと、時間を貰っても良いかの」


 ラスティの視線が、さりげなくシュネアを盗み見る。

 シュネアには聞かれたくない話か、それとも俺と二人きりで話したいのか。


「シュネア、ちょっと先に戻っててもらえるかな。ついでに、スタッフをリビングの端に立てかけといてくれ」

「承知いたしました。それでは」


 何となく察したような表情で、シュネアはスタッフを持って家の中に入って行った。

 シュネアの背中を見送ってから、ラスティと対峙する――つもりだったのだが、ラスティは普通の幼女と比べても小さな体格をしている。

 屈んで話を聞くのも失礼だと思ったので、少し間を開けて調整する。


 何の話だろうか。

 昨晩辺りから、何やらラスティが隠し事をしているような風は感じていた。

 俺に言うか言わないべきか考えていたのだろう。

 ラスティは子供ではないので、俺も無理に聞き出そうとは思わなかった。

 話すべきか話さないべきかは、ラスティが決めることだ。


「……ちと、出かける用事が出来てしまっての。

 数日――いや、ひと月はかけずに戻るつもりじゃ」


 目を逸らしつつ、必死に頭の中で言葉を選んで紡いでいるのが分かる。

 無論、急かそうとは思わない。


「絶対に、確実に妾はにぃ様のもとへ戻ってくる。

 じゃから、妾にひと月ほど自由な時間を与えてくれないじゃろうか。

 絶対に、にぃ様を裏切るようなことはせん」


 何をそんなに恐れているのか。

 俺は一度もラスティの行動を制限したことは無いだろうに。


「分かりました。魔大陸までなら前回使った魔法陣の折り返し分が残ってますから、それを使いますか?」


 もしかしたら、サザンガンフォルトとやらの墓参りか何かに行くのかもしれない。

 魔大陸に残した愛人とか――、あんま考えたくないけど。


「いや、今回はよしておこう。魔大陸に用があるわけでは無いのでな」


 あれ、違ったのか。

 まあ、八千年という長い人生を紡いできたお方だ。他の大陸や地域に知り合いや昔馴染みがいたとしても不思議ではない。

 それに俺には、ラスティを束縛する権利も義務もない。

 ラスティの求めているものと俺が明かそうとしている事柄が似通っているため、彼女に協力して戴いているだけだ。


「そうですか、お気を付けて。

 出発はいつ頃になりますか? 旅費やお弁当――もし誰かと会うのでしたら、お土産か何かを持って行った方が良いかと」

「案ずるな。移動は竜車で、途中魔物でも狩って宿泊代やら食費は稼ぐ。土産はいらん。家族や友人と会うわけでは、無いからの」

「竜車ですか? あれって、行商人が商品を運ぶための乗り物じゃないんですか?」


 浅い知識でそう紡ぐと、ラスティは悪戯っ子のような顔で微笑んだ。


「幼い女子が荷台に乗っていても、大した重量にはならんよ。万が一見つかっても、無碍に捨てられることなどなかろう。心配するでない」

「むしろ今の会話を聞いて心配しない人はいないと思いますよ。

 悪魔打倒の時の報酬がまだたんまり残ってますから、ある程度は持って行ってもらえませんか?」


 確かに俺はラスティを信用しているが、何も言わずに無銭旅行に送り出すかといえば話は別だ。

 上級魔族だし、この程度のことなら幾度も経験しているのだろう。


 行き倒れになるとは考えにくいが、だからといって「あ、そうですか。頑張ってください」なんて突っぱねることなんて出来ない。


「カネが無くては困りますが、あっても困るものではありませんから。

 使うか使わないかはラスティさんに任せますから、金貨二、三枚は持って行った方がよろしいかと……」


 気を使ってそんなことを言うと、ラスティは呆れたような顔で俺のことを見た。


「にぃ様よ。女一人の旅路に、金貨二枚などという大金は必要ありゃせんよ。……にぃ様は、もっとお金の価値をちゃんと知っておくべきだと思うの」


 足りないよりはマシだろうと思ってのことだったが、流石に多すぎたか。


「では、大銀貨を数枚ということに。それと、……せっかくですから、出発パーティでもしますか?」


 別に、無意味に騒ぎ立てようだとかそういう意図で提案したわけではない。

 ラスティは今にも出発しそうな雰囲気を出している。出来るだけ長く引き留めておきたかったから、というのが提案の理由だ。


「いや、あまり騒ぎ立てなくて良い。危険な場所に行くわけじゃないからの」

「そうですか。……失礼を承知でお聞きしますが、どこに向かわれるのか聞いても良いですか?」


 さっきから気になっていたのだが、変にはぐらかされて未だ答えを貰っていない。


「帰ったら話そう。今ここで言ってしまうと、無意味に引き留められたり、にぃ様も付いて行くと言い出しそうじゃからの」


 やはりラスティは、どこに行くのか答えてくれなかった。

 信頼はしているし信用はしている。

 とはいっても、急に出掛ける用事が出来て、しかもこんなに急ぐとなると――どうしても不安の種が付きまとってしまう。


 だが、俺にはラスティを引き留めることは出来ない。

 俺はラスティを信じる。

 帰ってきたら、全部聞かせてもらおう。


「分かりました、ではお気を付けて」


 言いながラスティの前に屈み込むと、ぽすんと頭の上に何かを乗せられた。

 顔を上げると、寂しげに口元に弧を描くラスティの顔があった。


「妾がいないと、にぃ様も寂しいじゃろう。妾がいない間、それを妾だと思って大事に持っておれ。汚したり破いたり、どのような使い方をしても構わんからの」


 ラスティは背中を向けると、両手を地面に向けて開いてみせた。

 俺はローブの内ポケットから大銀貨を数枚取り出し、ラスティに手渡す。


「もう、行かれるのですか?」

「思い立ったら吉日。にぃ様と出会った時から、妾がこうすることは決まっていたのじゃろう」


 意味深な言葉を残すと、ラスティはそのまま物凄い勢いで上空へと吹き飛んで行った。

 風魔法――多分、プリムヴェールが図書館で使っていた魔法の上位魔法なのだろう。



 アマラントの髪色をした幼女が蒼天に吸い込まれるのを視認してから、俺は自宅へ戻って行った。









 家に戻ってリビングに入ると、シュネアがびっくりした様子で俺の頭を指さしてきた。


「ご、ご主人様。そ、それは一体何なのですか!?」


 頭の上に乗せられた何かを手に取って良く見てみると、普段ラスティが身に着けている刺激的なショーツだった。

 俺はついさっきまで、頭にショーツを被ったまま過ごしていたらしい。

 まったく、ラスティは本当にロクなことをしないな。


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