表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第5章 異世界魔法はエルフ奴隷とともに
85/101

5-10.魔力譲渡の脅威[前編]

 朝の陽ざしに瞳を焼かれ活性化した脳内に真っ先に飛び込んできたのは、気怠さでもなく罪悪感でもなく、快晴の草原に飛び出したような晴れやかな清々しさだった。


「何か、心の中に蠢いていたモヤモヤが一気に吹き飛んだような気分だな」


 さて身体を起こそうと手に力を入れようとすると、右手の中で動く温かな感触に気が付いた。

 手を開くと、現れたのは小さくて愛らしい握りこぶし。

 どうやら一晩中、手を握り合いながら眠っていたらしい。


 柔らかくて温かいお手手を握り直し、昨晩起きた事項を思い出す。


 結局昨晩は、ティオとそういう展開にはならなかった。

 ムードも雰囲気も環境も何もかもが、俺とティオを祝福し、二人の行く末を見守るように背中を押してくれていた。


 だけど、出来なかった。

 大好きな少女が目の前にいるというのに、俺はその一歩を踏み出すことが出来なかった。

 抱きしめただけで折れてしまいそうなティオの繊細な体躯を、穢し、傷つけ、俺色に染めるなんて暴挙を行うことなど出来なかった。


 でも、これで良かったのだと思える俺がここにいる。

 後悔などしていない。

 急ぐことなんて、ないのだ。

 身体を交えることが交際の終着点。そんなこと、一体誰が決めたことだというのか。

 ティオと俺との現在の終着点は、ここなのだ。これ以上でもこれ以下でもない。ここから先は、またゆっくり紡いでいけば良いだけなのだ。


「……ん、あ、アヤメお兄さん」

「おはよう、ティオ。昨日は、よく眠れた?」


 ぼんやりとした瞳で暫く虚空を眺めていたティオだったが、やがて意識が覚醒してきたのか、不意にほんのりと頬を染めて照れくさそうに目を逸らした。

 照れ隠しのためか、空いた方の手でキュッと布団を摘まんでいるのが何とも言えぬ可愛らしさだ。


 そして視線を逸らしながらも、コクコクと頷いているところが健気である。

 寝る直前まで、ティオの瞳はネコみたいに爛々と輝いていたからな。

 あの後ちゃんと眠れたかどうか、少し心配だった。


 ベッドから身体を起こし、寝間着として使用しているマントとローブを緩めてさっさと脱ぎ捨てる。

 新しいローブを身に纏いくるりと振り返ると、ティオはまだ寝間着のままベッドの上にちょこんと座っていた。

 普段ならもう既に着替え始めているか、早い時は着替え終わって俺のことを待っているというのに。

 何かそわそわした様子で寝間着の首元に指先を引っ掻けては、結局緩めずに小さく溜息。


「どうし――」


 どうしたのかと問いかけようとして、寸でのところで口を噤む。

 ティオの表情――それに、未だに頬が桜色に染まっている。

 チラチラとこっちを見やりながら、首元を緩めようと指先を突っ込んでは、何もせずに手を放す。

 つい先日までそんな素振りを見せるようなことは無かったのだが――。


「……その、アヤメお兄さん」

「お着替えが終わったら、ちゃんと寝間着を持って降りてくるんだよ」


 先に降りているとさりげなく伝え、寝間着を抱えて寝室から離脱。

 扉を閉めた直後、部屋の中からシュルシュルと衣擦れの音が聞こえてきた。

 聞き耳を立てるのは失礼なので、即座に扉から離れ、何事も無かったかのように階段を降りる。


 ――だが何事も無かったかのような風など、全く装えていなかった。


 階段を降りている間も降りてからも、心拍は速まり呼吸は荒く、熱をもったように頬が赤く染まっていた。

 今まで平気で肌を晒していた少女が、突然素肌を隠し、羞恥の意思を見せるようになった――。

 昨晩の行為で――、ティオは俺を意識するようになったということ。


「……数年後まで、待っててくれるかな」


 ここまで心を焼かれてしまえば、過去の清算などといって、無かったことになんか出来ないのだから。


  

 窓から差し込む朝日を見つめながら格好良く階段を降りていたのだが、よそ見をしていたせいか最後の段を踏み外し、間抜けな格好で足を着くことになってしまった。

 どうやら俺には、こういう雰囲気が似合わないらしい。



        ◇          ◇          ◇



 リビングに入ると、ラスティ本人とラスティに付き合わさせられたらしきシュネアがぐったりと寝転がっている姿が目に入った。

 ふと視線を向けると、部屋の隅に見慣れた樽が、横になって転がっている。

 確かあれは、俺が無理矢理飲まされて意識を失った酒だ。


 見たところ、既に空っぽらしい。

 珍しいな。ラスティはあの酒を気に入ってたみたいだし、ほんのりと酔う程度に舐めるのがデフォだったのだが。

 こんなに、――泥酔するほど飲んでしまうなんて。

 何か、悩んでいるのだろうか。


 寝室から追い出すことになった原因は俺にあるし、朝からギャンギャン騒いで叩き起こすのも忍びない。

 だがこのまま目覚めると頭とか胃が大変なことになりそうだったので、未だ意識を失ったままの二人に一応解毒魔法と治癒魔法をかけておいた。

 未だにどっちが悪酔いに効くのかよく分からない。

 自分で試したことが無いからだ。



 さて一足先に朝飯の用意をしておこうと台所にて鉄鍋を温めていると、丁度ティオが二階から降りてきた。

 頬を染め唇を尖らせながらも、隣に並んで肉を焼く手伝いをしてくれた。

 心なしかいつもより距離が近いような気がする。


 調子に乗ってもっと近寄ったら、パッと離れられてしまった。

 ティオは耳まで真っ赤にして、涙目でこっちを見ている。

 思わず仲間にしてしまいたくなるような仕草だが、面白半分にからかうのはやめておこう。

 失礼だからとかそういうのもあるけど――。

 何ていうか、単純に嫌われるのが嫌だってだけだ。


「今日は何をする予定なの?」

「……雷魔法がどの程度使えるか試してもらうのと、魔力譲渡マナ・トランスファーが出来るかどうかの実験かな」


 前者はともかく、後者が出来るようだと少し扱いを考えなくちゃならなくなる。

 以前ラスティが『それを妾に向かって撃つな』と、怯えたような顔で言っていた。


 確証はないが――その反応から察するに、ラスティほどのオド純度を持った生物にマナを流し込むと取り返しのつかないことになってしまうのだろう。

 ビリーは吸い上げ不可能、ターニャは吐き気、プリムヴェールは卒倒するほどの目眩。

 とはいえ、これは自分自身で吸引を行っている状態で、である。

 自由の効かない状態で無理やり流し込まれたら、どうなるのか想像に苦しくない。


 俺がこの魔導書を手にしている間は、無駄に情報が漏えいすることはないだろう。

 だが将来的に、俺が寿命か何かで死んだ後。

 この魔導書が他者の手に渡れば、新たな所有者がこの魔法の存在を把握してしまう。

 万が一それがエルフ族だったら――。


 局地的獣魔戦争や戦争に敗北したことが原因で勃発した、エルフ族の集団奴隷堕落。

 魔族の排斥。

 それらの行為により自尊心も人権も踏みにじられたエルフ族が、他種族に復讐を――と考えてしまうかもしれない。


「自分の都合だけを考えて無暗に魔法を書き込むという行動は、歴史を――これからの未来を改変してしまう恐れがあるんだ」


 魔導書の能力によって成功をおさめた人物の話は、図書館の書物で幾つか読んだことがあったけど。

 罪悪感やその強大な魔導書の能力に精神を蝕まれたり押し潰された人々の顛末も、知っておいた方が良いのかもしれない。

 自分が将来、そうならないためにも。


「アヤメお兄さん」


 名前を呼ばれて顔を向けると、ジト眼をしたティオと目が合った。


「どうかした?」

「お肉、焦げるよ。そのままだと消し炭になっちゃうよ」


 手に持った鉄鍋に視線を落とすと、ところどころ焦げ目のついた干し肉がジュウジュウと音を立てて煙を吐き出していた。

 即座に火を消して、傍に合った皿の上に肉を乗せる。

 むぅ、裏はかなり焦げてしまったな。


 ひっくり返して表面を削ると、黒い粉がチラチラと肉の上を舞った。

 ああ、やってしまった。


「ごめん、これは俺が食べるから」

「……良いよ、アヤメお兄さんは私が焼いたの食べて。それは私が食べてあげるから」


 ティオはテキパキと人数分の皿を用意すると、程よくこんがりと焼かれた干し肉を皿の上に乗せ、「ん」と俺の方に突き出してきた。


「気持ちは嬉しいけど、――本当に良いのか?」

「平気。焦げた肉を食べるより、アヤメお兄さんの具合が悪くなる方が嫌だし」


 そう言ってぷいと顔を背けると、ティオはトタトタとリビングへ駆けて行った。

 具合が悪くなるって……。俺って、そんなに軟弱な男に見えるのかな。


 棒切れのような腕をくいと曲げ、無い筋肉をプニプニと触ってみる。

 ちょっと指を伸ばせば、片手で二の腕を掴めてしまう。

 ひ弱だとか貧弱だとか、そんな次元じゃないな。


「ティオとかプリムヴェールを護れるくらいには、鍛えといた方が良いのかな」


 そっと肘を曲げてから、ウェイタースタイルで肉とパンが乗った皿をリビングまで運ぶ。

 まあ鍛える云々は後だ。とりあえず今は、朝食にしよう。


 そんなことを考えながらリビングに赴くと、茫然と立ち尽くすシュネアと鉢合わせした。


 元から色白な肌をさらに白く濁らせ、瞳の光が消失している。

 青ざめているだとかそういう範疇ではなく、真っ白な――灰になっている。

 可愛らしい寝癖の付いた薄紫色の髪が乗せられた色白な顔は、血の気が引いた蒼白に。

 透き通ったアメジストの瞳は、瞠目し眦に薄く涙が浮かんでいる。

 薄い唇は微かに震えを見せ、パクパクと痙攣する口端からは絶望に満ちた悲痛の声が漏らされている。

 小さく「あ、……許してください」とか、「助けてください」なんて言葉が聞こえた。


「ご、ごごごご、ご主人様を台所に立たせてしまうなんて……。しかも私は、たった今まで――ティオお嬢様に起こしていただくまで、泥酔して眠っていただなんて……」


 飲ませたのはラスティだし、それに付き合ってくれたのならそれも立派な奴隷のお仕事だと思うのだが。

 それに――――、


「ごひゅじんさま、どうか、どうかお許しください。お願いします……」


 こんなにも怯え跪く女の子を虐めて愉悦を覚えるような、嗜虐心は持ち合わせていないからな。


 

        ◇          ◇          ◇



 朝食が終了した。

 ティオとシュネアが後片付けをしている間に、俺は本日行う魔法実験の段取りを決めることにした。

 今回の実験は死人が出る可能性があるため、慎重にいかなければならない。

 脳内で流れを夢想し、ある程度のイレギュラーには対応できるようにしておかなければ。


「ラスティさん、二日酔いの頭痛は治りましたか?」

「んー」

「今日はちょっと危険な実験を行う予定ですから、一応気を付けておいてくださいね」

「んー」

「ラスティさん、今日もおっぱい大きいですね」

「んー」


 ラスティは朝から不調である。

 いや、正確にいうと始終ボーっとしているというか、心ここにあらずといった感じだろうか。

 先ほどシュネアとラスティには解毒魔法と治癒魔法をかけておいたので、二日酔いによる不調は大方解消されているはずだ。

 実際シュネアも既にいつもの元気を取り戻しており、鼻歌なんかを歌いながら皿を洗っている。


「大丈夫ですか、ラスティさん?」

「ん、んー。大丈夫じゃ、何も問題はない」


 その言葉は、何だか俺に向けられた言葉ではないような雰囲気を帯びていた。

 自分に言い聞かせるような――。


 まあいい、詮索したってきっと答えてはくれないだろう。

 彼女だってもう幼い子供――みたいな見た目はしているが、幼い子供ではないのだ。

 俺の五百倍近くの年月を生きているお方なのだ、わけも知らない俺が口出しするようなことは無いのだろう。


「今日は魔力譲渡マナ・トランスファーの実験をする予定なので、気を付けてくださいね」

「む、分かった。にぃ様も気を付けるんじゃぞ」


 やはり心ここにあらずといった様子だった。

 俺は気を付ける必要ないよ。日常的にやってることなんだから。



 そうこうしている内に、皿洗いが終わったらしい。

 家のことは一旦ティオに任せて、俺はシュネアとラスティを連れて庭に出ることにした。


 これでもアトリア家の私有地であるため、うちの庭は結構広いのだ。

 買い取ったわけではないため立ち退き要請を通達されたら出ていかなければならない場所だが、今のところそういった通達は来ていない。

 バルテルスやアトリアと会わなくなって久しい。

 皆さん元気にしているだろうか。


「ご主人様、今日の実験はお外で行うのですか?」

「ちょっと危険な実験だからね。安全のために外でやった方が良いかなって思って」


 魔力譲渡マナ・トランスファーはともかく、雷魔法を屋内で発動したら大変なことになるからな。

 二人を下がらせ、スタッフを掲げる。丁度良い高さの樹木を見つけると、俺はその木の一番細い枝に向かって、雷の球(サンダー・ボール)を撃ち込んだ。


雷の球(サンダー・ボール)!」


 名前なんてどうでも良いが、一応叫んでおく。

 今から撃ち出される魔法がどのようなものなのか、シュネアにも理解しておいてほしいからだ。

 別に、撃ち込んだ後で「エレクトリック」とかの方が格好良かったかな、とか後悔したからではない。


 スタッフから――吸い上げたマナが体内を巡り、左手の先から電撃の渦が発生。球体の形状として渦巻いた雷の塊は、中空を駆け抜け、狙い通りの場所へ。

 バチン! と見かけ倒しな音が奏でられ、雷の球は瞬時に消滅した。


「――と、こんな感じに」


 やってみてくれ、と続けようとしたのだが、シュネアは雷の球が撃たれた樹木の先を眺めたまま茫然と立ち尽くしていた。

 可愛らしい口をポカンと開けたまま、何とも言えぬ遠い目をしている。


「あー、シュネア。どうしたんだ、ボーっとして」

「い、いえその。見たことのない現象でしたので、何が起きたのかさっぱり分からなくて、その……」


 言われてみればそうか。

 俺が雷魔法を書きこんだのは、この世界に『電気』という概念が無かったからだ。

 魔術師ウェインの殺戮譚にて雷雨や落雷という現象が出ていたため失念していたが、本来は雷と電気は異なるものだ。


 それにいくらサザンガンフォルトが歴史的に有名な魔帝だと言っても、書物や言い伝えが乏しい地域ではあまり深い逸話は残っていないのだろう。

 実際シュネアも、サザンの行っていた「生き血を啜る行為」を曲解していたみたいだしな。


 それともう一つ、これは単なる俺の無知が原因だ。雷魔法を書き込む際、俺はアニメやゲームなどの創作物から魔法のビジョンをイメージした。

 電気や雷が渦を巻いて射出される原理など、俺は知らない。

 漠然と――ぼんやりとしか想像できない者が、他の人に詳細な説明をすることが出来るはずがない。


 迂闊だった。

 まあこれで、ふざけて雷の渦を心臓にぶつけたらショック死しました、なんて事故が起きなくて済みそうだが。


 誰かが将来、この魔法を発動するための詠唱か魔法陣を発見するしか、使う方法が無いのか。

 所謂教本や「詠唱の歴史」に載っていた詠唱は、後世の人間が後から作ったものだ。

 分かりやすく言うと、元の現代世界で火を扱う過程の進化が近いだろうか。


 火という存在がこの世界に誕生した当時は、木と木を擦り合わせて発火させていた。

 それが今ではライターだ。ライターに火が灯される要因も、突き詰めれば当初の方法と同様摩擦による発火である。

 見た目全く違う方法で火を点けているようにも見えるが、摩擦という観点で言えば同じである。


 後世に作られた詠唱も同じで、別に詠唱さえ唱えれば誰でも魔法が使える、というわけではない。

 決められた詠唱をして、その詠唱に対応する魔法を使う。

 それを繰り返すことで、無意識に「この詠唱を唱えたら、こういう現象が発動する」という潜在意識を作り出す。


 摩擦を起こしている実感がなくともライター内では摩擦により火花を発生させているのと同じように、気が付かない内に、発動する魔法現象を脳内に思い描いているというわけだ。


 実際に使わなくても、詠唱とともに、誰かから「この詠唱を唱えると発生するのはこういう現象だ」と教わることでも、同じようなことが起こるらしい。

 最初から魔導書に書かれている「詠唱」や「魔法陣」は、それとは全く別物なのだが。


「ここで俺が詠唱を考えるってのも一つの手だけど、良いのが思いつかないしな……」


 雷の球をそのままサンダーボールと称するくらいだ。

 ネーミングセンスの欠片もない。

 考えようとしても、今まで読んだラノベなんかの真似っぽいやつになっちゃうし……。


 何か良い知恵は無いかラスティの意見を聞こうと振り返ったが、ラスティは心ここにあらずといった様子でボーっと遠くを見つめていた。

 サザンガンフォルトの天候操作を目の前で見たことがある彼女なら、何か良い方法を思いつくかもなと思ったんだけど。

 まあ今日は不調みたいだし、また元気な時にでも聞いてみることにしよう。


「私……、ご主人様を失望させてしまったでしょうか」

「それは大丈夫だよ。

 前にも言ったけど、別に俺はシュネアの力量とか技能を測っているわけじゃないから。

 一般的なエルフ族がどのような魔法を使えて――、どんな風に魔法を使うかどうかを、調べているだけだから」

「……す、凄いです、ご主人様」

「これでも一応、魔法の賢者だからね」


 とはいっても、俺がしているのは国や世界のためになる行為ではなく、単なる興味本位や私利私欲を満たすための行動なのだが。


 まあ、雷魔法はそこまで重要ではない。

 今回、実験のために家の外に出たのは、どちらかというとこっちの実験が原因だ。


「もう一つ、非常に危険な魔法を使えるかどうか試してもらう。

 間違っても、冗談で誰かに向かって撃ったり、遊び半分で使うことのないように頼む」

「何か今のご主人様の声……、普段より格好良かったです」


 あれ? 低い声を出して忠告したつもりだったんだけど。

 元々の声がそんなに低くないから、凄味とかが無いのだろうか。


「ついでに言っておくと、俺には効かない魔法だから」

「……ご主人様って、本当何者なんですか」

「多分シュネアも平気だと思うよ」

「危険なのか危険じゃないのか、よく分からなくなってきました……」



 シュネア曰く格好良い声のまま、魔力譲渡マナ・トランスファーの使い方や効能をざっと説明しておく。

 最初はまず、悪用されぬよう簡単なところだけ。

 物質に向かって放つと、そこにマナを送り込むことが出来るということだけだ。


 俺の説明が終わるまでシュネアはポカンと口を開けていたが、「やってみせて」と促すと、即座に引き締まった表情を見せた。


「承知いたしました!

 行きます。魔力譲渡マナ・トランスファー!」


 両手を突き出したシュネアの体躯が、刹那的にビクンと跳ねる。

 足元に薄い光がぼんやりと浮かび上がり、シュネアの額に汗が滲む。


「くっ、きつぅ……。んやっぁ、そんなに激しく入って来ちゃ、ダメぇっ……!?」


 苦痛に顔を歪め、シュネアは歯を食いしばる。


「――ぅ、あっ!」


 パチンと気の抜けた音がすると共に、シュネアの足元にて輝いていた光が弾け飛んだ。

 疲れたように膝から崩れ落ち、ぺたこんと女の子座りをするシュネア。

 その顔には汗が滲んでおり、息が荒い。


「どうした、シュネア。何か、すごく辛そうだけど」


 手を貸そうと差し出したが、シュネアは辛そうに両手を地面に着き、重々しく吐息を零していた。

 喩えるなら、全力でトラックを何周もしたような感じだろうか。

 物凄い疲労感を背負っているように見える。


 俺はすぐ地面から魔力を吸い上げ、即席の湯呑と、湯呑がいっぱいになるだけの水を用意した。


 形は悪いが、使えないことは無いだろう。

 それをシュネアに手渡すと、彼女は瞬時に顔を上に向け、湯呑の中身を喉の奥へと流し込んだ。


「はぁっ……、はぁっ……。も、申し訳ありません。ご主人様のお手を煩わせるようなことを……」

「それは全然平気だけど。どうしたの、何があったの?

 すごく苦しそうだったけど、何か変なことでも」

「最初は単に、普通よりちょっと使用する魔力マナの多い魔法を使う感覚だったのですけど……。

 いくら吸っても、どれだけ吸い上げても、全然流れが止まらなくて。

 気が付いたら許容範囲を超えてもマナが流れ込んできて。

 でもそうなっちゃったら、私の力だけじゃ止められなくて――」

「限界を超えて、溜め込みきれなかった分の魔力を吐き出しちゃったってことか」


 シュネアはドカリと腰を下ろし、息を整え始めた。


「先日の『転移魔法』? でしたっけ。あれはまだ、『あ、この魔法は私には使えないな』って感じだったんですけど、今回のは、ちょっと違くって……」


 マナの吸い上げには、体内の器とオドの純度が関係している。

 シュネアの言っている“違い”とは、器や純度による吸い上げ可能なマナの量の許容範囲に関する話だろう。


 例えばプリムヴェールやラスティの使う風魔法は、かなり純度の高いオドが必要だと聞いたことがある。

 人族や獣族も使うことは出来るらしいが、そうそう乱発できるものではないらしい。


 オドというのはゲームでいうところのMPのようなものなので、個人の体内を巡るオドより多量のオドを使用する魔法は、感覚的に使えないことが分かるのだとか。

 俺がこの世界に初めて来たときに、水も火も出すことが出来なかった。

 多分、あのような感じになるのだろう。

 発動が失敗したとか、そんな感じだ。


 だがオドとマナは違う。

 マナは、元々体内には無かったエネルギーを外部から吸引したもの――。端的に言えば、携帯用充電器を繋いで電子機器を使うようなものだ。

 この場合電子機器――シュネアの身体が許容できる以上のマナを、無理やり体内に流し込まれたということだろう。


「大丈夫か? 吐き気とか、目眩とかそういう不調はないよな」


 この仮定が正しければ、シュネアが陥ったのはマナとオドの接触症状だ。

 プリムヴェールやターニャがマナを吸い上げた時のように、エルフ族の体内を微量に巡るオドと、吸い上げたマナが接触してしまったのだろう。

 召喚魔法の時は平気だったから、完全に油断していた。


「だ、大丈夫です。ちょっと大きな魔法を使おうとして、失敗しちゃったような感じですので」


 そう言って、シュネアは笑顔でぴょんと跳ね起きた。

 若干ふらついてはいるが、問題は無さそうだ。


 魔力譲渡マナ・トランスファーは、凄まじい勢いでマナを吸い上げて、その反動で対象者にマナを送り込んでいる。

 エルフ族ほどのオド純度では使用不可能、か。

 ハイエルフがどうかは分からないけど、とにかくこれも実験成功といって良いだろう。


「ところで、今回の魔法は――実際どのような効能を齎すものだったのですか?」

「ああ、前にシュネアと奴隷市場で会った時、屋内でも魔法を使えるようにしてあげたでしょ。あれだよ」


 暫しきょとんとした顔で俺の顔を見つめていたが、シュネアは不意にハッとした顔をして、


「い、今の魔法を、あんな簡単にしかも短時間で、ですか?」

「ああ、俺にはあんな魔法、朝飯前さ」


 シュネアの瞳がキラキラと輝く様を見て、満足げに瞑目。

 女奴隷に心から尊敬されるというのは、かなり気持ちの良いものだ。


「そういえばあの魔法って、オドを保有している方に流し込むとどうなるのですか?」


 気分良く瞼の裏を眺めていたが、俺はその言葉で現実に引き戻された。


 そうだよ、危ない忘れてた。

 シュネアがこの魔法を使えるなら調べよう、とか思ってたけど。

 シュネア以外の人――例えば俺みたいに生まれつき器を持っていない人は、この魔法を使えるかもしれないのだ。

 本来の使用用途はマナの吸引と蓄積だが、間違った使い方をした場合どのような被害が出てしまうのか、ちゃんとこの目で見ておいた方が良いだろう。


「試したことなかったな。

 よし、丁度良い。魔物相手に使ってみて、どのようになるのか実験してみよう。

 さてシュネアさん、ラスティさん、行きますよ」

「そ、そんなご主人様!

 私なんかを呼ぶために、『さん』など付けないでください!」

「…………」


 冗談に慌てるシュネアと嫌に大人しいラスティを連れて、俺は王都東部森林へ足を運ぶことにした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ