5-6.奴隷と魔導書とご主人様と[前編]
購入後、館の外にてアルから受け取った聖水とやらで16番の身体を清めた。
聖水などと大層な名前で呼ばれてはいるが、実際は単に魔力の多く籠った泉の水なのだとか。
トリスコールでも北部に聖水が採れる泉があるらしく、さほど高価なものではないらしい。
手錠と足枷は外してもらったが、衣服や靴などは付随していなかった。
外は真冬で、気温は低い。
奴隷を家に持ち帰る際は素っ裸でいることも珍しくないらしいが、流石にこの気温の中何も着せずに連れて帰るのは可哀想だろう。
しかも人族で言うと18歳――いわば食べ頃の女子高生と同じ年齢である。
瑞々しい素肌を躊躇いなく不特定多数の人の目に晒して良い年齢ではないだろう。
仕方ないので、ラスティに被服を買ってきてもらうように頼んでおいた。
大銀貨数枚を持って、ラスティは今商店街に大きめの服を買いに行っているはずだ。
下着とかサイズの合ったお洋服はまた今度。
今はともかく、ちゃんと身体を隠せる布地が必要なのだから。
「寒いよね。とりあえず、これだけでも羽織っておいた方が良い」
ローブの上に羽織っていたブルーのマントを脱ぎ、16番の肩にかけてやる。
16番は凍える手でそれを必死に摘まむと、肩を抱いてその場に屈み込んだ。
奴隷に着せる服を持ってきておけば良かったな。
流石の奴隷商人でも、保管している奴隷に薄布くらいは羽織らせていると思っていた。
病気になっても、解毒魔法でどうにかなるのだろうか。
病気や怪我を負っても簡単に治るからといって、それが原因で奴隷の扱いが酷くなるなら、万能な治癒魔法の存在も少し迷惑に感じてしまう。
「魔法も使えない状態であんなところに閉じ込められて、怖くなかったか?」
「……怖かったですけど、何とか持ちこたえました。まだ私は、奴隷堕ちして間もないですから」
「確か、そこに来て三日目だっけ? それまでは、何をしてたんだ」
む、踏み込んだ質問をしてしまったかな。
警戒心を解くために会話をしているのに、これでは溝が深まってしまうだけかもしれない。
「冒険者やったりとか、春街をうろついてみたりとかです」
「あ、やっぱり春街で働こうとか考えたんだ」
まあ、割と可愛らしい風貌をしてるもんな。
奴隷堕ちしたら結局することは同じようなことになるんだろうし、一度は通過する道か。
「考えたんですけど――、あまり良い仕事でも無かったんですよね。
高級なお店で雇って貰えるほどの美貌ではないし、安いところだとダークエルフさんとかサキュバスさんが牛耳ってますから、エルフが入れるような場所はなし。
たとえ雇ってもらえたとしても、支払われる給金はスズメの涙。
割に合わないなって。ほら、エルフ族って、場所によっては迫害されますけど、人によっては凄く好まれるんです。
昔地元の集落に、スタイル抜群のお姉さんがいたんですけど、その娘なんて本当すごかったんですよ。
しょっちゅう魔族の方々に捕えられて、触手まみれにされたりして。
実は私も、その娘が犯されてる最中を目撃したことがあるんですけど、何かもうお腹から腰にかけてギュンギュン熱くなっていくような感覚っていうか。いえ、私の話はどうでもいいですね。
――とにかく。後から聞いたんですけど、その魔族さんたちはエルフが性的な意味で大好物だったそうです。
そういう人もいるのでしたら、ほら……。余ってるから仕方なく、とかよりも……ぜひエルフを抱きたい、自分のモノにしたいっていう人にご奉仕した方が、どっちも嬉しいと思ったんです。
それでですね。
冒険者稼業も儲からなくなってきて、泊まる宿も無くなってきて。
春街なんかで、女を性処理道具としか考えてないような人に遊ばれるより、私個人を欲しがっている人の下で一生暮らしたいな――なんて思ってみたり?
ま――ぁ、現実はそんなに甘く無かったんですけどねー。
あ、すみません。つまらない話を、長々と喋ってしまって!」
姿勢を正して立ち上がり、慌てて腰を折る。押さえていた手が離れたために、羽織っただけのマントがバサリと音を立てて地面に落ちる。
それを見て、16番は血の気が引いた顔で慌ててマントを拾い上げた。
一糸纏わぬ姿でマントをバサバサやってから、のり巻きのようにくるりとマントを羽織ってみせる。
行動の一つ一つが、何かうるさい。
「で、結局春街では何もしなかったんだ」
「はい。ですから私はまだ処女ですよ。私の全てを、ご主人様に捧げる所存です!」
グッと拳を握りしめ、身を乗り出して立ち上がった。またしてもマントが地面に落ちる。
慌てて拾い上げ、バサバサとやってからくるりと。
何だろう、嫌な予感がしてきた。
「戦うのはあまり得意ではありませんけど、癒すのは任せてください。毎晩お布団の中で、可愛がってくれて良いんですよ?」
薄紫の瞳を蠱惑的に細め、マントの端をチラリと捲ってみせる。
誘惑しているつもりだろうか。
マントの中身はもう何度も見たので、今更興奮したりとかドギマギしたりとかは無いんだけどな。
「戦うのは苦手って言ってたけど、冒険者やってたんじゃないのか?」
「街中に沸いた小型の魔物退治とか、舗装工事してる子供たちの治療なんかが主なお仕事でした。高原とか山脈の方まで赴いて、魔法をバンバン使って戦う方の冒険者とは違うんですよ」
確かに、これだけベラベラ喋る娘じゃ、密偵とか貴族の令嬢を捜索して欲しいなんて依頼はこなせそうにないもんな。
もしかして春街で仕事が見つからなかったのって、それが原因でもあるんじゃないか。
性奴隷を購入するにしても、冒険者なら戦える奴隷が欲しいだろうし。
貴族だったら、寡黙かつ堅実に与えられた仕事をこなす奴隷の方が欲しいだろう。
明るくて元気そうだから掘り出し物を発掘できた――と思ったが、これはもしかすると。
「……売れ残り、か?」
「? 何ですか」
「何でもない。大丈夫」
いや、そんなはずはないな。他の奴隷たちも見たけど、この娘より具合が良さそうだとは思えなかった。
単にタイミングが良かっただけだ。
日に妬けたような薄い褐色肌もさほど汚れていないし、唇や肌のひび割れも許容範囲。
もう少し日が経っていたら、他の奴隷たちと同じように虚ろな目をしていたかもしれない。
生きていても絶望しかありえない、そんな未来を頭に描きながら。
死んでしまった方がマシだと考える者もいるだろう。
だがこの世界の奴隷制度には、奴隷身分剥奪による復帰が存在する。
一縷の望みにかけて生き続けるか、もしくはそう軽々しく“死”という道を掲げることが悪だと思われているのかもしれない。
中には、身内や家族に売られたり――ティオの母親のように、残した家族の生きる糧を用意するために奴隷堕ちする者もいるはずだ。
孰れにせよ、まだ希望を持っている時に出会うことができて本当に良かった。
それで良いじゃないか。
「とりあえず家に帰ったらまずは風呂に入れて……。何か消化の良い物でも作ってやらないといけないな」
脂肪が減って骨が出ている箇所も多少見受けられるが、良い物を食わせれば直に治るだろう。
浮浪生活を続けていたティオだって、今では幼女らしくすべすべして柔らかい体躯を取り戻している。
この――16番だって、元々はもう少し女の子らしい体躯をしていたはずさ。
――っと、いけない。もう一つ決めておかなければならないことがあったな。
「君のことは何て呼べば良いかな? ――ほら、そこでは16番って呼ばれてたから、名前知らないんだ」
一つ屋根の下で一緒に暮らすのに、名前の一つも知っていないのは困るだろう。
16番なんて――物品か罪人みたいな呼び方を続けるのは嫌だしな。
16番はきょとんとした顔で俺を見つめた挙句、申し訳なさそうに俯いてみせた。
「別に。ご主人様がお望みの呼び方でしたら――君でもお前でも貴様でも薄汚い雌豚でも、――シュネアでも、結構です」
何か途中から若干倒錯した呼称になったように感じたのは気のせいか。
まあともかく、一応彼女の名前を知ることはできた。
シュネア、か。
そっけない態度だったが、最後にそれを付け加えたところから、そう呼んでほしいことには違いないだろう。
16番の名前は、シュネアで良いのかな。
「じゃあ、シュネア。どう呼ぶことにするよ」
「ありがとうございます。……ご主人様」
ご主人様。うん、良い響きだ。
ほぼ同い年の女の子にご主人様と呼ばれるなんて、新鮮だな。
……考えてみれば、16番――シュネアは俺の奴隷なんだよな。
奴隷ということは、数多の創作物にあるように主の言いなりというわけだ。
意思や心、自我なんかはあるとはいえ、俺の言うことを何でも聞いてくれる女の子――。
ふと、マントにくるまったシュネアの姿が視界に入る。
一糸纏わぬ清らかな体躯に、俺のマントを直接羽織っているのだ。
何だろう、この変な優越感は。
健気な美少女を手のひらで転がすことの出来る、束縛や従属に類する一種のS感情。
圧倒的強者が弱者をいたぶる心情とは、こんな感じなのだろうか。
「…………」
もし、この場でシュネアのマントを無慈悲にも取っ払ったらどうなるか。
悲鳴を上げて屈み込み、眦に涙なんかを浮かべてキッと睨みつけるのだろうか。
何が起こったのか分からず直立した挙句、顔を真っ赤にして泣き出すのだろうか。
試さない。
試さないけど――。うん、創作物なんかで奴隷ヒロインが多く登場する理由が何となく分かった気がする。
裏切られないだとか愛玩動物扱いできるだとかそんなみみっちいことではなく。
何というか――美少女を虐げて我が物にする感覚が、堪らない人には堪らないのだろう。
「どうしましたか? ご主人様」
嗜虐心を掻き立てるような気怠げな垂れ目で、シュネアに顔を覗き込まれた。
危なかったな。
もし俺に加虐趣味やS嗜好があったら、今頃君は滑らかな裸体を周囲に晒すこととなっていた。
「……冗談はともかく。シュネア、寒くないか?」
建物の裏手であり北風に煽られない場所だとはいえ、マント一枚で立っていられるような気温ではない。
気温変動の少ない地方ではあるが、雪が降ったりそれが積もったりするような気候である。
真冬に裸で外に出されるなんて、拷問にも等しい扱いではなかろうか。
治癒魔法があるから、肺や内臓が犯されてしまうということにはならないと思うが。
「だ、大丈夫ですよ。私なんかに、お気遣い戴いて――」
「寒いとか痛いとか、そういう不快感を訴えるのは我儘じゃない。シュネアは俺の奴隷かもしれないけど、だからって脳からのアラームを無視したり、辛いのを我慢するのは良くない。言い難いかもしれないけど、そういうことは正直に言って欲しい」
「脳からの――ア、アラーム?」
あれ、言葉が通じなかったか?
今までそういったことは無かったと思ったが――、まあ良い。
「警告のことだよ。とにかく、遠慮せずに――――つっても、そんな簡単に関係を縮められるなら、こんなことにはならないか」
奴隷と主の距離感が近いラノベを読んだことはあるが、流石に初対面その日に打ち解けるなんてことは不可能だ。
あれはゆっくり段階を踏んで、徐々に仲良くなっていくものだからな。
「とにかく、すぐに暖かくしてあげるから」
風魔法――先日発見した掃除機魔法を使用して、周囲に散らかった枯葉や灰塵を掻き集める。
小型のつむじ風に巻き上げられた可燃物は一点に集中して積み上げられ、こんもりとした山となる。
「ご主人様、何をなさっているのですか?」
シュネアの問いかけに答えるより先に、俺は石ころを拾い上げてそこに魔法で火を灯す。
ライター程度の火を纏った小石を灰塵の中に投げ込むと、チリチリと音を立てながら枯葉や襤褸切れが燃えていく。
空気が乾燥していることもあってか、割かし簡単に小石の火は枯葉や灰塵へ燃え移った。
「……ご主人様、これは?」
「焚き火って言うんだ。俺の地元では、こうやって枯葉とかを燃やして暖を取っていたんだ」
勿論、インドアな俺にそんな経験はない。
全て創作物による知識である。
青春ものとか学園ものの幕間か何かだと、キャンプファイヤーだとか焼き芋だとかで焚き火をする場面は時折出てくるし。
キャンプファイヤーと焚き火を同列に語って良いものなのかは分からないが。
暫し火の前に佇んでいると、シュネアの頬が朱に染まり、体躯の痙攣も徐々に治まっていった。
焚き火の火が他の場所に燃え移らないように周囲に気を配っていると、トタトタと聞き慣れた風の足音が近づいてきた。
足音がした方に視線を送ると、丸めた布地を抱えたラスティの姿が見えた。
畳んで丸めたとはいえ、大人の女性が着るサイズの衣服でしかも上下揃っている。十歳前後の容姿をしているラスティには、ちょっとばかし大きすぎる荷物になってしまったようだ。
「サイズが分からんかったから、ちと大きめのを選んどいたが良かったかの?」
「キツイよりは良いでしょう。では、早速」
若干ふらついたラスティから衣装を受け取り、シュネアへ手渡す。
シュネアはきまりが悪そうに衣服を受け取るのを遠慮していたが、裸で街を歩くのは良くないだろうと告げると、受け取ってくれた。
衣服を身に纏う仕草を横目に、既に消えかかっている焚き火にバシャっと水をかける。
冬は火事が多いのだ。
火の不始末は火事のもと。
きちんと後始末をしておかなければ。
完全に火の気が無くなったところで、俺はシュネアの方へと振り返る。
一見薄手に見えるが、防寒に優れた民族衣装のような格好だ。確か雪国に生息する魔物の素材で作られた、冬用の防寒着の一つである。
元の世界の衣装で喩えると、ジャンパーとかジャージの生地が近いだろうか。
ただ靴下を穿いていないため、露出したふくらはぎが若干寒そうにも見えるが。
「似合ってるよ、シュネア」
「ありがとうございます、ご主人様」
民族衣装のような防寒着に身を包んだシュネアは、心なしか頬を柔らかく染めてみせた。
サイズに関しても問題無さそうだな。
ちょこっとだけ緩そうだけど、ずり下がるほどでは無さそうだ。
だけど少し着心地は良くないのかな。
さっきから胸とか腰の辺りに手をやって、布地を素肌に押し付けたり離したりしている。
家に帰るまでの辛抱だから、それくらいは我慢してもらいたいんだけど……。
「着心地、あまり良くないかな」
「! いえ、そんな! 温かくてとても肌触りも良いですし、こんな高級な衣装に文句なんて」
「でも、何かさっきからそわそわしてるみたいだし……」
「ああ、それは単に下着を着けておらんからじゃろ。擦れると痛いかもしれんが……、少しの辛抱じゃ。家に帰るまでは我慢しとくれ」
ラスティがそう言うと、シュネアは気まずそうにふいと視線を逸らした。
俺も気まずい。
これでラスティがニマニマ笑っていたりすれば良かったのに、いつになく真面目な顔で佇んでいる。
「では、帰るとするかの」
ラスティの科白を合図に、俺たちは自宅への道を急いだ。
◇ ◇ ◇
はいてない、つけてない、まだ知り合って間もないエルフ少女のシュネアを連れてはいたものの、とくに怪しい人や妙な勧誘なんかに声をかけられるようなことは無かった。
一つ二つ面倒だったのは、インキュバスっぽい男娼がシュネアを誘惑しようと何度か寄ってきたことくらいか。
銀髪灼眼のイケメン魔族に誑かされて、買ったばかりの奴隷の心が別の男性のもとへ向いてしまうのではないかと若干ヒヤヒヤしたものだったが、インキュバスのような中級魔族はラスティのひと睨みですぐに姿を消してしまう。
睨みとはいってもビジュアルが幼女なので、上目遣いでじっと見つめているようにしか見えない。
だが絶対権力者に無言の圧力をかけられるのはあまり愉快な行為では無いらしく、シュネアも俺も無事春街を抜けることが出来た。
そんなこともあったから、途中道端でやらかしている男女を興味津々の目で見ていたラスティのことを咎めることは出来ない。
ゆっくりと鑑賞する時間を与えておいた。
あと面倒だったのは、身分証明書の発行だろうか。
北部に参るわけではないのでさほど面倒な手続きは必要ないのだが、年頃の男の子が同い年くらいの女の子を連れて、「ご関係は?」と問われて「奴隷です」と答えるのは一種の拷問に等しい。
しかも運悪く顔見知りの受付嬢さんがいたため、体裁もあってそこで手続きをするしかなかったのだ。
どこからか連れ込んだ魔族ロリに、つるぺたなエルフ奴隷。
そのうえ時折桃色髪の童女を連れて、依頼を請けに来る若い男性。
裏ではどのように言われているのか、考えるのが怖い。
「はい、エルフ族の奴隷――シュネアさんですね。所有者は、カザミ・アヤメ様。はい、手続きは完了いたしました。一応これは仮の手続きになりますから、まだ完全な奴隷身分に落とされたわけではありません。
国に奴隷申請をする場合は、この書類にご記入の後ギルドに提出してください。
奴隷申請をなさらない場合、もしくは何らかの理由で必要が無くなった場合は、破棄してしまっても構いません」
「ありがとうございます。……奴隷申請に、期限とかはあるんですか?」
「トリスコールでは、二ヶ月以上経過すると申請書を受け取ることが出来なくなります。これは『奴隷にするぞ』と脅したり、脅迫による過酷な労働を強いられないようにするための律法です」
淡々と、事務的な口調で書類を手渡された。
いつもはにこやかに丁寧な口調で喋る受付嬢さんの瞳が、凍りついたように冷ややかだった。
俺だって、本当は今日手続きをするつもりは無かった。
だがあいにく俺の家は王都城壁の外にあるため、帰宅するには南部凱旋門を通り抜けなければならない。
シュネアはどうやら奴隷堕ちした際に身分証明書を剥奪されたらしく、再発行するしか王都から出る方法が無かったのだ。
発行の条件は穴だらけな割に、変なところが細かい国である。
まあ色々とあったが、とにかく無事自宅へ帰りつくことは出来た。
カミーユから借りた指輪を使って、シュネアを「招いても良い人間」として認識。
シュネアの手をとってエスコートしようかとも考えたが、雇用主が奴隷のエスコートをするのも変なことだなと思い、付いてくるよう促すだけに留めておいた。
帰宅途中、シュネアは始終だんまりを決め込んでいた。
滾々と湧き出る泉のように言葉を紡いでいた彼女はどこへいったのか、聞かれたこと以外、余計なことを口から漏らすことは皆無であった。
「ここが君の新しい住居だ」
「……! は、はい!」
「妾とにぃ様のスィートホームじゃ」
「そ、そうなのですか!?」
「違います。それに、住民は俺たち二人ってわけじゃないから」
通じにくい冗談はよしてくださいと告げると、ラスティはてへと笑って舌を出して見せた。
ラスティがどういう人なのか知っている人から見れば他愛もない笑えるジョークだが、ほぼ初対面の人にズバッと差し込むような冗談ではない。
「緊張してるみたいじゃったから、少し和ませようと思ってのことだったんじゃが」
「お気持ちはありがたいですけど、もう少し分かり易い冗談にしてほしいっていうか、何て言うか……」
「ふむ、分かり易い冗談……。下の話とかかの?」
「今の話は忘れてください」
悪気はないのだろうが、それも初対面の人にぶつけるような話題では無いだろう。
単に俺が下世話な話が嫌い、というのもあるのだが。
ラスティが変な話を始めるより先に、シュネアをリビングへ案内する。
調子は戻ったようだが未だ絶好調というわけではないらしいティオは、リビングにいなかった。
多分自室かその隣で眠っているのだろう。
シュネアにはリビングで待つように告げ、お茶――は葉の種類が分からなかったので、湯呑に水魔法で水を注いで盆に乗せてリビングへ運ぶ。
座って待っててもらっているつもりだったのだが、水を持ってリビングに戻ると、シュネアは静かに部屋の隅で直立していた。
顔が強張っている。
「水持って来たから。それと、遠慮せずそこに座って良いよ」
「……はい」
テーブルの横にちょこんと腰かけたが、シュネアの体躯は小刻みに震えていた。
魔道具のおかげで室温は保たれているはずだから、寒さによる震えではないのだろう。
不安か緊張か、――両方か。
まあ、これが普通の反応かな。
実際シュネアから見た俺たちは、シュネアのことを生かすも殺すも自由な絶対権力者として映っているのだ。
余計なことはせず、静かに振舞おうというのは別におかしいことではない。
俺がもしシュネアの立場だったら、絶対に目を合わせず、黙って刻をやり過ごそうと試みるだろう。
だが俺は別に、シュネアを傷つけたり怖がらせたりするつもりはない。
性的な扱いをするわけでもないし、ストレス解消のサンドバックにする予定もない。
研究を手伝ってもらう――まずは、安心して信頼してもらえるような関係を築いておきたい。
故に、できればリラックスして欲しい。
とはいえ買ったばかりの奴隷に「リラックスしろ」なんて言っても、したがってくれるとは思えない。
気を抜けと命じれば従ってくれるかもしれないが、それでは意味がない。
むしろ疲れさせてしまいそうだ。
俺に、思わず心を緩めてしまうような話術があれば良いのだが、生憎俺は話題の引き出しが少ない方だ。
この家の住人で、一番女の子の扱いに慣れてそうなのは――。
「何じゃ? 妾の顔に、何か付いておるかの?」
だぼついたセーターにくるまりながら湯呑を傾ける、上級魔族ラスティの姿が目に入った。
「いえ、初めての奴隷なので、どう接したら良いか分からなくて」
「……そうじゃの。普通はまず風呂に入れて、身体を清めることが大切じゃ。聖水で洗ったとはいえ、――多少臭うからの」
思ったより割と一般的かつ真面目な答えが返ってきた。
そうか、まずは風呂に入れるのか。
確かに奴隷堕ちするような境遇の娘が、毎日風呂に入っていたとは考えにくい。
奴隷堕ち寸前だったティオでさえ、「汚れたら水をかぶる」程度の衛生管理しか行っていなかった。
獣族なんかは行水で済ませてしまうことも多いからさほど気にしてはいなかったが、確かに何日も風呂に入っていない状態で家の中をうろつかせるのは良くないだろう。
治癒魔法がどこまで万能なのかは分からない。
一種の菌とか衰弱には効かないとか、そういうことがあるかもしれない。
実際疲労には効果がないみたいだしな。
無いとは思いたいが、万が一不治の病なんかに侵されていたら大変なことになってしまう。
まあそこまで行ってしまえば身体を洗ったからどうこうなるような範疇の話ではなくなるが、とにかく身体を衛生的に保つことは良いことだ。
身体が汚れていると、気持ちも落ち込んでしまうものだからな。
「ではティオに頼んで、風呂を沸かしてきてもらいましょうか」
俺がやれれば良いのだが、生憎魔道具は体外魔力で動かすことが出来ない。
全て体内魔力だ。
エルフ程度のオドでも使用することは出来るらしいから、今後はシュネアにでも頼めるとは思うのだが。
「わざわざティオ殿を起こす必要もない。妾が沸かしてくるから、ちぃと待っておれ」
実際の腕より長くダボッとしたセーターをパタパタさせながら、ラスティはリビングを出て行った。
シュネアと二人きりになったが、やはり二人の間に会話は生まれない。
警戒されているのだろう。
無言の時を数分。
そろそろ何か言わなければなどと考え始めたところで、丁度ラスティがリビングに戻って来た。
やはり二人の間にも、言葉はない。
ラスティが蠱惑的な手つきで手招きすると、シュネアは慎ましやかに腰を折り、こちらを窺うような様子を見せてからラスティの背中を追って行った。




