5-5.奴隷商人[後編]
扉を開くと、建物の中から間抜けなあくびが聞こえてきた。
隙間から顔を覗かせると、真っ黒な猛獣が部屋の奥で書物を片手に頬杖を着いている光景が目に入った。
獣族――それもオオカミだろう。
エイムのようなケモミミ獣人ではなく、ビリーのような二足歩行する獣である。
彼は暇そうに眦を擦ると、読んでいた本をパタンと閉じた。
やがて深い溜息をつくと、黒目がギョロリと揺らめき、冷たい視線がこっちを向いた。
品定めするような目つきだ。
頭のてっぺんからつま先まで、残らず視姦されているような錯覚が生じ、思わず腰が引けそうになってしまう。
不安に駆られてラスティに視線を送ると、彼女は堂々とダボダボセーターに包まれたまな板をこれ見よがしに見せつけていた。
頼もしいな。
「えーと、ですね」
どうしよう、普通に来ちゃったけど、これって何か合言葉とかが必要になるのだろうか。
いや、だとしたら入り口の扉はしっかりと施錠しておくはずだ。
見たところこの部屋にはオオカミさん一人しかいないみたいだし、分からないことはこの人に聞けば良いんだろうか。
「購入なら右、売却か堕落なら左。どっちだ」
不安の籠った視線を送っていると、真っ黒なオオカミさんはぶっきらぼうにそんなことを問うた。
ああ、なるほど。この人が一人で全部の相手をするわけではないのか。
受付――もしくは待合室のような場所なのだろう。
俺の場合購入だから――、右で良いのかな。
「エルフの奴隷を買いに来たんじゃが、あるかの?」
ラスティの問いに、オオカミは面倒くさそうに首を横に振ってみせる。
「オレは案内しかしてねえから知らん。ただ購入者なら右側だな。ついてこい」
受付のオオカミは俺たちに来るよう促して、右側の扉を手の甲でノックした。
漆黒の毛に包まれた手の甲がトトトン、トトン、トンと、軽やかなステップを踏む。
これにも決まりがあるのだろうか。
オオカミがノックをしてから数秒すると、扉が開き、中からもう一人真っ黒なオオカミが現れた。
瞳が青く輝いているところ以外は、受付のオオカミと寸分違わぬ容姿をしている。
兄弟か何かだろうか。
いや、単に俺が獣族の区別がついていないだけだろうな。
オオカミたちは言葉を交わすこともなく、俺とラスティを部屋の中へと案内する。
パタンと扉が閉められると、むわりとした臭いが周囲を包み込んだ。
トイレの芳香剤を思い起こすような強い匂いと、汗や塵芥がこびりついたような嫌な臭い。
ラスティを見ると、半眼で鼻をつまんでいた。
「失礼ですが、冒険者の方でしょうか?」
「はい、そうです」
正直に答えると、サファイアの瞳を持ったオオカミが怪訝そうに俺とラスティを見やった。
「それにしては、お二方とも清潔にしておられる。生臭い血糊や、腐ったような体液の香りが微塵にも感じられない」
もっと高貴な御方だと思いましたよと続け、青眼のオオカミは薄く微笑んでみせた。
仄暗い通路を抜けると、一つの小部屋へ通された。
ガラス細工のような調度品や何だか分からない銅像らしき物品の置かれた、若干豪奢な雰囲気の部屋だ。
紫色の瓶が描かれた、油絵のような絵画も飾ってあった。
この世界にも絵の具とかがあるのだろうか。
調度品を眺めながらうろうろしていると、反対側の扉がギィと開かれ、髪が薄くでっぷりと太った人族が手もみをしながら現れた。
肩からタオルをかけ、ニタニタと口元を緩めている。
不思議と嫌悪感は湧かない。むしろ愛想良く振舞っている、気さくで良いおじさんという印象を抱かせるお方だ。
ピチっとした衣服が脂ぎった身体にべったり張り付いているのは、些か気になるが。
「冒険者の方だそうです」
「ようこそいらっしゃいまして。どのようなものをお求めですか? 生憎トリスコールは武力重視の世の中ですから、戦闘用奴隷は中々良い者が手に入りにくいのですが」
戦闘用奴隷は少ない、か。
戦えるだけで充分生きて行けるような世の中だもんな。
まあ、俺らが捜しているのは肉壁とか荷物運びとか、屈強な男奴隷ではない。
「エルフの女子を頼めるかの。健康で出来るだけ端麗な者。そいで――」
「処女ですな?」
脂ぎった顔に、下品な笑みが張り付くのが分かる。
思わずムッとしてしまったが、ラスティはとくに気にしていない様子だ。
唯一の女性陣が気にしてないのなら、別に良い。
むしろ、ふふんと口元を緩めていた。
「話が早くて助かるの」
「エルフの奴隷は何体かおりますから、お好きなのをお選びください。ただ中には性奴隷としては使えない奴隷もおりますので、その辺りはご了承ください」
「性奴隷としては使えないじゃと? それはいかに」
「トリスコール外にて一家で奴隷堕ちしたような輩だと、娘や妻にあらかじめ貞操帯を着けておく賢しい奴もいましてな。娼館にも売れず、買い手もつかず――売れ残ることが多いのですよ」
「今から見せられる奴隷の中にも、そういうものはおるのかの?」
「おります。ですが見ればすぐに解りますから大丈夫ですよ。お買い上げの場合は、値引きいたします」
「性奴隷として扱う予定は無いから、それでも良いかもしれないの」
「愛玩用で無ければそれもまた良いと思いますが――。さっきも言った通り売れ残りが多いので、あまり良い者は残っておりませんな」
「まどろっこしいの。最初から、高い者を買って欲しいと言えば良いものを」
「おお、これは手厳しい」
ラスティと奴隷商人の会話を聴き流しながら、俺はその二人と一緒に退室する。
青色御目目のオオカミは軽く一礼してから、俺たちが来た方の通路へと戻って行った。
部屋を抜けて少し歩くと、倉庫のような場所へ案内された。
天井をぶち抜いたような、講堂のように広い場所。全体的に仄暗く、天井がどこにあるのか視認することができない。
多分、あの並んでいた倉庫の孰れかと繋がっていたのだろう。
食料とか生理的なものの処理をどうしているのか――は、聞かない方が良いだろうか。
「エルフは奥の方ですので、暫しお待ちください」
闇に包まれた檻の中では、ケモミミの少女や人族の少年が体育座りをして縮こまっていた。
トサカのようなものが生えているのは、魔族だろうか。
目が慣れてくると、少し遠くの奴隷も視認できるようになってきた。
体育座りをする奴隷の背後には、人形のように瞳を見開いたまま虚ろな目をした少年少女が横たわっているのが見えた。
何も身に着けず、何かを見ているようでもない。
買う気も無いのに、興味本位で見るのも失礼だな。
「お待たせしました。エルフの檻は、この辺りになります」
奴隷商人の言葉を合図に、俺とラスティはそこで立ち止まった。
◇ ◇ ◇
「エルフをお求めだそうだ。――檻を開けろ」
「承知しました。ではこちらへ」
パッとぼんやりとした火が出現し、それと同調して一気に倉庫一帯が明るくなった。
見ると壁には、松明のようなものが幾つも備え付けられていた。
魔道具だろうか。火魔法に反応して、同じように火が灯される松明。
便利なものだな。
「どうかされましたか?」
「いえ、何でもありません」
奴隷より先に魔道具に反応した俺がおかしかったのか、奴隷商人のおじさんに怪訝そうな顔で見られた。
「紹介しましょう、アルとウルです。エルフ奴隷の管理や諸々の世話は、主にこの二人が行っています。分からないことは、何でもこの二人に聞いてください」
「…………」
「――――」
アルとウルと紹介された二人のオオカミは、堅実な表情を崩さずに無言で首肯する。
今度のオオカミは黒くない。銀色だ。それに、腰に剣を差している。
だがやはり、二足歩行する獣である。
この国の奴隷商人は、獣族しかなれないとかそんな決まりでもあるのだろうか。
目の前に一人例外がいるけど。
なんてことを考えながらオオカミさん二人を見つめていると、アルと呼ばれた方のオオカミが表情を崩し、鋭利な牙を剥きだしにした。
多分本人としては、柔らかな営業スマイルを作っているつもりなのだろう。
「初めまして、エルフ奴隷――主に女奴隷の管理をしているアルと申します」
「ウル、だ……です。エルフの男奴隷、を、管理してる、です」
川のせせらぎのように滔々と喋るアルに、少しどもったウルだな。
毎度おなじみ見た目はそっくりだけど、話せばどちらだかすぐに分かる。
アルが女性で、ウルが男性だ。
「女の奴隷を探しておる。良い者はおるかの?」
「かしこまりました、こちらへどうぞ」
アルに案内され、奥の檻まで赴く。
特徴的な形をした鍵をガチャリとねじ込ませ、檻が開かれた。
「出なさい。あなたたちのご主人様になるかもしれない方がいらっしゃったわ」
アルの言葉が終わると同時に、数人のエルフがよろよろと檻の中から現れた。
一糸纏わぬ欠食童子スタイルに、足枷と手錠を填め込まれている。
逃げ出されないようにするためか、その全てが頑丈な鎖で繋がれている。
まるで昔の牢獄みたいだな。
「これで全員? まだ鎖が檻に残ってるみたいだけど」
「3番と12番、それと1番の娘たちが、昨日から動きません」
「あらそう。死んだわけじゃないのよね?」
「生きてはいると思います」
「……3と、12と、1ね? どれも貞操帯着けてる娘だわ。――と、あなたは何番だったかしら?」
「16番です」
16番と名乗ったエルフの少女は、俺を見てペロリと舌を出してみせた。
目に光が灯っている。
他の娘たちは、皆虚ろな目をしているというのに。
16番以外の奴隷一人ずつに、視線を送ってみる。
ペタンとお尻を床にくっつけて、口を半開きにした少女が一人。目を合わせようとしても、視線が揺らめいてどうしても目が合わない娘が三人。
怒りに満ちた表情で、俺のことを睨みつける娘が一人。ぐったりと横向きに床に寝転がっている娘が四人。
全裸の女の子がこんなに転がっているというのに、全く興奮しない。そんなことがあるということを、俺は今日この場で初めて知った。
別にここにいる少女たちが、醜く汚らしい体格をしているというわけではない。
むしろ整った顔立ちの者も多く、痩せてはいるがどうしようもない身体の者はいなさそうだ。
しかし――。
「……これが、奴隷なのか」
想像しなかったわけではない。
創作物に出てくるような、明るく元気に振舞う奴隷なんていないことは分かっていた。
だがここまで――ここまで酷い光景を見せられるとは思わなかった。
勝手に、脳内に逃避という名のフィルターをかけていたのだろう。
ここまで無残な光景を見て、俺はその中から“良いもの”を選んで購入するという現実から。
これが野菜なら、どんな感じだろう。
色も形も悪くないんだけど、瑞々しさも無くて魅力の欠片も感じさせない売れ残りを見ているような感じだろうか。
比喩をするのが失礼だというのは重々承知しているが、人間だと思って買おうとすると心が痛む。
元の世界での創作物に奴隷ヒロインなんてものが出てくると、意味もなくテンションが上がってしまうものだったが。
「……16番って、言ったっけ?」
「はい、私ですか?」
唯一瞳に光が灯ったエルフに問いかける。
喋っているのもキョロキョロと周囲を見回しているのも、16番と呼ばれた少女だけだ。
身体の汚れもほとんどない。
この中では、割と新しい奴隷なのだろうか。
「そいつですか? まだここに来て、三日と経っていない奴ですね。奴隷期間も短いので、健康状態も悪くありません。歳は百ちょっと――人族でいえば、十八歳くらいですね」
アルは16番の鎖を緩めると、手錠と足枷は付けたままの状態で、俺の前に連れてきた。
「どうぞ、手に取ってご確認ください」
「手、手に取って、ですか?」
「肉付きとか素肌の触り心地とか、気になるところは全てご確認を。後で話が違うと文句を言われても、困りますので」
肉付きと、素肌の触り心地……。
まあ、確かにな。商品を買う前に、こうして直接触れたりして確認できるというのは中々無いことではないか。
地元の八百屋だとか雑貨屋とかなら、時折触らせてくれる親切な店主もいないわけではないが。
奴隷は、野菜じゃないんだから。
「遠慮せず触っておいた方が良いぞ。にぃ様が気に入るかどうか、それが一番じゃからの」
「……では、失礼します」
そうだ、買うのは俺だ。同じ屋根の下で暮らす――、魔法の実験を手伝ってもらうための労働力。
恥ずかしがって手を抜いては、良いものは手に入らないだろう。
ほんのりと妬けた肩を撫でつけ、そのまま腕を滑らせて手首を握る。
多少乾燥しているようだが、年頃の淑女らしく素肌には弾力があり、柔らかい。
指先一本一本にも肉が付いている。痩せこけたり、骨々しいという感想は得られない。
次に、髪に手を通してみる。
薄い褐色肌に良く映える、薄紫色の細い髪。雑多に切られボサボサとした印象を抱かせるが、髪質はそれほど悪くはないようだ。
石鹸を使って洗ってからちゃんと梳かしてやれば、また綺麗な髪質を取り戻すことが出来るだろう。
頬を撫でてやる。
流石に顔つきはやつれており、肉が削げたようにペタンと凹んでいる。
だが面差し――優しげな垂れ目のおかげか、不健康な印象はさほど抱かない。
栄養のある温かい食べ物を与えれば、元の魅力を取り戻せるのではないだろうか。
顎に手をやって瞳の奥を見つめる。
絶望に沈んだ気配は感じさせず、生きたいという意思が心の奥底から垣間見える。
出来るだけ早めにやり直しの機会を与えれば、もしかすると――――。
そんなことを考えながら薄紫の瞳を見据えていると、16番の頬が桜色に染まった。
俺に対して、恐怖は感じていないらしい。
それに、照れると結構可愛いじゃないか。
「気に入ったかの?」
「俺は結構良いと思いましたけど――、ラスティさんはどう思いますか?」
当たり前のことだが、俺は奴隷に関する知識は書物によるものしかない。
直接見て触れて感じるのは、今日が初めてである。
だから比較対象は、ここにいる他の奴隷のみ。
この中では一番良いとは思ったが、実際はどうなのか分からない。
これでもこの世界の奴隷としては落第点なのかもしれないからな。
「ちょっと触るぞ」
ラスティは16番の前に屈み込み、俺と同じく肩や腕――脇腹などを念入りに撫で始めた。
髪を梳いてみたり、ちょっといけないところを撫でてみたり、顔を近づけて遠慮なく全身の匂いを嗅いでみたり。
口を開かせ、舌の色や口腔内の様子も確認している。
迷いの無いラスティの手腕にも舌を巻くばかりだが、これだけ色々されても眉一つ動かさない16番の精神力も凄まじい。
これだけの忍耐力があれば、他に生きる道があったのではないかなんて、思わず邪推してしまいそうになる。
何か――外からは見えない別の場所に問題があるとかじゃないよな。
暫くラスティは16番の身体をまさぐっていたが、気が済んだのか不意に立ち上がり吐息を漏らした。
「流石に体力や気力は落ちているようじゃが、素体はしっかりしておるし、残り香もさほどない。処女のようじゃし、暴行跡も――治癒魔法で治せる程度しかない。――病気なんかは、もっておらんの?」
「解毒をかけておりますので、多分心配は無いかと。一応ご購入の際は、サービスで“聖水”による洗浄を行っておりますよ」
「なっ……。聖水による、洗浄じゃと!?」
「ラスティさん。多分そっちの聖水じゃないです」
分かってしまったのが悔しい――というか、こっちでもソレを聖水と呼ぶのか。
知りたくなかった真実を知ってしまったような感覚だ。
ラスティの発言にアルはきょとんとした顔で佇んでいたが、無表情のままカーッと顔が赤らんだ。
想像力が豊かな連れが迷惑をかけてすみません。
「で、どうでしょうか。一応他の奴隷も、同じように調べた方が良いですかね」
言いながら振り返ると、背後に転がったエルフ奴隷たちに怯えた目で見られた。
ついでに我が身を守るように身体を縮こませ、身体ごとそっぽを向かれてしまった。
相性は最悪……と。無理矢理連れてっても、逆恨みされたら面倒だしな。
わざわざ16番と同じように確かめることもないか。
「調べる必要は無いじゃろうな。
妾の見かけだと、この16番は中々良い奴隷じゃと思うぞ。
にぃ様を見る目にも、怯えや畏怖の色が映っておらんしの」
言われてみればそうだな。
他の奴隷たちは俺やラスティのことを親の仇でも見るような目で睨みつけているが、16番は違う。
元々垂れ目気味で優しげな面差しだということも関係するのだろうが、彼女は俺を睨んだり、俺に敵意を向けたりはしていない。
奴隷になって間もないみたいだし、状況を理解していないだけかもしれないが。
「少し気になることがあるので、幾つか話してから決めましょうか。……16番の娘と、話しても良いですか?」
「ええ、構いませんよ」
管理者であるアルの許可もとったので、俺は16番の前に屈んで顔の位置を合わせる。
今からするのは命令や指令ではなく、単なる質問だ。
上から見下ろしたり馴れ馴れしく触れ合いながらするものではない。
目の位置は同じにして、話しやすい雰囲気を作っておかなければ。
「今から君に幾つか質問をする。どんな答え方でも良いから、正直に答えて欲しい。もし言いにくいことだったら、素直に『言いたくない』って言ってくれれば大丈夫だから」
「分かりました」
おおぅ、ちゃんと返事が返ってきた。
よし、意思疎通は問題無しと。
「君の種族はエルフ? それともハーフエルフとか、ハイエルフだったりする?」
「純粋なエルフです。先祖にハイエルフがいたかどうかまでは存じませんが、一応種族的には混じりけのないエルフ族ということになっております」
ちょっと声が震えているな。
家に帰ったらまず、不安を取り除いてやらないと。
「次の質問だ。君は――、体外魔力を使って、魔法を使うことは出来るか?」
16番のエルフ耳がピクンと動いた。
動揺すると動くのかな。
今の発言のためか、転がっていたエルフ奴隷たちは首を曲げてチラと俺の方に視線を送ってみせた。
エルフは体外魔力の存在を知っている。
どうやらこの仮説は、間違っていなかったようだな。
「……はい、使えます」
アルはきょとんとした顔で、首を傾げながら虚空を見つめていた。
やはりエルフ族以外の種族は、普通に暮らしていてる限り体外魔力の存在は知らないものなんだな。
さて、ここが一番重要な質問だ。
「君は人よりもマナの巡りが良すぎるとか、普通は使えないはずの膨大な魔法が使えるとか――、あるいは他のエルフ族と比べてオドの純度が明らかに低いとか、そういうことはないか?」
もし彼女も、俺と同じように“器”が無かったとしたら。
残念だが、彼女を買う意味は無くなってしまう。
器のあるエルフ族がどの程度魔法を使えるのかどうかを、実験することが出来なくなってしまうからだ。
「……エルフ族は、元々オドの純度が低い種族です。他の人たちと比べて、濁っているかどうかまでは」
分からないか。
確かに普段からマナを利用して生活をしているのに、オドの純度がどの程度かどうかまでは気にしないだろう。
知らなかったところで、日常生活に不都合が出るようなことは無いのだから。
膨大な魔法を使える――といったことは無いのだろう。
もし出来るのなら、奴隷堕ちなどせずに冒険者として充分やっていけるはずだ。
俺だってそうだったんだから。
だが、一応器の確認はしておいた方が良いだろう。
「今、マナは使えるか?」
「枯渇しているので、この場で使うことは不可能です。倉庫の中には、自然物が置いてありませんから」
「なら、ちょっと試させてくれ」
彼女の言葉を信じるなら、今この場でマナが巡っている物質は、俺が持っているスタッフだけということになる。
ズルやインチキで、別の場所からマナを吸い上げることは出来ないはず。
左手にスタッフを握り締め、右手を伸ばして16番の肩に触れる。
16番は一瞬ビクンと身体を縮こませたが――。心配しないでくれ、押し倒したりだとか、生命を脅かすような真似はしない。
肉付きの良い小さな肩を手の中に包み込み、つい先日書き込んだ魔法を発動する。
「魔力譲渡」
スタッフからマナが吸い上げられ、俺の体内を巡って右腕へ。右手が熱くなる感覚とともに、16番体内にマナが吸い込まれていく。
このままいくらでも流し込むことが出来るような錯覚に襲われるが、我慢する。
あまり多量のマナを譲渡して、暴れられても困る。
あくまでも、今回は器があるかどうかの実験なのだ。水の球を一発発動できる程度の魔力を与えれば、問題無い。
魔力を流し終え、俺はゆっくりと手を放す。
16番はきょとんとした顔で、俺に触れられた場所を見やっている。
少し警戒されてしまっただろうか。
「水の球を、手の上に浮かべさせてみてくれ。出来なければ出来ないで、構わない」
「は、はぁ……」
何を言っているんだ? といった表情で、16番は口端から水魔法の詠唱を紡ぐ。
手錠に絡まれた細い腕を伸ばし、それを自身の顔の前へ。刹那、手のひらがキュインと音を立てて青白く輝いた。噴き出した光の粒子は瞬く間に球体の形状を紡ぎ、水晶のように透き通った綺麗な水の球が出現する。
このまま発射されるかと身構えていたが、ビチャっと音を立てて水の球は破裂した。
どうやら本人の体力が低下しているため、魔法を具現化しきれなかったらしい。
「きゃっ!」
鼻先で飛沫を浴びた16番は可愛らしく悲鳴を上げ、そのままモロにバランスを崩して後ろ向きに引っくり返った。
腕同士と脚同士が結ばれているためか、受け身を取ることも手や足を着くことも出来ず――。
太腿とお尻の間にある、愛の一本道が包み隠さず曝け出されてしまった。
さっき人族では18歳くらいだって言ってたけど、ここに関してはもう少し年下みたいだな……。
16番は器用に四肢を捩じらせ身体を起こすと、体育座りをして気まずそうに目を逸らした。
どうやらさっき転んだ時に大変な格好を晒してしまったことには、気が付いていないらしい。
こっそり後で教えて、カーッと頬を染めて照れる仕草を見るのも悪くはないかもしれないが、やめておこう。
わざわざ信頼を削ぐようなことはしなくて良い。
アレが見えてしまったという事実は、俺の心の中に仕舞っておこう。
「どうでしょうか。16番がお気に召しましたか? 器量も良く穏やかな性格をしておりますから、冒険者様のお役に立てると思いますが」
さっきまで会話に入ってこなかった、太った奴隷商人が手もみをしながら俺の傍に近づいてきた。
さて、どうするか。
どうやら器もあるようだし、意思の疎通も可能。ここにいる奴隷の中では表情も豊かだし、死を目前にした人間のように虚ろな目をしているようでもない。
妬けたような薄い褐色肌も、気怠げな垂れ目も中々に魅力的だ。
愛せる容姿の奴隷にしろとラスティが言っていたが、そこに関しても問題無い。
よし、決めた。
「買います。幾らでしょうか?」
金貨五枚を手渡し、俺たちは16番を連れて奴隷商の館を後にした。




