5-4.奴隷商人[前編]
三日後。
ティオの具合も良くなったようなので、俺はラスティを連れて奴隷市場へ赴くことにした。
奴隷に関しての知識はティオを保護した際に出来る限り詰め込んだつもりだが、奴隷の健康状態だとか色艶だとか、そういうのは俺には分からん。
変なのを売りつけられたら大変だ。
ラスティは経験上、良い奴隷と悪い奴隷の区別はある程度つくらしい。
大船に乗ったつもりで付いて来いと、ない胸を叩いて妖しげに笑っていた。
「とはいえ万全ではないから、もし騙されたら――その時は、すまんの」
「悪魔討伐の報酬金がまだ残ってますから、少しくらいなら大丈夫ですよ」
そういえば元の世界で奴隷を買う時は、鑑定とかいう全能スキルが役立っている場面が多々あったな。
この世界にはスキルだとかステータスだとかそういった概念は無さそうなので、そんな魔法は存在しないのだろう。
新たに書き込んだとしても、他者のスペックを数値化して勝手に評価するような魔法が魔導書に受け入れられるとは思えない。
ここで信じられるのは、自分の眼だけだ。
己の眼で見た情報こそ、正しい物を選ぶための手掛かりとなる。
だからしっかり見ておかなければ。
ジロジロ。
前回ギルドで貰った簡易地図には、奴隷市場の所在地は載っていなかった。
周辺を闊歩している兵士に聞いても良かったのだが、見た目幼女な魔族を連れた人間が、奴隷市場を探しているなんて言ったらどう思われるだろうか。
無駄な心配だとは思うが、変な目で見られるのも何か嫌だ。
奴隷と聞くと、どうしてもそういった扱いをされる美少女というイメージが付きまとうからな。
基本的に、元の世界で読んだ創作物の影響が原因なのだが。
仕方が無いので、ラスティに一旦離れてもらってから果物屋の店主に聞くことにした。
ここの店主とは、顔見知りだ。ティオやプリムヴェールを連れて買い物に来ることも多いため、間違っても俺が愛玩用奴隷を買うような人間ではないと、分かってくれるはずである。
リンゴのような果物を買ってから、民族衣装っぽい袖なしカーディガンを筋肉の上に纏った店主に、奴隷市場はどこかと尋ねてみる。
上に羽織っているものがそれだけであるため、艶のある褐色な胸板が盛大に露出されている。
胸元にはバッテン印の傷痕がある。
もしかして、昔海賊王でも目指していたのだろうか。
「へい、お待たせ。あんちゃんには贔屓にしてもらってるから、おまけしといたからな! ほれ、今日のは一段と色艶が良いだろう?」
「ありがとうございますー。あ、色艶と言えば――――。色艶の良い奴隷って、どこに行けば買えますかね」
「……リッガの実から奴隷を連想するなんて、あんちゃんもしかして、彼女さんと上手くいってないのか?」
奴隷という単語が出た途端の第一声がそれとは……。
やはり若い殿方が奴隷を求める場合、そういう扱いが真っ先に思い浮かぶのか。
「これでも冒険者ですから。自宅周辺の掃除とか、家事の手伝いを頼みたいんですよ」
「そうだよな! あんちゃんくらいの年齢だと、朝可愛い奴隷がお手伝いしてくれた方が、一日はりきって過ごせるもんな!」
聞いちゃいねえし。
「とにかく。若い奴隷――出来ればエルフ族を扱ってる奴隷市場って、どこにあるか知りませんか?」
「エルフ! そういやあんちゃんの彼女さん、魔族だったな。この前もキツネ耳の獣人と歩いてたし――、その歳でやり比べとはなぁ。羨ましい、男の夢だぜ」
違うってのに。
魔族の彼女――プリムヴェールに関しては否定しないが、後者のエイムとは何の関係も持っていない。
きっと先日の市の日にでも、並んで歩いているところを見たのだろうが。
「大体の場所でも良いので、教えてくれませんか?」
「あー……、実を言うと、俺もあんまし詳しくねえのよ。すまねえな、力になれなくて」
やはり、日常生活に奴隷が組み込まれている世界でも、奴隷市場はひっそりとしたところで開かれているのか。
ここは恥を忍んで、見回りの兵士にでも正直に聞くしか――。
「そこに精緻な地図を売ってる店があるから、そこで聞くのが一番かもしれねえな」
毛むくじゃらな指で示された方角には、丸められた紙が幾つも立てかけられていた。
最初からそうすれば良かったよ。
◇ ◇ ◇
奴隷商の本拠地は、春街の裏手にあった。
需要の問題もあって、基本的に上質な奴隷は王都北部の区域に集められることが多いらしい。
貴族や富豪が多いため、値段を釣り上げても問題無く売れるのだ。
どうせ同じものを同じ労力で売るなら、高く買ってもらった方が良い。
とはいえ全ての奴隷商が北部に集まってしまえば、冒険者や俺のように身分の裏付けがとれない者など――南部の住民が奴隷を買えなくなってしまう。
それにいくら貴族が多かろうと、集めた奴隷の全てを北部の人間が買ってくれるとは限らない。
食料品のような生活必需品ではないので、多けりゃ良いってもんじゃない。
売れ残ると維持費なんかもかかって面倒だし、単体で見れば高く買って貰えたとしても、全体で見れば損をしていたなんてことにもなりうるのだ。
故に奴隷商たちは裏で手を結び、北部と南部それぞれに奴隷市場の本拠地を置いて、そこに上質な奴隷を詰め込むことにしたのだとか。
売れ残ったりするような質の悪い奴隷は、移動販売――檻みたいな荷車に積んで、北部の下級貴族区域にてたたき売りをするらしい。
奴隷を人間だと思って説明されると非常に不愉快な話だったが、商品――物品だと思えば、別におかしな話でも無かった。
「今から春街に入りますけど――。ラスティさん、絶対に寄り道とかはしないでくださいね」
「分かっておる。それよりにぃ様も気を付けるんじゃぞ。見たところ、飢えたサキュバスも結構いるようじゃからの」
入り組んだ路地を幾つか通り抜けると、初めて見る通りへといざなわれた。
宿のような料理屋のような、二階建てもしくは三階建ての建物。ツンと鼻につくような臭いと、甘ったるいお香のような匂い。
甘いような腐ったような、変な臭いがしてくる。
建物が少なく綺麗に並んでいるためか、他の通りよりも若干広く感じる。
安っぽい建物から、高級そうな立派な建物。前者は近く、後者は奥の方に立ち並んでいる。
きっと安っぽい宿の方が、見た目通り安価なのだろう。
顔を上げると、安宿の二階の窓からプラチナブロンドのウェーブヘアが揺れているのが見えた。
官能的に顔を歪め、幸せそうに髪の毛を振り乱していた。
切れ長な瞳に褐色肌――よく見ると、耳の形が特徴的だ。
多分ダークエルフだろう。
「普通、窓って閉めてからするものじゃないんですか」
「誰かに見られるかもとドキドキしながらするのも、開放的で良いものなんじゃよ。実際に誰かと目が合ってしまった時の背徳感は、癖になるぞ」
それならわざわざ金を出して来なくても、森林ですれば同じことだろうにとも思うのだが。やはりそれとこれとは違うのだろうか。
俺にはその違いはよく分からん。
なんて思いながら歩を進めていると、突如背中に柔らかいものが押し付けられた。
先っぽに突起の附属した大きな膨らみ。端的に言えばおっぱいである。
当たったとか当てられたとか、そんなレベルの接触ではない。
形どころか大体の大きさまで分かってしまうような、何というか――完全に誘っているような接触だ。
吃驚している間に背後から腕を回され、ガッチリとホールドされてしまった。
「はぁいお兄さん、身体の方は元気かしら?」
耳元で声がしたと思った刹那、ぬめっとした温かいものが耳の中を駆け回った。
艶めかしい水滴音が、電流のように脳内を駆け巡る。どうやら耳の中を舐められたらしい。
……こいつ、かなりの技をもっておるな。
「ね、こっち向いて。どぉ? 初めてのお客様には、まず無料お試しコースをお勧めしてるんだけど、どうかな? 私相手だと、興奮しない?」
どこの化粧水販売だよと思いつつ誘惑者の顔を見ると――、思わず呼吸をするのを忘れかけた。
輝くようなプラチナブロンドに、ほんのりと妬けたような健康的な褐色肌。眦が柔らかく垂れた瞳は、優しくて包容力のあるお姉さんという印象を抱かせる。
唇は薄い桜色で、しっとりと湿っている。時々チラつく歯も真っ白で、口元のほくろが異常なほどエロい。
踊り子のような薄布に包まれたロケットおっぱいは、少し身を捩じらせるだけでぐわんぐわんと目の前を揺れ動く。それでいて垂れている様子はなく、機嫌の悪い幼い少女のようにツンと突っ立っている。
弾力は先ほど背中で体感しているが、見事なものだった。
「お兄さん、すごく格好良いね。それに、すごく良い匂い。安心する」
「貴女も、すごく可愛らしい女性ですよ。見ているだけで、気持ちが昂ぶってしまいます」
冗談抜きで、今まで出会った中でも最上級の可愛らしさではないだろうか。
さっき耳を舐められたことを思い出して、頭がふわっとしてきた。
こんなに可愛い娘に抱きしめられて、耳も舐めてもらって、しかも誘惑までされちゃうなんて。
ああ、ヤバい。すごく可愛い。
奴隷を買う前に、一度くらい休憩しちゃっても良いんじゃないかな。
いや、するべきだ。セーブゾーンなのだ、ここは。
ゲームでいうところの強制イベント――避けられない運命なのだ。
何だか分からないが、そんな気がしてきた。
この娘と俺とは、出会うべき存在なのだ。
世界が定めた因果なのだ、ひゃっほす!
「ふふ、元気そうで良かった。それじゃあ、こっち来て? ちょっと行ったところに、誰にも見られないようないーぃ穴場があるんだ」
「はい、お共致します!」
「待て、にぃ様よ」
俺の手を掴んだ小さなお手手は、それはそれは見事な柔らかさで――ってのは置いておいて。
「何ですか、ラスティさん」
「あら? その娘、お兄さんのお連れさ――」
振り返った褐色お姉さんの表情が、突如険しくなった。
同時に頭の中を支配していた甘ったるい感覚が消失し、脊髄を駆け昇ってきた快感が瞬く間に霧散していく。
行き場を無くした興奮はしこりのような不快感と変貌し、冷めたような感覚がスーッと全身を洗い流した。
ついでに、目の前にいたはずの超絶美少女が跡形もなく消え去っていた。
代わりにいるのは、垂れ目気味のグラマラスお姉さん。官能的な体躯はしているものの、お世辞にも可愛らしいとは呼べない。
何て言うか、所謂OBASANである。
ふと視線を向けると、金髪の中からぴょこんと二本のつのが飛び出してきた。
腰からも同様の悪魔的なしっぽが愛らしく顔を覗かせている。
「妾の前で連れの殿方を誘惑するとは、良い度胸じゃの」
「あー、だってぇ。リリムさんのお連れの方だなんて、知らなかったんですもん」
ボンキュボンなツヤツヤ素肌に乗っかった老け顔を歪めさせ、拗ねたように頬を膨らませる。
金髪に褐色で言葉遣いもふわっとしているのに――萌えない。
「……サキュバス、ですか」
「ん、そだよー。この道三十年――熟練のテクで、若い男の子なんか一秒足らずで骨抜きにさせちゃうんだから」
片目をパチンと瞑って、目元の皺と合わせて横ピース(星)。
やってることはキナコ=サンと同じなのに、ここまで印象が違うのか……。
「この道三十年って、あなた一体幾つなんですか」
「おっとぉ、女性に歳を聞くのは失礼なことなんだぞ。でも、特別に教えたげる。初めてこのお仕事を始めたのは確かにじゅ――」
「やっぱ良いですごめんなさい」
頭の片隅に一桁年齢を期待したのが愚かだった。
それでも三十代だけどな。
サキュバスのお姉――OBASANは、くねくねと腰を揺らしながら娼館の裏手へと消えて行った。
背後から見ると、めちゃくちゃ官能的な姉ちゃんだ。
身体つきは二十代だと言っても通りそうな瑞々しさだし、肩くらいのプラチナブロンドは(顔さえ隠せば)異常なほどに若々しく見える。
だがさっきは、その御顔も可愛らしいと感じたはずなんだが――。
「……あれが、サキュバスの魅惑か」
いつまでも見つめていたい、傍に感じたい、どうせなら押し倒してむしゃぶりつきたい――と、そう思えるような美女だった。
プリムヴェールもティオもラスティも、頭の片隅に追いやられてしまうような凄まじい妖気。
長年思いを寄せていた御方に、熱烈な愛の告白を受けたような感覚。
確かにあれは一度かかったら、そう簡単には抜け出せなさそうだ。
「サキュバスって、皆あんな感じなんですかね。ちょっとだけ、幻滅しちゃいました」
「今の行為にか?」
「いえ、サキュバスってもっと愛くるしい種族だと思っていたもので」
創造主の悪意すら感じさせるほどの、まるで贔屓のような美形揃い。それは全て、魅惑による幻想だったとは。
「人族じゃってそうじゃろう? 端麗な者もおれば、醜い者もおる。サキュバスとて同じことじゃ。可愛らしく性格の良い者は、魔大陸や人族の里で常識の範疇で殿方を誘惑して、自分のモノとする。醜く競争に敗れた者たちは、自らの欲求を満たすために、こういったところで男漁りをする。至って普通の思考回路じゃと思うがの」
「可愛いサキュバスも、いるんですか?」
「普通にいるじゃろ。まあそういった女子はどこに行っても引く手あまたじゃろうから、こんな安っぽい春街なんぞにはいやせんじゃろうがの」
可愛いサキュバスか。
プリムヴェールみたいに愛くるしい娘が毎晩ベッドで甘えてくるとか、想像しただけで気持ちが昂ぶってしまう。
ただその分、毎夜大変なんだろうな。確かに幸せな時間だけど、毎晩のように強制されてするようなものじゃない。
インキュバスとかオーク系統の魔族なら、嬉々としてその時間を楽しむことができそうだけど。
インキュバスとサキュバスが恋に落ちたりなんかしたら、大変なことになるんだろうな。
いや、むしろ同族でなければ相手をするのは無理なんだろうか。
性的な好奇心ではなく、純粋に興味があるな。
生物学の書物なんかを読む機会があったら、真っ先に調べることにしよう。
歩を進めていると、ラスティが異様に周囲を警戒していることに気が付いた。
訳を聞いたところ、さっきと同じようなことにならないようにするためだと返された。
サキュバスの魅惑に惑わされて、ほいほい付いて行かないようにだってさ。
流石の俺でも同じ罠には嵌らないよと胸を叩いて見せたのだが、ラスティはやれやれといった表情で、「本気を出したサキュバスの魅惑を振りほどけるような殿方はおらん」と素っ気なく言われた。
そういえば前にも同じようなことをプリムヴェールに忠告されたな。
冗談とは思えなかったので、大人しくラスティの後に付いて歩くことにする。
奥へ行くと、ダークエルフの美女や美男子がうろうろしながら道行く人々に声をかけていた。
サキュバスの幻惑とは異なり、容姿や身体つきで誘っている。
そのせいか、衣装が無駄に薄い。ひどいものでは、腰巻の薄布一枚で抱き付く女性ダークエルフなんてのもいる。
男性のダークエルフは、所謂ホストみたいな格好をしている。
ただ稀に、女受けしそうな装飾を身に纏った女性ダークエルフや、惜しげも無く胸板を披露している男性ダークエルフなんてのも闊歩している。
趣味は人それぞれなのだろう。
俺は何も言わない。
時々客引き中のダークエルフが、サキュバスや――銀髪に真紅の眼をしたイケメンに誘われて、路地裏に消えていく。
ルビー色の瞳に捉えられたダークエルフの少女は頬を赤く染め、俯きながら嬉しそうに建物の裏手へと連れ込まれる。
銀色の頭から湯気が出ている。
実に幸せそうだ。
「何か、凄く格好良い人がいますね」
「ん、――ああ、あれはインキュバスじゃの。髪と瞳の色を見れば、すぐに分かる。にぃ様の恋人と同じじゃからの」
やっぱり、あれがインキュバスなのか。
初めて見たが、悔しさより先に憧憬を抱くほどに格好良い。
インキュバスの美貌に見惚れていると、背後からちょいちょいと肩を突っつかれた。
振り返ると、甘い香りとともに褐色の美女がしなだれかかってきた。
次いで唇を奪われ、蠱惑的な上目遣い。
サキュバスとは違う、天然の美貌である。
「あそばない?」
脳がとろけるような甘ったるい声で、そんなことを言われた。
思わず首を縦に振りかけたが、左手に走った激痛のおかげで何とか理性を取り戻すことができた。
ラスティがひと睨みすると、ダークエルフはつまらなさそうにいなくなってしまう。
これがリリムのカリスマパワーだ。
客引きっぽいダークエルフたちに何度か声を掛けられながらも、ようやく春街の最奥部まで辿り着いた。
建物の雰囲気も上質であり、周囲を歩いている人たちも可愛らしい娘が多い。
麗しい容姿を持て余す人族や、幼気なケモミミをパタパタと揺らして歩く獣人。
連れ込まれる方々も、何となく豪奢な服飾を施しているようにも見える。
もしかしたら貴族かもしれない。
気に入った娘がいたから通っているとか、ありえない話ではないな。
なんてことを考えながらふと視線を向けると、驚くべき光景が視界に映り込んだ。
目鼻の整った色白な顔に、華奢な体躯。艶めかしい四肢を見せつけ、まったりと建物前の丸太に腰かけている。
西洋美女――そんな単語が真っ先に浮かぶ。
薄紫のショートヘアに、サファイアのような碧眼がよく映える。
露出の多い衣装を纏っているというのに、その立ち振る舞いは決して下品ではない。
むしろ芸術のような、神秘的な魅力を醸し出している。
薄紫色の髪の端から覗く耳は尖っており、他の種族と比べると――少しだけ長い。
もしかして、これがエルフ族だろうか。いや、ハーフエルフかもしれないな。
「ん、ん――ふぁぁ」
丸太の上で日向ぼっこをしながら、エルフ族っぽいお姉さんは可愛らしく欠伸をする。
一つ一つの行動が、全て芸術的だ。汚らしい色気だとか甘ったるい色香はなく、まるで美術品を鑑賞しているような錯覚さえ生じさせる。
まな板ボディを包み込む薄手の布地が、微風を受けてひらりとはためく。
これから俺はあの娘と同じ種族の奴隷を買うのだと思うと――、そういう理由で求めるわけでは無いにせよ、昂ぶってしまうものがあるな。
「この辺りは、高級な店が多いの」
「分かるんですか?」
「強制労働や奴隷ではないエルフや獣族が働く娼館が多い。見た目麗しい女子も多いしの」
確かに、先ほどの通りよりも可愛らしい娘が多いような気がするな。
プリムヴェールと比べてしまえば――まあ見劣りしてしまうが、クラスに一人こんな娘がいれば、学校に行くのが毎日楽しくなってしまうとそう思う程度には魅力的な女の子が多い。
しかもこの娘たちが全員、そういうことのためにここで働いているのだ。
背徳的な光景だな。
「春街はもう少しで終了じゃの。奴隷商の館は、もうすぐなのかの?」
「ええ、もうあと少しで見えてくるはずです」
だと思っていたのだが。
春街を抜けて真っ先に飛び込んできたのは、汚らしく崩壊しきったパッと見スラム街のような通りだった。
蓆に包まれていびきをかく少年や、ゴミをかぶせられて隠匿された老人の死骸などが道の端に投げ捨てられている。
死んだような瞳を向けながらも、彼らは俺とラスティを見やってはニンマリと汚らしく口元を歪めていた。
中にはラスティの脚を触ろうとして、他の浮浪者にボコられている者もいた。
欠けた茶碗を差し出し、地面にひれ伏す者もいた。
乞食だ。
ティオが駆け回っていた通りにいたような浮浪者とは、比べ物にならないくらいの底辺層。
酸素を二酸化炭素に変えることしか出来ず、やがて朽ち果てて行く者たちの巣窟。
こういう者たちが、奴隷という身分へと堕ちていくのか。
「……あまり、期待しない方が良さそうですね」
「そうじゃな。この様子じゃと、碌に使える奴隷を発掘するだけで骨が折れそうじゃ」
金を恵んでやろうかとも考えたが、何も考えずに一人に与えると、貰えた者と貰えなかった者との間に格差社会が出来上がりそうだったのでやめておいた。
何もせずに通り過ぎるというのも心が痛む行動だが、一枚の銅貨のせいで仲間意識に亀裂が入り争いが芽生えるなら、最初から与えない方が良いだろう。
それに、ここにいる全ての乞食に金を与える理由も義務も、俺には無いのだから。
薄汚い通りを抜けると、幾何かの建物が建ち並んだ場所に着いた。
入り口が一つしかない、薄暗い建物。多分倉庫か何かだろう。かんぬきには無数の裂傷や刺し傷が刻まれており、赤黒い血痕が付着している。
大方さっきの通りの人々が、倉庫に仕舞われた物品目当てで入り込もうとしたのだろう。
赤い屋根の倉庫を幾つか通り過ぎると、無数の落書きに汚された看板が現れた。
錆びや落書きでよく見えないが、家とか伝とか、そんな感じの言葉が書かれているようだ。
すぐ傍の青い屋根の建物を見ると、二階の窓から『高級家事手伝い斡旋』と書かれたプレートがぶら下がっていた。
家事手伝い斡旋――間違いない。奴隷商は、この建物だ。
「多分、ここですね」
「気を付けるんじゃぞ。こんな辺鄙な場所にある店じゃ、警戒は怠らん方が良い」
ラスティの忠告に首肯して、俺は禍々しい色彩の扉に手をかけた。




