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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第5章 異世界魔法はエルフ奴隷とともに
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5-3.発端

 魔法を書き込んでから数日後。

 最近心なしか、雪が降る頻度が減ったような気がする。

 気温が低いため未だ地面に積もった雪は残っているが、歩くのが困難になるほどでは無くなった。

 庭を埋め尽くしていた積雪も徐々に溶け始め、そこらじゅうに足跡が着いている。


 ある程度大きいものが一つと、小さ目なものが二種類。

 説明するまでもなく、大きい足跡が俺の物で残りはティオとラスティのものだ。


 俺の地元では、冬になっても滅多に雪が降らなかった。

 稀に降ったと思えば、翌日か翌々日には日光で溶かされる――とそんな感じだった。

 故にこうして積もるような雪が降ると、年甲斐もなくはしゃいでしまう。

 風花が舞っていた頃は大人しく室内から窓の外を眺めていたが、雪が完全に止んでからは何度か庭先で雪遊びをしたのだ。


 雪の降らない地方の子供が真っ先に憧れるのは、かまくらか雪像だろう。

 とはいえ両方とも作り方を知らないので、結果的に出来たのは石と木片で飾り付けた簡素な雪だるまだけだった。

 バケツもマフラーも無いので、目と腕しか附属されていない雪だるま。

 何気なく作ったものだったのだが、それはティオとラスティの興味を強く刺激したらしい。

 どうやって作るのかと二人に迫られた。


 雪玉を固めてから転がして大きくするんだと教えると、早速二人は雪玉を転がし始めた。

 やり方を見せてくれとせがまれたので、俺も一緒に――三人で並んで雪玉を作った。

 そういったわけで、今うちの庭には最初に作ったのとは別に三段の雪だるまがでーんと鎮座なさっている。

 雪だるまっていうか、某三兄弟みたいだな。

 大きさ的に、一番下が長男だろうが。


「アヤメお兄さん、お昼ご飯出来たよ」


 窓から外の雪だるまを眺めていると、ティオがテーブルにお皿を運んできた。

 心なしか足元がふらついているように見える。

 吐息を漏らす回数も多く、額にじんわりと汗が滲んでいる。

 疲れてるのだろうか。


「大丈夫? 辛かったら、俺がやるから休んでいて良いんだよ」

「へ、平気! 私はアヤメお兄さんのメイドさんなんだから。アヤメお兄さんが喜ぶことがしたいの!」


 ティオが健康で元気に毎日を過ごせることが何よりも俺の幸せなんだよ――とか言いかけたが、凄まじく恥ずかしい台詞だったため直前で口を噤む。


 まあそれはともかくとして、確かにティオの衣食住からその他諸々の生活資金の面倒を見ているのは俺だ。最初こそティオ本人でさえ自分のことをタダ飯喰らいだと卑下していたが、今では家事なども問題無くこなすし、ティオはこの家にいなくてはならない存在となっている。

 ティオの言う通り、今では立派なメイドさんだ。

 だからと言って、完全に使用人扱いするのもどうかと思う。

 明らかに疲弊の兆候が見られる幼女を働かせるなど、俺には出来ない。

 それに、ティオの辛そうな顔はこれ以上見たくないし。


「無理しないで大丈夫だよ。別にそんなことで、俺はティオに失望したり、怒ったり嫌がったりなんてしないから」

「ほ、本当に!」

「ティオ殿、たまにはにぃ様の厚意に甘えておけば良いじゃろう。今日は心ここに非ずといった風がしばしば見られたからの。今日はゆっくり休んだ方が良いじゃろ」


 ラスティの援護射撃で、ティオはようやく頷いてくれた。

 一足先にティオをテーブルに着かせ、俺とラスティで残った皿をリビングに運ぶ。

 今日のメニューはパンと果物とスープ――珍しく肉料理がない。

 幼い頃から母の手順を見ていたためか、作るのも一番得意なのだと言っていた。

 それにティオは肉料理が好きだったはずだが。


「珍しいですね、ティオが肉を焼かないなんて」

「そういえばそうじゃの。まあ、たまには無くても良いじゃろ」


 唯一のタンパク源なので出来れば毎食摂取しておきたいものだが、ラスティの意見も一理あるか。

 今度、卵ってのを買ってみようかな。

 鶏っぽい家畜も王都には存在するのか、時折市場に赴くと黄色い殻をした卵が棚に置かれているのだ。

 食品なのかどうかは知らないけど。


 皿を運び終え、三人揃ったところでお昼ご飯だ。

 毎度おなじく、俺とラスティは食が細く食べる速度もゆっくりだ。

 ディスポーザーのように料理をかっ込むティオと違って――――。


「食欲無いのか?」

「……うん」


 スプーンを手に持ったまま、ティオはスープに顔を映して小さく溜息を吐いていた。

 本当に疲れているだけなのか。

 具合でも悪いのではなかろうか。


「ティオ、ちょっと目を瞑って」


 スタッフを手に取って、ティオの額に手を宛がう。治癒魔法の詠唱を唱え、指さきから癒す魔力がティオの体内に流れ込む。

 顔色が心なしか良くなったようにも見えるが、やはり辛そうだ。

 まあどこか具合が悪いのなら、自分でも治癒魔法を使ってみただろう。


 治癒魔法で治らない病気――そんなものがあるのだろうか。

 トリスコールでは医者という職業を見たことは無いし、多分ほとんどの不調は治癒魔法か解毒魔法で治せるのだろうが。


「治癒魔法で治まらぬのなら、やはり疲労が原因じゃろう。皿洗いは妾とにぃ様でやっておくから、ティオ殿はもう休んだ方が良い」

「うん、そうするね……。ごめんなさい、アヤメお兄さん。心配かけちゃって」


 手を貸そうかと立ちかけたが、大丈夫だとティオに制止させられた。


「階段とかあるから、寝室に着くまで手伝うよ」

「へーきだよ。私、そんな軟な子じゃないもん!」


 大丈夫だと言うのに無理に付いて行くのも悪いので、椅子に座り直して食事を再開する。

 そうだよな。一年以上もの期間、家の無い生活を続けてきたような娘だ。温室育ちな俺なんかより、よっぽど生命力も精神力も強いのだろう。

 それにここは屋外ではなく、屋根も壁もある安全な屋内だ。

 万が一何かあっても、すぐに駆けつけられる。


 リビングの扉が閉められ、壁伝いに擦れるような足音が部屋の外から奏でられる。

 もう少ししたら、あと一回だけ声を掛けに行こうかな。

 過保護すぎるかもしれないが――、もしかしたら階段の前で立ち往生してしまうかもしれない。

 心配するに越したことはない。


 そんなことを頭の片隅に浮かばせながら果物を突っついていると、階段の方からガタンと何かが落ちたような音がした。

 リンゴのような甘酸っぱい汁が口腔に広がり、果実の欠片が喉の奥に吸い込まれる――その瞬間のことだった。

 ラスティは椅子から飛び降り、テーブルの横を駆け抜けてリビングの扉を開く。一拍遅れて俺も振り返り、開け放たれたリビングの入り口にその身を躍り込ませる。


 リビングの外――階段の前に、桃色の頭をした小さな体躯が転がっていた。

 慌てて駆け寄り、治癒魔法をかける。外傷は無さそうだ。どうやら階段から落ちたのではなく、階段に辿り着く直前に倒れてしまったらしい。

 危なかった……。


「にぃ様はティオ殿を寝室へ! タオルとか桶は妾が持っていくから案ずるな」

「分かりました。お願いします!」


 ティオを抱えて、出来るだけ揺らさないように階段を上る。二階の廊下を通り抜け、――普段寝ている部屋とは別の寝室へ。

 少し迷ったが、その方が良いだろう。万が一のために寝具も用意してある。

 過ごしにくいということは無いはずだ。


 ベッドに寝かせ、胸元の紐を緩めてやる。汗をかいているようなので着替えさせてあげたいが、ラスティが到着してからで良いだろう。

 スタッフは階下に置いてきてしまったので、水魔法で身体を拭いたり冷ましてあげることは出来ないし。


「にぃ様、持って来たぞ」


 ラスティは桶の中に水魔法で水を汲み、タオルを浸しておしぼりを作る。額や首筋、耳などを拭い、手際よく寝間着に着替えさせた。

 ラスティが脱がせた衣服を預かり、一旦部屋を出る。階段を降りて浴室まで赴き、洗濯物篭にそれらを突っ込んだ。

 階段の前に投げ捨てられたスタッフを拾って、もう一度二階へ戻る。

 ティオを寝かせた部屋へ戻ると、ティオがベッドの上からこっちを見ていた。

 どうやら無事目が覚めたらしい。


「大丈夫か? どこか、痛かったりはしないか?」

「……それは、大丈夫。痛いところはないよ。でもちょっと、身体が重くて言うことをきいてくれないっていうか」

「多分疲れが出たんじゃろうな。雪の中で遊んで、家事もして。最近寒くなっておるしな」

「昨年は平気だったんだけど……。ちょっと、油断しちゃったのかなぁ」


 ティオは俺の方をちらりと見やると、布団を口元まで運んで目を細めた。


「メイドさんなのにご主人様に迷惑かけちゃって……。ごめんね、アヤメお兄さん」 

「ティオ……」


 ティオはそのまま瞼を閉じると、すぅすぅと寝息を立てながら眠ってしまった。




 暫しの間耳や頬などの赤くなった箇所を濡れタオルで拭っていたが、不快そうに眉を顰め始めたので、寝室から退散した。

 思わず構ってやりたくなってしまったが、起こしてしまっては悪い。

 体調不良の時は、寝るのが一番だ。

 目が覚めた時にでも、後で水魔法で出した新鮮な水を持って行ってあげよう。


 リビングに戻ると、昼食の皿は全て綺麗に片付けられていた。

 廃棄処分したのかと慌てて台所へ赴くと、台所の端に、網目状のクロッシュのようなものが被せられて保管されていた。

 ティオの食べ残しはほとんど手がつけられていない。

 食欲は無いみたいだし、晩御飯の時にでも俺が食べてしまおう。


 昼飯の行き先を把握したところで、俺はリビングへ戻って窓の傍に腰かけた。

 窓から見える景色は、清らかな晴天だ。雪をわんさか降らせていた黒雲も、今は影も形も残っていない。

 真っ新な快晴。屋内で日向ぼっこをするのには丁度良い。


 柔らかな日差しに当たりながら、ふと考える。

 今までティオは、一人でこの家を切り盛りしていた。最初こそ掃除も洗濯も碌に出来ず、肉を焼く以外に何かを任せることは出来なかったが。幼さ故に研ぎ澄まされた――吸収力のおかげだろうか、家事の手順を教えて何度か見てやったら、瞬く間にティオの家事スキルは上達していった。


 魔法を教えた時にも感じたが、ティオはやはり物事を自分のものにする能力が長けているらしい。

 そのために俺も安心してしまい、最近家の仕事が疎かになっていた。

 ラスティがいてくれたというのもあるだろう。家の決まりやある程度の家事スキルを持った童女と、見た目こそつるぺたな幼女だが人生経験も知識も豊富な長寿ロリ。

 最初こそ俺とティオで、8:2程度の割合でこなしていた家の仕事も、今ではほとんど二人に任せきりだ。


 ティオが倒れている間は、ラスティと俺で何とかする。それは別に難しいことではない。悪魔討伐のおかげで生活資金は充分備わっているため、魔物退治のために出かける必要もないし、実質今の俺はスーパー・ヒマジンだ。

 時間ならいくらでもある。


 ただ――今回のことで分かったが、ティオは結構な頑張り屋さんだ。自分が倒れたせいで他の二人に迷惑がかかったとか、そう思ってしまうかもしれない。考え過ぎかもしれないけど。


「ティオの助けになるような人がいれば、良いんだけどな……」


 ついでに、魔法実験のお手伝いをしてくれるような人がいると嬉しい。

 オド関連の魔法はティオやラスティが手伝ってくれるが、マナを使った魔法は俺しか使えないからな。

 一応気を付けて記したつもりではあるが、召喚魔法やマナを道具とかに流し込む魔法を俺以外――エルフ族とかが使えるのかどうかも知りたい。

 体内に魔力を溜めこむ魔法マナの実験も、俺には不可能だし。


 妙な魔法を研究する胡散臭い人間や上級魔族との共生にも理解があって、家事やら何やらも万能にこなせる比較的安全な人。

 そんな都合の良い人なんて、俺はバルテルスくらいしか知らない。

 何でかバルテルスとは初対面の時から何となく話しやすかったし。俺はマナを吸い上げることが出来るのだということを知っても、深くは詮索してこなかった。


 ティオ捜索の際も率先して手助けをしてくれたし、何だかんだ言っても良い奴だ。ラスティとは、あまり相性が良くないようだけど。

 基本的には俺が(勝手に)求めている条件には該当している。

 彼が職無しの自由人だったら、それ相応の給金を提示して頼むこともできたのだが、そうもいかない。バルテルスはれっきとしたエドガール家親衛隊兼使用人である。

 わざわざ呼び出して、大した成果も得られない研究に引き込むわけにもいかないだろう。

 カミーユが言うには、バルテルスは現在絶賛多忙中らしいしな。


 まあ別に、双方を同時にこなせる人材ではなくても良いのだ。

 慎ましく努めれば一生遊んで暮らせるような資金もあるんだから、ティオさえ気にしなければ、家事分担を練り直すだけでも何とかなる。

 魔力マナを体内に溜め込むことが出来て、俺が書き込んだ魔法を目の前で試行してくれて、魔導書のことを決して外部には漏らさないであろう人材。

 漏らす漏らさない云々はともかく、前者二つを行えるのは多分エルフ族だけだろう。

 ここで都合良く、ラスティにエルフ族の知り合いがいれば良いんだけどな――――。


「ということで、何か良い案はありませんか?」

「すまんが、妾は他人の心を読み取るような能力はもっておらんのじゃよ」


 いないと思って独白したのだが、どうやらラスティはいつの間にやらリビングに戻ってきていたようだ。

 艶めかしい腕が頬に摺り寄せられ、ついでに頭の方へポスンと何かが乗っかった。

 頭に乗った突起は何やら不規則に動き、温かい感触が黒髪の雑木林を祝福する。


「にぃ様の頭は、良い匂いじゃの」

「石鹸の香りですね、それ」


 頭頂部をぐりぐりする突起は、どうやらラスティの鼻だったらしい。

 温かい感触は、ラスティの吐息だ。


「何やら難しい顔をしておるの」

「そう、ですか」


 おっと、顔に出てしまっていたか。


「ティオ殿のことかの?」

「それもありますけど。――何ていうか、色々と考えることがありまして」


 ティオの自尊心を傷つけないように、彼女の手の及ばない箇所を埋めてくれるような人材。

 マナを利用した魔法の研究を、快く手伝ってくれるような人――エルフ族。

 こういうのって、ギルドにでも依頼を張り出せば良いのだろうか。

 本格的にメイドさんを雇うには金が足りないだろうし、時間指定のお手伝いさんなんかをギルドで募集する――。


 でもそうなると、人を見る目が必要になるな。

 基本的に一人で本ばかりを読んでいた俺に、そんな便利な特殊能力は付加されていない。

 この世界の雇用制度に関しても、未だ無知な個所が多いしな。

 一方的に条件を結べて、しかも絶対に裏切らない使用人。そんな都合の良い労働力なんて、あるはずが無いだろうしな。

 雇用条件が緩くて、国の律法に疎くてもどうにかなりそうな――――あ。


 ふと、頭の片隅に一つの単語が浮かび上がった。

 上述した条件を全てクリアしており、この世界にも存在を確認されている者。

 元の世界で読んだ創作物に出てきた立場――所謂、奴隷というやつだ。


 奴隷に関しては、ティオを保護(誘拐)した際に図書館で勉強済みだ。奴隷の賢者を名乗れるほどには詳しくないが、ある程度の知識は持ち合わせている。

 絶対に裏切らないかどうかの保証は無いが、そこまで言っていたらきりがない。


 ただ――、良いこと尽くしというわけでもない。

 奴隷は一度購入すると、その身分を回復することが出来なくなる。

 間接的に、俺がこの手で他者の未来を奪うことになってしまうのだ。

 考え過ぎかもしれないが、あまり良い気分はしない。

 一生面倒を見るのならば、全く無問題だが。そういうわけにもいかないだろう。


「どうしたんじゃ。何かに閃いたような、それでいて困っているような――酷く微妙な顔をしておるぞ」

「いえ、ちょっとした気の迷いです」

「溜め込むのは、身体に良くないぞ」

「それもそうですね、では単刀直入に聞きます。……奴隷を買うという案は、どう思いますか?」


 キメ顔でそう問うと、ラスティは訝しげに眉を顰めた。

 次いで何かを納得したような顔で頷くと、口端からチロリと舌を出した。


「すまんの、奴隷と言うと真っ先に性奴隷が頭に浮かんでしまうんじゃ」

「性奴隷て……、俺には絶対必要無いものじゃないですか」

「リリムの妄言だと思って忘れとくれ。

 ……話を戻すの。奴隷を買うという案は、そこまで悪いことでは無いと思う。じゃがちぃと、逸りすぎではないか? 女子おなごが一人倒れただけで奴隷を買っていては、家中奴隷だらけになってしまうぞ」


 確かに大仰な案だったかもしれない。

 だが奴隷を買うことには、もう一つ特典があるのだ。


「エルフの奴隷を買えば、マナを利用した魔法の実験が今以上に捗ると思います」

「ほぉ、エルフ族の奴隷か……」

「もしラスティさんの知り合いに、研究を手伝ってくれるようなエルフ族の方がいるのでしたら、それも良いかなと考えたのですけど――」


 俺の言葉が終わるより先に、ラスティは瞑目して首を左右に振った。


「魔導書関連のことで支援を要請できるような()()()()()知り合いはおらんの」


 まあ別に、奴隷にこだわる必要はない。

 言い方は悪いが『新品の奴隷』であれば、奴隷解放してやることもできる。身分を開放してから、研究員として扱うことだって出来るのだ。


 だが、前にラスティが言っていたことが引っかかる。

 魔導書を奪えばその叡智が自分のものになるという、間違った知識を持っている者もいるということ。

 研究を手伝ってもらうということは、魔導書を見せるということだ。

 ユグドラシルの魔導書に関して無知な者なら良いが、逸話をおぼろげにでも知っていたら。

 解放して同等に扱うのは些か難しいだろう。


 奴隷のまま扱っていれば、比較的安全だとは思う。基本的に、奴隷は雇用主を殺さない。一時の感情に任せて殺害を試みても、碌な運命が待っていないからだ。

 国によって様々だが、貴族である雇用主に失命の危機が生じた場合、大抵は主の危険を察知して使用人が奴隷を殺してしまう。

 葬儀だ何やらで騒いでいる間に、逃げ出されると困るからである。


 とくに貴族の奴隷は重要な情報――例えば間取りや家族関係、隠し子などを知っていることが多いため、生かしておくと不利益なことが多いのだ。

 だがそれは、あくまでも貴族の話。

 探索者や成り上がった富豪なんかの奴隷は、奴隷商人のもとへ返されるのが一般的だ。

 ちなみにそういった奴隷は、トリスコールでは中古奴隷として扱うらしい。

 ただ奴隷本人が「もう殺して欲しい」と懇願する場合、その意思を尊重されるのだとか。


 端的に言えば、雇用主が死のうが蒸発しようが、奴隷の身分が回復されることは無いということだ。

 解放を目論み、奴隷が雇用主を殺害するという暴挙を起こさないようにするための律法なのだとか。

 むしろ解放してあげた方が禍根も残らないだろうし、円滑な関係を結べるように思うのは、単なる平和ボケなのだろうか。

 奴隷を解放して最終的には夫婦になった貴族もいるらしいし、完全なる夢物語というわけでは無さそうだが。


「まあ奴隷を買うとは言っても愛玩用や性奴隷では無いのですから、身分を解放して実験を手伝ってもらうというのも良いかと思いまして」


 さりげなく、奴隷解放が日常的に行われていることなのか探りを入れてみる。

 書物とかプリムヴェールから聞いた知識しかないから、自分の考えに自信が無いのだ。


「買う前から解放しようと考えるなんて、にぃ様らしいの。その考えは良いと思うが、多分にぃ様の思っているような未来は訪れんと思うぞ。一度奴隷に堕ちた輩というのは、大抵根が腐っているか、そもそも本人に何らかの原因があるものがほとんどじゃからの。エルフのように長生きする種族の奴隷を解放しても、また将来奴隷堕ちする運命じゃろ。解放され、一人で生きて行けるような者ならば、最初から奴隷堕ちなどせんじゃろうからな」


 あまり、一般的なことではないらしい。

 ティオの母親のように娘を護るため仕方なく――という人もいるだろうから、ラスティの言い分が全てでは無いだろうが。


「後腐れのないように、いっそ中古奴隷でも買いましょうか」

「中古奴隷はやめておいた方がいい。雇用主の死亡時にも殺されずに残された奴か、何かしらの理由で捨てられた輩の溜まり場じゃ。病気持ちも多いし、長生きする見込みもない。正常な倫理観や常識を持っているかどうかも、分からんしの」


 変なのを購入して、ティオやラスティが襲われても困るしな。

 助けてあげたいとか偽善者みたいなこと言ってないで、安心安全を一番に考えて選んだ方が良いだろう。


「妾が言うのも何じゃが、ついでにアドバイスしておく。

 悪いことは言わんから、奴隷を買うなら若い女子おなごにしておくことじゃ」

「珍しいですね、ラスティさんが女の子推しだなんて」


 ティオもいるしプリムヴェールが泊まっていくことも多いから、最初から女奴隷を買う予定ではあったが。ラスティが女奴隷推しだとは意外だな。

 俺はまたてっきり、腕力でも魔力でも押さえ込めるようなショタ奴隷を推薦するとばかり思っていたのだが。


「男児が男の奴隷を買って、碌なことになったためしがないからの。愛玩用にするつもりは無くとも、出来る限り愛せる容姿の奴隷にした方が良い。

 ジンクスじゃがの。妾が出会った奴隷と主の構図だと、美麗な奴隷と異性の主という関係は大抵良好じゃった」

「そうなんですか」


 まあ、わざわざ死に欠けの奴隷を買うこともないしな。


「明日にでも下見にいってみましょうか? 奴隷を買うどころか、売っている場所を見るのも初めてなので、買う前に一度見ておこうかと思いまして」


 何の予備知識もなく赴いて、変なのを売りつけられても困るからな。

 元の世界で読んだ創作物だと、どんな風に売ってたんだっけ。


「妾も自分専用の奴隷を買うのは初めてじゃが――サザンのもとで雇われていた奴隷は何人も見たことがある。一応目利きは出来るはずじゃ」

「ティオの具合も心配ですから、ラスティさんにはお留守番を――」

「目利きも出来るから、妾がいれば何かと便利じゃと思うぞ」


 キラキラした瞳で見つめながら、そんなことを言われた。

 連れて行って欲しいらしい。


 仕方ない。確かに俺だけで赴いて、面倒事に巻き込まれても厄介だ。

 とはいえティオを置いて、二人で出かけてしまうのも心配だ。

 普段なら別に問題無いが、今は調子が優れないみたいだしな。


「分かりました。それではティオの体調が戻り次第、二人で参りましょうか」

「話しの分かるにぃ様じゃな。そういった殿方、妾は好きじゃぞ」


 ニンマリと口元に弧を描き、ラスティはリビングから出て行った。



 こうして、ラスティと二人でエルフ奴隷を買いに行くことになった。



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