5-2.土人形と魔力譲渡
昼飯も済んだので、俺はいつものようにリビングで魔法の実験を始めることにした。
実験とはいっても、新たな魔法を書き込むということは最近あまり行っていない。
どちらかというと、今現在の魔法能力を高める実験――魔法の練習みたいなものだ。
魔導書を捲って使い勝手の良い魔法を抽出して、出来るだけ多くの魔法を覚えることに専念している。
例えば属性魔法。
今までこれらは外敵から身を護るために使われる攻撃用の魔法だと思っていた。
だが練習を続けている内に、新たな境地へ足を踏み入れることになった。
例えばこんなのだ。
風魔法で旋風を生み出し、それを壊さないよう丁寧に動かす。
絵に描いた竜巻の子供みたいな風の渦が出来たら、それを壁伝いに走らせる。
その時風の動く向きを、丁寧に調整する。
すると埃や塵を残らず巻き込み、散らすことなく集めることが出来るのだ。
俺はこれを、心の中では掃除機魔法と呼んでいる。
集めた塵や埃は屑篭に入れてしまえば、散らかることもない。
すごく便利だ。
他にも風魔法で堅い肉を切り落としたり、火魔法で木の板に絵を描いてみたり。
土魔法で欠けたテーブルを補強したりと、様々だ。
こういった(無駄な)魔法を使う者は昔から稀にいたらしいが、詠唱や魔法陣として後世に残すことが出来ず、消えて行ったものも多いのだとか。
とはいえ想像魔法は万能であるため、きちんと情景を細部まで思い浮かべることが出来れば、どんな魔法でも使うことができる可能性もあるらしい。
面白かったので、今度は土魔法でラスティの置物を作ってみた。
この手の才能はからっきしであるため、似ているのは髪型だけだ。
ツノとか髪型を除けば、画材屋に売っているようなデッサン人形と大差ない。
顔も無ければ、衣装の着脱も不可能だ。
だが一応本人を見ながら作ったので、等身やBWHは正確に測定出来ているはずだ。
つるぺたな胸も、しっかり再現されている。
と思っていたのだが、
ちょっと目を放した隙に、ラスティ本人の手によって胸が盛られていた。
だがくびれやお尻なんかはそのままであるため、歪である。
パッド疑惑が浮上してしまった。
「しかし面白いの。崩すのも固めるのも、手を使えば自由自在じゃ」
言いながら粘土をこねこねして、今度は股座によからぬものを生やしていた。
俺にはちょっと早すぎる境地だ。
美桜語は、俺には業が深すぎた。
ラスティは不思議そうに遊んでいるが、端的に言えば粘土遊びと同じである。
粘り気とほどほどに弾力のある粘土を作りだし、手を使って大体の形を決める。
次いで細かい場所は、想像魔法で削ったり付け足していく。
小学校の時の粘土細工発表会で、山と石を作った記憶が蘇った。
うまく出来なくたって仕方がない。
苦手なんだから。
「……ここをこうして、ほれ、にぃ様じゃ」
ミサクラスティ像の隣に、杖を持った人間の像が置かれていた。
男の子――というか、俺なのだろう。さっき言ってたし。
顔は俺と同じくのっぺらぼうだが、関節とか等身は俺よりも上手い。
でも寒そうだから、服を着せるか服を着てるっぽい形にはして欲しかった。
「むふふ、にぃ様もエッチじゃの」
「自分でやったんじゃないですか」
そうこう遊んでいる間に土人形が幾つかテーブルの上に出現したが、
保存するほどの出来では無いので、崩して丸めて粘土の団子にして片付ける。
さて次は何をしようかなとスタッフに手をかけたところで、
「ああ、魔力切れか」
スタッフに蓄積された魔力が枯渇してしまった。
外に突き立てておけば、また勝手に魔力を吸い上げてくれるので別に構わないのだが。
仕方ないとはいえ、その度に外に出ないといけないというのは些か面倒だ。
地面を突けば即座に満タン! なんて便利仕様ではないしな。
「どうしたんじゃ、にぃ様よ」
「スタッフの魔力が枯渇したようです。ちょっとひとっ走り溜めて来ますよ」
時間経過でMPを回復するゲームを思い出しながら、スタッフを握り締めて玄関へ。
玄関の扉を開けて外に出ると、ヒンヤリした花びらが鼻の頭に振ってきた。
見上げると、桜の花びらのように美麗な風花が中空を舞っているのが見えた。
黒雲は見えないので、多分突風か何かで飛ばされてきたものだろうが。
吹き飛ばされた欠片だろうと、雪が降っていることには違いない。
ビニール傘のような便利物品なんてあるはずもなく、今外出すれば、延々降雪に頭頂部を叩かれ続けることだろう。
「どうしようかな……」
諦めて魔法のない時間を過ごすか、身体を冷やすことは覚悟して外に出るか。
考えている間にも雪の量は増えていく。
「ちょっと試してみようかな」
スタッフを左手に握り締め、右手を伸ばして地面に着く。悪魔を溶かした火魔法や吸血ゴブリンを気絶させた土魔法を発動する時、俺は瞬時に世界のマナを吸い上げることができた。
それを応用すれば、もしかしたら素早くスタッフにマナを溜め込むことができるかもしれない。
地面に着いた方の手から、ギュイギュイとマナを吸い上げる。吸い上げたマナは腕を通り、体内を駆け巡り、右手に持ったスタッフの中へ吸い込まれ――――
「……ないな」
スタッフに溜まったマナを吸い上げることは出来るのに、俺が吸い上げたマナをスタッフに流し込むことは出来ないらしい。
何故だろう。魔道具だからか?
湯沸かし器とか暖房器具も、体内魔力では作動するが体外魔力では作動しない。
これを売っていた探索者の人も、性能の良い魔道具だと言っていたしな。
実際は、微量のオドを流し込むことでスタッフ内のマナを具現化して放出するような魔道具なのかもしれない。
それを俺が勝手に持ち運び自由な魔力タンクとして使っていただけか。
――いや、それはないな。前にスタッフから直接魔法を使ったこともあるし、オドが必要だということはありえないだろう。
だが現に、俺の吸い上げたマナをスタッフに巡らせるのは不可能なようだ。
同じマナでも、バケツに溜めた水を蛇口から水道管に戻すことはできないもんな。
覆水盆に返らずってやつだ。
違うか。
「でも、やろうと思えば出来そうだよな」
蛇口を喩えにすると不可能に見えてしまうが、魔力なら出来るのではないか。
例えば新たな魔法を描き込むとか。
俺のように器が機能していない――言ってみれば、単なる筒のような人間。
そういった人間が吸い上げたマナを、他の人や物に流し込む魔法。
出来るんじゃないか。
確か前に、吸い上げたマナを体内に溜めておく魔法なんてものが書いてあるのを見たしな。
生憎プリムヴェールやターニャは目を回し、ビリーは吸い上げ不可能、俺は吸い上げることは出来るものの、せっかく吸い出した分が垂れ流しになってしまうという散々な結果になってしまったが。
「俺を媒体にすれば、瞬時にマナを吸い上げて蓄積させることも可能なんじゃないか」
それが可能ならば、今まで以上に魔法実験(という名のお遊び)が捗るのではないか。
それにもしマナを蓄積できる物品がスタッフの他にもあるのなら、それを持ち運べば屋内でも魔法が使えるようになる。
スタッフいらずというのは便利だ。
時間短縮かつ使用場面の拡大。これを試さない理由は無いだろう。
頭に積もった結晶や欠片を払い落とし、リビングへ戻る。
リビングでは、ラスティがさっき崩した粘土をこねて遊んでいた。
「ん、もう魔力を溜め直し終わったのかの」
「いえ、新しい魔法が思いついたので試してみようかと思いまして」
魔導書を取り出し、インク壺とペンをテーブルに並べる。
最後に書き込んだ魔法は、雷魔法の使い方。まだ白紙のページは残っている。
書き込むのは、俺の身体を媒体にして瞬時にマナを送り込む魔法。
魔力を溜めこむことが出来ないという俺の欠点を補うための魔法だ。
あとは――、発動する際の細かな条件だな。
両手が塞がってしまうのは不便だし、吸い上げる場所に触れた状態で、送り込む対象に向けて手をかざせば強制的に吸い上げられるようにしよう。
占い師が水晶玉に手をかざしてるみたいに、魔力タンク用の対象には触れなくても良いのだ。
そうすれば、片手もしくは片足を地面に着けておけばいつでも発動できる。
「――よし、書けた」
インクもペン先も弾かれることなく、魔導書の白紙ページに上述の魔法を書き込むことが出来た。
早速実験である。
スタッフを持って、もう一度玄関へ向かう。
扉を開けると、雪はやんでいた。
スタッフをドアの前に置いて、右手を地面に宛がう。左手を伸ばして、スタッフにかざす。触れても吸い上げは可能だろうが、それでは実験にならないので触れそうで触れないギリギリの場所で止めておく。
指先が触れるか触れないか微妙な位置にて停止して、深く深呼吸。
普段魔法を使う時のように、渾身の詠唱を口端から紡ぐ。
「魔力譲渡」
右手から体外魔力が吸い上げられ、体内を駆け巡ったマナが左腕から放出される。
左手の指先から、虚空に何かが流れ出るような変な感覚。
何となく、成功してるんじゃないかなと思える感触だ。
ただ普段大規模な魔法を使う時のように、凄まじい魔力が一度に放出されたような感覚はない。
スタッフが満タンになるにはどれだけのマナが必要なのか、正確なところは分からないが。
吸い上げられて蓄積される速度は、あまり変わってないような気がしてきた。
マナの吸引をやめて、スタッフを掲げてみる。
右手を地面から離し、前方へ。左手にスタッフを握り締めて、いつも行っているように水の球を具現化。スタッフから魔力が吸引される感覚とともに、エネルギーが体内を駆け巡る錯覚。
突き出した右手のひらに拳大の水の球が出現し、射出。
発出された水の球は中空を駆け抜け、樹木と樹木の間を抜けて見えなくなった。
問題無く発動したようだ。
自らの手でスタッフにマナを蓄積させ、その魔力で魔法を具現化することが出来た。
一応実験は成功したのだが――。
うん、あまり意味が無かったらしい。
蓄積される速度が、少しだけ早くなったかなって感じだ。
無駄では無いかもしれないが、使用する機会はかなり少ないだろう。
とりあえず、魔法の発動が成功したというだけでよしとするか。
魔力の溜まったスタッフを抱えてリビングへ戻ると、ラスティが満足げな表情で、粘土の塊を見つめていた。
塊は、人の形をしている。
蝙蝠のように鋭角な翼に、クレーンのようにぶらさがった長い腕。若干前屈み気味で、顔はのっぺらぼうだ。
どこかで見たことのあるビジュアルだなと思ったら、先日打倒した悪魔そのものだった。
「ん、戻ってきたか。どうじゃ、思った通りの魔法を使うことができたかの?」
「失敗ではありませんけど、成功と呼んでいいか――」
「何か書きを間違ったのかの?」
「いえ。物質や生物に魔力を流し込んで、蓄積させる魔法を書きこんでみたんです。スタッフに魔力を溜めこむ所要時間を短縮しようと試みたんですけど、大して変わらなかったっていうか……」
俺がそう言うと、ラスティは変な顔をしていた。
「それ、使う意味があるのかの」
「即座にスタッフ内の魔力を満タンに出来れば、室内戦でも隙を見せにくいと思いまして。それにスタッフ以外のものに魔力を溜めこんでおけば、長持ちしますから」
要は太陽光発電か室内で充電をするなら、後者の方が楽だという話だ。
いつでも外出先で魔法が使えるとは限らない。
魔力切れを起こした時、即座に回復できる手段があるに越したことはない。
「室内戦での魔力切れを懸念するなら、にぃ様自身の体内に魔力を溜めこむ魔法を書けば良かったんじゃ――。そうか、器が無いから無理じゃったかの」
「体内に魔力を溜めこむ魔法は既にありますよ。エルフ専用――というか、獣族以上のオド純度だと吸い上げから不可能なので仕方が無いことですけど」
プリムヴェールが目を回し、ターニャは苦しそうに丸まっていた。
プリムヴェールの方が重症に見えたし、多分この辺もオド純度との関係があるのだろう。
上級魔族であるラスティが行ったら、どのようなことになるのやら。
「……何じゃそのもの欲しそうな目は。妾で実験しようなど、絶対に考えるでないぞ。オドの純度が高い種族の体内に無理矢理マナなんぞ送り込んだら、身体が異常反応を起こして大変なことになるからの」
「やりませんよ、そんなこと」
あの辛そうなプリムヴェールの顔はもう見たくない。
それ以上の苦痛を与えられたラスティ――、――辛そうに喘ぐ幼女。
む、胸が痛む光景だな。
間違っても、ラスティに行おうとは思わない。絶対に。
「しかし、獣族でも不可能となると……。確実にそれは、エルフ専用の魔法じゃな」
「そうなりますね」
確か魔族、人族、獣族、エルフ族の順にオドの純度が濁っていくんだっけか。
魔族と人族の差は顕著で、獣族とエルフ族の差も同様。人族と獣族は若干人族の方が純度が高いよ、って感じだったはず。
純粋な獣族であるビリーでも不可能なのだから、エルフ専用魔法という考察は間違いないだろう。
魔力を体内に溜め込む魔法を試すには、エルフ族かハーフエルフの実験仲間がいなければならないな。
……バルテルスがいれば良かったんだが。
彼はもう、いないからな。
いや、生きてるけど。
「試すには、エルフ族の仲間が必要じゃな」
「ええ、そうですね」
でもエルフって、王都ではあまり見ないんだよな。
ダークエルフなら森林にわんさかいるのに。




