5-1.始まりは真っ白な雪の中で
ガコ、ガコ。
土魔法で作った箱に材木をくっつけただけの即席雪かき用シャベル。
それを使って、俺は庭に積もった雪を敷地の隅へかきだしていた。
先日の降雪を皮切りに、トリスコール周辺では毎日のように雪が降っていた。
後でプリムヴェールから聞いた話だが、トリスコールではどういうわけか、白の季節に入ると同時に、空に大きな雪雲が来るのだとか。
雪雲の襲来イコール白の季節の来訪と同義らしく、最初の雪が降ると魔物も人間も住居に引きこもって外に出て来なくなるらしい。
冬籠りってやつだ。
とは言っても、この雪は数日で止んでしまうので、それまでの短い期間だけだ。
冬眠のように、暖かくなるまで引きこもるというわけではない。
先日俺が遭遇した風花の後も、夕方から明け方まで結構な大雪に見舞われ、プリムヴェールは俺の家に泊まっていった。
昼過ぎには止んだのでそのまま帰れなくなるということにはならなかったが、路面凍結や積雪のために帰宅には結構時間が掛かった。
俺は雪国育ちでは無いうえに、この世界には水を弾くブーツや長靴のような便利なものはない。
毛皮や魔物の皮をなめした白の季節用の靴はあるらしいが、人気商品であるために品切れが続出するらしい。
時期によっては、値段が倍以上につりあげられることもあるのだとか。
俺が店に行った時も、品切れかもしくは一足大銀貨一枚という破格の値段だった。
とはいえ必要な物品であるため、先日雑貨屋でティオとラスティと俺の三人分を既に購入済みだ。
ビリーの宿屋なら三十日は泊まれる金額だが、今の俺にはそれほど痛くない買い物だった。
ちなみに今も、俺はその靴を履いている。
完全に雪を弾いてくれるような最先端品ではないが、ズボッと足が埋まることもなく使い勝手はよろしい。
「雪が眩しいって、比喩表現かと思ってたけど」
数日続いた降雪が幕を閉じ、空は雲一つない快晴だ。
真っ新な銀世界は燦々と降り注ぐ日光を反射して、眩い。そこはかとなく普段よりも若干周囲が明るいような感じがする。
これでもう雪は降らないのかと思ったが、まだ時々降ることはあるらしい。
ただ先日のようにぶっつづけで降り続くことはなく、時折思い出したようにパラパラ降る程度なのだとか。
「とりあえず、これで大丈夫かな」
敷地の入り口から家のドアまで、一直線に削られた白い世界。
朝から延々と雪を退かしていたおかげで、ようやく積雪の中に通り道を作ることができた。
これで足元に気を取られずに、敷地内から出られるようになった。
とはいえ森林内を進んで雪かきしてくれるような聖人君子様がいるわけも無いので、敷地を出ればまた真っ白な世界へと突入することになってしまうのだが。
喩えあまり意味がないことだとしても、気分的にそのまま放置しておくのは気分が悪い。
それに雪をそのまま放置していたら、足跡が無いせいで、家にずっと引きこもっていたことがバレちゃう!
別に誰がどうこう言うわけではないので、構わないのだけど。
「……流石に冷えたな」
シャベルの柄を握っていた手のひらに吐息を吹きかけ、寒さから逃げるように急いで玄関に戻る。
扉を閉めてリビングへ赴くと、ふわりとした温風が冷えた身体を温めてくれた。
リビングの隅には、黒くて四角い箱のようなものが一個設置されている。
この箱こそが、部屋をまんべんなく暖めてくれるという優れものの魔道具だ。
端的にいえば、ストーブ型のエアコンである。
これと同じものが、リビングの他に台所と寝室とその隣の部屋に置かれている。
使用していない部屋の魔道具は、ちゃんと起動突起を切っている。
節電ならぬ節魔である。
これを運び込むのがまた大変だった。
見た目の割に重量もあり、精密な魔道具であるため分解したり二つに割ったりすることはできない。
運搬代さえ支払えば設置まで行ってくれるらしいが、俺の家の敷地には外敵を排斥するための結界が張ってあるため、手伝ってもらうことはできない。
ベッドやらテーブルやらは近場まで運んでもらってから、分解して家の中で組み立てたので何とかなったのだが。
分解も雑な扱いもできないこの魔道具は、運び入れるのに結構な時間がかかってしまった。
「おぉ、にぃ様よ。帰ったか」
「ただいま戻りました。一応玄関前の雪はどけておきましたよ」
「ふむ、ご苦労じゃった。ほれ、温かいお茶でも飲んでゆっくりせい。もう少ししたら、昼ご飯の時間じゃからの」
真っ白な湯気の漂う湯呑をテーブルに置き、ラスティは艶やかに微笑んでみせる。
ラスティの格好は、普段通りレザー系のボンデージファッション――に、大きめのセーターをすっぽりと被った状態だ。
ちなみにこのセーターは、一応俺の室内用防寒着である。
お下がり――というよりは、着る前に取られた――兼用って言うのが正しいかもしれない。
だがラスティはこれ以外に室内用防寒着を持っていないため、無慈悲に剥ぎ取るわけにもいかないのだ。
別にケチを言って、ラスティの衣服を買っていないわけではない。
先日の悪魔討伐の報酬でラスティにも服を買ってあげたかったのだが、強く遠慮されてしまった。
それより俺の防寒着を買った方が良い、ちょっと太ってもキツくならないダボっとした服をぜひ買った方が良い――などと勧められたのだ。
凄まじい迫力だったため、結果的に俺が折れた。
冬服はティオと俺の分しか買っていない。
本当に良かったのかと再度問うと、ラスティは俺のセーターを抱きしめて一言、
『にぃ様のセーターに包まれたい。この気持ちが分かるかの?』
と、腰が砕けるようなソプラノボイスで甘えるように言ったのだ。
最初から、膝下まですっぽり入るセーターが欲しかったのだとか。
ちなみにその時に出してくれた天使の声音は、時々寝る前に聞かせて戴いている。
あれを聞くと、夜良く眠れるのだ。
「そういえば、花壇に植えた花が芽を出していましたよ」
「この大雪でも育つとは、逞しい花卉じゃの」
「知らなかったんですか?」
「妾はただ土のならし方とか種の撒き方を教えただけじゃよ。どんな花が咲くのかとか、何を植えたのかまでは知らんかった」
ティオは知っているのだろうか。
大丈夫だよな。食虫植物とかラフレシアの親玉みたいな奴が育っても、面倒見きれないぞ。
まあ雑貨屋で買った種だから、滅多なものが育つとは考えにくい。
むしろ、よく育ったなと感心するべきだ。
「水をやりすぎんよう、注意しておかなければな」
「そうですね。雪もどけておいた方が良いでしょうか」
「妾がやっておく。花壇の世話は、妾とティオの二人でやると決めたからの!」
そう言って微笑むと、ダボついた袖をバタバタと振りながらリビングを出て行った。
玄関の扉が閉まる音が聞こえたところで、食欲をそそるような香りが台所から漂ってきた。
どうやらお昼ご飯が出来たらしい。
「ラスティちゃーん、出来たから手伝ってー」
台所の奥から、ラスティを呼ぶティオの声が聞こえてきた。
ラスティは今外にいる。タイミングの悪いことだ。
とはいえ花壇に積もった雪をどける程度なら、すぐに終わるだろう。
「ラスティちゃーん!」
「ラスティ今いないから、俺が運ぶよ」
台所へ赴くと、お皿を抱えたティオがこっちを見ていた。
黄色いチェック模様のエプロンをしている。
髪型はツーサイドアップ。
その姿は普段より大人びて見える。魅力的だ。
抱きしめたい。
「ありがと、アヤメお兄さん」
お皿を受け取り、リビングへ。二人並んでリビングのテーブルまで赴き、皿を並べる。
今日の献立は豆のシチューっぽいものと、焼いた肉、黒いパンだ。
果物は食卓から減り、なるべく温かいものを中心に用意しているらしい。
ティオとラスティの真心が籠っているのだ。
「お昼ご飯なのに、ラスティちゃんどこ行っちゃったんだろう」
「花壇に積もってた雪をどけに行ってくれてるんだ。もう少し待ってあげてくれ」
「ちゃんと花、咲くかなぁ……」
「この雪でも芽が出てたから、多分咲くとは思うけど――」
言いながらティオを見ると、ティオと目が合った。
熱い視線を灯し、じぃっと俺のことを見つめている。
ん、どうしたんだ? 俺が恋しくなっちゃったのなら、この胸に飛び込んできても良いんだぜ?
「芽、出たの?」
「ああ、さっき見たら。緑色のが、ほんのちょこっとだけ顔を――」
「見てくる!」
最後まで言い終わるより先に、ティオはリビングから駆け出して行った。
次いで玄関の扉が開け放たれ、閉まる音。
何とも言えない静けさだけが取り残され、そこはかとなく寂しさを感じてしまう。
窓からちょっと外を見てみると、花壇の前でティオとラスティが楽しそうに談笑している様子が確認できた。
微笑ましい光景に心が満たされるが、見ているだけでは腹は満たされない。
テーブルに並べられた料理からは美味しそうな匂いが漂っている。
お預けをされているような感じだ。
二人が帰ってきた頃には、シチューも肉も冷めていた。
◇ ◇ ◇
冷めた料理をもう一度温め直し、気を取り直して昼ご飯だ。
毎度おなじみ、ティオは小さめな身体とは裏腹に大飯喰らいである。
ラスティと俺がゆっくりと咀嚼している間に、彼女は大人の二人前程度の量をペロリと平らげてしまう。
それだけ食べているのに、太ったりはしないらしい。
成長期だから背と胸に行っているんだろうとは、ラスティの談だ。
ティオはそれを聞いて、嬉しそうに胸の辺りを撫でていた。
「にぃ様よ。妾はすっかり忘れとったが、あの指揮官とやらとはもう会ったのかの?」
「会ってませんよ。地位も高いようですから、王都南部には滅多に来ないんじゃないですか」
実際俺もあの元兵長――現指揮官と会ったのは、最初の悪魔討伐の件以来だ。
彼の仕事場は王都北部で、俺の移動範囲は王都南部。
北部と南部の間には結構厳しめな関所が張られているらしいので、余所者かつはっきりとした身分を持っていない俺は入ることが出来ない。
故に会う機会が無いのだ。
「全く失礼な輩じゃの。あれだけの脅威から国を救ったというのに、金銭以外の賞賛も評価も無いんじゃぞ。
しかも国王に会わせたいと言っておきながら、音沙汰無しか。
国を救った英雄であるにぃ様に対して、この仕打ちはあんまりじゃよ。
しかもそれを涼しい顔で許すなど――、にぃ様は本当に謙虚な御人じゃな」
謙虚な人か。
俺が本当に謙虚、堅実をモットーに生きていたら、目立たず慎ましやかに暮らし、未だに魔法使い予備軍の証を掲げているだろう。
強欲、貪欲とまでは行かないが、無欲ではない。
指揮官からの報せが来ないことに関しても、別に聖人君子のように「私には身に余る光栄です。国王と謁見など、滅相もないことでありんす」とか言っているわけではない。
むしろ内心ホッとしているところだ。
俺はこの世界での礼儀作法を、最低限生きていく程度しか知らない。
下手な態度をとって、逆鱗に触れでもしたらこの平穏な生活も瞬く間に幕を閉じてしまう。
それに俺は、ああいう畏まった空気が苦手なのだ。
王宮なんてドラマとかでしか見たこと無いけど、あの厳かな雰囲気の中に呼ばれて話をするなんて、心臓がいくつあっても足りないだろう。
プリムヴェールやティオを護るためなら悪魔と対峙する程度どうってことないが、王様との謁見など考えただけで足が震えてしまう。
変なところで小心者なのだ。
「でも今回は、アヤメお兄さんのお手柄が、ちゃんと信じて貰えたんだよね? 前回の悪魔騒動の時は死骸が溶けちゃってたから、冒険者に報酬を支払いたくなかった兵団が賢者の名前を使って“ねつぞう”したとか、そんな噂が立ってたけど」
「……トリスコールの国民って、そんな穿ったものの考え方をするのか?」
「んーん。元中流貴族の執事さんだとか、脚に矢を受けちゃった元冒険者さんとかが、言ってた。自分たちを雇わない兵団は人を見る目がないとか、上流貴族の“わいろ”でリッチな生活をしてるとか。実は最初から悪魔なんていなかったのだーとか言ってる人もいたよ」
根も葉もない噂話だ。
賄賂云々とか浮浪者を雇わない話は知らないが、実在しない賢者の捏造だとか、やっぱり悪魔なんていなかったね説は当事者として違うと断言できる。
しかしそのような場所で、ティオは一年近く過ごしていたというわけで――。
「ティオも、そう思っていたのか?」
「思ってなかったよ。だってその人たち、いっつも兵団とか王宮の悪口ばかり言ってたんだもん。他の人たちも『またいつものか……』とか言いながら、黙って聞いてたし」
全員が全員というわけではないのか。
「堕ちるところまで堕ちた者というのは、大抵思考回路が破綻しているものなんじゃよ。そういう輩は自身が奴隷になっても、死ぬまで『これは何かの間違いなんだ』と喚き続けることじゃろう」
「堕ちる、ところまで……?」
「貴族の使用人だとか、若い頃に凄腕冒険者と讃えられた一時の成功者。評価される心地良さに溺れた人間が、転落した場合の話じゃよ。自らは動こうともせず、立ち止まったまま空想上の野心を喚く者。そういった輩は、何度やり直しの機会を与えられても成長せんからの」
そういえば前に、没落した貴族の元使用人だとかそういった人の方が、金銭感覚が狂って奴隷になりやすいと聞いたことがあったな。
「じゃがまあ、今回はそのような妄言を垂らす輩もいないじゃろ。悪魔の死骸も残っておるし、今回は証人も多いからの」
その代わり、変な噂も立っているらしいが。
基本的には俺の功績を讃えるものが多いらしいが、中には根も葉もない噂もチラホラ確認されている。
酷いものだと、落雷を使ったためか、賢者カザミ・アヤメは魔帝サザンガンフォルトと同様の天候操作を使用できるらしい、てな感じの噂も広まっているらしい。
まあ所詮噂は噂だ。
国に対して悪いことをしたという風説は広まっていないので、突如背後からバサリなんてことにはならないだろう。
ちなみに、悪魔の素材は燃えやすいため暖炉の燃料として扱われているらしい。
あとは土に混ぜて、作物を育てる肥料にするのだとか。
畑か花壇を作る時にでもどうぞと勧められたが、そんなものを使って植物が動きだしたりしても困るので遠慮しておいた。
生きていても死んでからも使い捨ての燃料にされる生物というのも、不憫なものだな。
思ったより長くなったので区切りました。




