幕間 雪の日
悪魔討伐の報酬は、前回と同じく金貨三百枚程度だった。
打倒した総数が何体なのかは分からなかったが、報酬金を持って来た新米兵長っぽい兵士が言うには、ざっと五、六百体はいたのだろうとのことだ。
前回と同様の報酬換算をすれば金貨六百枚という金額になったのだろうが、今回は一体につき幾らという報酬設定もされておらず、飛び入りで勝手に割り込んだ面も大きいため、その程度の報酬になったらしい。
字面だけ見ると騙されたようにも見えるが、実際金貨三百枚など一般市民には使い尽くせないほどの金額である。
家や土地――もしくは具合の良い奴隷を買い占めるならまだしも、普通に暮らす分には十分すぎる。
今回はお金が欲しくて戦いに参加したわけでは無いので、損得で文句を言うつもりはない。
あまり欲を張りすぎると、変なところで身を滅ぼすからな。
報酬を持ち帰る際は、数名の兵士に護衛について貰った。
金貨を詰めた布袋を抱えて自宅へ向かう途中、頭に冷たい欠片がふわりと落ちてきた。
何かと思って見上げると、仄暗い雲の隙間からチラチラと白い欠片が舞い降りていた。
雪である。
「もうすぐ白の季節ですから、これからもっと寒くなるでしょう」
白の季節というのは、所謂冬のことだろうか。
そういえば、最近森林の樹木の葉がよく落ちるようになっていた。
中には年中枯れない樹木もあるらしく、未だに青々と茂った植物も存在する。
だがやはり、空気が乾燥しているのだろう。
木肌が若干白けていることも、多くなっていた。
「基本的に気温は安定している地域ではありますが、白の季節だけはどうにも気温が下がってしまいます」
「他の季節は、そういったことは無いのですか?」
「青の季節に若干気温が上がりますが、そこまででは。国によっては、青の季節は海や川で水浴びをしたり、虫系の魔物がわんさか現れたりと、様々な特色をみせる場合もあるようですが」
言ってから気付いたが、そういえば暑苦しい日々に悩まされるなんてことは無かったな。
過ごしやすい気候だったし、春夏秋が一定の気温を保って、冬だけは少し気温が下がるのだろうか。
元の世界では四季が揃った国に住んでいたから、改めて見てみるとこういうのは新鮮だな。
◇ ◇ ◇
自宅に戻ると、見覚えのある黒い靴が綺麗に揃えた状態で並べられていた。
とある人物の来訪を察して、俺は金貨袋を傷つけないよう気を付けながらリビングへ戻った。
「おかえりなさい、アヤメさん」
オリーブ色の縦セタをすっぽり着込んだプリムヴェールが、色っぽく頬を染めながら湯呑に口を付けていた。
テーブルには、先日買ってきたヤキガシが並べられている。
一包みは悪魔討伐の翌日に、ラスティとティオとの三人で食べたのだが、まだ一つだけ残っていた。
「わたしがヤキガシ好きって知って、買ってきてくれてたんですね」
「うん。プリムヴェールの喜ぶ顔が、見たかったから」
プリムヴェールと向かい合って座り、お皿に乗ったヤキガシに手を伸ばす。
このヤキガシには酒やそれに類する食材は使われていないらしく、味に癖もなくて食べやすい。
悪く言えば薄味と言うのだろうが、良く言えばサッパリした味と言う。
チョコチップとかそういうものがあれば、もっと美味しくなるんじゃないかなとか勝手に思っている。
この世界にチョコやホイップクリームなんてものがあるのかは知らないが。
「これも充分美味しいけど、もう少し甘いのも食べてみたいな」
「これよりももっと、甘いものですか?」
まあ、贅沢だろうな。
砂糖やら小麦粉やら何やらが、どこの地方で採れるのかは知らない。
もしくは魔物の素材とか、薬草系で甘味を出しているのかもしれない。
だがトリスコールでは、そういった菓子類を滅多に見ることはない。
あるのかもしれないが、俺はまだ見たことがない。
様々な国や地域を渡り歩く行商人を捕まえない限り、ここでは食べることが出来ないのだろう。
「……甘いもの、ありますよ」
湯呑をテーブルに置いたプリムヴェールが、四つん這いになってこっちに歩み寄ってくる。
甘えた様子の上目遣いに、思わず胸が高鳴る。甘いもの、何だろうか。
期待に胸を膨らませていると、膝の上にプリムヴェールがちょこんと乗っかった。
スリスリと擦り寄ってくるので、左腕でプリムヴェールを抱き留め、右手で頭を撫でてやる。
顔を埋めると、甘い香り。
花のような匂い。天然の香水だ。
ほんのりと染まった頬も相まって、非常に可愛らしい。
「プリムヴェールって、甘い香りがするよね」
「もぉ、からかわないでください」
手を伸ばして、皿に乗ったヤキガシを一個手に取る。
それをむしることなく一個丸ごと口に咥えると、プリムヴェールはこっちを見た。
顎を突き出して、上目遣い。
少しだけ怒っているような表情に見えるのは、照れているためだろうか。
「…………」
「え、と?」
「……フーッ、フーッ!」
ヤキガシを口に咥えたまま、飲み込んだり咀嚼する気配も見せずに顔を近づけてくる。
プリムヴェールは何かをして欲しそうな表情でこちらを見ている。
というかこの状況でして欲しいであろうことなど、一つしか思いつかない。
「良いの?」
「…………ん」
小さく首肯して、プリムエールはまたこっちを見た。
心なしか距離が縮んでいるような気がする。
プリムヴェールを膝に乗せたまま、俺は目の前にあるヤキガシを口に咥えた。
途端ヤキガシがはむはむと動き、プリムヴェールの顔が近づいてきた。
このままプリムヴェールの咀嚼シーンを見つめるというのも捨てがたいが、甘いものを食べたいと言ったのは俺だ。
俺が喰わなくてどうする。
俺が咥えた方からも、ヤキガシをはむはむと咀嚼する。
一心不乱にヤキガシを味わうプリムヴェール。その顔が徐々に近づき、徐々に赤くなっていく。
そんな景色をずっと眺めていたからか、俺の心にも火が点いたらしい。
両手を握り合い、指を絡める。
二人の口元を繋ぐヤキガシも徐々に小さくなって、荒ぐ吐息が混ざり合う。
やがてヤキガシとは違う、柔らかくて温かい感覚が口元に広がった。
頭の片隅に想像した通りのフィナーレを飾ることができたようだ。
「……ど、どうでした?」
「すっごく、甘かったです」
口端をペロリと舐めとり、満足げな表情。顔を蕩けさせ、ボフンと銀色の頭を俺の胸の中に飛び込ませた。
ふと、テーブルに置かれたプリムヴェールの湯呑が目に入る。
中身を覗き込むと、琥珀色の液体がまだ少し残っていた。
根拠のない推測――言わば勘というやつだが、多分お茶では無いのだろう。
「ふふ、アヤメさん。だーい好き」
頬をほんのりと染めたプリムヴェールが、銀色の頭を胸にすり寄せてきた。
お酒を飲んで、いつにも増して色っぽくなったプリムヴェール。一緒に肩を並べて飲んでたいが、俺は酒を飲むと意識が消し飛ぶのでそれはまだ不可能だ。
将来的にはしてみたいな。
ヤキガシの欠片を皿から拾い上げ、プリムヴェールの口元に持っていく。柔らかい唇にヤキガシを押し当てると、はむはむと口を動かしてそれを咀嚼。コキュンと飲み下した後、上目遣い。
間違いない。この方は銀色の天使だ、そうに違いない。
開いた方の手で最後のヤキガシを摘まみ、今度は自分の口腔へと運ぶ。
クッキーとパウンドケーキを足して二で割ったような食感をモサモサと食していると、不意に背中に寒気が走った。
心なしか室温が下がっているようだ。
これからもっと寒くなるのだろうか。冬は好きだが、それは暖房器具が存在することを前提とした話だ。
ん、まあ……。天然の湯たんぽのおかげで、左肩から左脇腹に関しては幸せな温もりを感じることが出来るのだが。
「……プリムヴェール」
「ん、アヤメさん……」
いつの間にか、プリムヴェールは幸せそうに寝息を立てていた。
お酒が回ったのか、眠ってしまったらしい。
俺は温かいが、何もかけずに寝てしまったら風邪をひいてしまうな。
ティオかラスティが来たら、毛皮のタオルケットか何かを持ってきてもらおう。
――そういえば、ティオがいないな。
普段なら台所かリビングにいて、俺が帰宅するとメイドらしく速やかに湯呑を用意してくれるのだが。
などと考えながら何となくプリムヴェールの湯呑の香りを嗅いでいると、トタトタと階段を駆け下りる足音が聴こえた。
リビングの扉がバンと開けられ、はしゃいだ様子のティオが現れた。
いないと思ったら、どうやら二階にいたらしい。
ティオは興奮した様子で両腕をバタバタと振っていたが、胸の中ですぅすぅと寝息を立てるプリムヴェールに気が付き、口元に手を宛がうジェスチャーとともに口を閉じた。
静かにしなくちゃ、って感じの顔だ。
だがやはり興奮さめやらぬらしく、ティオは嬉しそうに口元を緩める。プリムヴェールを起こさぬようソーッと歩み寄り、耳元に口を寄せると吐息混じりの淡い小声で言葉を紡ぐ。
「アヤメお兄さん、凄いんだよ!」
「どうしたんだ? そんなに慌てて」
「あの、あのね。雪だよ、雪が降ってるの!」
そう言って足音を立てぬよう窓のところまで駆け寄ると、ティオはおもむろにカーテンを開けた。
純白の欠片が、花びらのように舞っている。雨と同じく天から降り注ぐものだが、雪は軽い。微風に煽られ、ヒラヒラと中空を踊り、幻想的な雰囲気を醸し出す。
粉雪というよりかは、ボタン雪っぽい。
窓が白くなるほどの量。このまま降り続けば、間違いなく積もってしまうだろう。
ドアの前に積もらないことを祈りながら雪かきのことを考えている俺とは裏腹に、ティオは瞳をキラキラさせながら窓の外を見やっていた。
窓に張り付き、降り注ぐ雪を一心不乱に目で追っている。
懐かしいな。
俺も昔は、雪が降ると何故か凄く嬉しかった。
「雪、好きか?」
「雪は寒いから嫌いだけど、暖かい家の中で眺める雪は好き」
そう言ってカーテンを開け放つと、スキップなんかしながら、トタトタとティオが駆け寄ってきた。
左腕にプリムヴェールを抱いているのを見て、ティオはそのまま迂回して、俺の右側まで辿り着く。
隣に腰を下ろし、背中を向けてピタリとくっつく。膝に乗っけてやると、ティオは嬉しそうに頬を摺り寄せてきた。
「一緒にいる方が、温かいよ」
確かに温かい。
左腕には寝息を立てるプリムヴェールが。右腕には幸せそうに窓の方を眺めるティオが。
二人の体温を感じると同時に、俺の体温も上昇していく。
何よりも幸せな暖房器具だ。
天然のカイロというか湯たんぽというか――うん、幸せ。
ティオとプリムヴェールを抱いたまま至福の時に浸かっていると、不意に背中に柔らかな温風が吹きかけられた。
顔だけ後ろに向けると、セーターっぽい衣服にふくらはぎまで包み込まれたラスティの姿。
サイズは合っていないが、何か可愛らしい。袖も長すぎて、萌え袖というよりかはダボ袖って感じだ。
流石に普段の服装では寒かったらしい。
「暖かいですね。何をしたんですか?」
「風魔法と火魔法を同時に使った、温風の魔法じゃよ。服なんかを乾燥させるときに使っておる魔法と同じようなものじゃ。
白の季節になるから、これからはこうして定期的に部屋を暖める必要があるの。
妾程度の魔力でも問題はないが、魔道具を買っておいた方が良いじゃろ」
暖房器具――魔道具か。
エアコンか暖炉か、ストーブかそんな感じの魔道具なのだろう。
贅沢を言うなら、コタツっぽい魔道具が欲しいな。
あるのかは知らないけど。
今度毛皮の布地を買って、コタツっぽいものを作ってみようかな。
内部を温めることは出来ないから、気持ち程度だけど。
美少女と一緒にコタツに入れば、様々なハプニングが起こってしまうだろう。
足を蹴っちゃったり、絡めたり。一緒に座って、果物を食べさせ合いっこするってのも楽しそうだな。
「今度一緒に探しに行きましょうか」
「そうじゃな。じゃがこの家はレリー建築の色が強いから、火を直接使用する魔道具は避けた方が賢明じゃろうが」
そんなことを言いながら、ラスティは俺の向かい側に「よっこらせ」と腰かける。
レリー建築ね。前にもそんなことを言っていた気もするが、そんなにこの家はレリー建築ちやらに類似しているのだろうか。
建築物に関する書物は読んでいないからな。
建設関係の知識は無知に等しい。
元の世界でも、興味を持ったことは無かったし。
ふと前を見ると、ラスティが嬉しそうに目を細めていた。
表現するなら「初孫を眺めるお婆さん」とか「初めて彼女を連れてきた母親」って感じだろうか。
両方とも経験ないので、確かなことは分からないが。
まあ何というか、優しげな目で微笑ましいものを見ているような面差しだ。
「仲良しさんじゃの」
「えへへ、そう見えますか」
左胸に顔を埋めて微睡むプリムヴェールと、左腕に抱えられながら顔をとろけさせるティオ。
間違いなく、幸せな一コマを切り取ったような光景だろう。
「ハーレムも、思ったより悪くないじゃろう?」
「はい、凄く幸せです」
この一瞬も場面も結末も、俺一人では成し遂げられなかったものだ。
ラスティやカミーユが背中を押してくれなかったら、今もまだティオとプリムヴェールを天秤にかけるような失礼な行いをしていただろう。
今ではお二方とも、俺の大切な――恋人だ。
半端に開け放たれたカーテンの隙間から、外の景色を眺めてみる。
窓の外では、音も立てずにしんしんと雪が降り続いていた。
このまま降り続くのなら、明日には周囲が一面の銀世界となっていることだろう。
これから創り出されるのは、真っ白な世界。
過去を塗り潰し、新たな未来を描き込んでいく始まりの地。
暗く孤独な過去を振り返らず、真っ新な未来を突き進むための出発点。
降り注ぐ雪を眺めながら、俺はそんなことを思ったのだった。
第4章 異世界召喚は長寿ロリとともに -終-
次章
第5章 異世界魔法はエルフ奴隷とともに




