4-32.雷撃と爆風の狂想曲
時が止まったかのような感覚。そして何かが締め付けられるような鈍い音が上空から奏でられる。
「成功……した、の」
力を使い果たしたのか、腰が砕けたかのようにラスティは膝から崩れ落ちた。
目の前で童女が倒れ込む状況。本来なら駆け寄って抱き上げたい心情に駆られるところであるが、今俺がすべき事項はそんなことではない。
何が起こったのか分からないが、考えるのは後だ。
ラスティには、数十秒でも悪魔をその場に停滞させる魔法を使ってくれと頼んだ。
効力が切れるまでどれだけの猶予があるのか、さっぱり分からない。
今は目の前の脅威を取り除くことに専念する。他の事は二の次だ。
突き出した右手から魔力を放出し、未だ停滞している悪魔の集団を捉える。その頭上――悪魔が停滞する中空より少し上の位置に、霹靂を生み出す暗雲を発生させる。
威力は最大級――範囲は、少し広めに設定する。
間違っても撃ち漏らしの無いよう、そして無関係な人々に被害が出ないよう細かく調整。
魔法であり自然現象では無いので、この辺りの調整に関しては無問題だ。
放つ距離も地面までではなく、中空付近で止める。
そうすれば、喩え地面が濡れていても周囲の兵士たちに被害は出ないだろう。
「――落雷」
刹那的に目を瞑ると、瞼の裏が真っ赤に染まった。
暗雲から撃ち出された、一本の柱のような閃光。それが悪魔の集団に突き刺さった瞬間、黒い集団は爆音とともに散り散りになって吹き飛んだ。
威力にセーブを施しているため燃やし尽くすことは出来なかったようだが、落雷の直撃はかなりの痛手となったようだった。
ボトボトと音を立てながら、黒い欠片が雨のように降り注ぐ。
遠目に見ると、粘土細工のようにも見える。だがあれは全て、元は悪魔の身体の部品だったものだ。
そう考えるとあまり良い気持ちはしないので、記憶に焼きつくより先に視線を逸らしておいた。
視線を逸らした先には、炭のような色をした馬に乗った指揮官の姿があった。
こんな短距離を移動するにも馬を使うのか。
「総員、悪魔の破片の処理活動に移行しろ。不要そうな欠片は、各自の判断で溶かしてしまっても構わん」
指揮官がそう言うと、周囲に散らばっていた兵士たちは一斉に悪魔の残骸を拾い集めに向かった。
恐る恐る顔をそちらに向けると、兵士たちは火の玉を撃ちながら悪魔の死骸を処分していた。
その内の幾何かは布袋に詰め込まれ、兵士たちの荷物へ仕舞われていく。
そういえば、悪魔の素材は一体何になるのだろう。
すぐに燃えて溶けてしまうし、燃料か何かなのだろうか。
「……や、やったのかの?」
処理現場から視線を移して前を見ると、ちょっぴりやつれた感じのラスティが膝を着いてペタンと座っていた。
女の子座りっていうやつだ。
「一体も残らず、殲滅出来たようです」
「そうか、それは良かった、の」
ふらふらと立ち上がったが、結局脚に力が入らなかったらしくラスティは俺の胸にしなだれかかってきた。
ボフンと顔が胸に埋まり、いつも以上に甘ったるい匂いがふわりと広がる。
たっぷりとしたアマラントカラーの髪を手で梳いてやると、気持ちよさそうに頬を緩めていた。
「さっきの魔法は、何だったのですか?」
「ん、暴力的な竜巻のことかの。
あれは風魔法の一つじゃよ。つむじ風の親玉みたいな風の渦をぶつけて、高速回転させながらズタズタに斬り付ける豪快な魔法じゃ。
行動を制限させる魔法というよりは、殺戮用の攻撃魔法に類するものになるがの」
竜巻で包み込んで、内部に発生した旋風で切り刻む魔法――ということか。
それだけで何だかオーバーキルっぽく感じるのは気のせいだろうか。
「もしかして、その魔法だけで悪魔はもう死亡が確定していたんじゃないですか?」
「んや、奴らは痛覚が碌に発達しておらんからの。暴力的な竜巻の効力が失われた暁には、無事だった悪魔たちは素知らぬ顔でまた飛行を続けるじゃろ。攻撃目標の数がちぃとだけ少なければ、今回の魔法だけでも楽々全滅できたとは思うがの」
しかし――と続け、ラスティは甘ったるい吐息を俺の胸に吹きかけた。
「年甲斐もなく久しぶりにはしゃぎすぎてしまったの。思ったよりも疲れてしまった」
「本当に、助かりました。ゆっくり休んでください」
前回と同じく、悪魔戦ではまたしても助けてもらってしまったな。
前に誰かが風魔法は万能だと言っていたが、本当にそうなのかもしれない。
今度機会があれば、風魔法の想像魔法を発動する練習をしておこう。
風魔法は具現化後の動きが独特だから、詠唱を覚えた方が早いかもしれないが。
そんな感じにこれからの予定を立てていると、背後にてタン! と軽やかな足音が奏でられた。
振り返ると、目の前に真っ黒な馬面があった。
いや、別に誰かを罵倒しているわけではない。
本当に目の前に馬がいたのだ。
「ご無事でなによりです、賢者様」
豪奢な格好をした馬方――乗馬者である指揮官が、馬のすぐ隣に姿勢良く佇んでいる。
無表情を貫いているようにも見えるが、口元が若干緩み、鼻息が荒くなっている。
目の前で起きた状況に少なからず興奮を覚えているという感じだ。
「今回の討伐報酬は、また後日と言うことでお願いします。
それと――ですね。脅威も取り除かれたことですので、先ほどの続きをしてもよろしいでしょうか」
「悪魔を送り込んだ、国に関する話ですか」
謂われのない差別から逃れるために、ようやく見つけた住み心地の良い場所。
自らが気に入らないというそんな傲慢な理由で、それを無碍に消し去ろうとしている国。
この世界全域に関する社会情勢を子細に知っているというわけではないので、何かしらの意見を言うことは出来ないが。
「先ほどの通り、襲撃を企んだのがどこの国か、未だに分かっていません。
いうのも、一回目の訓練場への襲撃も二回目の広場への襲撃も、今回の襲撃も、毎回別の方角から行われているからです。
ちなみに――、初回が東からで、二回目が西、今回は高原ですから――南です」
わざわざ迂回させて――もしくは別の場所から悪魔の集団を送り込んでいる。
これが意味することとは。
「明らかに、攪乱しようとしているってことですか」
「大方、それで間違いないでしょう」
他国と組んでいるのであれば、襲撃を行う時期を合わせて、三方向から同時に攻め込むだろう。
全く違った勢力によるものであれば、毎回同じ魔物――悪魔であるということに説明がつかない。
「一度目は数が少なかったので何とかなりましたが、二度目は城壁を越えられて一般市民の居住区にまで闖入されました。
今回の襲撃もご覧の通り、前回の襲撃と比べて悪魔の数が多く扱われています。
撃墜器を使っても、あのざまでした。
城壁や兵団訓練、数多くの冒険者様などと魔物から王都を防衛する手段は多いのですが、こちらから攻め込んだり、はたまた人間同士の戦争に関しては、あまり力を入れておりませんので――」
言い難そうに、指揮官は俺から目を逸らした。
人間同士の戦争には力を入れていない、か。
確かにこの国は兵士だとか冒険者は多い割に、戦火が降り注いだり食料不足で飢饉発生なんてことにはならなかったもんな。
トリスコールは穏健派な国家らしいし、元の世界でも戦争イコールよくないという方程式を組み込まれていたから、その考えには賛成だし、むしろ喜びたい。
ティオの地元は、戦火に巻き込まれて崩壊してしまったらしいからな。
逃げた先でもそんなことになったら、辛いだろう。
「ですが今回の襲撃で、そこも改めなければならないと実感しました。
人を相手にした戦闘訓練を兵団で実施するのを、検討に入れようと思っております。
それと――、もう一つ」
指揮官は声を潜め、周囲を窺った。
「魔族がいるから攻め込まれた。こうなったのは魔族のせいだと、そういった噂が立つ可能性があります。
そうなってしまえば、襲撃国の思うつぼです。
ですので今回の騒ぎは、突如大量発生した悪魔を賢者様の功績で打倒しえた、ということにしたいのです。
あとで食い違いが出ないよう、それでよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
チラとラスティを見やったが、疲弊しているらしく別段気にしている様子は見られなかった。
魔族のせいだ! なんて噂が立ってしまったら、本末転倒だからな。
たかが噂とは言えど、一度広まった噂というのは完全に消火するのが非常に難しい。
「もしこのような襲撃が続くようであったら、国民たちもおかしさに気が付くでしょう。
それが原因で魔族に対する風当たりが悪くなってしまったら、代々国王が行ってきたことが全て水の泡となってしまいます」
もしかしたら、そうなることを見越して襲撃をかけたのかもしれないな。
種族間の信頼や仲間意識を徐々に蝕み、内部から崩壊させていく。
卑劣な手だが、賢い戦法ではある。
「せめて、どこからの襲撃かさえ分かれば。回避する手段を考えることも出来るのですが――」
「魔力の濃度が濃いか、もしくは迷宮が多くある場所。大方、そのどちらかじゃろうな」
悲観する指揮官の言葉を遮るように、ラスティは憮然と科白を紡いだ。
指揮官は怪訝そうな顔で、発言者であるラスティを見やる。
「悪魔の襲撃は三度目なんじゃろ? 悪魔が歪みから生まれるのは、魔大陸外では滅多に無いはずじゃ。
魔物にも生殖器はあるが、交配して増やしたにしては襲撃の頻度が高すぎる。
ということは、悪魔を送り込んだ国の傍には魔大陸ほどに魔力が濃い場所。もしくは迷宮が多く、魔力の循環が激しい場所。そのどちらかじゃろう。
どっちにしろ、これだけ多くの悪魔を短期間の内に連続して送り込んできたんじゃから、流石にこれ以上『悪魔』を送り込んでくることは無いじゃろう」
「そ、そうなの、か?」
「指揮官さん。容姿はこの通りですが、彼女は高齢の上級魔族なんです。戦闘経験も豊富ですから、信憑性は高いと思われます」
俺の紹介に、ラスティはない胸を張って得意げな様子。
胡乱気な目をしていた指揮官だったが、俺とラスティを交互に見た挙句。
「なるほど、経験からなる推察でしたか。これは失礼」
一応は、納得してくれたらしい。
実際童女のような見た目でも実際は数十歳という種族であればいるだろうから、完全な嘘や偽りだと思われてはいないだろうが。
流石に数千歳だとは思っていないだろう。
別にわざわざ言うことでもないから黙っておくが。
「魔族排斥の意向が強く、かつ攻撃的な傾向があって魔力濃度が高いもしくは迷宮の多い国……。これだけの情報があれば、襲撃国を確定するのは容易になるでしょう」
真面目な表情に驚きや一種の興奮を見せながら、指揮官は手元の羊皮紙にサラサラと何やら書き込んでいた。
もしかすると、ラスティの証言が間接的にトリスコールを救うことになるかもしれない。
書き終えた羊皮紙を胸元に仕舞うと、指揮官は真面目な顔でこっちを見た。
「賢者様、図々しい話ですが、聞いて戴きたいことがあります。
――これらの報告が済んだら、一度国王に会ってはくれませんか。
もしこれが本当に異国による戦争行為ならば、迎え撃つ――市民を守るために戦う手段に出なければなりません。
その時、賢者様のお力を貸して戴きたい。
ただ報酬も扱いも何も決定していない状態で、勝手に話を進めるわけにも参りません。
我々はすぐにでも、上級魔族さんの意見を含めて今回の襲撃をまた国王に報告しに向かいます。
そしてどこの国が襲撃を行ったのか、必ず突き止めます。
先日の悪魔撃退の際も、国王には『一人の賢者様が手を貸してくれた』とは伝えたのですが、国王は興味を示した後で、王宮に呼び出すほどではないと告げられました。
今回も、結局そうなってしまうかもしれません。
ですが、賢者様の戦いを二度目の前で見た私としては、賢者様のお力は必要不可欠なものだと思っております。
ですからもし私の願いが通ったならば、ぜひ賢者様に王宮に来て戴きたい」
「こ、国王様に謁見、ですか?」
トリスコールの国王って、あれか。
ネコ耳美女に囲まれて、王冠を被った気さくなおじさん。とかそんな想像をしてしまった人か。
魔族趣味だか亜人趣味で、重臣や使用人にも魔族や亜人族を多く仕えさせてるとか、そんな人だったはず。
どうしてもトランプに描かれたイラストみたいなのが思い浮かんでしまうのは、現代日本人として仕方が無いことだろう。
だが実際はどうか。
多分もっと厳かな雰囲気で、立派なお方なのだろうと思う。
創作物に出てくるような気さくなお爺さんではなく、キツイ目で見た者の運命を言葉一つで変えられるような、そんな人間。
絶対権力者だ。
ただでさえ俺は畏まった場所に行こうとすると胃が痛くなるから、実を言うと遠慮したい。
そういった緊張に弱いんだ。
情けない話だが。
とは言っても、俺の意思でどうこうなるような話でも無いんだろうな。
まあいち賢者なんかに国王が興味を持つことは無いだろうと、希望的観測に縋っておこう。
「考えて、おきます」
「ありがとうございます、賢者様。
それでは今回の報酬は、前回と同じようにギルドにてこの日にお願いします」
指揮官はまた新たに羊皮紙を取り出し何かを書き込むと、馬に背負わせた小型の荷物からインク壺を取り出し、指を浸してハンコのような印を着けた。
次いで何やら名前のようなものを書き、ナイフで切って片方を俺に手渡してくれた。
「高額になると思われますので、その半券をお持ちください。
私が直接お伺い出来れば良いのですが、如何せん時間が取れなくてですね。
賢者様とは顔見知りではない兵士に仲介を頼むことになると思われますので、今回はその半券が必要になるのです」
身分詐称した人間に間違って渡してしまったら困るからな。
「たしかに」
半券を受け取ると、指揮官は腰を折ってからひらりと炭のような馬に飛び乗った。
夜空に一発嘶きを吹きかけてから、パカラパカラと陽気な音を立てて凱旋門の方へと消えて行った。
◇ ◇ ◇
「何か、戦いよりもその後の後始末で疲れてしまったな」
走るのも戦うのも無我夢中で行っていたためか、さほど疲労が溜まることは無かった。
だがその後のお話。国王に謁見しなければならないという話を思い出すだけで、胸の奥がズーンと重くなってくる。
言葉遣いとか礼儀とか振舞いとか、ちゃんと調べておかなければならないな。
粗相をして、逆鱗に触れたら大変なことになってしまう。
「あ、はぅ――」
なんてことを考えながらボゥッと中空を眺めていると、隣から力の抜けた声が聞こえた。
ペッタリとその場に座り込み、疲弊のため頬を赤く染めたラスティの姿が目に入った。
先ほどよりもやつれて見える。
「基本四属性の魔法じゃったが、流石にあれは疲れてしまったの」
「大丈夫ですか?」
「心配いらん。妾はこれでも生粋の上級魔族。あの程度の魔法で、弱音を吐くことになろうと――」
言いつつも、ラスティはよたよたとふらついている。
額にも汗が滲んでおり、吐息からは湯気が出ている。
かなり辛そうだ。
本当なら無関係なのに、俺がここに呼んだからこんなことに……。
出来ることなら、何とかしてあげたい。
待てよ。
そういえば、確かリリムって体力を回復する手段があったよな。
実際今日も生命維持のために、森林でしっぽりとやってきたようだし。
「ラスティさん。外なので言葉を濁して問います。リリムの吸い上げって、身体を交えなければ不可能なのですか?」
突然何を言っているとでも言いたげな表情だったが、ラスティは疲れているらしく、とくに言及はしなかった。
「いや、そういうわけではない。直接と比べると効力は劣るが、どうにかしてそれを体内に巡らせれば問題無く――」
そこまで言って、ラスティはピクリと肩を震わせた。
瞠目して俺の顔を見やると、躊躇いなく視線を下へ向ける。
口がポカンと開き、みるみるうちに頬が染まっていく。
うん、分かってたけどあまりじろじろ見ないで。
「……妾は嬉しいが、良いのか? にぃ様とて、それを他人に飲まれるのは不快じゃろう?」
「お疲れのようですから、ぜひ。俺は構いませんよ。流石に交えてしまうのは、プリムヴェールやティオを真正面から裏切ることになってしまいますから、遠慮して戴きたいですけど」
赤くなった顔をふいと背け、驚きを隠すようにラスティは仁王立ち。
精神的な面での元気が出たのか、立ち上がることが出来るようになったらしい。
「し、仕方ないの! 若い男児は、すぐにそう何でもかんでも一人で溜め込んでしまうんじゃから!」
「お手柔らかに頼みますよ」
「無論じゃ! にぃ様を乱暴に扱うなど、妾がすると思うか?」
そのまま並んで歩いて戻るつもりだったが、一歩目を踏み出した刹那ラスティの体躯がグラッと揺らぎ、引っくり返った。
流石に気合だけでは肉体的疲弊は解消できないらしい。
申し訳なさそうに俯いていたが、それほど重く無いので背中に背負って連れ帰ることにした。
スタッフと魔導書も抱えているから、さしもの俺でもお姫様抱っこは出来ない。
「ふふ、ぐふふ……。ふふふふふ……」
荒い息とともに、背中から妙な笑い声が聞こえてきた。
期待するような、興奮するような、まあ俺としても悪くない感じの反応だ。
喩えそういう意思がお互いに無くとも、求められるという感覚は良いものだ。
そんなことを思いつつ、俺は夜空を見上げた。
暗雲の消え去った夜景は、散りばめられた星彩が宝石箱のような輝きを見せている。
今夜は、長い夜になりそうだな。
背中にラスティの温もりを感じながら、俺は自宅への道を急いだのだった。




