4-28.戦力外通告
「さて、長々と話してしまったな」
粗方話し終えたらしいカミーユはくっと伸びをして、可愛らしく欠伸をしてみせた。
心なしか、頬や額が艶々しているようにも見える。
「あまり遅くなると文句を言われてしまうな」
「凱旋門までなら、お送りしますよ」
「そうか、それは助かる」
俺より逞しい女騎士さんを送る必要があるのかと言えば、武力的な意味では無いと断言できる。
たださっきの愚痴や思い出話を聞かされた後だと話は別だ。
俺とは全く関係ないことだが、カミーユを今一人にするのは少し心配だ。
ちょっと口が上手い輩と出会ったら、そのままほいほいついて行ってしまいそう。
そういう意味の心配だが。
広場を出てから、商店街とは逆方向――北方面に向かって歩を進める。
本来は仕事場まで送るべきなのだろうが、一般市民である俺は王都北部に入ることは不可能だ。
故にカミーユを贈るのは、王都北部と南部を繋ぐ凱旋門の前までである。
いかがわしくない方の宿屋街を通り抜け、図書館付近の“魔の通り”に出る。
通り魔ではない。
今はまだ真昼間なので問題はないが、ここは夜になると若い男女が逢瀬のために集まる場所だ。
俺も一度プリムヴェールを連れ込んだが、外はダメだと拒否されてしまった。
そのせいかちょっぴり意識してしまうのだが、カミーユはそんなこと知らないとでも言うように、凛とした態度で歩んでいた。
「この通りは綺麗な場所だな。街路樹も多く、自然豊かな場所だ」
「北部には、こういった通りは無いのですか?」
「少ないな。細くて見通しの悪い通りは、ほとんど通っていない。貴族は横に広がって歩くのが好きだからな。
樹木がある場所もあるにはあるけど、通りっていうよりは軽食を食べる場所のようだからな。
こういうところは新鮮だ」
天然のカフェテラスって感じか。
それはそれで憧れるが。
「しかし、人通りの少ない道だな――と。お、見てごらんカザミくん」
声を潜め、籠手が肩をポンポンと叩いた。
それに反応して前を見ると、向こう側から三人の男女が歩いてくるところだった。
一人の長身男性に、抱き付くような恰好でしなだれかかる茶髪のネコミミ美女と、お淑やかな風味を醸し出す緑色の髪の女性。
当の長身男性は嬉しそうに、二人の女性の腰に手を回している。
三人が通り過ぎたところで、カミーユに頬をツンツンと突っつかれた。
興味津々って感じの顔をしている。
「カザミくんも今のを見ただろう? 異国の大都市――少なくともトリスコールでは、一夫多妻やその逆は認められているんだよ」
「そ、そのようですね……」
確かに今の三人は、全員幸せそうに見えた。
俺も将来、あんな感じの生活が出来るようになるのだろうか。
「カザミくんの故郷では、一夫多妻とか一妻多夫は悪しき事柄だと考えられていたのか?」
「そうですね。俺の両親も一人ずつでしたし」
当たり前だが。
元の世界でしかも俺の故郷でそんなことをしたら、浮気か不倫になる。
有名人だったらお昼のワイドショー独占だ。
それだけ、日常からはかけ離れた現象だった。
「カミーユさんの地元は違ったんですか?」
「いや、うちもそうだよ。近所の人たちも夫婦は二人だったな。田舎だったしね。こういうのは王都とか、大都市の方が理解されやすいものだよ。さっきも言った通り、貴族なんかは普通にしてることだし」
やはり国や地方によって異なるのか。
「私のことも気になるのか?」
「ちょっとした話題の一つですよ」
「そうか。まあ、さっき言い忘れてたから追加して良いかな?
もしこのまま諦めようとか思ったとしても、やめた方が良いと思う。
これは私個人の考えだが――、一度でも心を奪われた相手をどうにかして諦めても、心のどこかに喪失感が出てしまう。喪失した心で残った方と接する方が、選んだ方に失礼だと思うんだ。
そうならない程度の恋慕なら、とっくに諦めているだろうけどね」
「諦めたりなんか、しませんよ」
気を使ってくれているのかな。
もしくは、単にさっきの話題がカミーユの興味を刺激しているだけかもしれないが。
「そうか、安心した。
そこまでの覚悟があるなら、問題無いだろう。
……この際だから、私とも関係を持ってしまおうか?」
通りの端から風が吹き抜けたと同時に、思わず立ち止まった。
待て、今なんつった。
「アヤメくんなら大歓迎だよ。体格は君の趣味では無いだろうが、一応これでもピチピチの二十代だからね。身体は鍛えているから、そこまでつまらない肉体というわけではないと思うよ」
鳶色の瞳が優しげに細められ、視線が絡み合う。
頬が赤らんでいる。
冗談に見えないんだが、これも一種のポーカーフェイスなのか?
しかし、俺はプリムヴェールとティオを選ぶと決めたのだ。
流石に三人目は、よくないだろう。
「カミーユさんも魅力的な女性だとは思いますけど、俺では釣りあいませんよ。カミーユさんには、もっと魅力的な男性が似合っていると思います」
――これで、良いんだろうか。
冗談でも口説かれたことなんて無いから、何て言えば良いのか分かんないよ!
心の中で「これで合っていたのか」と自問自答していると、目の前でピシッと指をさされた。
「だから君だって、女の子なら誰でも良いからしたいとか、そういう不埒な感情じゃないんだろう? その相手二人共を、本気で好きになっちゃったから、こんなにも悩んでいるんだ。だったらその想いを、ちゃんと二人にぶつけてあげれば良いんだよ」
二人にぶつける、か。
そうだな。家に帰ったらまず、何て言おうか迷っていた。
謝る――のも一種の選択肢かもしれないが。
ここは、攻めよう。
妥協案じゃなくて、誰かに言われたからじゃなくて。
これが俺の出した結論だ、俺の本心だ! って感じに、真正面から。
二人なら、きっと受け止めてくれるはずだ。
今のはカミーユなりの、最後の一押しだったのかな。
「ここで君が、私を口説くような真似を始めたら、考えを検めさせたかもしれないけどね。
しかもこんな魅力のない私に、気を使ったお世辞まで……。
そんあ真摯な目で言われたら、耐性のない娘はコロッと騙されてしまうぞ?」
熱っぽい目で、そんなことを言われた。
はっきり言ってしまおう。多分今の貴女の振る舞いの方が、よっぽど耐性のない男性をコロッと落としてしまうと思いますよ。
「――なんてね、これくらいので騙されちゃダメだよ。私ならともかく、中にはアトリアお嬢様みたいに、とにかく男の子なら声をかけてみようって感じの人だっているんだから」
「アトリアお嬢様て……。さっきと話が違うじゃないですか」
「ん、たとえ話だよ」
愛らしくはにかみ、カミーユは頬を染めてみせる。
凛とした風体も相まって、蠱惑的な雰囲気を醸し出す。
ともあれ、冗談だというのは分かっている。これ以上心を掻き乱されるのは良くないな。
「あ、そうそう」
何かを思い出した様子で、不意にカミーユは手のひらをポンと叩いた。
次いで平たい胸元をゴソゴソとやって、中から小さな指輪を取り出した。
青っぽいような紫色のような、独特な色彩。
サファイアとアメジストを混ぜたような、見たことのない石が誂えられている。
「カザミくんの住んでいる土地には、他人排斥の結界が張ってあっただろう。あれがあると、客人や新しい使用人を呼ぶことが出来なくなってしまう。
本来は土地の管理はバルテルスに任せていたのだが、奴は最近忙しくてね」
そう言って、カミーユは俺の手を取り、丁寧な手つきで指輪を俺の指に嵌めてくれた。
左手の薬指に。
「似合ってるぞ、カザミくん」
「……からかわないでください。
それより、良いんですか? まだあの土地も、ちゃんと買ったわけでもないのに」
バルテルスの魔力教示など、金になるほどやってないのに。
今度アトリアお嬢様に会うことがあったら、土地代の話をしておかなければな。
「貸すだけだよ。いずれカザミくんも、奴隷とか護衛を雇ったりするようになるかもしれないからね。
でもまあ、一つだけ。間違っても、闖入許可を下す相手を選ぶようにね。
カザミくんなら大丈夫だとは思うけど――、知り合いだからとか、よく来る友人だからといった理由で許可してしまうと、思わぬところで綻びが出てしまうからね。
……実を言うと、それもあってその魔道具はあまりお嬢様と相性が良くないんだ。
理由はその、分かるだろう?」
まあ、理由に関しては何となく察することは出来る。
迷宮で初めて会った年頃の男の子にほいほい声をかけたり、盗賊の集落に行ってみたいとか言うような人だからだろう。
アトリアお嬢様としては、あのような結界は行動範囲を阻めるだけの足枷にしかならないのだろう。
「あの結界も元はと言えば、魔物や盗賊に荒らされないよう張っていただけだし。不便なら、今度解除しに参っても良いのだが。どうだろうか」
結界の解除か。確かにそれは手っ取り早いだろう。
だが俺にとって、あの結界は必要なものだ。ティオやラスティを一人置いて出掛けることも時々あるし。
むしろ無いと困る。
「不便には感じていません。むしろ、あの結界のおかげで、こうして出かけることも出来ますから」
「そうか。ならやはり、その指輪は必要なものだろう。
心配ない。その指輪はバルテルスが所持している物とは、別のものだから。
別に、常時私が持っていなければならないものというわけではない。無くされたら困るけどね」
そう言って、カミーユは俺の指に填められた石をピンと指で弾いた。
少し歩くと、街路樹の立ち並んだ魔の通りを抜け、図書館の通りまで辿り着いた。
その通りを曲がれば、すぐに凱旋門だ。
「今日は楽しかったよ。またね、カザミくん」
「はい、こちらこそ。お気を付けて」
凛々しさの中に若干の柔らかさを映したカミーユは、凱旋門の中へと消えて行った。
それを見送ってから、俺は振り返り、大地を踏みしめ駆け出した。
◇ ◇ ◇
息を切らせ、俺は自宅へと戻って来た。
ところどころ雑草が生えた土地を歩み、未だ芽の出ない花壇を通り過ぎ、扉を開く。
鍵は掛かっていなかった。
恐る恐る扉を開き、玄関を見やる。
レザー系統の靴と、冒険者用の靴、そして黒を基調としたシックな雰囲気の女性的な靴――。
それを見た途端、思わず口端から安堵の吐息が漏れる。
間違いなく、あれはプリムヴェールの靴だ。
帰っていなかった。
自分勝手な理由で日中留守にしていたというのに、プリムヴェールは愛想を尽かして帰宅するようなことはしなかった。
玄関を上がり、出来るだけ足音を立てぬよう靴下のままリビングへ。
ドア越しのリビングからは、楽しそうな談笑が聞こえてくる。
多分ラスティとティオとプリムヴェール、三人のものだろう。
深呼吸をして、扉を開けた。
「……ただいま」
「おぉ、戻ったかにぃ様よ」
「アヤメお兄さん、お帰りなさい」
「お帰り、アヤメさん」
まったり、という表現が似合いそうな日常的な空間に迎えられた。
湯呑を片手に正座を崩すプリムヴェールに、両手で頬杖を着きながら微睡みかけるティオ。そして、手に持っていた湯呑をコトンとテーブルに置き、何かを察したような顔で立ち上がったラスティ。
ラスティは俺に向かって意味深なウィンクを見せてから、リビングを出て行った。
今なら大丈夫、そんな励ましが聞こえたような気がした。
深呼吸をして、腰を下ろす。
緊張することはない。答えは決まっているじゃないか。
二人とも幸せにすると、言うって決めたのに。
鼓動が速まって、喉が苦しい。
「二人に、結構大事な話があります」
「……はい、何でしょうか」
「なーに? アヤメお兄さん」
プリムヴェールの大切な休日にわざわざ一人で出かけて、それでこんな答えしか出なかったってのも、不甲斐ないことだけど。
二人を視界に入れてから、俺はテーブルに額を擦り付けた。
「誠に勝手ながら、二人とも――諦めるなんて無理でした。ずっと一緒にいてください」
視界に映るのは、木製のテーブルのみ。
言葉を発し終えてから数秒は経過したが、目の前にいるであろう二人は何も返してこない。
無言がキツい。何でも良いから言って欲しい。
リビングは水を打ったような静謐さを保っている。
誰も何も発さないのだ。
もしかして、呆れて物も言えないのだろうか。
それとも、既に二人ともリビングから出て行ってしまったか。
昨晩は優しいこと言ったけど、もう付き合いきれませんとか、言われてしまうのか。
でも、俺の意思は、これで間違っていないはず――。
ふわりと、柔らかい温もりが俺を包み込んだ。
右腕を包容するのは、服の上からも立派な存在感を醸し出す幸せの双丘。左腕を祝福するのは、大きさこそ発展途上だが、さらなる成長を秘めた秘密の双璧。
見なくても、触れただけで分かる。プリムヴェールとティオの抱擁だ。
「アヤメお兄さんとは、ずっと一緒だよ」
「絶対に、裏切ったりしないでくださいね」
二人の美少女たちは、それを受け入れてくれた。
罵倒や軽蔑の言葉を投げることもなく、しかも俺を気遣うように、優しい言葉で受け止めてくれた。
「ああ、ずっと一緒だ。二人を裏切るなんて、絶対にしない」
こんなにも健気で優しい二人を、どうして裏切れるか。
そのまま二人纏めて胸の中に抱いてしまおうと腕を伸ばすと、二人同時にその範囲内からヒラリと身を躱した。
示し合わせていたかのようなシンクロ率に、びっくりして思わず喉の奥から変な声が漏れた。
「でも多分、もっと増えるよねー?」
「そうですね。アヤメさんがどういう方を連れてくるかは分かりませんが、まあ、あと一人くらいなら許しましょう」
ティオとプリムヴェールは顔を見合わせると、仕方ないよねという感じで笑ってみせる。
あれ? 待って。俺ってそんなに信用ないの?
もっと増えるとか、あと一人ならとか。
流石の俺だって、これ以上ふらついたりしないから!
「流石の俺でも、これ以上他の娘に愛を囁いたりはしないよ!」
「愛を囁くだなんて……、まったくもぉ」
言い回しが恥ずかしかった。
思わず赤面するが、ともかく。これ以上他の女の子に心奪われるなんてことは、絶対にありえないことだ。
それ以前に、俺の愛に応えてくれるような女性なんて、流石にもういないだろうから。
◇ ◇ ◇
「――あ、そうだ。ティオちゃん」
恥ずかしい言い回しをごまかすように、自分で淹れた湯呑に口を付けていると、不意にプリムヴェールがティオに声をかけた。
ティオは丁度、湯呑を片付けるために立ち上がったところだった。
言い忘れていたが、今日の髪型はツーサイドアップだ。
ツインテールと比べて、お姉さんっぽくて可愛らしい。
さりげなくラスティも戻ってきており、空になった湯呑を手に持っている。
多分これから二人で皿洗いをして、夕食の準備に入るのだろう。
たまには手伝わなければなとも思うのだが、最近食事の用意は任せきりだ。
何というか、俺も一応肉を焼いたりとかその程度なら出来る。
元々この世界の食材は、基本的にパンと肉と果物――それとアオナなる野菜類が大多数を占めている。
肉は焼けばなんとかなるし、果物は乾燥させた保存用のものを買っているため、火などを通す必要はない。
黒パンもそのまま食べることが出来るため、今まではこれといった“調理”をしなくて良かったのだ。
故に俺も、食事の用意を手伝うことが出来た。
だが最近――ラスティが家に来てからだろうか。
毎晩献立が一つ二つ増えるようになったのだ。シチューやスープのようなものから、肉に何かをまぶしてフライ(?)のようにしたものなど。
献立のバリエーションが増えてきたのだ。
ほとんどはラスティが作っているらしいが、最近はティオもそれのお手伝いをしているのだとか。
情けないことだが、俺は十八にもなって碌に料理が出来ないのだ。
最低限食えるものは作れるが、他人に食わせられるようなものは作れない。
端的に言えば、俺は台所の主から戦力外通告を受けたのだ。
「なーに? プリムヴェールお姉さん」
「わたし明日からお仕事だから、またアヤメさんと暫く会えなくなっちゃうんだ。だから今晩だけ、アヤメさんを貸してくれないかな?」
言いながら、プリムヴェールはチラチラとこっちを見ていた。
何ですか。言いたいことがあるなら、言ってくれていいんですよ。
恥ずかしがらずに、俺の胸の中でいくらでも仰ってくださいな。
ティオは「別に良いよ」と答え、トタトタと台所の中へと消えて行った。
その背中を見送ってからもう一度プリムヴェールを見ると、耳まで真っ赤になっていた。
実に分かり易い反応だな。
「昨日はその、出来なかったので……」
ほんのりと染まった顔。濁した科白。
それだけで、プリムヴェールの言葉が何を意味しているのかはっきりと分かる。
プリムヴェールは明日もお仕事だし、長引かせない方が良いだろう。
それに、火を使っている間は二人もこっちに来ない。
「行きましょうか」
紳士的に差し伸べた手を、プリムヴェールの手が優しく包み込む。
出来るだけ音を立てぬよう気を付けながら、階段を登って自室へ赴く。
窓から差し込む空は、真っ赤な夕焼けに照らされている。
宵闇さえ顔を覗かせていない時間帯だが、かまうものか。
色々と溜め込んでいた――、所謂肩の荷が下りたんだ。肩に荷を乗せた主原因は俺だし、荷物なんて表現をすればバチが当たりそうな話だが、さておき。
ちょっとくらい、ハメを外しちゃっても良いよね? って話である。
世界一可愛らしい司書さんをエスコートしながら、部屋に差し込んだ夕焼けに目を細める。
今宵は、幸せな時間を過ごせそうだ。




