4-26.沈みゆく世界
解体されたカマドウマの素材を持ってギルドに戻ってきた頃には、もう日が沈みかけていた。
真っ赤な夕焼けの中に、濃紺色の雲が浮かんでいる。
もう少しすれば、完全に周囲は宵闇に包み込まれるだろう。
カマドウマの素材は綺麗に三等分されていたので、その内の二つを持って帰ってきた。
討伐が二人と、解体が一人で三等分らしい。
ギルドで一人分の素材を換金したところ、銀貨三枚程度だった。
単純計算で、五匹のカマドウマを打倒して銀貨九枚程度の仕事ということになる。
依頼達成報酬も戴けるので構わないが、よくよく考えると、労働力に対してあまり割に合わない依頼だったな。
「今日は楽しかったよ。カザミくん」
「ええ、俺も楽しかったです」
だがカミーユは、そんな依頼でも楽しく達成できたらしい。
凛々しい女騎士様が喜んでくれたのなら、これで良かったということにしておこう。
俺としても、良いものも見られたしな。
あの剣舞は、実に見事だった。
男の子的な本能か何かが騒いで、とても楽しかった。
「――悩みは、解決できそうか?」
「――え」
「何か相談したいことがあったら、いつでも言ってくれよ。聞いてあげるくらいなら、私だって出来るはずだからさ。私で良ければ、だが」
それだけ言うと、カミーユは背中を向けて北部凱旋門へと向かって歩んで行った。
悩み……。顔に出ていたのか、もしくは最初の時点で何か気づいていたのか。
とはいえまだ二回しか顔を合わせていない女騎士さんに、ハーレムってどう思いますか、なんて聞けやしない。
ただまあ、頼り甲斐のあるお姉さんって感じには、思っておこうかな。
顔の端を出していた夕日が完全に沈み、周囲が宵闇に飲み込まれた。
せっかく街に出たし、丁度良い時間だ。
図書館にプリムヴェールを迎えに行こう。
明日が休みかどうかは知らないが、まあ送って帰るくらいでも良いだろう。
ずっとカミーユといたためか、何となくあの突き出すようなロケットが恋しい。
ポケットの中の銀貨を鳴らしながら、俺は図書館への道のりをゆったりとした気持ちで歩いて行った。
◇ ◇ ◇
図書館へ赴くと、司書仲間と談笑しながら出てくるプリムヴェールと鉢合わせした。
色とりどりな髪色をした司書さんたちは楽しそうに笑いながら、プリムヴェールの大きな胸を肘で突っついたりしている。
それに対して、プリムヴェールは頬を赤らめながらぶんぶんと腕を振り回す。
やがて司書さんたちの集団が俺の前まで辿り着き、その内の一人が俺に向かって軽くウィンク。
刹那的に見惚れていると、今度はもう一人の司書さんもウィンクを見せてきた。
何だろうと思いながらもその魅力に酔いしれていると、銀色の頭をした司書さんに耳を強く引っ張られた。
「彼女の前で他の女の子に色目を使わないでください」
「ごめ、プリムヴェール……。あ、待って、意外とそれ、痛いから」
線目な岩石系男子のようになりながら、ヒリヒリする耳を撫でつける。
透き通るような銀髪と燃えるようなルビーの瞳は、薄暗い宵闇によく映える。
「明日は、お休みですか?」
「はい、明日明後日は、珍しく休日です。ですから、今日はアヤメさんの家に行こうかなと思ってます」
手を繋ぎ合いながら、俺とプリムヴェールは王都の道を歩く。
商店街では露店に松明が掲げられ、夜特有の活気が溢れかえっていた。
そういえば、俺とかが狩っている魔物の素材って、どこで売っているんだろう。
加工されて何になるのかまでは知らないが、ギルドが買い取ってくれるという時点で、どこかしらに売りつける算段が取られているのだろう。
もしかしてこういった被服なんかも、カマドウマとか蠍から造られているのだろうか。
商店街を通り抜け、凱旋門を超えて森林に入る。
夜の森は危険だが、ここ一帯はダークエルフが多いためか、兵団が設置した“光を放つ石”が樹木の枝に時折引っかかっている。
故に真っ暗闇ということにはならず、足元さえ気を付ければ迷うこともない。
やがて自宅に辿り着いた。
「あら、可愛い。花壇なんて作ったんですか?」
「ティオが欲しがってたから。ラスティも農作とかの経験があるらしいから、頼んだんだ」
「良いなぁ……。わたしの家は共同住宅ですから、花壇とかを作る余裕は無いんですよね。実家にはあるんですけど、今は帰る予定もありませんから」
その横顔は、少し寂しそうに見えた。
何があったのか詳しくは知らないが、やはり故郷に戻るのは嫌なのだろうか。
トリスコールと違って、彼女の故郷は魔族の排斥が酷い地域らしいし。
そんなことを思いつつ、花壇の横を通って扉を開ける。
靴を脱いで玄関に上がると、普段通りの衣装に身を包んだラスティが――、樽をゴロゴロ転がしながらリビングを歩いているのが目に入った。
何だろうか。
絵に描いた海賊船か何かに乗っていて、リンゴか何かが入っているようないかにもな樽だ。
もしや本当に、リンゴが入っているのだろうか。
「ただいま戻りました」
「おぉ、戻ったか。にぃ様よ」
プリムヴェールを連れてリビングへ入ると、ラスティが笑顔で迎え入れてくれた。
現在進行形で転がされている樽はやがて壁際まで追いやられ、倒れないよう平らな面を下にして立てかけられた。
家具もほとんどない部屋であるため、壁際に立たされた樽はやたら存在感を醸し出している。
何なのか気になってしょうがない。
「こんにちは、ラスティさん」
「司書殿も来ておったか。うむ、丁度良い」
そう言って嬉しそうに頷くと、ラスティは台所へと消えて行った。
樽の中身が何なのか気になったが、まあいいか、飯の時にでも聞こうかな。
プリムヴェールとここ最近起きた面白話なんかをして、夕食までの時間を潰す。
たあいもない話だ。
さっき俺にウィンクした司書の一人が、若い兵士さんに告白されたとか。
そしたらその兵士さんが、実は何人もの女性を口説いていたことが発覚したとか。
実はその人はネコミミフェチで、ネコ系の獣人に手当たり次第に声をかけていたということが分かったとか。
それでも結局付き合い始めたんだけど、四日もしないうちに別れたとか。
何か元の世界で言うところの、今時のJKが話してそうな内容を、楽しそうに話していた。
「それで、わたしの彼氏さんはどんな人だって聞かれて。優しくて格好良くて頼りになる男性だって言ったら、『あたしらがオトしてやるー』とか言って。ごめんねアヤメさん。そんなお遊びに巻き込むようなことしちゃって」
何だか今日のプリムヴェールは饒舌だ。
湯呑片手に、甘えるような声音で愚痴やら何やらを奏でている。
これで頬が赤らんでいたら、まるでお酒に酔っているようにも見える。
ほんのりと酔ったプリムヴェールっていうのも、見てみたいかも。
ビジュアルは二十代だけど、実年齢はピッチピチの十七歳だからそれはダメなのか。
いや、この世界の成人――というか酒が飲める年齢は十五だから、平気なのか。
俺も十八――いや、あれ? ここに来て結構経ってるし、そろそろ十九くらいなのかな。
でもまあ、俺はお酒とかを飲む予定はないからどっちでも良いか。
「ね、聞いてー。アヤメさん、もっと聞いてー」
いつになく積極的だ。普段なら――夜を除く普段なら、もう少ししゃんとしているような気がするのだが。
疲れたのかな?
一応さりげなく、治癒魔法と解毒魔法をかけておこう。
傍に落ちていたスタッフを手に取り、残った方の手でプリムヴェールの髪を梳く。
頭を撫でるついでに、額に触れて治癒魔法と解毒魔法をかけてやる。
「あ、それ凄く気持ちいいです」
「何か疲れてそうだったけど、何かあった?」
「あー、司書仲間が持って来た、異国の“ヤキガシ”とかいう甘いものに、お酒が少し使われてたみたいです。ちょっとだけ、頭がボーっとしちゃって」
ヤキガシ――ああ、焼き菓子か。
パンが無いなら喰えば良いだろとか言われたっていう、あれか。
王都では見なかったからてっきり砂糖とかお菓子は無いと思っていたのだが、あるのか。
異国のものってことは、行商人か旅人から買ったのかな。
「そっか、美味しかった?」
「はい、すっごく。アヤメさんにも食べさせてあげたかったなぁ」
実に幸せそうな表情だ。
王都で食べられる甘いものと言うと、果物か一部のパンが関の山だからな。
意外と他の国は、もう少し生活が進化していたりするのだろうか。
何だか少し怖くなってきた。
プリムヴェールとイチャイチャしていると、台所からティオとラスティがお皿を持って現れた。
俺も運ぼうかと腰を上げかけたが、意味ありげな笑みを見せたラスティに制止させられた。
献立はいつも通りパンと肉と果物だけ――かと思いきや、ドロドロしたスープっぽいものが並べられた。
いや、スープというよりはシチューだろうか。
「これ、何なんだ? 初めて見るけど」
「さっき妾が買い物に行ったら、行商人が豆を売っておっての。魔大陸ではよく食べておったから、懐かしくなって買って来たんじゃよ」
「ラスティちゃんと一緒に作ったんだよ。どう?」
ティオに勧められ、まずは一口。
味はほぼ塩と豆だ。ここに来る際にとりあえず買い揃えた調味料の味はするものの、ほぼ塩と豆の味がする。
とはいえ、ティオとラスティが心を込めて作ってくれた食事だ。
美味しくないはずがあるわけない。
「美味しいよ、ティオ、ラスティさん」
「本当!? 良かった」
「にぃ様の口に合って良かった。……と、忘れておった。もう一つ、にぃ様に味わって欲しいものがあったんじゃった」
ラスティはそう言って、食事中だというのに立ち上がり、部屋の隅へ屈み込んだ。
カポとかコポポという音を奏でた後、ラスティは大事そうに湯呑を抱えて俺の隣へ歩み寄った。
見ると、先ほどラスティが転がしていた樽が開いている。
あれの中身か。
「これもさっき、行商人から買ったんじゃ。――ああ、心配せんで良い。先日の依頼の後で、妾の分としてにぃ様に分けてもらった資金を使って買ったもの。にぃ様の貯蓄を切り崩して買ったものでは無いから、安心して良い」
「何ですか、これ?」
透明な液体が、湯呑の半分くらいの場所まで注がれていた。
どこかで嗅いだことのあるような、それでいて初めて感じるような甘い香り。
行商人から買ったといっていたか。
酒――いや、まさかそんなはずないか。
どっからどう見ても童女なラスティが買ったんだから。
人体に害があったりはしないよな。
ラスティを信用していないわけではないが、少し心配だ。
ただ、俺が喜ぶかなと思って、ラスティがせっかく少ないお小遣いで買ってくれたものだ。
人体に害は無いよな? とか聞かれたら、ショックだろう。
俺だって好意でプレゼントしたものを、心配だったからとか言って捨てられたら悲しい。
あげるような人がいないってのは、この際置いておくとして。
「口では説明できないの。……じゃが、まあ、あれじゃよ」
ラスティはそっと俺の耳に口を寄せ、吐息とともに、
「飲むと気持ち良くなる飲み物と言えば、分かるかの? 勿論、人体に悪影響を及ぼすようなものではない」
――と、実に艶やかな声音でそう紡いだ。
背筋がざわめく。
飲むと、気持ちよくなる液体だと。それはあれか、学校とかで「危険だから絶対ダメ」とかビデオを見せられるあれか。
いや、んなわけねえ。
ラスティは今ここで、害は無いと言っていた。
「……仕方ないの。ほれ、ちと貸してみぃ」
言いながら俺から湯呑を引ったくり、口を付けてコクンと一口。
自らが飲むことで無害であることを提示する、推理小説では良くある手法だ。
「ほれ、害は無いじゃろ?」
「疑ってごめん。ラスティさんがそんなことしないってのは、分かってたんだけど」
「気にしてはおらん。妾だって、自分が買ったものでなければ、躊躇したであろう」
ラスティから湯呑を手渡され、俺は一息にそれを飲み干した。
甘いような辛いような、妙な味だ。ただまあ、悪くはない。
気持ちよくなる飲み物。どんな風に気持ちよくなるのだろう。
あれかな。我慢できなくなって、普段から魅力的な女の子がもっともっと可愛らしく見えてくる飲み物とか。
あれ? ちょっと、ラスティ。聞こえないよ。
口をパクパクしてるだけじゃ、何を言っているか分からないよ。
視界に膜が張ったように、ぼんやりとする。
顔が熱い。あ、プリムヴェールだ。
こっちを見てる。
可愛いな。
白銀と真紅のコントラストって、凄く魅力的だよね。
桃色が映り込んだ。
今度はティオかな。
あ、同時に俺の顔を覗き込んでいる。
大好きな女の子のツーショット。なんて幸せな光景だろう。
そうそう、後で二人のことを携帯カメラで撮影しようと思ってたんだっけ。
ラスティに操作教えて、三人で映ってるのを撮ってもらおうかな。
ああ、何か眠い。
瞼が重いっていうか、だるいというか――疲れたのかな。
顔でも洗って来よう。
ん、あれ? 足が動かない。
なんか、腰に力が入らないっていうか……。
あ、それ気持ちいい。誰かが頭をナデナデしてくれてる。
プリムヴェールとティオの顔は見えるから、ラスティかな。
んー、いかん、ダメだ。
まあいいや、何か忘れてるような気がしたけど、後にしよう。
とりあえず今は、眠い。
口いっぱいに広がる甘いような辛いような感覚とともに、眠気が襲い掛かり、頬が熱くなってきて――、
…………。
……。
俺の意識は、そこで途絶えた。




