4-25.絶壁の女騎士[後編]
「ところでカザミくん。さっきは何か悩んでいたように見えたが、何かあったのか?」
紫色のショートヘアを指先で弾き、女騎士カミーユは凛然とした声音で問いかける。
悩みと聞かれ、刹那的に心情が顔に出ていたかと不安になったものの、カミーユの視線の先にあったものは、俺が危惧していた悩みの種とは違うものだった。
彼女の瞳が捉えたものは、王都北部山脈にて出現した虫系統の魔物を打倒してくれという依頼表だ。
心の底に巣食っていた、情けない方の悩みとは違う方だ。
「一人で依頼を請けに来たのですが、良い依頼の推奨人数が二人以上でして。受けるかどうか、迷っていたんです」
「そうか……。ところで、どのような依頼なのだ?」
一歩踏み出し、カミーユは依頼表を顔の前に持って行った。
切れ長な双眸を瞬かせ、じっくりと書面に目を通し、やがてカウンターへとそれを戻した。
「魔物討伐の依頼か。だがカザミくん程の実力なら、一人でも問題無く達成できるんじゃないのか?」
「私もそう思いますよ。ちゃんと達成できる実力に達していれば、依頼主さんだって人数不足だとかいって、苦情を言いに来ることもありませんから」
「――気になるのなら、私が手伝ってあげようか? 報酬を山分けにしてくれるなら、喜んで手を貸すよ。どうせ今帰宅しても、お嬢様は使用人の誰かを寝室に連れ込んでいるだけだろうし」
ガチャリと音をたて、カミーユは俺の方へ向き直る。
手伝ってもらえるという申し出は、願ったり適ったりだ。
俺も迷宮でカミーユの戦いは見たことがあるが、見事な剣捌きだった。
この世界における剣技や剣術とはどのような進化を遂げているのか知らないが、重く凄まじい速度で降り注ぐ連撃を、細身の剣一本で軽やかに受け流していた。
今回の魔物は数が多いだけで、大して危険な魔物では無いらしいし。
近距離戦闘に適したお方がともに戦ってくれるというのはとても助かる。
「では、ぜひお願いしても良いでしょうか」
「ふふ、遠慮するな。エドガール家直属の騎士として、最大限の力添えをしよう。だから、遠慮せず私を頼って良いんだぞ」
「……カミーユ様。アヤメさんは今、力添えをお願いします、と言っておりましたよ」
「あれ? そう言ってたか」
ポリポリと後頭部を掻きながら、カミーユは照れくさそうに微笑。
それを見て、イヌミミさんもコロコロとした笑みを見せる。
「それでは、依頼書にお名前をご記入ください。此度の依頼はちょっと特殊な部類に入りますので、サインが必要なのです」
「分かった。それでは、私から書こう」
そう言って、女騎士様はサラサラと綺麗な字で『カミーユ・シャルロット』と記入した。
お菓子みたい、というかふわふわした可愛らしい家名だな。
思いつつ、俺も続いて『カザミ・アヤメ』と記入。書いてからアヤメ・カザミの方が良かったかと不安になったものの、身分証明書の名前もカザミ・アヤメだったため、このままで良いかと割り切った。
一応自分の名前だけは、身分証明書の記号文字で何とか書けるように練習しておいたので、たどたどしい文字だが、何とか書くことができた。
これで手続きは完了だ。
癒し系受付嬢のイヌミミさんに見送られ、俺とカミーユはギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
トリスコール王都北部山脈。
背丈の高い乾燥した山々が連なっており、迷宮の多い探索者向けの土地だ。
城壁に囲まれた居住区を縦に突っ切ればすぐに着くように見えるが、そうは問屋が卸さない。
居住区北部は貴族や王宮の重臣が暮らす――言ってみれば、上流階級の方々が住む地域となっている。土地も高く、一般市民には手が出せないらしい。
地図も発行されておらず、南部に出回る王都周辺の地図でも、北部はざっくばらんに描かれており『王宮』とか『貴族街』などと簡素な記述がされているだけで、細かなことは一切記されていない。
北部の地図は北部のみで販売されており、南部に持ち込み売り捌くことは禁じられているのだとか。
そういったわけで、喩え山脈に用件があろうと、居住区を突っ切ることはできない。一度王都南部の凱旋門から退出し、壁に沿って森林を渡り、山まで向かわなければならないのだ。
俺は慣れているから問題無いのだが、カミーユは少し不満げだった。
「すまないな、カザミくん。北部には貴族だけでなく、王族や重臣の自宅や国家機密なんかも詰め込まれているのだ。喩え身分証を持っていても、貴族印の入った紹介状が無ければ北部に足を踏み入れることは出来ないんだ。私がもう少し偉ければ、こんな不便な思いをさせずにすんだのだが……」
ただ、貴族本人やそれに準ずる身分の者。もしくは兵団の指揮官や王宮の重臣などは、客人を通すことをも許された通行証を持っているらしい。
流石に一騎士であるカミーユは、そんなものを持っていない。
身分が高ければ――というのは、そういうことらしい。
とはいえ俺も普段依頼を請ける時は、普段から凱旋門まで戻っているので、別に不便は感じていない。
むしろ普段は縦断可能なカミーユこそ、遠回りするのは嫌なのではないか。
「良いんです。それより俺のせいで、カミーユさんまで遠回りする羽目になっちゃって」
「それは構わない。騎士として、歩くことには慣れているからな」
言いつつ、カミーユは何でも無いように平たい胸を張ってみせた。
そういやバルテルスも、迷宮の中を短距離走の競技選手並みの速度で駆け抜けていたもんな。親衛隊とか騎士という職業は、足腰が強靭なのだろう。
「やっぱり貴族の親衛隊ともなると、鍛え方が違うんですね」
「ふふ、カザミくんが誰を想像しながらその発言をしたのか、すぐにピンときたぞ。
バルテルスだろう? 奴は特別だ。流石の私でも、この格好であの速度を出すのは不可能だよ。ありゃただの筋肉バカだ」
頭の中でも覗かれたのかと思うほどの的確な返しだ。
もしかして、俺って考えていることが顔に出ているのだろうか。
それとも騎士という職業は、読心術をも極めているのだろうか。
羨望の眼差しをカミーユに向けていると、カミーユは不意に身体を抱き、さっと顔を逸らした。
「ふふっ、カザミくんの考えていることは分かるぞ。『この格好で走るのは無理』と聞いて、よからぬことを夢想しただろう? いかんぞ、カザミくん。喩え年頃の男の子だからって、一糸纏わぬ姿で疾走する私の姿を思い描くなんて。そういう目で見てもらえるのは嬉しいけど、ちょっぴり失礼だぞ」
「や、そんなこと考えていませんけど」
読心術ではなく、適当な返しだったのか。
それとも、アトリアお嬢様の影響で誇り高き女騎士様にも煩悩が溜まってしまったのだろうか。
「……何だ、そっか。考えてないのか」
寂しそうな目を向けられた。
あれ? これ、選択肢間違えたっぽい?
そんなバカな。
むしろ何て答えれば正解だったんだ。
そうこうしている内に、北部山脈まで辿り着いた。
前に来たときと同じように、周囲からは狼煙が上がっている。
「ここに来るのも久しぶりだな……」
「ん? カザミくんも、ここへはあまり来ないのか?」
「ええ、俺は探索者じゃないんで」
キャンプ用に切り開かれた場所へ降りると、探索者らしき人たちが小さな虫系の魔物を駆除していた。
迷宮付近というので何となく蠍っぽい魔物を想像していたが、全然違った。
あれは蠍じゃない、カマドウマだ。
実物を見るのは初めてだが、元の世界で読んだラノベと漫画に出てきた。確か二等身の中学生が恋人を作って、卒業するまでの青春系ストーリーだったような気がする。
何でカマドウマが出てきたのかは忘れたが。
探索者たちは魔物たちを火魔法で焼き殺したり、剣身の長い剣で串刺しにして打倒していた。
まあ、あれは関係無いのだろう。
依頼によると、確か大きな魔物が山壁を飛び回っているという話だ。
多分あいつらの親玉みたいなのが、この山の裏側にいるのだろう。
「……ティオを連れて来なくて良かった」
多分この景色をティオが見たら、泡を吹いて卒倒するだろう。
何せ大人の靴くらいのサイズをしたカマドウマが、ぴょんぴょんとそこらじゅうを飛び回っているのだ。
虫嫌いではない俺だって、鳥肌が立つような光景だ。
日本人の感覚からすれば、これでも充分でかい魔物だと思うんだが――。
この世界の常識だと、大きい魔物って言うともっとでかい魔物を指すんだろうな。
ということは、俺が相手するのはもっと大きなカマドウマってことか。
やる前から気が滅入ってきた。
「依頼主は魔族の親子だったな。ここにいるのは人族ばかりだ。もっと奥の方へ行こうか、カザミくん」
「そうしましょうか」
周囲を確認しながら、奥の方のキャンプ地へ向かう。
魔物の数が減り始め、探索者の数も同時に減少傾向。これ以上奥に行っても誰もいないんじゃないかと思い始めた辺りで、不意にカミーユが立ち止まった。
同じく足を止めて、立ち止まったカミーユに何があったのか聞こうとしたところで、前方に二つの頭が現れた。
銀――いや、白い髪。白髪と呼ぶには髪の量も質も良く、くすんだ様な茶色がところどころ混じっている。
片方は特徴的な帽子を被った、髭の立派な男性だ。どれくらい立派かと言えば、引っこ抜いて棒を付ければ、煙突掃除でも出来そうなほどに、立派な御髭だ。
髭に隠れた口には、キセルみたいな筒を咥えている。元の世界の煙草と比べて、酸味の強い香りがする。
もう一人は、踊り子のような恰好をした褐色美女だ。
風体だけ見るなら、俺よりちょっと年上って感じだろうか。
プリムヴェールの例があるので、正確なところは分からないが。
容姿に関しては、前述の通り端正な顔立ちをしている。
煙草の脂みたいな黄色の混じった、白っぽいロングヘア。ボンキュボンな体躯をしているが、背丈は若干低めだ。
当たり前だが、こっちの少女には髭は生えていない。
髭の立派な――男性の方が、ジロジロと胡散臭げな眼で俺とカミーユを見やっていた。
品定めするような目つきだ。
逆に髭が無い方――女性の方は、暇そうに髪を弄っていた。
男性の方は顔などに深い皺が寄っているので、二人の年齢はかなり離れているように見える。
依頼者は親子だと言っていたから、父娘の関係だろう。
「ギルドの冒険者の方ですね。……お二人ですか?」
「ええ、そうです」
口を開いたのは、男性の方だった。
それに対して、俺が応える。
カミーユは虚ろな目で、褐色美女のことを見つめていた。
視線がティオみたいになっているが、深く追求はしないでおく。
「お二人だけで、大丈夫なのですかな」
「推奨人数が二人以上、とのことでしたので」
胡乱気な瞳が、さらに細められた。
何か変なこと言ったかな、俺。
「こちらの賢者様は、闇光蠍を一撃で打倒したお方です」
見下されるような視線に不快感を得ていると、カミーユの凛々しい声音が耳朶を打った。
紫色のショートヘアをサラリと払い、くっと胸を張って俺を紹介する。
得意げ、って感じの顔だ。
カミーユの紹介を聞いた途端、ドワーフの父娘は顔を見合わせ、驚いたように瞠目した。
次いで溜息を漏らすと、納得したというような表情でコクコクと頷き、
「あの時の、金髪くんのお姉さんですか。これは失礼」
「……姉ではないが、まあ、その時の者だ」
何か俺の知らない内容で分かり合っていた。
ただ、金髪くんのお姉さんってのが何なのかは何となく察することが出来る。
大方バルテルスが何か騒ぎを起こして目立ったところで、カミーユがそれを嗜めたのだろう。
ドワーフのおじさんは俺の方を見て、小さく頭を下げてみせた。
視線にも、胡乱気なものは宿っていない。
「失礼な態度をとってしまい、すみません。……依頼の魔物はこちらにおりますので、では」
「こちらです、付いてきてください」
ドワーフの父娘は背中を向けて、山の裏の方へと向かっていく。
見失わないようピッタリと背後を保ちながら、カミーユ共々追従する。
途中何匹かのカマドウマとすれ違ったが、ドワーフ親子はそれを無視。
カミーユはさりげなく剣を振るい、すれ違いざまに二、三匹両断していた。
何か格好良かったので、俺も土魔法で何匹か串刺しにしておいた。
茂みや樹木に囲まれた通りを抜けると、またしてもキャンプ地のような切り開かれた土地へ辿り着いた。
だが先ほどの場所と比べて閑散としている。狼煙も少なく、誰もいないようだ。
暫し不思議に思ったが、少し観察しているとその理由が理解できた。
テントらしき茶色の天幕が、傍の枝に引っかかっている。
薪に使っていたであろう木材は無残にぶちまけられており、周囲には凹んだ様な足跡が幾つも刻まれていた。
そういえば依頼表に、キャンプ地が荒らされた、と書かれていたな。
ここはその被害現場だ。
「酷い惨状ですね」
「見ての通りですよ。幸い怪我人は出ずにすんだんですがな」
ドワーフのおじさんは辛そうに目を細めると、顎を上げて上を見上げた。
彼の視線の先には、断崖絶壁の――岩壁がある。
周囲には幾つかの穴が開いており、よく見るとピッケルやスコップらしき物品が壁に刺さっていた。
土魔法で作ったらしき足場のようなものも残っているので、ここが彼らの仕事場なのだろう。
そんなことを考えながら視線を彷徨わせていると、隣から凛々しい声で「う」という短い悲鳴が聞こえた。
何だと思うより先に、俺も見てしまった。
壁を這い回る、長くて曲がった細い脚。肥大化した茶色っぽい体躯。円らな瞳。
そいつらがぴょんぴょんと跳ねまわる度に、軽い地響きのようなものが鳴り響く。
ついでに足場が少しずつ崩れ、刺さっていたピッケルの一つが外れて落下した。
壁に張り付いたそいつらの、正確なサイズは分からない。
一番近くにある迷宮の入り口から計測するに、おおよそ人間と同じくらい――もしくは少し大きいくらいだろうか。
今まで戦ってきた悪魔や闇光蠍と比べると小さく感じるが、体長二メートルのカマドウマなど、見ているだけで鳥肌ものだ。
しかもそんなサイズの魔物が五匹いる。
一匹では無いのだ。歩き回るもの、飛び跳ねるもの、動かないものと千差万別だが、とにかく五匹いる。
しかも足場がない場所を陣取っているため、普通の人間ではどうしようもないだろう。
「あれを打倒して欲しい。あいつらがいると、迷宮に潜れないんだ」
分かります。
分かりますけど!
何ですかあれ!
闇光蠍と比べるとまだマシかもしれないが、ぴょんぴょん飛び跳ねるから捉えるのが難しい。
カミーユは騎士だから、壁を這っているカマドウマを叩き落とすのは俺の仕事になるのだろうが――。
正直言う。当たる気がしない。
あのじっと動かないやつだったら、土魔法で作った砲弾を撃ち込めば何とかなりそうだが。他の奴らは止まったら死ぬのかと問い質したくなる勢いで、ぴょんすかぴょんすか飛び跳ねている。
範囲の狭い攻撃をぶつけるのは、至難の業だろう。
とくに、壁面にいるというのが厄介だ。
高さもあるから、砲弾のような撃ち込む魔法は、如何せん着弾までに威力が下がる。
もう少し近づくことが出来れば良いんだが、壁の真下から撃って、撃ち漏らしが降ってきたらそれは悪夢だし。
どうしようかな。
「倒せそうか? カザミくん」
「ちょっと危険ですけど、出来ないことはないでしょう」
撃ち出す魔法がダメなら、降り注ぐ魔法にしてしまえばよろしい。
先日書き込んだばかりの、雷魔法を使えば良いのだ。落雷にすれば、距離によるデメリットはほぼ封殺されるだろう。
それに目標から遠い方が、巻き込まれる心配も減る。
実験にも丁度いいしな。
「あいつらの近くに、探索者の方などはいますか?」
「いや、いない。あのあたりは儂たちの持ち場だからな。誰もいないはずだ。……だから、山を壊さない程度なら、どのような規模の魔法を使っても構わない」
依頼者からの了承はとった。
土壌は乾燥しているし、足元が濡れている様子もない。
威力さえ加減すれば、落雷を落としても大丈夫だろう。
地面に手を着いて、落雷の想像魔法を使用する。とはいえ、あまり範囲を広げ過ぎてこっちまで被害が来ると困るので、範囲は狭く、直線的に。
左腕から大地に眠るマナが吸い上げられ、左腕からマナの粒子が放出される。
天へ昇った粒子は雲となり、暗雲を作る。それらは徐々に動き始め、カマドウマの丁度上の位置に移動する。
まずは一体。
一発目は、動かずにじっとしている奴を狙う。
「カミーユさん。今から攻撃魔法を放つので、備えてください」
「分かった。もし反撃されたら私がカザミくんを護るから、心配するな」
銀色に煌めくレギンスが揺らめき、俺を護るような位置にカミーユが構える。
見上げる形になるためか、実に頼もしい。
「それではいきます。強い光が出る可能性がありますので、気を付けてください」
暗雲の位置を調節し、雷魔法を発動。刹那的に閃光が瞬き、光の柱が雲とカマドウマとを一瞬だけ繋ぎ止める。
大気を切り裂いたような轟音とともに、直撃したカマドウマの体躯が弾け飛ぶ。巨躯の破片が飛び散り、その反動で残りの四匹はバランスを崩して斜面から落下する。
二、三体落雷に巻き込む予定だったが、やはりまだ上手くいかないな。
直撃したカマドウマはともかく、残り四匹は無傷のまま斜面を転がってくる。
地上戦になっては、雷魔法は使えない。
だが動いている目標に、同じ魔法を撃ちこむのも難しい。
さて、どうしようか。
次なる行動に移せず思案していると、銀色のレギンスが跳ね、カミーユが駆け出した。
紫色の髪を振り乱し、タンと音を立てて飛び出す。
「覇道流、カミーユ・シャルロット。参ります!」
流れるような動作でカミーユは細身の剣を抜き、降り注ぐカマドウマへ向けて剣先を傾ける。
上段に構えた剣を奇妙な向きに寝かせ、カミーユは一歩前へ踏み出した。
舞うような動きで軽やかにステップを踏み、降り注ぐカマドウマの巨躯を剣の背で撫で――たように見えた。
「――あ」
カミーユの剣に触れたカマドウマは、突如物理法則に逆らうように停止した後、弾かれるように跳ね飛んで行く。
重量など全く感じていないような剣捌きで、振ってきたカマドウマを受け流し、背後の地面へ叩き落とす。
背中から叩きつけられたカマドウマは、衝撃と自身の体重のためか、暫し蠢いた後動かなくなる。
「参ります!」
時間差で降ってきた残り三匹も同じように受け流し、跳ね返し、山の壁に叩きつける。
気が付けば、周囲を跋扈していたカマドウマの親分たちは、全て打倒されていた。
流れるような剣捌きに、思わず見惚れてしまう。
しかもあんなでかい魔物を、剣一本で弾き返してしまうなんて……。
「いったい、どうやって……」
「おぉ……。覇道流の騎士様であられましたか。見事ですな」
明らかに物理法則を無視した剣捌きに疑問の声を漏らすと、しわがれた声でその答えが隣から紡がれた。
感嘆の意を示したのは、髭が立派なドワーフの男性だ。
覇道流と言っていたか。
初めて聞く単語だ。
「いえ、私などまだまだ未熟です」
言いつつ、カミーユの顔は誇らしげだった。
頬が真っ赤になっており、口元が気持ち悪いくらい緩んでいる。ただ素体が良いからか、物凄くニヤニヤしてるのに、その顔には凛々しさを感じさせる。
イケメンはどんな表情をしても絵になるな。
カミーユは女の人だけど。
「すごいですね、カミーユさん」
「ふふ、この程度どうってことはない。覇道流は、古代ラルガ式護身術の派生剣術だからな。カウンターや回避は専門分野なんだ」
剣を腰に差し、口元を震わせながらこっちに戻って来た。
見えない尻尾がぴこぴこと揺れているような錯覚。
相当嬉しいらしい。
「光闇蠍のときだって、お嬢様が奴を怒らせなければ、倒すくらいどうってこと無かったんだからな。怒り状態の光闇蠍は予想以上に攻撃の速度も一撃の重さも凄まじかったから、カウンターまで手が回らず、弾くだけしか出来なかったが」
カミーユは見えない尻尾を振りながら、切れ長な双眸で俺のことを見つめた。
「これでようやく、カザミくんにも私の実力を見せることができたかな」
「はい、剣捌きも軽やかで美しく、とても格好良かったです」
褒めて欲しそうだったので、素直にその意思をカミーユに紡ぐ。
カミーユは嬉しそうに瞑目し、コクコクと頷いていた。
褒め慣れていないのだろうか。
まあ、喜んでもらえたなら俺も嬉しいが。
誇り高き凛々しい女騎士様が幸せそうに頬を染める姿にほっこりしていると、背後からガチャリと剣呑な音が奏でられた。
見ればドワーフの美女が、鋭利な剣を両手もちに掲げていた。
剣自体は錆びてはいないようだが、剣先からは錆びたような血の香りがする。
え、なに? ヤンデレ!?
カミーユにばっかり構ってたから、ドワーフさんがヤンデレ覚醒してしまったのだろうか。
……ふざけるのはここまでにしておいて。
「魔物の解体はうちらで行うんで、冒険者様たちは休んでいてくだせい」
髭が立派なおじさんの言葉と同調するように、褐色美女は嬉々とした表情でペロリと舌を出した。
刹那褐色美女は剣を構えたまま颯爽と飛び出し、引っくり返ったカマドウマの死骸に飛び込んだ。
瞳孔が開いた状態で、カマドウマの体躯を切り裂き、返り血も気にせず中身を丁寧に切り分けている。
詳細な説明はここでは避けるが、健康的な美女が血塗られた剣を逆持ちにしているという光景は、何か怖い。
「うちの娘は、昔からああいうのが大好きなんですよ」
煙突掃除ブラシのような髭を弄りながら、ドワーフおじさんは嬉しそうに頷いていた。




