4-18.童女x2と始める異世界生活
目覚めの感覚とは、水面から顔を出すときと良く似ている――そんな一節を、昔どこかで読んだような気がする。
本日の目覚めは、幻想的で緩やかな、そんな心地良い感覚とは別次元に位置するようなものだった。
まず初めに生じたのは、毎度おなじみ右腕の痺れだ。
ティオが枕にしているであろう二の腕は、じわじわとした痛みが支配しており、触覚や接触の感覚が皆無だった。
辛うじて左腕が使用可能なので、俺は無事な方の腕を伸ばし、気持ちよさそうに寝息を立てるティオの寝間着を引っ張った。
「ティオ、すまない。いつものやつを頼む」
「……んぅ? あ、ごめんね、アヤメお兄さん」
桃色の塊がむくりと起き上がり、腕を伸ばして可愛らしい欠伸をする。
夢見心地な表情で暫く中空を見据えた後、ティオは腕を伸ばし、先ほどまで枕にしていた俺の二の腕を優しく撫でた。
ティオの手が二の腕を往復するにつれて、痺れるような痛みがスーッと消失する。
霧が晴れるような感覚に、思わず頬が緩んでしまう。
今のは、想像による治癒魔法だ。想像だけで治癒されるというのも奇妙な話だが、この世界においては治癒魔法を想像または詠唱で行うことができる。
魔法陣では、どうやら発動することはできないらしい。
理由は解明されていないが、どうやら患部に魔法陣を刻み込む、ということがいけないらしい。
これ以上傷を増やしてどうするんだ、とも思えるので、理に適ってはいると思うが。
「終わったよ、立てる?」
「ありがと、大丈夫だよ」
身体を起こし、マント型の寝間着を結ぶ紐を緩める。
まだ少し頭がぼんやりするが、体調不良などは感じさせない。
俺はベッドの上に腰かけると、着替えるより先にティオの体躯を引き寄せた。
メイドとして雇われているティオが、朝一番に行う一日の最初のおつとめだ。
膝に乗せ、子供体温の塊であるティオの体躯をギュッと抱きしめる。
ティオは俺の背中へ腕を回し、健康的な太ももを腰の辺りに絡めてくる。
目が合ったら、どちらからともなく顔を傾け、――――接吻。
心の中では、朝のご褒美とか呼んでいたりするが、さておく。
恋人同士がするものと比べると短い時間だけ触れ合い、終わった後はティオの頭を優しく撫でる。
ティオとこれをしていることは、プリムヴェールも知っている。
というかプリムヴェールが泊まっていった時なんかは、朝起きてすぐ、二人から同じことをしてもらえるくらいだ。
これが始まった一番の原因は、朝方プリムヴェールといちゃついているのを寝ぼけ眼のティオに見られたことが起因する。
それがいつの間にか定着し、毎朝とは言わないが、時折こうしてティオを味わってから目覚めるというのが日常化している。
「えへへ、おはよう、アヤメお兄さん」
「おはよ、ティオ。それじゃあ、朝ご飯の用意に行こうか」
寝巻を脱ぎ捨てて畳むティオの姿を目の端に入れながら、俺もマント型の寝衣を脱ぎ捨てる。
夜の内に用意しておいたローブに身を包み、着替えは完了だ。
今日の今後の予定によっては、他の衣服に着替えることもあるのだが。
着替え終わったティオを見やると、朱色と黒を基調とした魔女っ娘装束に身を包み、こっちを見ていた。
ハロウィンのコスプレみたいな衣装だが、これでも耐火性の高い有能な防具だ。
依頼を請けるときなどは、その服を着ていることが多い。
「今日はギルドに行きたい」
「……そういえば、昨日は色々あって結局行けなかったもんな」
出掛けようとしたところでプリムヴェールとバルテルスが来て、召喚魔法を見せたら長寿ロリ上級魔族ラスティが転移してきて。
あの後も色々とわたわたして、結局ギルドへ行くことが出来なかったのだ。
拗ねたような顔で目線を逸らすティオの頭を優しく撫でてやる。
暫く髪に指を通していると、ティオの瞳がこっちを向いた。
「朝ご飯が終わったら、ギルドに行こうか」
「あ、あのね! アヤメお兄さんが、魔法使ってるとこが見たいの!」
ティオの表情がパァッと明るくなり、嬉しそうにバンザイをしてみせる。
魔法を使う依頼か。だったら、王都内のものより森林とか高原での依頼を請けた方が良いな。
ティオの言う魔法とは、土魔法で串を作ったりとかそういった地味なものではなく、水魔法とか火魔法とかをドカンと使う派手なものだ。
流石に火魔法は危ないが、土魔法か水魔法――高原であれば風魔法くらいなら問題無く使えるだろう。
「分かった。じゃあ、先に降りて朝ご飯の用意を頼んでも良いかな?」
「うん、約束! 約束だよ!」
目をキラキラさせ、ティオはスキップをしながら階段を降りて行った。
一緒に依頼を請けるというだけで、あんなに喜んでもらえるのか。
何だか嬉しいな。
ティオの足音が聴こえなくなったところで、俺はさっきまで眠っていたベッドに視線を向けた。
俺とティオと、時々プリムヴェールが並んで寝ても充分なスペースが有された大きめのベッド。
皺が寄った布団の端に、こんもりとした膨らみが一つ残っている。
まだ温い布団に半身だけ潜らせ、布団越しの膨らみをトントンと叩く。
「起きてください、朝ですよ」
「んぅー……。もぅ、そんな時間かの」
山になった箇所から細い腕が伸ばされ、布団の丘がもそもそと動く。
次いで赤紫な髪が顔を覗かせ、眠気眼を擦る幼気な童女の顔が姿を現した。
口端に涎の跡を残しながら、眠たそうな目で俺の顔を見据える。
朝特有の、不機嫌そうな顔つきだ。
誰だって、心地良い安眠を妨害されたらこんな顔をするだろう。
虚ろな表情で暫くキョロキョロしていたが、ようやく自分の置かれている状況を思い出したのか、眠気眼の幼女――ラスティ・ネイルは、ハッとした顔で俺の顔を凝視した。
「ようやくお目覚めですか?」
「……む、むぅ、妾は……、妾は」
うつ伏せになって布団から顔を出したまま、ラスティは悔しそうな顔で枕を掴んでいる。
指をしっかりと食い込ませ、引き千切らんとする勢いで左右に引っ張っている。
そのまま引っ張られると、中身が散乱して大変なことになるからやめてほしい。
「あの、どうしたんですか?」
もしかして、楽しい夢でも見ていたのだろうか。
腹いっぱい飯を頬張る夢を見ている最中に、俺がラスティを起こしてしまったのだろうか。
だとしたら悪いことを――――したのか?
「こんなに若く健康な男児と褥を共にしたと言うのに、その記憶が一切無い、だと……。
誰じゃ! 誰が妾の素晴らしく幸せな記憶を奪ったのじゃ!
しかも記憶だけでなく、何も起きなかったかのように身体さえも冷め切っておる!
こ、こんなのは初めてじゃ!」
唇を噛みしめ、枕に顔を埋めて後悔の念を喉の奥から絞り出す。
ふ、不覚! とか言って崩れ落ちそうな光景だ。
「何か勘違いしてるみたいですけど、昨晩俺はラスティさんを抱いたりはしていませんよ」
昨晩の記憶を掘り返してみるが、俺はやましいこともやらしいこともした覚えはない。
寝る前にちょこっとだけティオとイチャイチャしたけど、それに関しては完全に健全な範疇での話だ。
心の中で、プリムヴェールにも誓ったからな。
俺はそうホイホイと身体を許すような、ふらふらした賢者様にはならないんだから!
俺の口から告げられた真実に、ラスティは信じられないといった様子でこっちを見た。
そんな顔されたって、どうしようもない。俺から見れば、ラスティはティオと同年代の可愛らしい女の子だ。
一緒の布団に寝転がっていたらそりゃ嬉しいしドキドキもするけど、肉体の優位性をモノにして、寝込みを襲うような真似はしない。
寝る前に、ほんのちょっぴりだけ二人の寝顔を眺めていたことは否定しないけど。
おかげで良い夢も見られました。
「……殿方と一緒の布団で目覚めたのに、こんな仕打ちはあんまりじゃよ」
ラスティは悲しそうな顔で、俺の枕の匂いを嗅いでいた。
うーむ、ラスティの容姿は確かに童女だけど、中身は数千歳という――言わばロリババアってやつだからな。
日本で読んだ創作物にも、長寿ロリやロリババア――ちょっと違うが、のじゃ口調のロリは何度か登場していた。
大抵そういうキャラって、肉体を持て余しているんだよな。
それにラスティはリリムだから、一般的な人々よりそういった好奇心が強いのだろう。
流石に、じゃあ今ここで! なんて言うわけにはいかないが、何もしないというのは失礼なのかもしれないな。
「ラスティさん、ちょっと」
「何じゃ、にぃ様よ」
布団を捲り上げると、ラスティのしなやかな肢体が眩い日差しの下に晒された。
滑らかな背中に、青白い素肌。寸胴体型の腰回りに、艶っとした柔らかそうなお尻。
窓から差し込んだ日光に照らされ、陰影や形がくっきりと目に焼き付く。
朝から随分と、刺激的な格好をなさっているのですね。
「何で服を着ていないんですか」
掛布団を全部剥ぎ取ると、ラスティの背面が全て露わとなった。
肩も背中も腰も太ももも、ふくらはぎも足の裏も、未成熟かつ滑らかな曲線美が明るい室内にはっきりと出現する。
ラスティは蠱惑的に瞳を細め、口元をペロリと舐めとっている。
誘っているのか。勘違いとかそういうんじゃなくマジな方で。
「妾は寝間着を持っておらんからの。それに、にぃ様の家の寝具は触り心地が良いからの」
うっとりとした表情で、さわさわと敷布団を撫でまわす。
まあ確かに、何の素材かは知らないが、この布団やシーツはかなり良いものだ。
高原を渡っていた行商人から仕入れたので、少々値は張ったのだが。
「とにかく、起きてください。いつまでもそこにいられると、ベッドメイキングが出来ませんから」
ティオに朝飯の用意を任せてしまったので、今日は俺が寝具の片付けをする係りだ。
普段は二人で一緒にやるのだが、偶にはティオが来るより先に終わらせてしまっても良いだろう。
ティオだって早くギルドに行きたいだろうから、家事は出来る限り早く終わらせてあげたいし。
「腰が痛いから、起きれん」
どこの婆さんだよ! と突っ込もうとして、年齢的にはいい歳をしていることに気が付き、黙る。
どうしよう、かな。
下ではティオが朝食の用意を頑張ってくれてるし、こんなところで時間を使うわけにもいかない。
無理やり引き剥がすわけにもいかないし――――しゃあない。
あまり得意な分野ではないが、カザミ・アヤメ流のマッサージ術を披露することにしよう。
「分かりました。あまり得意ではありませんが、出来る限りのご奉仕を致しましょう」
ベッドの上に正座をして、ラスティの腰に手を伸ばす。
瑞々しい素肌に息を呑み、親指を押し付けようと試みたところで。
ふと、背中の方から変な感覚が押し寄せてきた。
腰に触れる寸前のところで、アクションをストップ。
気配の正体を何となく察しながらも、平静を装って、ゆっくりと後方へ顔を向ける。
「…………アヤメお兄さん。朝ごはん」
ネコのように瞠目したティオが、無表情で俺とラスティのことを見据えていた。
俺の目の前に横たわるのは、一糸纏わぬラスティの矮躯。
ラスティはラスティで、火に油を注ごうとするような勢いでいかがわしい表情を見せている。
あ、詰んだ。
俺の脳内では、幾度となく読んだラノベの修羅場シーンの顛末が延々と上映されていた。
◇ ◇ ◇
ティオは純粋だが、物わかりの良い娘だったので、謝罪したうえで、何があったのかを順序立ててちゃんと話したら分かってくれた。
孤児生活が精神の成長に影響を与えたのか、ティオは十歳にしては『そういったこと』に疎い。
とはいえ裸の童女の腰付近を見つめる俺という構図は、無知なティオでも、そこに何かしらの意図が存在していることぐらいは分かったらしい。
そういった知識が芽生えた後で、蒸し返されたりしたら辛い。
アヤメお兄さんは私が小さい頃から、そういった目で見ていたのね! この変態! とか言われたらどうするよ。
その頃にはきっと、ティオはもっと大人っぽくなって今にも増して可憐になっているのだろう。
そんな少女に、罵倒される。
年頃の妹から嫌われる兄キャラって、そんな感じなのかな……。
「……その、ラスティちゃ、さんは、果物とお肉とパンと、どれが好き?」
「妾はどれも好むぞ。まあ、一番好きなのは殿方のせ――――」
余計なことを言いそうだったので、背後から口を塞ぐ。
ラスティはリリムだから、俺との日常会話に卑猥な単語が出てしまうのは仕方ないと思う。
だがティオの前で、そういったセキララな単語を包み隠さず言われるのは何か嫌だ。
ティオにはいつまでも、純粋なままでいて欲しい。
そしてゆくゆくは、また『お兄ちゃん』って呼んでもらうのだ。
いきなりラスティの口を塞いだ俺の奇行にティオは戸惑っていたが、下手なウィンクで返事をすると、黙って頷いてくれた。
お皿を並べ終えたティオが台所へ消えたところで、俺は手を放した。
「ぷは、……何じゃいきなり」
「ティオにはそういうこと言わないでください。まだあの娘は、純粋で無垢なんですから」
言ってから金髪クォーターの顔が浮かんだが、すぐに消し去る。
違う、そうじゃない。
俺は単に、ティオが義妹のように可愛いから心配しているだけだ。
愛欲だとか、そういったものじゃない。
「何じゃ、妾はてっきりにぃ様とあの娘はとうにデキてると思っていたわ」
ラスティは何の気なしに、そんなことを呟く。
ついでに背中をぐいっと曲げると、俺の耳元に口を寄せた。
「幼子に手を出すことに罪悪感を得ているのなら、いつでも妾に言うがよい。妾はこれでも経験者じゃからの、多少の無理はきくぞ」
「どーしても我慢できなくなったら、プリムヴェールに頼むんで大丈夫ですよ。
それに俺は別に、小さい娘に欲情するようなことはしませんから」
確かにティオは可愛いし、撫でたり抱きしめたりすると幸せな気分になれる。
だがそれは、恋愛感情とかそういうのでは、無い、はず。
俺が心の中で自問自答していると、お皿を二つ抱えたティオが台所から出てきた。
「アヤメお兄さん、運ぶの手伝って」
「ああ、分かった」
立ち上がりながら、チラリとティオを視界に入れる。
この後すぐ出かける予定だから、ティオは耐火性抜群な魔女っ娘装束に身を包んでいる。
流石に今は帽子はかぶっていないが、黒っぽい衣装にちょこんと乗った桃色の頭は、実に魅力的だ。
今日はポニーテールにしており、ティオの動きに合わせてぴょこぴょこ動く。
時々振り返ると、うなじから首筋にかけてがひょっこりと顔を出す。
確かに、ティオは可愛い。
思わず見惚れてしまうくらいには、愛らしく魅力的な女の子だと思う。
だからと言ってティオをどうこうしてやろう、とは思わないし、寝ている間によからぬ欲求に駆られて襲い掛かるようなこともしたことはない。
お目覚めの際にちょこっとだけ接触があるくらいで、他にそんなものはない。
――と、ここまで考えたところで、不意に自分の感覚が麻痺しだしていることに気が付いた。
元の世界でも、外国ではそういう挨拶は主流だった。
ハグしたり、頬や手首、時には口元に接吻する挨拶は別におかしいことでは無かった。
だが俺は、生まれも育ちも日本だ。
挨拶の程度に関しては、ここトリスコールも日本も、大して違いがない。
勿論接吻やハグが挨拶になるようなこと、一切ない。
皿を運びながら、俺はもう一度ティオの姿を目の端に入れた。
本当に、俺はティオをどうとも思っていないのだろうか。
可愛い義妹のような感覚――それだけで、朝起きてあんなことをしてほしいとか、そんなこと思うのだろうか。
ラスティと話していたティオが、楽しそうに目を細め、微笑んだ。
日差しに照らされたその姿は、まるで桃色の天使のようだと、そう思った。




