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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第4章 異世界召喚は長寿ロリとともに
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4-15.一万年後のセレナーデ

 ギャルゲーや少年漫画のものと比べて、実際の湯気というのは薄く淡い風を保っている。

 故にいくら熱いお湯が張られた浴槽が置かれていようと、目の前に存在する滑らかな素肌が見えなくなるなんてことがあるはずもなく。


「ん、んんー。気持ちいいのう。これが若い男児であれば、その幸福もまた格別じゃったじゃろう」

「分かったから、ほら。バンザイしてくれないと、腋の下が洗えないから」


 先ほどから俺の視界には、ラスティの身体を洗うプリムヴェールの献身的な姿がくっきりと映り込んでいる。

 暑気のためほんのりと染まった頬に、じんわりと滲んだ汗を拭う色っぽい仕草。

 座り直す度に揺れる、プリムヴェールの腰とお尻。

 時々奏でられる、艶っぽい吐息や甘い声。

 俺は浴室の端からそれを見ているだけだが、何かこう、変な気分になってくる。


「お、おお、おおお……。そこ、凄く良いぞ。うむ、実に心地良い」


 ラスティもラスティで、プリムヴェールが洗う箇所を変える度にいかがわしい感想をぽつぽつと呟く。

 ちなみに今は、その幼き矮躯にタオルも何も身に着けていない。

 完全なる素っ裸だ。とはいえ、後ろを向いているのでここからは腰と背中と後頭部しか見えない。


 だが俺という存在の根幹を司る本能には、妙な低刺激がさっきからずっと降り積もっている。

 今にも我慢が出来なくなるということにはならないが、意外とこれは結構辛い。

 湯気による暑気と湿度のせいもあって、鼻血とかが垂れそうだ。


「次、脇腹にいくよ。ちょっとだけ、くすぐったいかも」


 プリムヴェールとラスティは、洗体を通じて少しずつ仲良くなっているようだ。

 元々プリムヴェールは人好きのする人間だし、ティオ含めて幼子と仲良くなるのが上手い娘だ。

 まあ、それはいい。


「ところで、そろそろ魔導書に関するお話を聞かせてもらっても、よろしいだろうか?」


 これ以上眺めていると本当にどうにかなりそうだったので、俺は二人の間に話を差し込んだ。

 事実俺が、女の子同士のお風呂というこんな場違いなところにいるのは、魔導書に関する話を聞くのと、ラスティが召喚された要因を考察するためだ。

 このままラスティとプリムヴェールの楽しい入浴タイムを眺めるだけで終わってしまっては、何の収穫も得られやしない。

 まあ、普通は見られない充実した光景を見学することができたというだけでも、健全な青少年としては何よりも価値のあるご褒美になるのだが。


 ラスティはチラとこっちを見やると、瞑目して口元をニンマリと緩めてみせた。

 童女らしい遠慮のない笑顔だが、下品に歯をむき出しにしないというのが、変に引っかかる。

 白い歯を隠して微笑むというのは、もう少し妙齢な方々が行う仕草だと思うのだが。


「……それでは、妾から質問じゃ。お主らは、ユグドラシルの魔導書についてどの程度のことを知っておるのじゃ?」


 どの程度、か。

 ここで発言を見誤ると、教えて貰えないことが出たりするのだろうか。


「書物からの知識ですので、かじった程度です。世界中の魔法が全て記されているということ。それと、魔導書に選ばれし所有者が死亡すると、魔導書は光の粒子となって霧散してしまう、ということでしょうか」

「ふむ、司書ということだけあって、かなり深いところまで知っておるんじゃの」


 ラスティは満足げに微笑んでから、俺へと視線を向けた。

 俺の知識も、プリムヴェールと同じようなものだ。後は――、


「あと、魔導書に選ばれた人間が魔法の使い方を書き込むと、その魔法を使えるようになるってことだ」


 ラスティの矮躯がピクンと震えた。

 表情こそ余裕のこもったそれだが、こちらへ向けられた背中はカタカタと小刻みに痙攣している。

 寒いのか? いや、それはあり得ない。

 熱い風呂に慣れている俺だって、ここの室温には暑さを感じている。


「……それも、書物による知識、なのかの?」

「いや、実際に試した結果論だ。ついでに言っておくと、君を呼び出したのも、その魔法によるもの。今までの魔法原理では不可能な方法で、使った魔法だ」

「ラスティで、良い」


 ラスティは震える声でそれだけ言うと、アマラントカラーな瞳を軽く瞬かせた。

 余裕の籠った表情は消え去り、思案気な表情に塗り固められている。

 俺を見た後で首を伸ばし、天井を見て小さく溜息。


「そうか、そこまで踏み込んでしまっていたか」


 腰かけ代わりにしていたタライの上でクルンと回り、ラスティはこちらへ向き直る。

 前述の通り湯気には視界を曇らせるほどの濃度が無いため、ラスティの体躯の全面が隠すことなくさらけ出された。

 つるぺたっとした、童女らしい滑らかな体躯だ。


「あ! こらっ」


 直後ことの重大さに気が付いたプリムヴェールが声を上げるが、ラスティの顔を見て押し黙る。

 ラスティの表情は真剣そのものだ。

 茶々を入れられるような雰囲気ではない。

 俺もそのただならぬ雰囲気は感じ取れているので、ラスティの身体に目を奪われたりはしない。

 でもやっぱり、同じ幼女体型でもティオとは色々と違うんだな――――っと、いけない。


 ラスティはタライを引き寄せ、股座を開いた状態でドッカリと俺の目の前に座った。

 腕を組み、妖艶な上目遣いで俺の顔を見やる。

 変なトコロに視線がさまよいそうなので、俺も必死でラスティの瞳を視線で捉えた。


「――サザンガンフォルトという、魔帝を知っておるか? 先ほどもちと、名前を出したと思うのじゃが」


 サザンガンフォルト、知っている。前に一緒に依頼を請けた魔族の子たちが絶賛していた、魔大陸の英雄とも言われる世界最高の魔帝。現在の魔大陸の根幹を設定したとも言われる、最上級魔族だ。


 文献も多く、幾つか俺も読んだことがある。他の生物には使用できないような、秘術や隠術を使用できるほどの破格の体内魔力(オド)。

 天候を操作したり、他種族を従えさせるような魔法を使い、火大陸の統治に全力を注いだ魔帝。

 魔族なら誰でも知っているという、有名な偉人だ。


 しかし何故、そんな昔の偉人の話をし始めるんだ?

 この娘も、サザンガンフォルトの勇姿を俺に伝えたいのだろうか。

 さっきもサザンガンフォルトが遺した名言をドヤ顔で使っていたし、熱心なファンとか何かなのかもしれない。


「サザンガンフォルト様のお話でしたら、子供の頃よく父から聞かされました。様々な種族が入り混じった大陸で、差別を無くすために“魔族”という括りを造り上げたとか。肉系統の食物以外――作物系の食物を、広めた偉大な人であると」 

「確か、天候の操作とか、種族を従えさせるような魔法、あとは他者のオドを吸い上げて自分のものにするような魔法を使えるんだっけか。オドの純度が規格外に高くて、危険だからと隠匿されていた魔法を、世のために使ったとかいう魔族の永遠の英雄だろ」


 ラスティの顔が綻んだ。

 瞑目し、俺やプリムヴェールが紡いだ科白を噛みしめるように。至福の表情で、ラスティは何度も頷いていた。

 昔を懐かしむ――もしくは、旧友を慈しむような深みのある表情だ。

 間違っても、年端もいかぬ童女がするような表情ではない。


「銀髪の司書(プリムヴェール)は、サザンが行った政治や、統治した大陸の内政的なことを。

 黒髪(アヤメ)は、サザンが使えた魔法とその使用目的のことを。

 魔大陸の外でも、嘘や偽りに穢されぬ正しい歴史が伝えられているということは、実に幸福なことじゃの……」


 ラスティの頬を、温かな雫が伝って落ちた。

 口元は弧を描き、表情も穏やかな風を保っている。だがラスティの眦からは、感情の籠った涙がポロポロとこぼれ落ちている。


 声を上げて泣き叫ぶ、子供の泣き方とは程遠い。己の悲しみや懐かしさ、堪えきれない感情を乗せて静かに涙する。

 童女が涙を流しているというのに、不思議と焦燥や戸惑いに駆られるようなことがない。

 普通目の前で幼女が泣いていれば、おろおろと情けない姿を見せてしまうことになるはずなのに。


「ど、どうしたの? 大丈夫?」


 プリムヴェールがラスティに駆け寄り、慈しむような手つきで溢れ出す雫をすくい取る。

 とめどもなく溢れる涙を指先に染み込ませながら、プリムヴェールはもう一方の手でラスティの頭を優しく撫でてやっていた。

 頭を撫でられたラスティは涙を流しながらも精一杯の笑顔を作り、プリムヴェールの顔を見て「大丈夫じゃ」と紡ぐ。


「ただ、懐かしくなっての。サザンは、サザンは天才じゃった。当時――火大陸じゃったか、を、本来の意味で“統治”したのは、後にも先にも彼しかおらんかったからの」


 手の甲で涙を拭いながら、ラスティはしみじみと語り出した。


「サザンとは、古き付き合いじゃった……」


 サザンガンフォルトと、古い付き合いだと。

 いや待て、その理屈はおかしい。仮にもサザンガンフォルトは、火大陸三代目の魔帝だぞ。

 とくに魔王や魔帝という立場の魔族は、その他の魔族と比較しても長寿なものが多い。

 無論クーデターのようなものも起きていたため、数年・数十年でその立場を追われた魔帝や魔王もいることにはいるらしいが。

 サザンガンフォルトに関しては、そういったことは無かったはずだ。

 大陸民からも高い支持を得ており、寿命が来るまで魔帝としての地位を持ち続けた英雄。

 俺が読んだ書物でも、確かそんなことが書かれていた。


 適当なこと言うなよと一言申そうとしたのだが、手を伸ばしかけたところで、その腕をプリムヴェールに掴まれた。

 何かを察したような顔で、口元に人差し指を宛がっている。

 首を左右に振って、プリムヴェールは俺の発言を放つ前に止めた。

 プリムヴェールは俺よりも歴史背景や魔族の知識に関して造詣が深い。何か、分かったのだろうか。


 アイコンタクトで「任せて良いのか?」と問うと、プリムヴェールから魅力的なウィンクが返ってきた。

 可愛いので、もう一回くらい見せてほしい。


「言葉遣いから何となく感じていたのですが、もしかしてあなたは、見た目よりずっとご高齢なのではありませんか?」

「…………」


 プリムヴェールの仮説も、分からないことではない。

 確かに成長の遅い魔族や、死ぬまで容姿の変化しない種族もいることにはいる。

 エルフとか、あとインキュバス系統もそうだったか。

 インキュバスも本来は、長寿種族の一つなのだ。ただ彼らは身体構造上、青年期に並み以上の精気を吐き出してしまうから、実質通常の魔族程度しか生きられないと書いてあった。

 事実かどうか定かではないが、禁欲を貫いたインキュバスが、数百年と言う長い年月を生きながらえたという話も残っているのだ。


 だがこの幼女。

 幼い姿を延々と続けられるような種族が、いるのだろうか。

 先ほどあげた死ぬまで容姿の変化しない種族というのも、子孫を残す過程上若干の変貌は見られるのだ。

 生誕時は幼児体型で、十年から二十年の間に若い肉体へと成長し、それ以降は老化することなく寿命を迎えるだとか、そんな感じのやつだ。

 化粧品とかサプリメントが必要無いってのは良いなとか思ったからか、深く記憶に残っていたのだ。


 だが確かに――、バルテルスはこの童女を見ても、とくに反応しなかった。

 それよりか、可愛らしさが足りない気味の悪い生き物だと罵倒し、敵愾心を露わにしていた。

 もしバルテルスが、某線目の岩石系男子よろしく“実際の幼女”にしか萌えないのだとしたら。

 その可能性も、大いにありうることではあるが――。


「ラスティさん。あなたは――、あなたは、一体何者なんですか?」

「妾は……、妾は、サザンの。サザンガンフォルトの恋人じゃった」


 優しげなプリムヴェールの問いかけに、ラスティは静かに応じた。

 揺らめくアラマントの瞳に、嘘や偽りの風は見られない。

 むしろ俺は、ここでラスティに「えへ」とか言って笑って貰えた方が精神的に楽だった。


 サザンガンフォルトの恋人――それが本当だとしたら、この幼女は数千年、あるいは数万年の時代(とき)を過ごしているということになる。

 一昔前のアイドルだとか、名の知れた戦国武将程度の歴史ではない。

 世界が生誕し、大陸が生まれ、生物が誕生し、魔族が現れた。最初こそ共通点の視られなかった彼らを統一し、魔族と呼んで火大陸を統治したのが初代火大陸魔帝。

 三代目ということは、それから何百年程度経っているのだろう。

 少なくともこの世界の凄まじく長い歴史から見れば、魔帝が二代変わる程度の年月など、塵芥の一つにしかならないのだろうが。


「……君――ラスティがサザンガンフォルトの恋人だという、証拠はあるのか?」

「言葉通り身体一つで呼び出されてしまったからの。これといって見せられるような証拠は持っておらん」


 じゃが――と続け、ラスティは赤紫の瞳を上目遣いに揺らめかせた。


「サザンが統治していた時代から、現代までの歴史を、掻い摘んで話すことは可能じゃな。知識や記憶というものは、荷物のようにして持ち運ぶ必要も無いからの」


 開いた太ももに肘を着き、頬に手を当てて俺のことを見やる。

 駄目だ、到底信じられない。

 数百年――場合によっては千年以上の時を過ごす魔族が存在するということは、俺も書物で読んだことがあるから知っている。

 だが数千年以上――下手すると一万年を超える果てしなく長い期間を、童女の姿のまま生き続けるということが、可能なのだろうか。


 俺が今までに図書館で収集した浅い知識の中に、不老不死という言葉は出て来なかったはずだ。

 エルフやハイエルフは、不老不死と呼べるだけの期間を生きることも出来るらしい。

 とはいえ、それも“呼べるだけ”であり、数百、数千年という人生をゆっくりと消化しているだけのことだ。

 死なない生物は存在しない。それはこの世界でも、変わらない常識であるはずだが。


「俺が問う内容に、正直に答えてくれ――ますか?」

「無論じゃ。妾も、にぃ様の持つ魔導書に関して色々と聞きたいからの」

「それは助かり、ます。……それと、にぃ様って何ですか?」

「妾のことを“君”ではなく“ラスティ”と呼んでくれたからの。にぃ様も、お主と呼ばれるよりかはその方が良いじゃろう?」


 妖艶に口端を緩め、悪戯っぽくそんなことを言う。

 にぃ様、ね。見た目に関してだけいえばラスティは幼気な可愛らしい童女だ。

 口調や語尾を除けば、声音もまぁまぁなソプラノボイス。

 その声で『にぃ様』は、良い意味で少しクるものがあるな。

 しかし、欲を言うのであれば。


「もしよければ、アヤメお兄ちゃん、と呼んでもらえればもっと嬉しいのですが」

「お兄ちゃん、か……。甘ったるくて言い難いの。……やはり、お主と呼ぶことに」

「にぃ様で結構です。ラスティさん」


 ふと見ると、プリムヴェールが半眼をしていた。

 少し調子に乗りすぎたらしい。自重しなければ。

 質問に戻ろう。


「ラスティさんは、ユグドラシルの魔導書をどこで知ったんですか?」

「知る機会は幾らでもあったが、最初にそれと出会ったのは――――――」


 遠い目をして、ラスティは暫しの間惚けていたが、不意にハッと気が付いた様子で我に返った。


「セキララな話になってしまうが、サザンとともに目覚めた朝のことじゃった。

 妾とサザンは同い年じゃったからの。相性は抜群じゃった。

 まあそうは言っても、妾の発育が遅かったこともあって、よりサザンの逞しさを身体で感じることが出来たのじゃが――」


 頬を染め上げハイテンションで捲し立てたラスティは、また我に返って咳払い。

 プリムヴェールもほんのりと頬を染めて、目を逸らしている。

 発言者の容姿が幼女そのものなので、目の前で聴いていると犯罪臭いのが困るのだが。


「と、ともかくじゃの。事が済んで目覚めたサザンが、妾にその魔導書を見せてくれたのじゃ。

 一部のページを除いて中身を読むことは出来なかったのじゃが、サザンが読み聞かせをしてくれての。

 二人でその魔導書を読みながら、庭園で様々な魔法を試すのが何よりも幸福じゃった」


 嫌な予感が頭を過った。

 何か――何だったかは忘れたが、何かの創作物で見たような気がする。

 殉職により失った恋人が第一課の捜査官か何かで、喪失したその後もヒロインは妄念に憑りつかれてしまう。

 いつか彼は帰ってくる、そう自分に言い聞かせて毎日を過ごしていたのだが。確か最後には、亡き恋人が飛んでくることを夢見ながら、同じような事件を起こして投獄される。――そんな感じの物語だ。


 もしかしてラスティは、魔導書を取り戻せば、死んだサザンガンフォルトが帰ってくるなどといった妄念に憑りつかれているのではないか。


「ラ、ラスティは、この魔導書をどうしたいんだ?」


 返答によっては、どんな手を使ってでも魔大陸へ帰さなければならなくなる。

 ラスティはそんな俺の顔を見て、きょとんと首を傾げた。


「別にどうもせん。魔導書の所(・)有(・)権(・)は、現在の所有者が死亡しない限り、何があろうとも他者の手に渡ることは無いからの。ただ妾は、サザンの意思を継ぎたいと、それだけじゃ」

「サザンガンフォルトの、意思……?」


 ラスティは静かに頷き、腰かけていたタライから立ち上がった。

 肩や髪に弾かれ、つるぺたな体躯を水滴がこぼれ落ちる。


「圧倒的な力を持つユグドラシルの魔導書に振り回され、人生を崩壊される人間が生まれないでほしいと、そう言っておった」

「――――」


 言葉が出ない。

 そんなこと――とは言えないが、いや敢えて言おう。

 そんなことのために、ラスティは彼女自身の人生を捧げているというのか。

 ラスティの寿命が、幾つになるのか俺は知らない。だがもし、ラスティの言葉が全て嘘偽りなき事実だとしたら、彼女は数千年という長い期間、ユグドラシルの魔導書の所有者を探して生きてきたということか。

 人生の大半を、想い人の意思を継ぐためだけに、使っている……。

 口に出すことは憚れるが、到底信じられない。


「サザンガンフォルト様は、それほどに素晴らしいお方だったのですか?」


 穏やかな表情で、プリムヴェールがラスティに問いかけた。

 ラスティはそれを見て、懐かしむような顔で口元に弧を描く。

 それだけで、ラスティがサザンガンフォルトに対して抱いていた恋心の明朗さが理解できる。


「……でも、そんなこと、信じられないよ」

「分かっておる。むしろ今までの会話だけで、情にほだされほいほい全てを信じるような愚者だったとしたら、妾を呼び出した、あのような魔法を発案することなど出来ないじゃろう」


 ラスティは手を伸ばし、俺の頬を撫でた。

 しっとりと湿った手が触れ、腰の辺りがゾクッとする。


「この世界の道理から外れた、全く新しい魔法を生み出す。かのサザンのように聡明な所有者。そのような者に会えることを、妾はずっと待っておった」


 アマラントの瞳から放たれる視線と、俺の視線とが交錯する。

 姿形、ぷにぺたっとした頬や滑らかな体躯も、日常的に接する童女らと大差ない。

 だが今だけは――、今のラスティの表情には、音信不通になっていた愛孫とようやく再開できたような。そんな感じの表情が刻まれていた。



 分からないことだらけだが、何となくラスティの真摯な瞳から、妙な信頼のようなものを感じ取れた。


「アヤメさん、ラスティさん」


 ふと顔を向けると、プリムヴェールが理知的な双眸を揺らめかせ、こちらを見つめていた。

 微笑ましい光景を見ている――――というよりかは、若干呆れの籠っている風にも見えるのだが。


「長くなるようでしたら、続きはお風呂を上がってからにしませんか?」

「――あ」

「おっと、いかんの」


 不意に思い出し、本能的に視線がラスティの体躯の全面をはっきりと捉える。

 そこにはまな板のようなぺったんこな身体と――俺の視線の揺らぎを見逃さず、ニヤニヤと笑みを零すラスティの姿が。

 もう一度プリムヴェールの顔を見ると、プリムヴェールは笑っていなかった。


「用件も済んだし、俺は一足先に上がるとするよ……」

「はい、そうしてください」


 感情の読み取れぬプリムヴェールの笑顔に見送られ、俺は逃げるように浴室から退散した。



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