4-14.錆びついた釘
上級魔族が不機嫌になっても面倒なので、俺はティオに風呂を沸かすよう頼んでおいた。
当のラスティは丈の短いマントのようなトップスと膝まであるブーツを脱ぎ捨て、チューブトップとショートパンツのみという格好でくつろいでいる。
バルテルスはそれをチラチラと見やっては、頭を抱えて蹲り、辛そうに呻いている。
プリムヴェールはプリムヴェールで、心配そうにラスティの矮躯を見やっていた。
妙な空気が再発している。
所謂のじゃ口調のロリ魔族に、幼女を見ても敵愾心しか見せないバルテルス。
そして唐突に吐かれた、ユグドラシルの魔導書という名称。
名称自体は有名らしいので、バルテルスやティオが知らないということには些か驚いた。
俺はてっきり、この世界を生きるために必要な最低限の歴史知識なのかと思っていたのだが。
どうやら違ったらしい。
単に、プリムヴェールが魔法の賢者を目指しており、数多の書物に目を通してきたからその名称に触れる機会も多かったのだとか。
司書の仕事をする人々なら知っている人も多いだろうが、冒険活劇ものの本や歴史書と触れ合う機会の少ない者は、知らないことも多いらしい。
ティオにはまだ魔導書が出てくる書物を読み聞かせしてやったことはないし、バルテルスが静かに読書をする場面はどうやっても思い浮かばない。
二人は所謂活字とかけ離れた生活を送ってきていたのだ。
ネットやメディアが存在しない、自分から率先して飛び込まなければ情報を仕入れることの出来ないこの世界では、書物に関心のない人々との間に知識の隔絶が出来てしまうのだろう。
「しかし、この家はモロにレリー建築の影響を受けておるの」
絨毯に腹を押し付けながら、ごろごろと芋虫のように転がりながらそんなことを言う。
レリー建築だか何だか知らないが、そんなこと俺に言われても困る。
別にここは俺が設計したわけでもないし、既に建築された家から俺が選んだというわけでもない。
単に魔法を使ったらこの家が出現した、とそれだけだ。
「しっかし気持ちいいのう、人族の職人が造る絨毯は実にふかふかしておる。
胸も腹も……おぉ、変なトコロに当たった。あ、うみゅぅ、ヤん!」
体躯の全面をスリスリと摺り寄せ、ラスティは幸せそうに頬を染める。
幼女が素肌を無心に擦りつけた絨毯か……。
変なことを考えながらラスティの体躯を見やっていると、風呂場の扉が開けられ、白い湯気とともに腕まくりをしたティオの姿が現れた。
シャツ越しの胸元や額に、じんわりと汗が滲んでおり、髪も少しだけしっとりしていた。
どうやら湧いたらしい。
「いつもの、ふぅ……。温度で、ん、良かったの?」
胸元をパタパタさせながら、ティオはぐでっとその場に座り込む。
この世界の風呂は、日本の風呂と比べて若干温い。これは別に魔道具の性能が悪いとかそういうことではなく、この世界では風呂の温度とは、体温と同等かもしくは若干温め、という常識が提示されているのだ。
元々行水が主流で、娼婦の体温を下げないためにぬるま湯を使うようになった。
それが一般家庭へ流通し、風呂として広まったのだ。
熱ーいお湯に肩まで浸かって、体内の血行を良くするといった常識はない。
だが俺は、正真正銘生粋の日本人だ。
風呂は体温より高い温度で、ポカポカと身体が温まってこそだと考えている。
故にうちの風呂は、一般家庭のものと比べて若干温度が高い。
温泉――とまではいかないが、風呂を出てから布団に潜るまで、常時温かな気持ちになれる程度の水温を保っている。
「おお、風呂じゃ! 風呂じゃ!」
ラスティは今にも衣服を脱ぎ捨てそうな勢いだったが、プリムヴェールが全力で阻止。
真紅の瞳を揺らめかせ、バルテルスをキッと睨みつける。
当のバルテルスはそれを見て、つまらなそうに溜息。
その反応が異常だったのか、プリムヴェールはきょとんとした顔で俺の方を見た。
「バルテルスくん、具合でも悪いの?」
「……違ェよ。オレは至って正常だ。悪いのはオレじゃァなくて、その幼――婦女子様だァよ」
菩薩のような穏やかな表情で、バルテルスはプリムヴェールとラスティを見送った。
プリムヴェールはラスティが脱ぎだす前に、早く脱衣所へ連れ込んでしまおうと考えていたらしい。
上級魔族に手荒な真似はしたくないのか、ラスティの細い手首を優しく握り締め、作り笑顔のままラスティを先導。
ラスティ本人もその仕草に関しては違和感も生じていないようで、警戒心無く、プリムヴェールと連れだって脱衣所へ足を踏み入れ――――たのだが。
不意に振り返り、俺に向かって手招きした。
手のひらを上に向けた、大人っぽい危険な手つきだ。
間違っても、童女がして良いような仕草ではない。
「妾は女子に身体をまさぐられる趣味はない。アヤメとかいう男児よ、妾の体躯を洗うため、こっちに来う。――ついでに、話したいこともあるからの」
途中まではやんわりと断ってやろうと思っていたが、最後の一言でその提案は打ち消された。
隠し事なく、裸で語り合う。ラスティはそれを、言葉通り実行しようと考えているらしい。
誰だよ、童女にそんな言葉教えたのは。
とはいえ、勝手に呼び出したお詫びもしなければならないし、この幼女には魔導書に関して聞きたいことも山ほどある。
何も包み隠さず話すには裸が一番、それは俺だって同意する。
そうだよな、いくら美少女でも同性に身体を洗われるのは嫌だよな。うん。
「アヤメさん、何でこっちに来るんですか」
深い意味は無いんですよ。いやさほら、ラスティだって女の子より男の子に身体を洗ってもらいたいって言ってるし。
足が勝手に動いちゃうのだって、仕方が無いじゃない。健全な男の子なんだから。
素知らぬ風をしながらも、そろそろと横歩きにプリムヴェールとラスティのもとへ。
プリムヴェールが手首を掴んでいるので、俺はラスティの肩に手を乗せる。
おおぅ、スベスベ滑らかで柔らかい。
「身体を洗えってのは単なる建前で、何か俺にも話したいことがあるんだろ?」
「流石じゃの。――まあ、一割くらいはそんなところじゃの」
「残り九割は?」
「決まっておろう。下心じゃよ。若く健康な男児に洗体を頼むのに、他に理由がおるか? ん?」
ラスティはほんのりと頬を染め、薄く唇を開いて蠱惑的に微笑んだ。
それを見てプリムヴェールは半眼――ではなく、すまし顔でそっぽを向いていた。「あ、ちょっと分かるかも」ってな感じの表情だ。
プリムヴェールも誰か男の子に身体を洗ってもらいたいのかな。
『誰か』に入るのは、カザミかアヤメ以外に認めないが。
だからといって、真昼間からそんなことしようとは思わん。
賢者はそうほいほいと色仕掛けにやられたりしないんだから!
◇ ◇ ◇
バルテルスがティオの相手をしてくれている間に、俺はタオルやら何やらの物品を別室の棚から運んできた。
プリムヴェールが身体に撒く用と、束ねた髪を纏めておくためのもの。そいから俺が腰に巻く奴と、三人分の洗体用のもの。
あと確か石鹸が減り始めていたから、新しく補充しておく。
リビングを通過して、風呂場の扉をコンコンとノック。
どうせ向こう側にいるのは、プリムヴェールとラスティだけなのだろうが。
こういった状況でノック無しに乗り込むと、大抵脱ぎかけの美少女がこっちを見ているCGが出現する。
意思を持った濃ゆい湯気が、へその下と胸元周辺を上手い具合に隠すのだ。
冗談はさておき。
「タオルと石鹸を持って来た。入って大丈夫か?」
「平気ですよ。どうぞ」
戸を開けると、長い銀髪を纏めたプリムヴェールの姿が見えた。
浴衣が似合いそうな、可愛らしい髪型に思わず見惚れてしまう。
今まで一緒に風呂に入った時は、洗い終わった髪をタオルで纏めているだけだったから、こういった髪型は新鮮だ。
ついでにオリーブ色の縦セタも脱衣しており、レモンイエローな薄手のシャツという姿になっている。
汗でしっとりと体躯に張り付いており、実に魅力的だ。
「アヤメさんの家の浴室は暑いですね。いつもこんな温度のお湯に浸かっているのですか?」
「普段はティオと――、――うん、普段からこの温度だよ。お湯の温度は熱い方が気持ちいいから」
とはいえ、日本人の感覚としてはそこまで高い温度ではないはずだ。
ティオは時折のぼせて鼻血を出してしまうが、最近慣れてきたのかそういったことも減ってきている。
今度暇があったら、風魔法と火魔法と水魔法を混合させてサウナっぽい部屋も作ってみようかな、とか思っている。
頬をほんのりと染めたプリムヴェールの横顔に見惚れてから、ふとラスティに視線を向けると、そっちにも桜色が浮かび上がっていた。
青白い肌に淡いピンクは良く映える。うん、実に扇情的な形状をした薄紅色だな――。
「ほれ、早う入るぞ。急がんと、湯が冷めてしまうわい」
ラスティはちょうど、ショートパンツを足首から引っこ抜いているところだった。
脱ぎ捨てた衣服はその辺に脱ぎ捨て、肩幅に股を開いて腰に手をやっている。未成熟な平たい胸も、堂々と張っていた。
先ほど俺の眼に映った桜色は、暑気のため染まった頬では無かったのだ。
淑女の胸元を彩る桃の蕾。ターニャのと大して変わらない、あれだった。
「あ、こら!」
俺が抱えていたタオルの山から一番大きいタオルを引ったくり、プリムヴェールはラスティの矮躯をおもむろに包み込んだ。
あれはプリムヴェール用だったのだが――この状況からするにプリムヴェールは多分服を脱がないだろうから、別に必要はないか。
真っ白なタオルの中で、ラスティがモゴモゴと言いながらジタバタする。
細い腕や脚が顔を出す度に、プリムヴェールは必死にタオルの中へラスティの体躯を押し込む。
やがて「ぷはっ……」という妖艶な吐息とともに、ラスティの顔がタオルの中から飛び出した。
体躯は肩から足首まで包まれている。何だか、プールの時の着替えを思い出すな。
「男の子がいるんだから、そんな無防備に素肌を晒しちゃだめだよ!」
「……むう、別に妾は男児に体躯を見られても構わないのじゃが」
ラスティは不満そうな顔だ。
だがタオルを剥ぎ取るような真似はせず、静かにしている。
暫しの間俺とプリムヴェールの顔を上目遣いに見やっていたが、不意にニンマリと頬を緩めてみせた。
「そうか、なるほど。この男児は、こんな童女の体躯に興奮してしまうのか」
「違いますけど、彼女として、その……。他の女性の裸を堂々と見られるのは、何というか……」
プリムヴェールはチラチラと俺の方を見ていた。
なるほど、未成熟な体躯を見せられ続けて、俺がそういった趣味に目覚めてしまうのが嫌なのだな。
プリムヴェールの身体付きは、未成熟という言葉からはかけ離れたものだからな。
だが安心して欲しい。俺は毎晩ティオと入浴して添い寝もしているが、プリムヴェールの体躯に物足りなさを感じたことは一度も無いからな。
「案ずるでない。お主の身体と妾の体躯では、主の方が男好きのする身体付きをしているからの」
さりげなく、視線をプリムヴェールの方へ向けた。
滑らかな曲線美に、魅惑的な胸と腰とお尻、そして太もも。
同じ男性でも趣味嗜好の差異はあるだろうが、一般的に蠱惑的な身体だと捉えられるのは、間違いなくプリムヴェールの方だろう。
ラスティの言い分も、間違っちゃいない。
「確かにそれは一理あるな」
「あ、アヤメさん!? 何を言っているんですか!」
「ふむ、そうじゃろう? じゃからの――」
だから――、と続け、ラスティはペロンとタオルを捲って胸元を露出させた。
右側の蕾の端がチラッと顔を出す。
うむ、濁りのない鮮やかなローズカラーだ。
「な、何してるんですか! ――アヤメさんも! 鼻の下伸ばさない!」
「の、伸ばしてなんかいないよ!?」
蕾から視線を剥がし、プリムヴェールの方を向く。
目の前で、レモンイエローな衣装に包まれた二つの膨らみが大きく揺れた。
擬音をつけるなら、たゆんって感じだ。
瞬きした刹那脳裏に浮かび上がるのは、ぺったんこな先端と揺れる豊満。
通常であれば同時に楽しむことなど到底成し遂げられぬ、水と油のように相反す光景。
そんなものを目の前で見ることができるなんて、もしかして俺は今すっごく幸せなのではないだろうか。
とはいえ、これ以上妄想逞しくさせるのは色々と良くない。何せ今から俺たちは、衣服を脱いで風呂に入らなければならないのだ。
眼前に広がる光景に悶々とするのは、全て終わってからにしよう。
一呼吸置いて、昂ぶっていた心情に冷静さを取り込ませる。
よし、俺は賢者だ。二度目になるが、賢者はそんな色仕掛けに屈したりしないんだから!
「――って! 何でアヤメさんまで脱ぎ始めるんですか!」
ローブの上着を取り払ったところで、プリムヴェールの叫びが背中を叩いた。
何で脱ぐかって――。そりゃ、風呂に入るからだろう。
ラスティは俺に、体躯を洗ってくれと頼んでいたからな。
「プリムヴェールも早く脱ぎなよ――」
言いながら振り返ると、オリーブ色のセーターが顔の前に飛んできた。
バサリと音を立てて顔に被さる。甘くて嗅ぎ覚えのある優しい香りが、鼻先にふんわりと広がった。
脱ぎたてだからか、若干型崩れしている。この形状から察するに、顔に当たったのはプリムヴェールの胸を包み込んでいた場所だ。
くっ……、賢者は、そんな、色仕掛けなんかに、くぅん!
「浴槽に浸かるわけでも無いんですから、裸になる必要はありません!」
「でも服が濡れたら気持ち悪いだろ……? ペッタリくっついて、重くなるし」
「ちゃんと風魔法で乾かすので大丈夫です。まったくもお!」
脱ぎ捨てた上着を背後から着せられ、元の格好へ戻される。
恥ずかしいところも何もかもを見せ合った仲なんだから、気にすること無いのに。
「むゥ、余計なことをしおって。もう少しで若い男児の肉体を目にすることができたというに」
「ありがと、プリムヴェール。俺何か勘違いしてたみたいだ」
ティオと毎晩入浴していたためか、童女の前で裸になるという羞恥心が麻痺していたらしい。
お互いの身体を洗いっこしたりしても、ティオはとくに変な気を起こしたりはしない。
無論俺だって、ティオの体躯をどうこうしようとは思わない。
だけどこの童女――ラスティは違った。
男の子の身体に興味津々だとか、自分には無いものが気になるだとか、そういった風ではない。
情欲の籠った、火傷しそうなほどに熱っぽい視線を、じっくりと俺の体躯に向けている。
リリムだって言ってたもんな。危ない危ない。リリムって、こんなに幼くてもやはり発情したりするんだな。
女の子に発情されるのは別に嫌ではないが、リリムも一応サキュバスやダークエルフと同系統の魔族だ。
ダークエルフはまだしも、サキュバスは危険な魔族だからな。
幼女だからと侮って、何もかもを吸い取られたりでもしたら目も当てられない。
「ラスティの身体を洗うのも、プリムヴェールに任せちゃっていいかな?」
「な!? ちょっと待て。妾は女子より、若い男児に洗ってもらった方が身体の調子が良く働くから――」
「はい、任せてください。ほら、ラスティちゃん。抵抗しちゃだめだよ」
「妾は上級魔族――――むゥ、仕方ないのう。妾だって我儘な子供ではないのじゃ。ここは従うとするかの」
渋々、と言った様子で、ラスティは洗い場へと足を運ぶ。
我儘な子供じゃない、か。ティオとどっちが年上かな――って感じの年齢っぽく見えるけど、やっぱこのくらいの年ごろの娘は、大人っぽく見られたいものなのかな。
まあ丁度いいや。『上級魔族に逆らうとは何事じゃ――!』とか駄々をこねられても面倒だったし。
浴室の扉が開け放たれ、中から真っ白な湯気が漂ってくる。
心地の良い暑気に塗れながら、俺とプリムヴェールとラスティの三人は、揃って浴室へと足を踏み入れた。




