4-6.煉獄炎の魔法書
俺は久しぶりに、王都の図書館へ赴いた。
持ち家も手に入り、魔法使いも卒業して、杖のおかげで依頼を受けることも可能。
大体の懸念事項が解消できたため、せっかくだからと癒されに来たのだ。
最近はティオに読み聞かせもしていないしな。
ここ数日間の活字離れが著しい。
よくない傾向だ。
何でも摂りすぎは身体に良くないらしいが、読書量が多いことに問題は無いだろう。
強いて言えば、のめり込み過ぎて友達を無くすくらいだ。
一階の蔵書室、いつもの席に腰を下ろし、瞑目する。
さて、手始めに何を読もうか。
先日のバルテルスとのやり取りのせいか、今は無性に推理小説が読みたい。
だが無いものを望んでも、読むことはできない。
転移魔法とか召喚魔法があれば、ちょちょっと帰宅して本棚に並んだ蔵書を盛って来れるんだけどな。
それもやはり、この世界には無いものだ。
仕方ないので、もっと別のジャンルに手を出そうかと思う。
冒険活劇ものとか歴史系は、時間を作って何作か読んだからな。
殺人事件系は無くても、古代の謎を解き明かすとか、そういうの無いかな。
幾度となく図書館に足を運んでいても、やはり赴いたことのない本棚というものはあるものだ。
プリムヴェールの昼休みまでまだ十分時間はあるし、奥の本棚でも見にいってみるか。
ティオに読み聞かせる本も探さなきゃいけないし、創作物がある棚から見ていこう。
娯楽系の創作物も、意外と多く存在している。
複製も原本も全て手書きなのだろうが、誰が書いているんだろう。
とはいえ、大体の創作物は下地となった事件を基に描かれている。
例えばこの迷宮譚。
魔大陸にある最難関迷宮『煉獄炎』を巡った手記を基に、脚色をして描いたものである、と記してある。
時折出てくる挿絵が良い味を出している。
挿絵とは言っても、アリの巣を横から見たような簡素な図だ。
迷宮の造りは現実に忠実なのか、挿絵の下の方には探索者の名前や挿絵を描いた本人のサインが刻まれている。
「結構複雑なんだな……」
別れ道や行き止まりも多く、バツ印で打ち止めされている場所や、黒く塗りつぶされている箇所もある。
魔物か何かに侵入を阻まれたのか、迷宮の罠が張ってあったのか。
もしくは探索者の勘で、そちらへは赴かず、地図を作製していないのか。
どっちにしろ、出て来ない階層の挿絵は描いてなくても問題無い。
ただこういう、挿絵付きの本も良いもんだな。
殺人現場の簡単な図が描かれていた推理小説を思い出す。
確か原作が戯曲か何かで、舞台の構造がしっかりと練られていたんだよな。
タイトルからイメージして、慣れないブラック珈琲を片手に読みふけったのは良い思い出だ。
結局本を読み終えても、カップの中身は空にならなかった。
まあ、元の世界での本の話は置いておこう。
本作品によると、煉獄炎を踏破したパーティメンバーは、二十名程度ということになっている。
戦士と剣士と、魔術師と賢者の探索パーティだ。
突入時は二桁存在した仲間たちも、深く潜るに連れ少しずつ減っていく。
落とし穴に落ちた者や、魔物の毒に侵され気泡だらけになって溶けた者。
魔物に食われた者、味方を庇って犠牲になった者。
最終的には戦士二人と剣士二人に、魔術師と賢者が一人ずつという人数にまで減少していた。
最下層の財宝を山分けし、幸せに暮らしましたと締めくくられているが、どうやってここから脱出したんだろう。
物語としてはここで終わっているため、その後生き残ったメンバーがどうなったのかどうかは記されていない。
原作があれば良いんだけど、無いかな。
近くを漁っていると、原作の手記では無いが似たような物が見つかった。
煉獄炎に一人で潜った、最強魔術師の制覇譚だとか。
無論これは完全なる創作物だろう。
この世界でも一定の需要を持つ、主人公最強系の冒険譚だ。
俺もその手の書物は好むので、読んでみることにした。
残酷なシーンが少なければ、ティオへの読み聞かせにも良いかもしれないからな。
「今回の主人公は、どんな能力を持ってるのかな」
魔術師ウェインは天候操作、増殖譚のヘヴィーは絶倫だった。
他にも自分以外の物質を固定する(時間停止っぽいやつ)とか、一振りで衝撃波が放たれるような聖剣使いなど、様々な特殊能力が出て来ていた。
最難関迷宮の一つ、煉獄炎を一人で踏破するようなぶっ壊れ主人公だからな、一体どのような能力を付与されているのだろう。
読み聞かせに適しているか、調べるのにも丁度いい。
◇ ◇ ◇
名も無き魔術師の踏破譚。
主人公には名前が無く、全体を通して「魔術師は」と表現される。
感情を失った黒髪の少年であり、体内には膨大な量の魔力を隠し持っているという設定だ。
典型的な一匹狼で、ヒロインや相棒も出て来ない。
完全なる孤独魔術師だ。
どうやら設定上、感情を失ったせいで人々から迫害された魔族ということになっているらしい。
正しくは、人族とも獣族ともエルフ族とも類さない、謎の人間と記されているが。
ハーフ系で無ければ、魔族ということになるのだろう。
しかし不思議な書物だ。迷宮探索を主とした冒険活劇ものなのに、何でこんな棚に仕舞われているんだろう。
俺が今いる場所は、迷宮の手記を基にした創作物の棚の前だ。
誰かが戻す時、間違えてしまったのだろうか。
まあいい。
魔術師は、不思議な魔法を使うらしい。
こういった書物だと鉄板だよね。
《迷宮の壁に手をかざし、世界の魔力を喰らい、自分のものにする。
こうして体内に蓄積された魔力を操り、魔術師は強力な魔法を使用する》
……迷宮に手をかざし、体内に魔力を蓄積させる。
そういえば、ユグドラシルの魔導書にそんな魔法が書かれていたな。
プリムヴェールとかターニャは、体内魔力が邪魔をしてマナを吸い上げることが出来なかった。
俺は俺で、魔力を体内に溜め込めないという異常体質をしているため、使用不可能。
常人には使えないというだけで、意外と知られている魔法なのだろうか。
《魔術師は、新たな魔法を生み出すことが出来た》
うむ、この表現も前に見たな。
確か二階の蔵書室でだったっけか。思想書か宗教書に書いてあったんだか、プリムヴェールが言ってたんだか。
はっきりしたことは覚えていないが、「新たな魔法を生み出す」という表現は聞き覚えがある。
大方秘術や隠術を、新しい魔法だと勘違いした人々が、そう表現したのだろうが。
《魔術師は紫紺の装飾を施した簡素な魔法書に、ペンで魔法を書き込んだ。
魔法書に選ばれし魔術師は、新たな魔法を生成する。
純白な羊皮紙に連なれた言語は、この世の生物に読み解くことはできない。
絵のような、文字のような不可思議な字をその手で書き込むのだ。
書き込まれた文章は意味を為すものとして、この世界に直接描き込まれる。
新たな魔法の誕生だ。
もう、この魔術師を超えることは出来ない》
「……何だ、これ」
謎の文章だ。
書き込むだとか、描き込むだとか。
というかこれ、踏破譚じゃ無かったのか。
読ませることを前提に書き残す創作物とは相反すように、読み取りにくい詩的な文体が多く目立つ。
冒険や戦闘の描写は最低限しか書かれておらず、ほとんどが魔術師スゲーで埋め尽くされていた。
いや、讃えるよりかは、畏怖の感情の方が多い気がするな。
まるでこの魔族(?)は、世界から恐れられているような、そんな感じがする。
冒険ものでは無さそうなので、不本意ながら残りのページはパラパラと速読した。
簡単に纏めると、一言も言葉を発さない謎の魔族がいともたやすく煉獄炎を踏破するという、変なモヤモヤ感が残る書物だった。
無双しているのに、どうにもスカッとしない。
嫌な感覚だ。
「何だか変に疲れちゃったな」
凝ってしまった肩を回しながら蔵書室を出ると、入り口のところでプリムヴェールと鉢合わせした。
丁度昼休みの時間なので、俺を呼ぼうとしていたようだ。
もうそんな時間か。
今日は何だか、時間が経つのが少し速いような気がしてしまう。
気のせいだろうけど。
「アヤメさん、今日はどこにしますか? 先日海のある国から行商人がいらっしゃったらしく、魚料理なんかも食べ頃だと思います」
「魚料理というと、酒場か?」
「いえ、料理屋でも仕入れたらしいです。昨日司書仲間の娘が食べたらしいんですけど、フィッシュサンドがとても美味しかったそうですよ」
ほわーんとした表情で、両頬を包み込んでみせる。
フィッシュサンドか。
とはいえこの世界ではフィッシュフライも煮魚も、ましてや刺身などを食べることはできない。
大方干物か何かを、白いパンに挟んだだけのものなのだろう。
だが肉を主に食すこの国の住民は、時折出回る魚料理をヘルシーな食物として必要以上に崇拝する節がある。
実際柔らかくて、塩味が効いていて美味いのだろう。
だがやはり、フィッシュフライや寿司を知っている身としては、「魚だ!」と素直に喜べない。
まあプリムヴェールのお勧めなら、何だろうと迷わず食うんだけどな。
「じゃあ、俺もそれを食べようかな」
「はい、楽しみです!」
指先を絡め合いながら、魚を仕入れたという料理屋へ向かった。
◇ ◇ ◇
「煉獄炎の踏破譚ですか」
「タイトルはそんなだったけど、内容は魔術師の説明書みたいな感じだったんだ。何かこう、詩的な雰囲気の文体でさ。間違っても、子供向けの冒険活劇探索紀って感じじゃなかった」
プリムヴェールは頬に指を宛がいながら、フィッシュサンドにパクついていた。
見た目は干物サンドだが、味は中々良い。
パンに合う調味料や香辛料を使用しているのか、あるいは元の世界の魚とは根本的に味が違うのか。
柔らかい肉を挟んで食べているような感じだ。
食感は鮫に近く、味は微妙に鮭に似ているか。
骨は全部繋がっており、喉に刺さったりもしない。
魚嫌いな子供でも、これだったら美味しく食べられるんじゃなかろうか。
「原作――というか、煉獄炎を踏破した人の手記か何かを読むことが出来れば、少し違うかもしれないんですけど」
「煉獄炎を踏破した方は、まだいませんよ。
煉獄炎に潜った方の探索ノートでしたら、二階の蔵書室に置いてあったかもしれませんけど、多分アヤメさんの言うような魔術師さんは出て来なかったと思います。
かなり薄い本でしたし、挿絵の多いものでしたから。
確か、探索者様の一人が隠居後に書いた手記で、道順とか出現する魔物の種類について執筆して国に提出したものだったはずです。
熱心に読み込んだわけではありませんから、深くは覚えていませんけど」
言いつつ、結構覚えているじゃないですか。
しかし、そうか。煉獄炎を実際に踏破した人は、やはりまだいなかったのか。
そうなると、俺が本日読んだ二つの書物は両方とも完全なる創作物ということになってしまうな。
もしくは、原作からかけ離れた内容か。
どちらにせよ、原作の探索ノートやらにヒントは隠されてはなさそうだな。
しかし、妙に気になる。
何故だろう。出てきた魔法書とやらが、紫色をしていたからか。
四種族に合わぬ魔族というのも、暗に異世界人を指しているようにも感じる。
もしかして、二次創作の執筆者は、ユグドラシルの魔導書の存在を知っていたとか。もしくは所持していたとか――。
考え過ぎだろうか。
確かに、想像力が豊かな人ならすぐに思いつくような内容ではある。
不思議な魔法書に書き込めば、その魔法がすぐに使えるようになる! とか、そういう魔術師がいれば、一人だって煉獄炎を踏破できるかも! とかな。
こんな魔法書があれば最強じゃね? とか、そんなノリで。
この世界でも、最強系主人公の無双小説は人気みたいだし。
「あっ、アヤメさん!」
「い、痛っ!」
考え事をしていたせいか、パンと一緒に指まで噛んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、だけど……」
気にし過ぎなのか、この書物と出会ったのが定められた運命なのか――。
格好付ける必要はないな、要は試してみれば済むことなんだ。
鉛筆みたいに消せるペンがあれば良いんだが、そこは仕方が無い。
もし変な魔法を書いてしまって、使えなかったら、その時は上から大きくバッテン印でも付けておこう。
確か後ろの方のページは、何枚か白い紙が挟まっていたはずだし。
ぐちゃぐちゃ頭の中で考えているよりかは、行動に移した方が手っ取り速いな。
よし。
「だけど、何ですか?」
「ちょっとした、実験をしようかと思ってね」
きょとんとした顔で、さりげなく俺の患部をペロペロするプリムヴェールを眺めながら、俺は半笑い。
周囲の視線が集まる。
あの日から、プリムヴェールはいやに積極的だ。
俺としては清楚可憐な女の子が献身的な仕草を見せてくれるのが好きだし、嬉しいから良いんだけどね。




