4-5.カザミ・アヤメの一夜城
王都東部森林。
依頼を請けた時とかに、俺も何度か足を運んだことのある場所だ。
動物系やゴブリン系の魔物が多く、比較的安全。噂によると、ダークエルフなんかも生息しているらしい。
ダークエルフとは、名前にエルフと入っているのにエルフ族では無いという奇妙な魔族だ。
そう、魔族なのだ。サキュバス系統の種族に分類される、下級魔族である。
サキュバス系統というだけあって、性欲は旺盛で万年発情期なんだとか。
だがサキュバスのように精気や魔力を吸い尽くすような秘術も持っておらず、肉弾戦も不得手な魔族だ。
故に普段は森林に籠っており、中級魔族や上級魔族――あるいはゴブリンなどの魔物を誘惑し、言ってみればヒモのような生活をしている。
とはいえ、サキュバスのように異性を惑わす魔法も持っていないため、専ら身体と言葉で誘っているらしい。
精気を吸い尽くされることもなく、容姿も端麗なため、娼婦館などでよく働いている姿も目撃される。
安っぽい娼婦館へ赴くと、ダークエルフしかいないということもありうるらしい。
ダークエルフの話はこれくらいにしておこう。
後は、高原に生息する恐るべし魔物『吸血ゴブリン』が迷い込むことがあるらしい。
吸血ゴブリンとは、その名の通り血を吸うゴブリンだ。
吸血鬼や蚊のようなトマトジュース好きな魔物なのかと思ったが、どうやらそんなものじゃないらしい。
まず一つ目に、野蛮なのだ。
自分と異なる種族の生物を見つけると、牙を剥きだしにして威嚇する。
集団で行動することも多く、一斉に噛みつき、全身の血液を吸い上げてしまう。
二つ目に、その吸い上げ方だ。
プスッとやって、チューっと吸い上げるのではなく、内臓でも血管でも何でも、血の通っている部分を見つけては残らず喰らいつく。
三つ目に、とてつもない飢餓本能だ。
食い散らかし、そのまま逃走するならば、最高級の治癒魔法を使えば生存することも出来るかもしれない。
だが、吸血ゴブリンはそんな簡単に獲物を諦めない。
一度食らいついたら最後。生臭い香りを残した部位を、まるで最初から無かったかのように綺麗に平らげてしまうのだ。
狩の手順とすれば、まず襲い掛かる。次に、体液を吸い尽くして獲物を死滅させる。
次いで血の香りがする部位を喰い尽くし、残った肉や骨は住処に持ち帰って食べ尽くす。
獰猛な魔物だ。
もっとも物理攻撃に弱く、噛みつかれても即座に振り回せば、ボロボロ落ちて行くらしい。
頭蓋骨が発達していないため頭頂部が弱く、気絶もしやすい。
故に対処はそう難しくないらしいが、寝ている間に襲われると危険だから注意しろ、とのことだ。
「吸血ゴブリンは、恐ろしい魔物だぜ。魔物とか動物の背中に食らいついて、血が通っている箇所は全部吸い上げちまうんだァ」
バルテルスは犬歯を剥きだしにして、吸血ゴブリンについての話をしてくれた。
ティオは怯えた様子で震えていたが、どうやらそいつは、ヒト型生物にはあまり食いつかないらしい。
だから下手に刺激しなければ大丈夫だ、と付け加えられた。
吸血ゴブリンねぇ……。
血管も内臓も喰って、肉と骨だけ持ち帰る獰猛なゴブリン……。
既視感がある。
丁寧に血抜きされた動物の肉と、頭頂部がやけに弱いゴブリン。
異世界に来て初めての戦闘と、初めての肉。
……間違いない。
「あ、危なかった……」
初戦闘がそんな獰猛な魔物だったとは。
てっきり普通のゴブリンだと思って接していた。
逆にあの場所で、もし奴らに出会わなかったら。俺はもしかすると、そんな危険な魔物がいる高原で野宿しようとか考えていたかもしれない。
出会ったのも、知らなかったことも、僥倖だ。運が良かったのだ。
弱小魔物だと思っていたから、あんな思い切った行動を起こせたんだろうしな。
「おィ賢者師匠、顔色が悪ィぞ、大丈夫か?」
「アヤメお兄さん、大丈夫ですか?」
気遣うような声をかけられ、大丈夫だと答える。
あれは終わったことだ。今更蒸し返したって、何かが変わるわけじゃない。
「平気だよ。……それより、エドガール家の私有地ってのは、あとどのくらい歩けば着くんだ?」
「あァ、もうすぐ着くはずだぜ。ほら、見えてきたァ」
森林の長いトンネルを抜けると、そこには開けた大地が広がっていた。
杭が打たれ、周囲をヒモのような物で囲っている。
広さは中々のものだ。家を一軒建てるだけならば、全く不自由しない。
周囲を彩る新緑も鮮やかで、健康的な環境だ。
一軒家を真ん中に建設し、開けた場所は魔法訓練の場として開放しよう。
日当たりも良く、暖かな場所だ。
気に入った。
「良い場所だな、本当にここを使って良いのか?」
「あァ、問題無ェ。オレからもちゃァーんと、お嬢様に頼んでおいたからなァ。賢者師匠には、個人的にも世話してもらってるからなァ。ひひ……、良いバイト先も見つかったしな」
ほわーんと空を眺め、口端から涎を垂らしている。
怪しい手つきをして、中空をわしわしと掴んでいた。
……喜んで貰えたなら、俺も嬉しい、ぜ?
引きつった笑顔を浮かべていると、不意にバルテルスは真剣な表情を見せた。
「魔物とか盗賊が入らねェよう、強い結界を張っているからな。ちょっと待ってろよ」
「結界……?」
結界なんてものもあるのか。
結界魔法なんてものは無かったはずだから、魔道具とかそっち系統の専門分野なのかな。
あやかしを封じ込めて消滅させる、あれとは違うのだろうか。
「危険は無イからァ、試しにくぐってみるか?」
そう言うと、バルテルスは周囲を囲ったヒモのようなものを引っ張った。
トンネルのようにしてくれているので、ティオと二人で開拓された大地に足を踏み入れてみた。
――突如、首筋に包丁を突き付けられたような錯覚が生じた。
「――!?」
これ以上入ってはいけないという、謎の警鐘が頭の中で打ち鳴らされる。
背後から誰かに狙われているような、強烈な精神的圧迫感。
比喩ではなく、今すぐにでもここから逃走したい。
ティオも目を見開いたまま、ギュッと俺の腰に腕を回している。
これ以上ここにいると、何かが危ない。
「逃げ――――」
「そこでェ、この魔道具の出番ってわけだァ」
バルテルスがニタリと笑い、左手薬指にはめた藍色の指輪を、一本の杭にかざした。
杭が藍色に煌めき、周囲を囲っていたヒモが鮮やかな光を放ち始める。
刹那、俺を襲っていた不安感が消失し、胸の奥に溜まっていた不快感が瞬く間に霧散する。
邪悪な瘴気が消えた。
ティオも落ち着いたのか、きょとんとした顔でバルテルスを見つめている。
「侵入しようとした外敵を不安に陥れる結界だァ。だが別に、結界自体を消したわけじゃなイ。この指輪の効力で、お前ら二人を『招いて良い客人』として認識させたンだ」
そう言ってバルテルスは指輪を外すと、逡巡なく俺に手渡した。
藍色の煌めきを見せる、澄んだ色彩の宝石が埋め込まれている。
魔道具だと言っていたか。
結界を解く魔道具とか、そういうものなのだろうか。
太陽にかざして見据えていると、肩に手を乗せられた。
耳元に口角を寄せ、こっそりと言葉を紡ぐ。
「あの司書さんを連れてくるときにでも使いな。一度でも客として認識させればァ、次回からは指輪必要なく入れるようになッからよォ」
「いつになるか分からないけど、良いのか? こんな大事なものを預かっても」
「大切な夜に、オレみてェな邪魔者がいたらァ、しらけッちまうからなァ」
バルテルスは犬歯を見せ、力強く背中を叩いた。
結構な反動があり、思わずたたらを踏む。
何だこれ。
まるで俺がプリムヴェールを招待したら、迷わず致すような口ぶりじゃないか。
実際間違ってないから良いんだけどさ。
「まァ、ここ一帯は自由に使ッちまっていいからよォ。家が建ったら、オレのことも招待してくれや」
「ああ、勿論だぜ。今度は簡単な属性魔法の使い方も教えてやるよ。ありがとな」
バルテルスは「助かるぜ」とだけ言って、別れの挨拶もおざなりに森林を駆けて行った。
さて、俺は今から一仕事しなくちゃな。
ティオに周囲の確認を頼み、俺は土魔法で作った棒を使って魔法陣を描く。
大分広い土地なので、問題無く建設できそうだ。
バルテルスの言った通り魔物も近寄ってこないし、冒険者やら何やらも通らない。
しかもこの場所は王都付近なため、少し歩けばすぐに凱旋門まで辿り着く。
図書館も宿もプリムヴェールの自宅も王都下部にあるから、ちょっと走ればすぐに赴くことができる。
結界の存在が有難いな。
ティオを置いて出掛けても、万が一ってことが起こりにくい。
ここ二ヶ月くらいの教育で、誰もいないところで火を使うな、という旨はキチッと教え込んでいる。
火事はおろか、ボヤを出したこともない。
危険は無いだろう。
色々と考えながら魔法陣を描き、懐かしい詠唱を紡ぐ。
「親愛なる森の力よ、大地よ。ともに暮らし、ともに果てる朋輩として、我が魔力に力を与え、助力せよ」
魔法陣が光を放ち、ポン! という音とともに一軒家が建つ。
幸い周囲の樹木の方が背丈が高いため、遠くから見ただけでは一夜城だとは思われないだろう。
元々開拓地だったらしいし、家が一軒建ってようと違和感は無いだろうしな。
家が完成したことをティオに伝えると、ティオは目と口を大きく開けて立ち尽くしていた。
コンコンと壁を叩いてみたり、撫でたりしている。
触り心地は普通の木材や石材と大差ない。
さて、家も建てたし、あとは宿に置いてある物資の運搬だな。
――っと、その前に一つやっておくことがあった。
◇ ◇ ◇
――夜。
おぼろげな月が闇夜に浮かび、散りばめられた星彩が森林内をぼんやりと照らす。
足音は二人分。
クリーム色のカーディガンを着込んだ銀髪の司書と、ねずみ色のローブを纏った黒髪の賢者のものだ。
黒髪の賢者アヤメは、エドガール家私有地と書かれた開拓地まで司書を招き、真新しい一軒家を見せる。
立派な家を見て、銀髪の司書プリムヴェールはうっとりと頬を染めた。
アヤメはプリムヴェールの手を取って、紳士的にエスコート。
二人の視線が絡み合い、口端から熱っぽい吐息が漏れる。
つい先日初体験を済ませたばかりの二人は、手を繋ぎ合っただけで興奮度MAXだ。
アヤメもプリムヴェールも下心満載。これから家に招かれ、何をするのかなど、言葉を交わさずとも分かっている。
「ティオは別室で寝ているけど、防音対策はちゃんとしてるから大丈夫だよ」
「アヤメさん……。今日もよろしくお願いします」
杭に指輪をかざし、プリムヴェールを自宅へと招く。
紅潮した顔を隠すように、プリムヴェールはアヤメの背中にしなだれかかった。
アヤメはその誘いに応えるように、プリムヴェールの手を握り締めて自室へと連れ込んだ。
第4章 日常編 -終-
次回
第4章 召喚編




