4-3.たとえ君が魔族だとしても
目が覚めると、ふわりと甘い香りがした。
白銀の美髪流れる瑞々しい素肌と、透き通るような肌色。
ちょっとでも手を伸ばせば、柔らかく滑らかな起伏をこの手にたっぷりと感じることが出来る。
とはいえ、それは昨晩たっぷり楽しんだので自重しておこう。
でも頭を撫でるくらいなら良いよね。
夜は他の場所ばかり撫でてたから、何だか妙にプリムヴェールの銀髪が恋しい。
天使のような寝顔を披露しながら愛らしい寝息をたてるプリムヴェールの頭を撫でていると、彼女はくっと腕を伸ばしてうっすらと瞳を開けた。
ぼんやりと視線を彷徨わせてから、だらしない笑顔でにへりと笑いかける。
「おはよう、アヤメさん」
そう言ってプリムヴェールは手を伸ばしかけたが、――何も身に着けていないことに気が付き、ズボッと布団に潜った。
モグラ叩きみたいだな。
「え、と……」
「すみません、ちょっと取り乱しました」
顔を出して、肩を出して。
胸が見えるギリギリのところまで布団をかけた状態で、プリムヴェールはチラチラとこっちを見ていた。
窓から差し込む柔らかい陽射しに照らされた銀髪がキラキラと輝き、ほっぺたがほんのりと艶やかに染まる。
いかん、何か話さなければ。
「……えっと、どうでしたか?」
「正直言ってしまうと、寂しかったです」
シーツの皺が寄り、プリムヴェールの手が俺の手に重なった。
指先を絡め、しっかりと握り合う。
「アヤメさんと先に出会ったのはわたしの方なのに。ティオちゃんもターニャちゃんもバルテルスくんだって」
「いや、バルテルスとターニャは関係無くないか?」
ターニャに関しては誤解されても仕方ないかもしれんが、バルテルスだけは勘弁だ。
天地が引っくり返っても、バルテルスとこういった関係になるわけはない。
断言できる。
「でも、嬉しかったです。アヤメさんが、わたしを受け入れてくれて」
「俺がプリムヴェールを受け入れないわけ、無いだろ」
確かに俺がへたれてたのは良く無かった。
この世界においても、やはり“こういったこと”は殿方の方からご婦人を誘うようだ。
仲良くなった男女が酒場でほんのりと酔い、茂みか自宅に連れ込み、互いに結ばれる。それが普通らしい。
もっとも、逆パターンだってありうることではある。
誘惑に誘惑を重ねて、ようやく振り向いてくれるような朴念仁もいないわけでは無いようだ。
鈍感な草食系男子はどこにでも生息しているのだ。
だがプリムヴェールには、強く誘うことのできない理由があった。
「ハーフ魔族と褥を共にするのを嫌がる方は、まだ結構いますから」
プリムヴェールは、中級魔族と人族のハーフだ。
インキュバスはサキュバスと同様、性欲の強い種族である。
眠っている淑女の夢の世界へと忍び込み、行為を想像させるような夢を見せながら、サキュバス同様体内のオドを吸い上げる魔法を使う。
その魔法を使用しても、狙われた婦女子が孕むことは無い。
だが実際、そういった知識はあまり知られていないのが現状だ。
インキュバスは淑女の夢に忍び込み、望まれぬ子を宿して消え去る迷惑な魔族、という間違った偏見をする人間も多い。
実際は規定事項を植え付けられた幼少の性奴隷や貴族の娘が、世間体を気にするために、そういって誤魔化したことが発端らしい。
確か元の世界でも、インキュバスはそういった扱いをされていたな。
どこでも変わらないってことだ。
もっとも、こちらの世界では普通に日常生活を送り、自分たちと同じものを食べて暮らしているのだから、噂や偏見に現実味があるのだろう。
とくに迫害する象徴が実在するとなると、その偏見は集中砲火される。
「インキュバスの娘やサキュバスの息子は、そういった魔法を使うことは出来ないと、書物に書いてありましたから」
「でも、本に書かれている内容が、必ずしも正しいとは限りません」
「それでも俺は、プリムヴェールを信じるよ」
昨晩も散々言われたのだ。
事が終わった後で、仲良くイチャイチャしていたら、突然プリムヴェールが涙を流したのだ。
もしかすると忘れているかもしれませんが、わたしはインキュバスとのハーフ魔族ですとか言って、ポロポロと眦から溢れる雫を指ですくっていた。
する前に言おうとは思っていたのですが、もしそこで断られたらと思ったら。
結果的に、騙すような形になってしまったかもしれません。
などと、嗚咽を混じらせながら紡いでいた。
俺は全く気にしていなかったのだが、プリムヴェールは自身がハーフ魔族であることをかなり気にしていたらしい。
だが普段の振る舞いやお仕事モードなプリムヴェールを見ても、周囲の人たちは気にしているようには思えなかった。
年頃の司書さんたちからは恋い焦がれられ、同性の仕事仲間の間でも浮いているわけではない。
王都では、魔族の偏見や迫害を好ましくない行為として掲げているからな。
実際、王都外ではかなり辛辣な迫害があったらしい。
美麗な容姿のおかげか、プリムヴェールは幼少時から、男児からの人気を得ていた。
大抵の人々は、それを微笑ましい眼差しで見守るのだが、一部の魔族嫌悪派からは、インキュバスの魔法で息子達を誑かしているのだ、などと噂していたらしい。
プリムヴェールはその生活に嫌気が差し、魔族歓迎の法を掲げる、ここトリスコールの王都へ赴いたのだとか。
「初めて会った時にも、気にしないっていっただろ?」
「でも、あの時とは状況が違うから……」
どうやら俺が、王都外から来たと言うのが、プリムヴェールにとっては不安らしい。
出身地だけで考えを固定されてしまうというのは、心外だな。
でもまあ、傷心してる時にかけられる他人からの「大丈夫」は、あまり役に立たないからな。
これ以上薄っぺらい御託を並べるより、もっと直球に態度で示した方が良いんだろう。
とりあえず優しく唇を奪ってから、耳元で「愛してるよ」と囁いてみた。
効果は抜群だった。
◇ ◇ ◇
プリムヴェールも一応落ち着いたようなので、俺は本題に入ることにした。
引っ越しの話である。
夜逃げするわけでは無いのだから、恋人に黙って引っ越そうなどとは思わない。
場所も教えておかなければいけないしな。
何も知らずに、プリムヴェールが何かの用事でビリーの宿へ行って、「引っ越したよ」なんて言われたらショックだろう。
まあ、エイムから俺の引っ越しについて何か言われるかもしれないが、こういうのはキチンと自分の口から伝えた方が良い。
「プリムヴェールに、話したいことがあるんだ」
「それって、お洋服着るよりも大事な話?」
スレンダーなのに出るところは出ているという魅惑の肢体を毛布にくるみながら、プリムヴェールは小首を傾げた。
別にそこまで大事な話ではないな。
俺は別にトラ柄ビキニの異邦人に告られるような不幸体質じゃないし、大事な話がとか言った途端、爆発音+超展開――なんてことにはならないだろう。
でもさ、服越しに見ただけで興奮するような肢体を、せっかく生で見られるってのに、そんなチャンスをみすみす棒に振る必要も無いよね。
毛布越しとはいえさ、艶めかしいラインがくっきりはっきりと分かるんだよ。
昨晩たっぷり鑑賞したからか、浮き彫りになった体躯がまるで何も纏っていない素肌のような錯覚を――、おっといかん。
「はい、大事な話です」
「……分かりました。正座して聞いた方が良い話でしょうか?」
……正座、だと。
正座ということは、普段見えてはいけないあれやそれやこれまでが、目の前に現れるということか。
「はい、ぜひ正座で、そして向かい合ってじっくり見つめ合いながら――」
「やっぱりお洋服を着てからにしましょうか」
理知的な瞳を揺らめかせ、プリムヴェールはいそいそと衣服を纏い始めた。
ちょっと攻め過ぎたらしい。
賢者見習いの魔法使いから、完全なる賢者に転職してしまったからな。
遠慮や恐れが霧散してしまったのだ。
よくない傾向だな。
プリムヴェールのお着替えを目の端に入れながら、俺もねずみ色のローブに腕を通す。
床の上に乱雑に脱ぎ捨てられ、下着やら何やらが散乱していた。
昨日はかなり興奮していたからな。
普段ならこんな散らかった場所、数分で全て片付けてしまえるのだが。
「ところで、お話とは何でしょうか?」
艶めかしい衣擦れの音をBGMに、プリムヴェールの声が奏でられる。
見た目に関してだけ言えば、この世界の下着や衣服は、日本のものと大して変わらない。
流石にジャージやジャンパーのようなものは無いらしいけどな。
「高原に、一軒家を建てようと思っているんだ。要は、引っ越しって言えばいいのかな」
「お引越し、ですか」
「建設は魔法でちゃちゃっと行うから、そう遠くない話になると思うんだ」
ゼロから設計して、大工さんに頼んで造るとなれば、相当の労力が必要になるだろうからな。
俺の場合は、マナを使って一夜城だから、時間も手間もかからない。
強いて言えば、正確な魔法陣を描くことだけだ。
「……それだけ、ですか?」
「……うん?」
「お話とは、それだけですか?」
ルビーの瞳が瞬き、プリムヴェールはじっと俺の顔を見つめている。
何か、俺の口から紡がれるのを待っているようだ。
あれ、何か言うことがあるのか?
この世界では、引っ越す時に身近な人間もしくは恋人に何か言うのだろうか。
引っ越しそばならぬ、プレゼントのようなものが必要になるのだろうか。
「アヤメさんが引っ越したら、わたしはアヤメさんと会えなくなってしまいますね」
「いや、引っ越すと言っても王都のすぐ傍ですから、会えないってことは……、あ」
なるほど、そういうことか。
互いに愛し合って、俺とプリムヴェールは昨晩ようやく結ばれた。
プリムヴェールは司書としてのお仕事があるから、一緒に高原の一軒家に住むことは出来ない。
「引っ越し先が決まったら、プリムヴェールのことを一番に招待しますよ」
エロいことをするというわけでなくとも、プリムヴェールだって俺と会いたい時もあるだろう。
俺はプリムヴェールの職場も自宅も熟知しているから、顔が見たくなったらいつでも会いに行くことができる。
だがプリムヴェールは、俺の引っ越し先を知らない。
自宅を知らなければ、プリムヴェールの方から俺に会いに行くことはできない。
メールとか電話が無いから、「フレドールの時計塔で待ってるから来てください」とか、言えないんだもんな。
「ちゃんと、迎えに来てくださいね」
「ええ、勿論です」
お互いに見つめ合って、一度だけ唇を交わし合う。
ほんのりと染まった顔を見て、思わずめちゃめちゃにしたい気分に駆られるが、ぐっと我慢する。
アヤメ賢者は今、文字通り賢者だからな。
俺はエロゲの主人公みたいに都合のいい絶倫ではない。
いたって普通の男の子だ。
とはいえ、目の前にこんなに可愛らしい美少女があるのに、ただ見てるだけっていうのも酷だよね。
「今日は、お仕事お休みだっけ?」
俺の質問に、プリムヴェールは嬉しそうに首肯。
まあそうでなければ、昨晩あんな体験をしようとは思わないけどな。
結局その日は、午後になるまで二人でイチャイチャしていた。




