4-1.異世界生活に必要なものは
ティオを保護してから一ヶ月が経過した。
ここのところ、魔導書にしても彼女との恋仲に関しても、これといった進展は無い。
悪化するでもなく、一線を越えるような嬉し恥ずかしなハプニングも起きていない。
平和だ。平和過ぎて、身も心も腐ってしまいそうなほどに、日常的な毎日を過ごしていた。
ティオとの関係は良好だと思う。
ティオはどうやら、あの時のファーストキスに味を占めたらしく、おはようのキスとか言って、毎朝俺の口元に接吻してくる。
普段はその一回だけだが、週一くらいの割合でプリムヴェールが泊まりに来ている時などは、彼女からも同じようにしてもらえる。
ちょっと嬉しい。
しかしティオがいるために、プリムヴェールの自宅へ泊まりに行けないというのが、ちょっと残念なところか。
ターニャやビリーに任せてしまえば良いだけなのだが、夜になるとベッドで読み聞かせと添い寝を要求され、そのままコアラのようにしがみついたまま眠ってしまうため、夜中にこっそり抜け出す――なんて芸当は不可能だ。
無論子供の力なのでやろうと思えばできるのだが、朝もしくは夜中にティオが目を覚まし、信頼していた賢者様がいなくなっていたら、どう思うか。
裏切られた! ときっと悲しむだろう。
ティオの両親は、共に前置き無しに消えてしまったらしいからな。
信頼していたはずの両親が次々と帰って来なくなるというのは、トラウマ一直線の状況だろう。
幼少時にそんな経験をしたら、俺だったらとっくに心が壊れている。
だから俺はティオを裏切らない。
でも俺だって健全な男の子だ。歩いて行ける距離に愛しい恋人がいるのに、何も出来ないっていうのも結構辛い。
防犯がしっかりしている家さえあればな……。
部屋が二つ以上あれば、「お兄さん今日は、プリムお姉さんと一緒の部屋で寝るからね」とか言って、めくるめく熱い夜間を過ごすことができるかもしれない。
家を建てるのは魔法で何とかなるが、土地が無いからな。
万が一王都の土地を買えたとしても、まさか一夜城を造るわけにもいかないし。
だからといって、一軒家を買えるような財産はない。
ギリギリ足りたとしても、それからの生活がやや不安定になってしまう。
財産と言えば。
家を建てるためでは無いが、ギルドでのお手伝いの依頼は未だ継続中だ。
ティオと接しているおかげか、十歳くらいの子たちと話したりするのが大分楽になった。
スタッフを使ってちょっとした魔法を使ってみせると、それだけで拍手喝采の大騒ぎだ。
ただ時折加減をミスって、下級の魔物を瞬殺し、スプラッターな場面とともにシンとした静寂に包まれてしまうこともある。
それでもやはり、少年少女たちはギルドで俺を見つけると、手を振ってくれたり「お願い」をしにきたりする。
おかげで小金は集まっている。
後は、ティオの魔法練習だ。
ティオを外に連れ出すことが出来るようになったので、時々二人でパーティを組んで簡単な依頼をこなしたりしている。
火に弱い魔物討伐は、基本的にティオに任せっきりで、俺は見学だ。
未だにスタッフを使用した火魔法を練習する機会は訪れていない。
周囲が山脈やら森林、それか高原だからな。どこで使っても、植物が燃えてしまう。
火に強い魔物討伐は、基本的に俺が立ち回り、ティオには援護の練習をさせている。
自分の得意分野とは相性が悪い魔物と対峙する場合、大抵は同じパーティの別の人間が打倒する。
その時自分はどうするか。属性魔法を取り込むような鬼畜モンスターで無ければ、基本的に取り巻きの弱い魔物を蹴散らして安全な戦場を用意するか、咄嗟の時に治癒魔法を施すか、喩え相性は悪くとも死角から攻撃を加えて相手のリズムを崩したりする。
裏方に徹するのだ。
地味だが、これも結構大事なことなのだ。
とくに治癒魔法は、使えるか使えないかでその人間の寿命が変わるとも言われる。
ティオにも一応、切り傷やちょっとした毒を治癒する程度の魔法詠唱は教えておいた。
ちょっと目を放した隙に、毒なんかにやられたら困るからな。
ここ一ヶ月の行動範囲は、そんな感じだ。
◇ ◇ ◇
「地下室に蔓延っていた魔物は、残らず撃退しておきましたよ」
ティオの魔法練習ついでに、本日は王都内の依頼を受けていた。
依頼者は、褐色肌に青白い髪色をした病弱そうな魔族のお姉さんだ。
酒を地下室に仕舞い込んでいたら、蛇や蠍のような変な魔物が出現したので、残らず退治して欲しいとのことだった。
木製の屋内で火魔法を使う時は、加減や周囲の気配りを怠ってはいけない。
そういったことを教示しようとこの依頼を受けたのだが、ちょっと失敗だった。
地下室に入るや否や、ティオは総身を身震いさせてぴったりと尻にしがみついた。
暗いところが怖いのかと問うと、ギュッと目を瞑ったまま首を横に振る。
蛇が苦手なのかと聞くと、少しだけ迷ってから首を左右に振る。
ティオは虫が苦手だったのだ。
俺だって台所に潜む黒い悪魔は嫌いだが、そういった「ちょっと苦手」では計り知れないほどの怯えようだった。
カサカサっと音がしただけで、「ひぅ!」と声を上げて下腹部に手を回して息を荒げる。
仕方が無いので、さっさと退治して、用意された袋に入れた。
魔物自体は五匹ほどいたが、総員大した魔物ではなかった。
土魔法で先のとがった槍のようなものを作り、勢いをつけて射出すれば瞬く間に蠍の串刺しの完成だ。
何てことは無い、あっさり終わってしまった。
「そんなに虫が駄目なのか?」
ティオは静かに首肯し、気まずそうに目を伏せた。
今回の依頼は、あまりカネにならない依頼だった。
死骸をギルドに提出して、銅貨四枚程度だ。
危険度もかなり低いからな。
今度からちゃんと、パートナーの苦手なものは先に聞いておくことにしよう。
両生類がだめだとか、爬虫類がだめだとか、サキュバスは嫌いだとか。
魔物やら何やらがひしめいている世界でも、そういったものが苦手な人は大勢いるらしいからな。
そもそも今回の依頼も、蛇系の魔物が嫌いだから、誰か助けてって感じだったし。
依頼完了書なる紙をポケットに仕舞い込み、ギルドへ向かう。
ティオは始終下腹部にしがみついており、何かが通り過ぎる度にビクンと震えていた。
それほどまでに虫が苦手な人に死骸を持たせるわけにもいかないので、左手に死骸入りの袋、右手にティオの肩を抱いて王都の道を行く。
両手がふさがってると、何か不安になるな。
ギルドへ赴くと、カウンター裏からエイムが手招きをしていた。
疲れがとれるような笑顔を見せながら、お淑やかに指先を丸めている。
招き猫――招き狐みたいで可愛らしい。
ティオの肩を抱き寄せながら歩み寄り、魔物の死骸が入った袋と依頼完了書をカウンターに置く。
エイムはそれを別の受付嬢に手渡し、達成報酬を用意しておいてね、と頼んでいた。
エイムがそれをしないってことは……。
俺に何か、話でもあるのかな。
困ったように眉をハの字にして、エイムは両手を重ねて顎杖を着く。
それでも笑顔は崩していない。
まったりとした、安心感を生じさせる愛らしい笑みだ。
「プリムのことなんだけど」
「プリムヴェールに、何かあったんですか?」
エイムはプリムヴェールと仲が良い。
女の子同士、遠慮なく相談ができるのだろう。
日本だと同性間の友情関係は険悪なものを多く目にしてきたが、この世界――この国の王都に限っては、性別種族が違っても互いを尊重し合うからな。
そういった、禍根や見当違いな妬みのようなものは無いのだろう。
ともかく、プリムヴェールから何か言われたのだろう。
それが、きっと俺に関係することなのだ。
「何日か前に、ちょっと図書館に用事があってね。ついでにプリムとも、ちょっと話して来たんだけど」
山吹色に輝くキツネミミを揺らしながら、エイムはふと片目を瞑ってみせる。
刹那的に、心の奥底を読み取られるような錯覚が生じた。
が、すぐに消え去る。
気のせいだろう、うん。
「ほっぺた膨らませて、『アヤメさんが浮気しました』とか、そんな感じの愚痴をこぼしてたのよ」
山吹色の瞳が揺らめき、視線が俺の下腹部辺りに向く。
エイムからは大人の色香がむんむん漂っている。
そんな人に、こんな妖しい目つきで下腹部を見つめられたら――――っ!
……冗談です、分かってるよ。
「……もしかして、その子のことかしら」
「た、多分そうだと思います」
エイムと俺の視線の先には、へそのあたりに抱き付きながらきょとんとした顔をみせるティオがいた。
桃色の髪を揺らし、首を傾げている。
ちなみに今日はツインテールだ。
幼気な仕草が非常にマッチして、グッドだ。
エイムは俺の顔を見やり、下がった眉を元に戻した。
「複数の女の子に愛を囁くことが悪いとは思いませんけど、ちゃんとプリムのことも構ってあげてくださいね。大人っぽくて冷めてるようにも見えるけど、実際はすごーく甘えんぼで、寂しがり屋さんなんだから」
「甘えんぼで寂しがり屋、ですか」
ベッドの上に女の子座りをして、甘えるような目でこっちを見るプリムヴェールが頭に浮かんだ。
腰の辺りがぞくりと震える。
いかんいかん、俺は真昼間から何を想像しているんだ。
こんな状態でプリムヴェールに会ったら……、色々な意味で我慢できなくなってしまう。
夢想するなら夜にしよう。
夜になれば、昂ぶったテンションも情熱も自分で処理できる。
……いや、この受身型なのがいけないんだな。
一度強気で行ってみよう。
ここまで来れば、拒絶なんてされるはずが無いんだから。
……無い、はずだ。
不安げにエイムを見やると、他者を思いやるような慈愛に満ちた微笑みで返してくれた。
何だかこの人の笑顔を見ていると、不安とかのモヤモヤが消えていくような気がするな。
これがもし俺以外の人たちも感じているなら、受付嬢はもはや天職だろう。
――って、今はエイムのことはいいか。
俺のことだ。
そこんとこ間違っちゃいけない。
そうだな、プリムヴェールだ。
そういえばここ一ヶ月、何かと理由を付けてプリムヴェールとの逢瀬を減らしていた気がする。
別に会いたくないからとか、やましいことがあるとかそういうわけじゃない。
単に依頼が手間取っただとか、ティオに読み聞かせし終えた本を、もっともっととせがまれて、返却が遅れたりと。
言い訳になってしまうが、色々あって図書館に行く回数が減っていたのだ。
それに、先述の通り最近プリムヴェールの家にも行ってないからな。
ああ、何だか無性にプリムヴェールが恋しくなってきた。
白銀と真紅の色彩をぼんやりと思い描いていると、目の前でちょいちょいと手を振られた。
エイムが眉をハの字にして、心配そうな面持ちでこちらを見つめていた。
それでも笑顔は崩れない。
「大丈夫ですか、アヤメさん?」
危ない危ない、ちょっとイケナイ妄想を繰り広げてしまった。
でもやっぱり、プリムヴェールと一緒の時間をもう少し増やしたいな。
やはり引っ越しをしたい。
別荘って感じでも良いな。
場所は王都外でも良いから、時々二人っきりになれるような場所が欲しい。
春街とかは嫌いらしいからな。
「この辺一帯で、安い土地ってどのへんにありますか?」
「土地、ですか? 王都内でしたら、家を建てるより既存の共用借家を借りた方が安いと思いますけど……。王都外でしたら、南部に広がった高原なんかは安いですよ。誰かが管理しているわけでもありませんので、書類さえ役所に提出していただければ、すぐにでもご利用いただけます」
やはり高原の土地は、誰の所有物でも無かったのか。
魔物とかも普通に闊歩してたし、数日間休みなく歩き続けないと人里に辿り着けないような広大な土地だもんな。
もしかして、人口と比べて土地が広かったりするのだろうか。
単に開拓が進んでいないだけかもしれないが。
「森林の素材を使って、家を建てたりしても良いでしょうか?」
「森を丸裸にするようなことで無ければ、構いません。
アヤメさんは確か文字を書けなかったはずですから、提出用の書類を代筆しておきましょうか?」
エイムはそう言うと、カウンター裏の棚から羊皮紙を一枚引っ張り出して、何やらサラサラっと記入する。
森林伐採の許可と、管理外所有地の受領許可を求める、などと書いてあった。
よく分からないけど、とにかく建設が決まったら、これを提出すれば良いのか。
「必要になったら、役所に提出してください。
有効期限などはとくに無いので、必要が無くなれば、破棄してしまっても構いません」
「ありがとうございます」
「そうだ、良い大工さんの知り合いがいるので、ご紹介しましょうか? ハーフ魔族さんですけど、土魔法の使い手で、頑丈な家を建てることで有名なんですよ」
エイムはしっぽをパタパタさせて、にこやかに微笑む。
ご厚意には感謝したいが、大工さんはいらないだろう。
王都内ならともかく王都外の高原――しかも森林の中なら、一夜城を造り上げたって目立たないだろうし。
「お気持ちは有難いですけど、俺一人でやっちゃうんで大丈夫です」
「――――?」
エイムは笑顔のまま、小首を傾げてみせた。
動揺しているのだろう。表情こそ普段の笑顔だが、頭にちょこんと乗っかったキツネミミがピコピコと跳ねている。
ケモミミって、可愛いけど心が読まれて不便だな。
「…………頑張ってくださいね」
困惑の感情をケモミミに映しだし、エイムは笑顔のまま俺の顔をじっくりと見つめていた。
依頼の報酬金と提出用書類を受け取って、俺はティオを連れてギルドから退出した。




