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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第3章 異世界生活は美幼女とともに
37/101

3-10.雇われ冒険者と魔族の英雄

「し、自然に奏でられし炎の雨、火炎嵐バーニング・シャワー


 頭上に暗雲のような煙が出現し、雲の裂け目から無数の火の粉が雨あられのように降り注ぐ。

 スタッフを掲げて、俺はそれを水のカーテンを生み出す水魔法で相殺。

 暗雲は消え去り、頭上を彩っていた火の粉は瞬く間に鎮火した。


 雲の消失を合図に、ティオは息を弾ませながらどっかりと地面に尻もちを着く。

 薄手のワンピースの胸元を仰がせ、口端からは童女らしい甘ったるい吐息が漏れる。

 桃色のサイドテールがぴょこぴょこと揺れ、ティオはそれを払いながらじんわりと湿った額を腕で拭った。


「あぅ、アヤメお兄さん。もう疲れちゃった」

「じゃあ、そろそろ休憩するか」


 菖蒲色をしていない書物をパタンと閉じて、俺はスタッフを石壁に立てかけた。


 俺は今、ティオに魔法を教えている。

 正確に言うと、基礎魔法の詠唱を暗記させ、安全な場所で実践を行っている。

 ティオが主に覚えるのは火魔法であるため、俺はそれを相殺できる程度の水魔法をスタッフから繰り出して、火の手を広げないようにしている。

 ついでにスタッフの威力調整も行っているのだ。

 ここ数日のティオとの魔法練習のおかげで、ようやく暴れ馬(スタッフ)の威力を加減することが出来るようになってきた。


 本来なら広場や、ギルドが運営している修練場、もしくは王都北部に用意されている兵士用の訓練場で行うべきことなのだが、ティオを連れて王都内をうろうろするわけにもいかないので、仕方なく宿の前で行っている。

 故に俺がもしスタッフの威力調整を間違えたり、ティオとの呼吸が乱れて火の雨が降り注いだ時には、放火魔になってしまう。


 喩え魔法でも火は燃え移るし、水で消火することができる。

 あまり派手な魔法を使うと、何事かと見回りの兵士が来てしまうかもしれないため、慎重に行う。

 もっともティオの場合、攻撃的な火魔法は浮浪生活中に大体覚えてしまったらしいので、威力の調整が主な練習内容だ。

 よほどのことが無い限り、ここら一帯が吹き飛ぶような魔法は使用しない。

 そもそも、それだけの魔力は純粋な人族であるティオの体内には無いようだが。


「今日もよく頑張ったな。熱心なのは嬉しいけど、一応念のため、自衛する程度の魔力は残しておけよ」


 体外から魔力を吸い出している俺には関係ないことだが、この世界における魔力とは所謂ゲームのMPみたいな感じだ。

 就寝や時間経過で徐々に純度を回復していく。


 だからティオとの魔法練習は、午前中から午後にかけてゆったりと行い、日が沈む前に終了させる。

 万が一ということがあるからな。

 魔力を完全に使い果たした状態で、もしティオが悪しき者に襲われるようなことがあったら。

 自衛できない状態で、幼い童女が抵抗できるとも思えない。

 故に休憩時間は大切なのだ。


 水魔法でグラスにコポコポと水を注ぎ、ティオに手渡す。

 ティオはそれを一息に飲み干すと、口端を腕で拭い、疲弊の籠った吐息を漏らす。


 俺の成長過程は、このようなものだ。

 童女一人が飲み干すことができる程度の量に調整して、水魔法を繰り出せるようになった。

 火魔法は怖いので、まだ手を着けていない。

 いつかの悪魔デーモン退治の時みたいな爆炎が出てしまったら、大変なことになってしまうからな。


 同じような理由で、風魔法も未だ威力の加減はできない。

 周囲にあるものを有象無象の区別なくズタズタにしてしまう恐れがあるからだ。

 土魔法は、少しだけ練習している。

 これからはバルテルスが飛び掛かってきても、怪我をさせてしまうことにはならないだろう。


 俺の方はそんな感じだ。

 ティオは想像魔法を封殺し、詠唱魔法のみに絞ることで、今は何とか威力の調整が出来ているようだが、魔法発動を想像に頼った場合は、未だに調整が不安定だ。


 これはティオが不器用なのでは無く、一年以上にも渡る浮浪生活による弊害だった。

 いつ襲われるか分からない。

 襲われたら、全力で抵抗しなければならない。

 そういった恐怖心から、ティオはいつの間にか火魔法を完全なる攻撃魔法だと割り切って認識してしまっていたらしい。


 誰かに教わったわけでも無く、勝手に覚えて勝手に洗練してしまったため、今まで誰にも矯正されなかった。

 そのせいか、咄嗟に想像魔法を発動しようとすると、攻撃的な火の玉や火の槍を放ってしまうらしい。

 想像というよりかは、反射的に発動する魔法だな。

 火を放つ=周囲の外敵を焼き尽くす。と、そのような方程式をティオは無意識のうちに心の中へ刻み込んでしまったのだ。


 なら他の魔法を極めれば良い、とも思ってみたのだが。

 ビリーさん曰く、幼少時から無意識の内に使ってしまう魔法とは、本人にとって一番使いやすく一番伸びしろのある魔法なのだとか。

 そうなると、ティオに一番向いている魔法とは火魔法ということになってしまう。

 同じ量の体内魔力オドを使用しても、水の球(ウォーター・ボール)を十個撃ちだすのと同じ労力で、ティオは火の玉を三十個以上は撃ち出すことができるらしい。


 わざわざ今から別の魔法を主力として覚えさせるのは、はっきり言ってしまえば無駄なことなのだ。

 火属性攻撃アップのスキルを所持しているのに、わざわざロア○ドロスのボウガンを使おうとは思わないしな。



 ちなみにティオも、体外魔力マナを吸い上げようとすると目を回してしまった。

 俺はいつもこうして魔法を使っていると正直に伝えると、ティオは目を丸くして感嘆していた。


 暫く羨望の眼差しを向けていたが、不意に何かに気が付いた様子で、ティオは顔を曇らせた。

 自分は賢者の弟子と呼ぶには不等だとそう思ったらしく、ティオは俺を師匠とは呼ばなくなった。



        ◇          ◇          ◇

 


 魔法を教え始めてから、一ヶ月近くが経過した。


 スタッフを使いこなせるようになったため、俺は最近ギルドで簡単な依頼を受けるようにしている。

 悪魔討伐と闇光蠍ケイオス・スコーピオンの素材を売った資金がまだ残っているが、小金を稼いでおくのは無駄なことではない。


 例えばそう、低年齢層による冒険者などの初心者パーティに臨時で組み込まれ、足りない属性の魔法を使うなどだ。


 王都で生まれた少年少女たちは、大抵一度は冒険者という職業に憧れる。

 平民が通うような学院も無いため、基本的に魔法とは日常生活や遊びから徐々に成長していく。

 性別種族の差別や迫害が滅多に無い王都では、様々な種族の子供たちが幼少時から集まって遊ぶことが多い。

 心も身体も成長し、波長が合うだとか気になる子がいるだとかで少しずつ一緒にいる友達が固定されていく。

 この世界の子供たちは、十五歳になる頃には冒険者ギルドに興味を持つことが多いらしい。


 その頃には、グループ内の苦手属性や得意分野は互いに把握し合っている。

 あの子は火魔法が得意だけど、水魔法が苦手。

 でも僕は治癒魔法が得意で、走ったり剣を振り回すのは得意じゃない。

 あいつは剣を振るったり走るのは速いけど、魔法は全般的に不得手だ。

 そんな風に互いを理解し合い、無理のない依頼を受注してグループ内の信頼を高めていくのだとか。


 だがある程度依頼をこなしていくと、穴のあるパーティ構成では達成できないような依頼も現れ始める。

 今更、他のパーティとは組みたくない。

 僕たちは、ここまで信頼できる仲間たちと頑張って来たんだ!


 そういったパーティに、俺は臨時で雇われる。

 土水風火の基本属性を臨機応変に使い分けられるような人は、仲間内で作ったような初心者パーティなどの臨時募集などに興味を示すことはまずありえない。

 もっと報酬の高いパーティに籍を置いているか、もしくは一人で依頼をこなすことが多いからだ。


 故に俺のような人間は、意外と初心者さんたちからは好評なのである。

 お金にがめつくなくて、最低限の賃金さえ支払えば適当な仕事はしてくれる。

 火魔法や風魔法に関してはまだ調整が出来ていないので、スタッフを使う場合は水か土か治癒魔法しか使うことができないのだがね。


 実際はもっと高等なパーティに雇われたいのだが、ティオの魔法教示やら何やらで忙しいため、長期にわたって達成するような依頼を一緒に受注することはできない。

 高位の冒険者パーティは、何日も泊まり込みで達成するような依頼を多く受けるため、俺のような生活リズムを崩したくないとか言い出す軟弱な人間とは相容れないのだ。


 だから仕方なく、初心者パーティに雇われることが必然になっているのだが――これが意外と楽しかったりする。

 大抵そういったパーティは、男女比が丁度同じくらいなのだ。

 そして高確率で好き同士のメンバーが二、三組いる。


 剣を振るう女の子がちょっと怪我を負っただけで、無我夢中で前線に飛び込んでいく無鉄砲な男の子とか。

 あんた魔術師だろ、とか思ってしまう。

 逆パターンもある。

 魔術師の男の子がちょっと遅れをとると、剣士の女の子が前衛からわざわざ後衛まで戻ってきて、ギューッとしたりとか。


 当人たちはそれが日常なのだろうが、不意打ちでやられるとちょっと戸惑う。

 しかも一見真面目そうな子の方が、そういった行動は多かったりする。

 堂々として気の強そうな女の子とかが、気弱そうな男の子を抱きしめて奮い立たせる光景とか、目の前で見ると結構良いものだ。

 青春って、こんな感じだったのかなぁ、とか思ってくる。


 ともかく、雇われ冒険者としての仕事はそんな感じだ。



 その他だと、暇な時間帯にギルドに赴き、運ばれてきた怪我人に治癒魔法を施したりとか。

 冒険者ギルドの受付嬢や窓口係員は、総員治癒魔法の使い手である。

 エイムもその例に漏れず、骨まで断たれた脚を魔法一つで接合させたりと、凄まじい魔法を使用していた。

 死地に冒険者を送り出しているだけのお姉さんなどでは無いのだ。


 逆に言えば、大したことない怪我ならギルドは治療をしてくれない。

 体内魔力オドの純度に限りがある身としては、魔力の無駄遣いは何よりも避けたい事項だからだ。

 切り傷や擦過傷程度では見向きもされない。

 そういった冒険者を助けるのが俺だ。

 最初は営業妨害になるのではないかと危惧したが、エイム曰く今までもそういった治癒術師は結構いたのだとか。

 ただ儲からないため、すぐに辞めていく人が多いのだとか。


 やってみて分かったが、なるほどこれは儲からない。

 治癒魔法は意外と習得が簡単な魔法であり、さらには大抵のパーティに最低一人は治癒魔法の使い手がいるため、怪我を負ってギルドに赴く冒険者自体滅多にいないのだ。

 一ヶ月続けて、俺が治癒した冒険者は十人にも満たない。


 ただ、収穫はあった。

 お喋り好きでゴシップ大好きなエイムさんが隣にいるので、俺にとって面白い情報が幾つも転がり込んできた。


 例えば、そう。王都に来たばかりのプリムヴェールのことだとか。

 彼女が王都に赴いたのは五年くらい前――十二歳の頃だったらしいが、当時プリムヴェールはかなり背が低かったらしい。

 カウンターに必死に噛り付きながら、エイムにお礼を言う姿が喩えようも無いほどに可愛かったのだとか。


 まだある。

 プリムヴェールはハーフ魔族であるため、純粋な人族と比べて体内魔力オドの純度が高い。

 故に様々な魔法を惜しみなく使うことができるのだが、ある時プリムヴェールは自分が使用できる魔力の上限を迎えてしまったことがあるらしい。

 幸い生命を脅かす事態にはならなかったらしいが、その時の焦り具合や不安で潤んだ瞳が可愛くて仕方が無かったとか。


 プリムヴェールの意外な一面を幾つも教えてもらえた。

 どうやらエイムとプリムヴェールは、その頃からの友人らしい。

 プリムヴェールにとっては、王都に来て初めて出来た友達なのだろう。

 どうりで堅い信頼関係が結ばれているわけだ。



 俺がここ一ヶ月で得た情報や賃金は、その程度だ。

 異世界ここでの暮らしにも少し慣れてきたためか、最近は図書館で知識を高めることはあまりしていない。

 この世界で流行している創作物などを、宿の前でゆっくり読むのが最近の日課だ。

 窓際に腰かけ、ティオを膝に乗せて読み聞かせをしてやることもある。

 ティオは案外、勇者が活躍するような冒険活劇ものが好きなようだ。


 一度試しに執事系の逆ハーレムものを読んであげたことがあるのだが、「さっき好きだって言った人と名前が違うよ」などと言って首を傾げていた。

 複数の異性を好きになってしまう人の感情は、どうやらティオには理解し難いらしい。

 今度は純愛小説でも借りてこようかな。

 青春いっぱいの恋愛小説は、この世界でも男女問わず人気が高いらしいし。





 他者のオドを生き血とともに吸い上げ、永遠の生命を求めたという火大陸三代目の魔帝に関する書物を読了し、俺は椅子に深く腰掛けた。

 本日は珍しく、午前中は図書館で貸出不可能な書物を読むことにしていたのだ。


 火大陸三代目魔帝サザンガンフォルト。

 二階の蔵書室に仕舞われた書物によると、過去にユグドラシルの魔導書を所持していたと言われる最上級魔族だ。

 今読み終えた書物は歴史書では無く、魔帝様を讃える完全な創作物であるため、新たな知識を得ることは出来なかった。

 とはいえ、元々情報が欲しくて読んでいたわけではない。


 先日臨時雇用されたパーティで他愛も無い雑談をしていた時に、魔族の少女が火大陸三代目魔帝の話をし始めたのだ。


 過去最高レベルの体内魔力オドの純度を持ち、比較的長寿な最上級魔族の中でも破格の年月を健康に生き抜いた、まさに伝説の魔帝らしい。

 確か一番敬愛する過去の英雄について話していた時だったっけか。

 人族や獣族の英雄は皆それぞれ違っていたが、パーティ内の魔族の子二人は、双方ともサザンガンフォルトを一押しした。


 知っているかと問われ、よく知らないと答えたら「ぜひ読んでみて!」とキラキラした目で言われてしまったのだ。

 伝記もあったのだが、魔帝な上に長寿であるためか非常に長かったため、まずは創作物から読むことにしたのだ。


「天候操作にオドの吸い上げ、それから他種族の洗脳と統率か……。もはや何でもありな魔帝様だな」


 天候操作は魔術師ウェインも行っていたが、こちらは規模が違う。

 立ちはだかる敵をつむじ風で切り刻み、スライムっぽい魔物を人工太陽で蒸散させ、撃ち落とした雷撃で悪魔を倒す――、魔術師ウェインの戦い方とは、そのようなものだった。


 サザンガンフォルトの天候操作は、火大陸全域の田畑に雨を降らせたりだとか、局地的大豪雨による拷問を行うだとか、ともかく使い方が豪快なのだ。

 所詮創作物だし、と割り切ってしまえばそれまでなのだが、妙な部分が何箇所かある。


 例えば先ほど挙げた三つの魔法。それらの魔法は、実は俺が所持している魔導書にも同様の魔法が記されているのだ。

 プリムヴェールの見解が正しければ、この魔導書は所謂伝説の書物――ユグドラシルの魔導書ということになる。

 種族間のみで伝わる魔法や、禁忌として封じられた秘術、隠術も隠されること無く記されている。

 名称自体は様々な文献に出てくるが、内容までをはっきりと記した書物は滅多に存在しない。


 故に最強の魔術師や勇者が出てくる創作物系統の書物にて使われる魔法は、実際には存在しない、もしくは使用不可能な魔法がほとんどなのだ。

 ウェインの使っていた天候操作も、人族の魔力純度では到底使うことなどできないはずだからな。


 だがサザンガンフォルトが使用する魔法は、どれだけ常軌を逸した魔法だとしても、俺の持っている魔導書に書かれている魔法がほとんどなのだ。    

 単なる偶然なのか、それともこの書物の執筆者が俺と同じ魔導書を所持していたのか。

 それとも本当に、サザンガンフォルトはそれらの魔法を使用できたのか。

 疑問は尽きない。

 読書でもして頭の中をリフレッシュしようとしたのに、余計に気になることができてしまった。


「ああ、想像以上に疲れたな」


 背もたれに寄りかかって、身体をぐっと伸ばす。

 窓から差し込む日差しが、じんわりと瞼越しの瞳を焼く。

 少し過ぎてしまったが、丁度良い時間だ。

 プリムヴェールを誘って、近場の料理屋でお昼ご飯でも食べようかな。


 そんなことを考えながらキョロキョロと周囲を見渡していると、不意に後頭部を柔らかな感触が祝福した。

 思わず振り返ると、甘い香りとともに白銀の美髪が揺らめいた。

 モノクロを基調としたいつもの仕事着に身を包んだプリムヴェールは、ルビーの瞳を不安げに揺らめかせながら、椅子に腰かけたままの俺の姿をじっと見据えていた。  


「アヤメさん、ちょっといいですか?」


 目線だけで周囲を確認し、服の裾をギュッと握り締めている。

 理知的で穏やかなプリムヴェールが、これほどまでに動揺している姿を見るのは初めてだ。


 悪魔デーモンに囲まれた時にも思ったが、彼女は脅威に晒されても決して取り乱さない。

 至って冷静に、自分が行うべきことを把握して動くことができる女性だ。

 そんなプリムヴェールがこんなにも困惑し、動揺している。

 俺にも不安が伝染する。


「何か、あったのか?」


 プリムヴェールは小さく首肯すると、俺に目配せをしてから蔵書室を出て行った。



        ◇          ◇          ◇  



 蔵書室から出ると、階段の上からプリムヴェールがこちらを見つめていた。


 階段を上り、二階まで赴く。

 出入りの激しい一階のロビーと違い、二階は静謐な雰囲気に包まれている。

 二階の蔵書室は許可をとった司書がいなければ、一般人が入ることは許されない。

 だがそれは蔵書室に関してのみだ。

 二階に入るだけなら、司書だろうが一般市民だろうが問題無い。


 階段を上り終えて周囲を見渡すと、蔵書室の扉に寄りかかるような格好で、プリムヴェールが不安げに瞳を伏せていた。


「アヤメさん……!」

「何があったんだ?」


 真っ先に浮かんだのは、プリムヴェールに対する脅威の出現だった。

 思わず抱きしめ、服越しにプリムヴェールの体躯をぺたぺたと触りながら彼女を労わる。


 誰かに襲われたか、取り返しのつかないものを奪われたりしたのだろうか。

 顔に痣や打撲痕はない。

 だがこの世界の治癒魔法は万能だ。エイムなどに頼めば、淑女として耐えられない傷や怪我を完全に治すことも可能だろう。


 性的な暴行はされていないだろうか。

 心的外傷は訴えていないだろうか。

 後遺症は残っていないだろうか。

 浮かぶのは、そういったことばかりだった。


「アヤメさん、触られるのは嫌じゃ無いですけど、それどころじゃないんです」

「プリムヴェールが、何かされたわけじゃないのか?」

「違いますけど……。心配、してくれたんですか?」


 当たり前だろ! と告げ、もう一度強く抱きしめる。

 プリムヴェールがこんなにも不安を感じているのだ。

 心配しないわけがない。


「……ティオちゃんは、今どこにいるんですか?」

「ティオ? ティオだったら、多分俺の部屋で寝てるか、ターニャと一緒に魔法の練習をしていると思うけど」


 少なくとも、俺がいない時は外に出ないように言いつけてある。

 ターニャは物わかりのいい子だし、ティオ自身外の世界には恐怖を感じている。

 ビリーさんも出来るだけ二人から目を離さないようにしてくれているようだから、心配は無いはずだ。


「ティオが、どうかしたのか?」

「実はさっき、兵士さんたちが……」




 プリムヴェールの口から紡がれた言葉をゆっくりと噛みしめ、状況を理解した俺は、音も無くその場に崩れ落ちた。


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