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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第3章 異世界生活は美幼女とともに
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3-9.下心たっぷりな真心

 ティオに魔法を教えると約束した後で、一応ターニャに火魔法や水魔法の詠唱を知っているか聞くことにした。

 知っていることを前提にことを進めて、いざ頼もうとして、ターニャが詠唱を知らなかったら今後の予定が狂ってしまうからな。

 不確定要素は取り除いておくに限る。


 宿の外へ赴くと、木刀を構えながら無心に素振りをする縞々の背中が目に入った。

 どうやら今日も半裸で素振りをしているらしい。

 半裸――意味としてはちと違うかもしれんが、まあ下半身は道着を纏っているから、丁度半分裸で半裸だ。

 とか思っていたのだが、よく見るとターニャは半裸では無かった。


「あ、お兄さん」

「何で服を着ていないんだ」


 腰にタオルをひっかけてはいるが、ターニャはそれ以外に何も身に着けていなかった。

 一応肩から手拭いを垂らしているため、発育途中な桃の蕾がぷっくりと顔を出すようなことにはならないようだが。


「さっき金色のお兄さんが、ターニャたんの素肌は惚れ惚れするほど滑らかだって褒めてくれたから」

「今すぐズボンを穿きなさい」


 今まさに言おうとしたことを、背後からドスの効いた声で放たれた。

 ビリーさんだ。

 黒いブーツのような靴を左足首に填め込み、杖を片手にこっちへ歩いてきた。


 ターニャは暫く「何で?」という表情をしていたが、やがて渋々といった様子で道着の下衣を穿き始めた。

 タオルを剥ぎ取って、他に何も身に着けず穿いている。

 虎柄のしっぽをふりふりしながら、お尻を突き出していそいそと着替えている。

 小さなお尻は下衣にすっぽりと収まった。

 あれか、「はいてない」ってやつか。


 というか、何でそんなに拗ねたような顔をしているんだ。

 ターニャだって、毎日リンゴのような果物を食べているはずなのに。 

 関係無いか。


「そうだ、ターニャにちょっと聞きたいことがあったんだけど」

「なーに、お兄さん」


 木刀を地面に置いてから、肩にかけた手拭いで汗をふきふきこっちへ駆けてきた。

 勿論手拭いをどければ、そこには蕾がある。

 出来る限り目を逸らしたが、背後から重苦しい溜息が聞こえた。

 愛孫が羞恥に無頓着だと、色々大変なんですね。


「簡単なのでいいんだけど、火魔法と水魔法の詠唱を知っていたら教えて欲しいと思って」


 汗を拭きながら、ターニャは「何で?」という表情。

 そりゃそうだよな。

 さっきだって、スタッフ片手に治癒魔法かけて、土壁まで発動したんだから。

 そんな基礎的なことを聞いてくるのは何故だ、とそう思うのが普通だろう。


「ティオに魔法を教えたいんだ。だけど、俺は大体想像して魔法を具現化してるから」

「あー、自分では使えるけど、教えられないってことだね」


 ターニャは胸の前で腕を組み、うんうんと頷く。

 良かった。どうやら分かってもらえたようだ。


「基礎魔法の詠唱が書いてあるご本だったら、多分お部屋にあると思うんだ。夜までには探し出して、持って行ってあげるよ」

「ありがとな、助かるよ」

「だいじょーぶ。僕はもう、基本的な魔法詠唱は覚えちゃってるから」


 そう言って何やら口の中で呟くと、ターニャの右手からボワッと火炎が上がった。

 刹那左手からシャワー程度の水が放出され、瞬く間に消火される。

 慣れた手つきと真剣な眼差しに、思わず息を呑む。

 ヤバい、惚れそう。

 冗談だけど。



        ◇          ◇          ◇

 


 教本を借りる許可をとってから、俺は露店を冷やかしがてら図書館へ向かった。

 明日からティオに魔法を教える旨を伝えて、俺だけだとカバーできない部分はちょっと手伝ってもらおう。

 ついでに、二人っきりでデートがしたい。

 端的に言ってしまえば、抱きしめたい。


 燃えるような夕日が山脈の陰に隠れ、辺りを宵闇が包み込む。

 完全に日が隠れて薄く星が見え始めた頃、ようやく俺は図書館まで辿り着いた。


 入り口を護衛する兵士さんに、プリムヴェールはまだいるかどうか問うてみる。


「失礼、銀髪の美人司書さんはお帰りになられましたか?」


 兵士は最初こそ胡散臭げな顔をしていたが、本日の守衛さんの片方がどうやら俺の顔を覚えていたらしく、相方にこっそり耳打ちをして表情を緩めた。


「司書プリムヴェールの恋人殿ですか。いえ、まだお帰りにはなられて――」


 答えを聞き終えるより先に入り口の扉が開けられ、丁度今話していたプリムヴェールが姿を現した。

 拗ねたような顔でツンと歩いていたが、俺と目が合った途端幸せそうに顔をとろけさせた。

 ここまで分かり易い反応を見せてくれると、彼氏としてはとても嬉しい。


「迎えに来てくれたんですか?」


 期待感溢れる表情で駆け寄り、ギュッと抱きしめられる。

 ふわりと鼻先に甘い香りが漂う。

 柔らかくて温かくて、すごく心地良い。


「今日も来てくれないから、すごく寂しかったです」


 背中に腕を回してほっぺた同士をくっつけ合いながら、公衆の面前でイチャイチャする。

 このまま永遠に(ずっと)掻き抱いていたいと思ったが、図書館から出てきた数人の司書さんに敵愾心の籠った視線を突き刺されたので、ほどほどにしておく。


 体躯を放すと、プリムヴェールは残念そうな顔をしていた。

 ああもう、可愛いなあ。




 星空の下、指を絡め合いながら商店街を練り歩く。

 買い物途中の主婦や仕事帰りの兵士などともすれ違うが、やはり同じような境遇の男女カップルが一番多くすれ違う。

 腕を絡めていたり、手を繋いでいるだけだったり、肩が触れ合うだけでハッとして見つめ合っちゃう人だったり。

 良いねー。昔はああいうの見ていると寂寥感やら無気力に苛まれていたけど、今では道を譲り合って、幸せな笑顔で会釈し合うのが日常的だ。

 中には「お似合いですね」とか言って、微笑みをくれる人もいる。

 やっぱり恋人がいる人ってのは、心に余裕があって良いよね。


「アヤメさん、どこへ向かっているのですか」


 肩同士の触れ合う距離から、プリムヴェールは俺の顔を覗き込んだ。

 どこに行くつもりなのか、プリムヴェールにはまだ伝えていない。

 だって、サプライズの方が喜びも倍増するじゃん。



 ジュエリーショップの隣に建設された、髪飾りなどのアクセサリーが販売されている店舗へ足を運ぶ。

 ここまで来る頃にはプリムヴェールも何となく察したのか、嬉しそうに頬を染めていた。 


「アヤメさん……」


 本当はプレゼントとして一人で買っておきたかったのだが、趣味が合わなくても困るのでプリムヴェールに選んで貰うことにしたのだ。

 俺の趣味を一押しした派手派手な髪飾りやらリボンを詰め合わせて送っても、それがお部屋の調度品になってしまったら俺だって悲しい。

 趣味の不一致というのは、一生避けられない事項でありながら、最も避けたい事項であるからな。


「ついでにゴム紐を一つ買いたいんだけど、それも選んでくれるかな」

「はい! ティオちゃんのですよね、良いですよ」


 快く了承して戴けた。



 店内は、普段赴く雑貨屋と同じような造りだ。

 壁を囲うように棚が並べられ、奥のカウンターに一人の女性店員が突っ伏している。

 イヌミミさんだ。

 可愛らしく丸まった獣耳を弄りながら、茶髪の女性店員は俺とプリムヴェールの姿をつまらなそうに見据えると――。


「あ、お客さんですか!」


 眠たげな双眸をパッチリと開き、わたわたと何やら焦っている。

 口元を手で拭い、手鏡片手に前髪を弄ると、イヌミミさんは照れ隠しの咳払い。

 気持ちよさそうに眠っていたらしい。

 あまり客が来ないのだろうか。


「えと、ですね。何かご入り用でしょうか!」

「サラサラの直毛でも解けない、子供用のゴム紐ってありますか?」

「あ、ありますよ! 色はどれが良いですか!」


 カウンター裏から幾何かの木箱を取り出し、イヌミミさんは中身を漁り始めた。


「プリムヴェール、ちょっとティオのゴム紐を選びに行ってきて良いか?」

「はい、わたしはここで自分のを選んでますね」


 女の子の買い物は長いと聞いたことがある。

 可愛らしいプリムヴェールの買い物を待つのは全く苦にならないが、プリムヴェールを待たせるのは悪いな。

 髪飾りを選んでいる間に、俺はティオのゴム紐を探しておこう。


 カウンターに並べられたゴム紐は、純粋な赤や黒から――――薄い焦緑や灰色と赤が混じった紫など、流石専門店だなと思えるほどに色とりどりな輝きを放っていた。

 虹色なんてものじゃない。

 だが大抵特殊な色を買っても、後で何でこんな色にしたんだろう……、となるのが関の山なので、赤や紺などの標準色から選ぶことにする。


「銀髪でしたら、黒とか紺色をお勧めしますよ!」

「あ、いえ。あの娘のじゃないんです」

「え! ……えっと、茶の混じった黒髪でしたら、白や黒など自己主張の激しくない色彩がお似合いかと!」

「失礼ですが、俺のでもありません」


 バルテルスもそうだったが、何故プリムヴェールのではないと分かると、俺のだと思うんだろう。


 ……いや、待てよ。

 こんなにイチャイチャ楽しそうにしている相手がいるのに、まさか他の女の子に贈り物をするとは普通思わないか。

 貴族ならあるかもしれないが、俺の格好はどこからどう見ても冒険者か魔術師だもんな。


「そう、ですか! では、無難に黒なんかいかがでしょう!

 少々値は張りますが、こっちのゴム紐は火や水などに強いので剣士さんや兵士さんからは人気ですよ!」


 値段の差は、銅貨二枚分程度だ。

 確かティオは火魔法の練習がしたいんだったっけか。

 髪が焦げたりしても治癒魔法で治せるが、治癒魔法はクレイジーなダイヤとは違うから物質を修復することはできない。

 買って早々炭になっても困るし、ここは少し高くても良い素材のものを買うべきかな。


「ゴムの上から髪飾りやリボンを結ぶのでしたら、色同士が喧嘩をしないように白か黒――もしくは髪色と近い色彩のものをお勧めしますよ!」

「なるほど」


 どうでも良いが、ここのイヌミミ店員さんは何故か声が大きい。

 キャンキャンと耳に響く感じだ。

 構ってあげると喜ぶ駄目犬って感じがする。

 種族差別をするつもりは無いので、余計なことは言わないが。


 散々迷った挙句、黒と桃色のゴム紐を一本ずつ買うことにした。

 黒はプリムヴェールの分だ。

 頼まれたわけでは無いし買うと言ったわけでは無いが、一緒に来ている相手の分を買わないのは些か気分が悪い。


 俺がゴム紐の御勘定を支払っていると、プリムヴェールが売り場から戻って来た。

 向こう側が透けて見える素材で誂えた、黒アゲハのような髪飾りだ。

 試着として試しに髪に付けてやると、すごく似合っていた。

 やはり銀髪に黒い髪飾りは良く映える。


「似合ってるよ、プリムヴェール」

「えへへ、嬉しいです」


 照れ笑いをするプリムヴェールを見つめながら、片手間に髪飾りの代金を支払った。

 一刻も早くここから出よう。

 どうやらここのイヌミミさんは非リアらしい。

 死んだような目つきで営業スマイルを振りまいている。

 というかだったら、こんなカップルの巣窟みたいな店開くなよ。


「……ああ、四ヶ月前のあの言葉さえ無ければ!」


 イヌミミさんは頭を抱えると、何やらぶつぶつ呟きながらカウンターに突っ伏した。

 全身から変なオーラが出ている。

 何かあったのだろうなと察して、俺とプリムヴェールは足早にアクセサリーショップから退店した。




 宿に戻るまでの道のり、プリムヴェールは上機嫌だった。

 髪飾りを弄り、幸せそうに頬を緩め、俺の腕に柔らかな胸を押し付け、じっと俺の横顔をを見つめ、もう一度髪飾りを弄り――と、ずっと繰り返していた。

 よっぽど嬉しかったらしい。

 これだけ喜んでもらえるなら、こちらとしても買った甲斐があるってものだ。


 商店街を抜けてから、宿が建ち並ぶ通りの裏を通ってビリーさんが経営する宿まで赴く。

 途中通り魔に襲われたりだとか、少女趣味の変態バルテルス・グレイハウンドに待ち伏せされるということもなく、無事宿まで辿り着いた。


「今晩も泊まっていかれますか?」

「はい、明日は午後からなので。久しぶりにゆっくり寝ようかと思います」


 明日は午後からだから、ゆっくり眠る? だと……。

 ゆっくり、の中には、アレやコレやそんなことも含まれるのだろうか。

 お、俺はいつでも準備万端ですよ!?


「ティ、ティオを別室に移しましょうか?」

「何故ですか?」


 きょとんとした顔で首を傾げられてしまった。

 違うのか。

 てっきり二人でゆっくり大人の階段を上りましょう、とかそういう意味かと思ってたのに。

 朝の甘い接吻がまだ効いてるのかな。



 真っ暗なカウンターに挨拶してから、階段を軋ませて二階へ登る。

 部屋に入ると、ティオはお腹を膨らませて静かにベッドで横になっていた。

 どうやら一足先に晩飯を食べたらしい。


 やがてターニャが二人分の晩飯と魔法教本を持って、部屋に入ってきた。

 魔法教本を捲りながら黒パンを齧っていると、プリムヴェールがじとっとした目で俺を見据えた。


「アヤメさん。お食事中に本を読むのはやめてください」

「……何か、新婚の奥さんみたいなこと言うね」

「しん――! ちゃ、茶化さないでください!」


 顔を真っ赤に染め上げ、プリムヴェールは怒ったような顔で食事を再開し――照れ隠しのために慌てて飲み干したシチューで舌を火傷した。


 眦に涙を浮かべて舌を突き出して来たので、全てを受け入れるように優しい心遣いで患部に触れ、下心たっぷりな真心で火傷を治癒してあげた。

 瞳を濡らしながら舌を出した女の子って、何かエロいな。

 変な嗜好に目覚めそうになったよ。 

 ねちょっとした舌先に触っている間も、荒ぶる腕を押さえるのに必死だったぜ。

 まあ左手はスタッフを握り、右手はプリムヴェールの舌を撫でていたから、おいたするような第三の手は無かったんだけどな。


 そんなイチャイチャを繰り広げたのに、今晩もプリムヴェールとの甘い夜は訪れることは無かった。

 何故だ。


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