3-1.有意義な衝動買い
「うん、我ながらいい買い物をしたな」
冒険者ギルドから少し歩いたところに、日当たり良好な緑豊かな広場がある。
青々と茂った芝生が敷かれており、昼休みの兵士や休憩中の酒場の店主などが、時折ごろんと転がって昼寝をしている。
無料開放されており、蹴り球をして遊ぶ少年少女たちや腕を絡め合いながらイチャイチャする男女など、様々な人の訪れる、所謂遊具の無い公園のような場所だ。
風に当たりながらゆっくり読書をするスペースとしても最高であり、数は少ないが貸し出し可能な書物をここに持ち込んでは、寝転がって読書に勤しんでいたりする。
そういう時に読む書物は、所謂勉強や知識を深めるためのものではない。
悪徳貴族が一般市民を食い物にしている国に突如現れた勇者が、国を良くするために奮闘する物語や、望まれぬ婚姻を結ばれたとある国のお姫様が御付きの騎士様とやらかしてしまうお話など、まあ言ってしまえば娯楽小説だ。
冒険活劇ものとは違い、完全なるファンタジーの類いによるものだ。
どこの世界でも、報われぬ主人公が最終的には思い人と添い遂げて幸せなキスをしてエンドロールが流れる甘々小説や、幼い頃から努力して最強になった少年が、立場や権力などの諍いを一切無視して無双する話などがどうやら人気なようだ。
そういった書物は取り合いになることも多いため、複製が多く、貸し出しを許可しているのだとか。
こういった書物の存在は前から知っていた。
だが変に脚色された本を読んで、物事を色眼鏡で見てしまうと正しい知識を飲み込むことができない。
最低限この世界の物理法則を理解し、暮らしていけるようになったら読もう、とずっと心に決めていたのだ。
燦々と輝く太陽が降り注ぐ、穏やかな午前中。
いつものように広場に寝転がって本を読んでいると、荷車を押した冒険者風の人々が幾人か姿を現した。
荷車には見たことのない物品が積んであり、総員大事そうにそれらを運んでいる。
やがて広場の中心部あたりに辿り着くと、テントや棚などを設置し始め、荷車に乗せていた様々な物品をところせましと並べ始めた。
何をしているんだろう。
本の続きも気になったが、あの出店みたいなやつの方が俺の興味を刺激する。
俺は羊皮紙で作った栞を挟むと、本を片手に冒険者らしき人たちのところへ寄って行った。
「あの、何をなさってるんですか?」
「ん、お前知らないのか?」
棚に木箱のようなものを積み上げている四十代くらいのおっちゃんに、怪訝そうな目で見られた。
少なくとも、二か月以上ここに暮らしている俺は、これが何なのか知らないのだ。
「はい、知りません」
「そうか、じゃあ教えてやる。俺たちは魔道具を売りに来たんだ。
上級の迷宮なんかで収集できる魔道具の中には、ギルドで買い取って貰えないものも数多くあるからな。
ギルドで買い取って貰えない魔道具や鉱石とかは、この場所で勝手に売り捌くという、探索者同士での暗黙の了解があるんだ」
おっちゃんはそう言うと、木箱の中身を一つ見せてくれた。
長い棒の先に、紫や青色に煌めく数多の宝石がはめ込まれた杖のようなものだ。
宝石たちは竜巻状の黒い塊に絡め取られ、間違っても取れないようにしっかりと固定されている。
群青や濃紺色のものが多いためか、宝石が散りばめられている割には、豪奢な雰囲気より先に悍ましい風味を感じさせる。
「これは、魔術師用の杖、でしょうか」
「そう思うだろ? だがな、これはその辺りで売っているような、見せかけの杖とは違うんだぜ」
持ってみなと勧められ、俺はその杖を手に取ってみる。
ゲームとかだと、スタッフと呼ばれる類のものだろうか。
見た目の割に重量感はなく、すっぽりと手の中に納まるような感じだ。
「試しに魔法を使ってみな」
おっちゃんは嬉しそうに頬に皺を寄せた。
珍しいお土産を持って来た、親戚のおじさんのような表情だ。
しかし魔法、か。
別に試すだけならいいんだけど、大丈夫かな。
このおっちゃんの表情を見る限り、きっとこれは魔法の威力を倍増させるとかそういった類の魔道具なのだろう。
店頭販売なんかでよくやってる、使ってみてから決めてくださいって感じのやつなんだろうけど。
「では、手始めに水魔法を……」
「おおっと、こっちには向けるな。お前がどの程度の魔法を使うつもりかは知らんが、一応誰もいない方へ向けて使ってくれ」
非常に慌てた様子で首を振ってみせられた。
ふむ、どうせ俺はオドの活性化が出来ないからな。関係無いと思うのだが。
ちなみに今俺は広場に直立しているため、間違っても地面や自然物に手を触れることはできない。
故に魔法が使えない状態だ。
体内に魔力が無いんだからな。
冷やかしみたいなことになってしまうが、どうせ客がいるでもないし、試してみるだけ試してみるか。
ただ黙ったままの状態で「出ない」と言っても嫌な客にしか見えないだろうから、さっき読んだ小説に出てきた詠唱を呟くことにした。
確か、お姫様が嘘泣きの涙跡を作るために使った魔法だから、大したレベルのものでは無いはずだ。
「清いオドよ、覚醒せよ――潤す程度の湿気」
先端に備え付けられた群青の宝石が輝き、黒い塊が一瞬煌めく。
そして、
「――――!?」
スタッフの先から拳大の水の球が凄まじい速度で吐き出されていった。
え? と思った時には、もう水の球は遥か彼方へ吹っ飛んでいた。
何が潤す程度の湿気だ、と問い質したくなる。
こんな凄まじい魔法で、あのお姫様は涙跡を造ろうとしたっていうのか?
あえて言おう、こんな魔法を顔に向けたら、顔ごと吹っ飛んで行くだろうことを断言する。
あれが人に当たったら、間違いなく身体に穴が開くだろう。
というか、そもそも俺は魔法なんて使えないはずなのに……。
びっくりしておっちゃんの方を見ると、ニヤニヤと笑いながら顎髭を撫でていた。
「こ、これって!?」
「驚いたか? それは魔法のレベルや威力を底上げする魔道具だ。難点は、今みたいにちょろっとした水魔法を使おうとしても、勝手に水の球が出てしまうところだな」
いや、俺が聞きたいのはそこじゃない。
だって俺は、俺は魔法が使えないはずなのに……。
「もしかしてこの魔道具、中に魔力が入ってたりしますか?」
「――いや? そういったことは無いはずだぜ。宝石一つ一つに小さな魔法陣が無数に刻み込まれているから、活性化したオドを増幅する力はあると思うけどな」
へー、そうなのか。
いやいや、その理屈はおかしい。
現に俺でも魔法が使えたのだ。オドの増幅しかできないなんてこと、絶対にありえない。
しかし、だとすると。
欲しいな……。
もし今のが偶然で無いのなら、これさえあれば俺はいつでもどこでも魔法が使えるではないか。
室内でも、建物の中でも、身体を縛られていたりしていても――さすがに身体を縛られてたら使えないか。
ともかく、これは便利だ。
「一応お聞きしますけど、これっていくらですか?」
確かこの人たちは、魔道具を売りに来たと言っていたはずだ。
まさかここまで見せておいて、売るわけにはいかないなんて言わないだろう。
おっちゃんはにまりと口元に皺を寄せると、ぴっと指を三本立ててみせた。
「金貨三枚だ。オドの活性化を助ける魔道具は、滅多に出回らないからな。とくにこれは、その中でも破格の増幅率を持っている。普通なら売りたく無いんだが、咄嗟に使おうとした魔法と違う魔法が出るってのは、探索者にとって結構痛手でな」
要は「本当は売りたくないんだけど、もってても邪魔だから売るしかない」といったところか。
探索者という人たちは一定の住居をつくらずに始終冒険をしているため、そういった備品を保管するための場所が無いのだろう。
探索者のために貸倉庫とか経営したら、意外と客が来るかもしれないな。
「金貨、三枚ですか」
「ああ、だから残念だが――」
「では、丁度でお願いします」
ローブの内ポケットから金貨を三枚手渡し、ペコリとお辞儀をする。
おっちゃんは瞠目して口をパクパクさせていたが、やがて金貨を奥歯で噛んでみたり、傍にあった虫眼鏡のようなものでじっと見つめ始めた。
贋金では無いので、鑑定が終わるまでちゃんと店の前で待っておく。
別に急ぐような用事もないしな。
「……本物だ。えと、お買い上げ、あ、ありがとうな」
未だに金貨を見つめるおっちゃんに手を振ってから、俺はスタッフを片手にスキップして広場を出た。
「うん、我ながらいい買い物をしたな」
◇ ◇ ◇
別の広場に移動して、スタッフの使い心地を試してみた。
どうやらこのスタッフには、内部に魔力を溜め込んでおく機能があるらしい。
暫く使用すると、徐々に威力が弱まり、うんともすんとも言わなくなる。
そうなると、もうこのスタッフは使い物にならないのだろうか。
そんなことはない。
このスタッフには、もう一つの機能が付加されている。
地面など自然物に触れると、そこから微量の体外魔力を吸い上げるというものだ。
例えば杖のようにして地面に触れさせながら歩くと、あっという間にまた魔法が使えるようになる。
きっとあの探索者は、体外魔力の存在を知らないのだろう。
ギルド受付嬢のエイムや司書のプリムヴェールでさえ、知らなかったんだからな。
バルテルスのようにエルフの血族がいる者や、ビリーさんのように長年の経験や知識を蓄積している人ならば多少は知っているようだが、その程度の知名度だ。
「魔道具の売買って、意外と綱渡りなんだな」
今だって、もしかしたら損をしていたかもしれないのだ。
魔法の威力が増加するのは、元々内部に魔力を貯めているからで、一度使い切ったらもう無意味なスタッフになるだけ、だったかもしれなかった。
衝動買いって怖いな。
逆に言えば、今回は探索者の方が機能を把握できていなかったから、多分俺は損をしていないのだろうが。
「次からは気を付けないとな……」
くだらない雑貨を魔道具だと騙されて、売りつけられてしまうかもしれない。
無駄にカネを持っていると、そういうところが危険なんだよな。
もう少し謙虚に、慎ましく生きなければ。
なんてことを考えながら、スタッフの尻で地面を叩きながら舗装された路地を歩く。
ちょこちょこ地面とくっつけていれば魔力が溜まるのでは! と考えて起こした行動であったのだが、どうやら舗装された道路からはマナを吸い上げることはできないらしい。
さりげなく地面に手を着いて魔法を唱えてみたが、水一滴さえ出なかった。
ここ一帯はしっかりと舗装されているため、王都内で魔法を使えるのは広場や民家の庭先、それと俺が今泊まっている宿の前ぐらいだろう。
何故かあそこには、道路の舗装が欠けていて砂利道が露出している箇所がある。
行水や洗濯をするときにちょこぉっとマナをお借りするのは、いつもそこからだ。
「さて、今日はどうしようかな」
いつもの広場は出店が来てしまったし、今さっき魔法の使い心地を試しに赴いた広場は、芝生が無いため寝転がれない。
宿の部屋は非常に暗く、とても読書なんてできやしない。
愛しいプリムヴェールの顔を拝みに、図書館にでも行こうかな――。
「でもあそこ、俺が行くと変な目で見られるんだよな」
冒険者ギルドのカウンター前でプリムヴェールに抱き付かれてからというもの、数人の青年司書さんたちから嫌な視線を向けられる。
嫉妬の籠った目線だ。
プリムヴェールはあの美貌と性格で、数多の男性を(本人の知らぬ間に)虜にしていたらしいからな。
でもあの人は魔性の女ではない。純真な天使だ。
興味のない人には、必要以上にベタベタしないらしいからな。
だがまあ、純粋なDTさんたちは、あの分け隔てなく振りまかれる優しさに勘違いしてしまうのだろう。
考えてから、そういえば俺も穢れ無き身体だったな、と思い返して軽くへこむ。
一般的には同類なんだ、俺も。
結局行くところもなく、ぶらぶらと路地裏をうろつくことにした。
王都に広がる裏道は非常に入り組んでおり、一度迷うと中々元の道には戻れない。
この辺りに暮らしている浮浪者や奴隷一歩手前といった人達も、正確に道順を覚えてはいないらしい。
そのせいか、道に迷ってそのまま食べるものも無くなり、明け方に死体となって発見される浮浪者も少なく無いのだとか。
一応兵士も見回りをしており、見つけた際には高給待遇良しな『家事手伝い』という仕事の斡旋をするらしい。
要は奴隷のことだ。
死ぬよりはマシだと縋りつく人も少なく無いらしいが、はっきりいって見るに堪えた生活では無いらしい。
稀に美少女美男子の家に買い取られ、綺麗にしてあげたらあら好みのタイプ! となって、見事温かい暮らしを取り戻すこともあるらしいが、百万人奴隷がいて一人いるかいないからしい。
流石に盛りすぎだとは思うけどね。
まあ、実際滅多に無いのだろう。
何故こんなに詳しいのかというと、この間ギルドに赴いた時にエイムが話してくれたからだ。
確か『もし奴隷に堕ちそうな浮浪者さん見つけたら、兵士より先にギルドに連れて来てね』とか言われたのだ。
多少見られる身体付きをしていれば、裏から手を回して新米冒険者として雇ってあげるそうだ。
半ば自由業な冒険者って仕事があるおかげか、日本と比べて失業率は少ないみたいだな。
そんなことを思考しながら歩いていると、スタッフの柄の部分が何かを引っ掻けてしまった。
…………ガサ。
嫌な音がした。
よく見ると、引っかけてしまったのは蓆のようなものだ。
ここは裏道で、昼でも薄暗い嫌な場所。
酒場の裏口があるらしく、ゴミ箱が荒らされ中身が散乱していた。
視線を泳がすと、今度は腕が見えた。
細い腕だ。
だが俺の腕と比べると若干妬けた色をしている。
「…………まさか」
人の死骸だろうか。
空腹のあまりゴミ箱を漁っている間に力尽き、誰かが蓆を被せていたのだろうか。
死体をそのまま放置するわけにはいかない。
いや、普通なら即座に立ち去るべきなのだろうが、蓆を引っ掻けたのは俺だ。このまま死骸を晒しておくのはよくない。
せめて蓆を被せてあげなければ。
そう思い蓆を拾い上げ、腕がある場所へかけてあげようとしたのだが――――、
「嘘だろ……」
腕を伸ばして倒れているのは、まだ年端もいかない幼い少女だった。
桃色に艶めく可愛らしい髪はボサボサしていて、所々塵や汚れが付着している。
腕は細いが、脚はそれほど細く無い。
むしろ子供にしては筋肉質だ。確か陸上部の女子が、同じような筋肉の付き方をしていた気がする。
もっとも、太さは全く違うが。
「暴行跡は、無いみたいだな」
つるぺたっとした身体も、キュッとしたお尻も、無理やり掴まれたりしたような跡は残っていない。
古傷などの類はあるようだが――、とこれ以上身体をじろじろ見るのは失礼だな。
「ご冥福を――」
一応の礼儀として手を合わせようとしたところで、不意に少女の体躯がピクンと動いた。
顔をむくりと上げ、虚ろな目で周囲を見ている。
愕然とすると同時に、変な安堵感が湧き上がってきた。生きていたのか、良かった。
「……お、お、お……お」
少女はずりずりと這い寄ると、しゃがみかけていた俺の股座に手を伸ばした。
小さなお手手が、俺の未使用な棒を優しく掴む。
こら! あ、だめ、服越しだからって、や! いやんっ!
暫くその感触を堪能すると、少女は顔を擡げ、今にも死にそうな顔で俺の眼を見つめた。
だが頬がほんのりと染まっており、さっきよりかは少し元気そうにも見える。
「……ど、どうしたんだ?」
「お腹空いた」
言いながら、もう一度俺の下腹部に手を差し込んだ。
とりあえずそれは食えないからそれ以上触るな、そう思った。




