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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第2章 異世界観光は司書さんとともに
27/101

幕間 石鹸から始まる風呂騒動[後編]

 午後は図書館で、電気系統の魔法が何故無いのかを調べることにした。

 水も火も風も土もあるのに、何で雷だけ無いのか。

 細かく言ってしまえば、雷だけでは無い。

 属性魔法として分類されていない魔法だって幾つもある。


 基本的なものでは、治癒魔法や解毒魔法がそれに当たる。

 遥か昔年の時代は、身体を魔法が循環するということから水魔法の一種として考えられていたらしいが、研究が進むにつれ、治癒魔法は属性を持たない魔法――所謂無属性魔法として扱われることとなった。


 とはいえ、現代魔法学では無属性魔法などといった言葉は使わない。

 無属性として分類してしまうと、数が多すぎて把握できなくなるからだ。

 先日俺が迷宮で使用した生命探査魔法も無属性魔法の一つだし、種族間に伝わる秘術や隠術も、無属性魔法として扱うことになるのだとか。

 故に数も種類も把握できない。

 それならわざわざ分類しなくてもいいだろ、ってことになったらしい。 


 話が逸れたな。

 そして雷魔法。これも、全く無いわけではないようだ。

 創作物だが「魔術師ウェインの殺戮譚」では、天候操作の魔法を発動中に暗雲から稲光が降り注いでいた。


 天候操作をする魔法も、一応この世界には存在する。

 とはいっても、俺やプリムヴェールには使えない。

 最上級の魔族――いわゆる魔王や魔帝などの上級魔族などが使用する魔法だ。

 死体からオドを吸い上げたり、他の種族を従えさせたり、洗脳したりと、そういった魔法はこぞって純度の高いオドが必要となる。

 マナの使用では不可能だ。

 一度許可をとった上で、プリムヴェールに洗脳魔法をかけてみようとしたのだが、結果は失敗だった。


 同じようにプリムヴェールにも試してもらったが、ハーフ魔族程度の純度では不可能らしい。

 さらに彼女の父親であるインキュバスは中級魔族なため、上級魔族が使うような魔法を使うのは無理だと言っていた。

 何故そんな使いにくい魔法があるのかは分からないけどな。


 ともかく純粋な雷魔法は、存在しないようだ。

 機械や電化製品が無い時点で、雷を攻撃に使うという感覚がそもそも無いのかもしれないな。

 転移魔法や召喚魔法も、そもそもそんな概念から存在しないらしいし。


 前にプリムヴェールに、広場の端にある石ころが一瞬で目の前に出現したら面白いと思いませんか? と言ったところ、プリムヴェールはいともたやすく、俺がいった通りのことを目の前でやってみせた。

 勿論風魔法だ。

 局地的な竜巻を出現させて石ころを舞い上げ、いつも図書館をふわふわ浮遊している風魔法を勢いよく使って吹き飛ばしたらしい。


 つまり、目の前にあるものがパッと消えて、一瞬で別の場所にパッと出現するということなど、思いつきもしないのだ。

 雷も同じで、暗雲や大雨の仲間だと思われているらしい。

 天候と魔法は全くの別物、として扱われている。

 確かに日本じゃ魔法って時点でオカルトだったし、幾ら魔法とはいえど全能では無いのだろう。


 ああ、でも雷魔法使いたいなぁ……。

 携帯スマホを充電して、プリムヴェールの御姿を永遠に残したいな。

 彼女ができたら絶対に待ち受けにするって、決めてたんだけどな。


 ちなみに今の壁紙は、ラノベか何かのヒロインだったような気がする。

 いつから充電してなかったんだっけな。



 午後はそうして魔法関連の歴史書を何度も読んでいた。

 もう覚えるくらい読んだな。

 でも実は読み飛ばしがあったりして――と思うともう一度手に取ってしまう。

 うう、機械に触りたい……。


 そんなことを考えながら気分転換に一階のロビーをうろうろしていると、図書館の外で箱のようなものを顔に宛がいながら歩いている変な奴がいた。

 明らかに挙動不審にも見えるが、時々通りかかった人に声を掛けては、何やら手渡している。


「……何だろう、あれ」


 妙に気になったので、俺は図書館から出て、挙動不審なお方に声をかけた。


「……失礼、何をなさっているのですか?」

「私ですか? はい、こういうものです」


 渡されたカードには、『映し屋(フォトグラファー)』と書かれていた。

 どうやら王都内を歩き、風景や人の姿を一枚の紙に映し込み、売りつける職業らしい。

 所謂カメラマンってやつか。

 雇われていないため、完全なる自由業らしいが。


 人を撮影する物品。

 そんなものが、この魔法世界にあるだろうか。

 どこで手に入れたのかと問うてみると、探索者が開いている出店で購入したとのことだった。

 定期的に魔力を流し込むことで使うことのできる、所謂魔道具というものらしい。


 上級の迷宮から脱出した探索者のパーティが、ギルドで買い取って貰えなかった魔道具を広場や高原でたまに売り捌いているらしい。

 無論高価なものが多いが、探索や戦闘に使いにくいものなどは安く手に入るのだとか。

 この写真機のような木箱も、そうして手に入れたのだとか。


 ちなみに映りは悪い。

 カメラもビデオもないこの世界ではかなり画期的な魔道具らしいが、焼き増しはもちろんのこと削除すらできない。

 撮ったらすぐ、差し込んだ羊皮紙に情景が映し込まれる。

 モノクロだし、印刷物のような感じだ。

 これでプリムヴェールを撮影しても、その魅力は欠片も残すことはできないだろう。


 撮りますか? と聞かれたが、断った。

 俺なんか撮っても面白くないだろう。



 蔵書室に戻って本棚を漁っていると、またしてもサキュバスと対面した。

 こいつらいつでも盛ってんな。

 まあ、相手がいないサキュバスと出会ったら全力で逃げろと言われているので丁度いいけど。


 ウェーブのかかった金髪を揺らすサキュバスは、豚のように肥えた男性を身体いっぱいに包みこみ、必死に腰を揺らしていた。

 悪魔的なしっぽやつのがぴょこぴょこ動いていた。


 あまり見つめていても面倒事に巻き込まれるだけらしいので、そそくさと退散する。



 適当に書物を漁りながら夕暮れまでいると、徐々に人が減っていく。

 残っている人が数人になった頃――顔を赤らめたプリムヴェールが蔵書室に戻って来た。

 そわそわしており、さっきから何度も毛先を弄っている。


「今日も、家まで送ってくれるんですよね?」

「もちろんです。こんな可愛らしいお方に、夜道を一人で歩かせるわけにはいきませんからね」


 薄っぺらい軽口を叩いてから、手を繋いで帰途に就く。

 宵闇と言えど、プリムヴェールの住むアパートがある区画は結構暗い。

 周囲の建物の背丈が高く、陰になっているのだ。


 手を繋ぎながら肩を並べて歩いていると、同じような境遇であろう男女と時偶すれ違う。

 幸せそうな顔を見せながら道を譲り合い、笑顔で会釈だけの挨拶。

 大抵のカップルは、前にプリムヴェールとユグドラシルの魔導書に関して話した、所謂逢瀬通りへ姿を消す。

 俺とプリムヴェールは、まだ一度も、夜にその通りを通ったことはない。

 へたれじゃないよ、健全なお付き合いって言ってくれよ。



 そうこうしている間に、プリムヴェールの住居に辿り着いた。

 片付けますから待っててくださいとか言われるかと思ったが、そんなこともなく普通に案内される。

 階段も建物も石造りだ。

 俺が泊まってる宿と比べて、高級そうだな。


「ではお湯を温めて来ますので、アヤメさんは……。寝室に入らなければ、何をしていてもいいですよ」

「な、何をしていても良いんですか?」


 しないけど、いつもプリムヴェールが座っているであろう座布団に顔を埋めたり、毎日使っているだろう歯ブラシを眺めてみたり――しないけど。


「はい、信頼していますから」


 そういって腕まくりをすると、プリムヴェールは浴室へ姿を消した。

 信頼、か。

 プリムヴェールは自然の純粋少女であるため、間違ってもその厚意を裏切ることはできない。

 するわけにはいかない。


 とは言っても一応恋人なので、プリムヴェールが普段使っているであろう座布団に腰を下ろした。

 冷たかった。

 当たり前か。




 浴室から戻って来たプリムヴェールと肩を並べて、他愛もない世間話をする。

 桶に張った水を温めるにも、魔道具を使用するらしい。

 オドを流し込むと、内部で火魔法を作り出して水を温めるらしい。

 エルフ程度のオドでも、問題無く作動する。


 ちなみにこの魔道具は、技師により複製が可能なのだとか。

 元々は迷宮から掘り出された魔道具で、どこかの王族が持っていたらしい。


 当時は暖炉のようなものも無く、寒冷の季節が参る度に民が飢え、国民が減少してしまう。

 種族間や他国との戦争が盛んな時代だったため、人民の欠如は痛い。

 困った国王は国内最高の技師を呼び、魔道具の再現複製を命じたのだとか。

 そうして今では、このように量産され、一世帯に一つあるか無いか程度にまで普及したらしい。


「王族が手にしていたという魔道具は、オドを流し込まなくても、魔道具自体の魔力だけで作動していたらしいですけどね」

「魔道具が永久に魔力を生み出す原理は、まだ分かって無いんでしたっけ」

「……はい、残念なことに。ただ迷宮という魔物の体内で造られるということもあって、文献によっては、迷宮内を魔力が循環するように、魔道具の中で魔力が循環しているのではないか、とも記されてはいるのですけど」


 一種の永久機関だな。

 俺が使っているマナも、使った後すぐに世界へ循環するらしい。

 オドも同じだ。体内のオドが真っ黒に濁るまで酷使しても、十二時間程度魔力を全く使用せずにいると、元の純度まで回復するらしい。

 要はある程度余裕をもって魔法を使えば、一回の就寝で完全復活できるということだ。


 魔道具に関するお話に区切りがついたところで、俺は遠慮なく風呂に入らせていただく。

 石鹸は持ってきているが、残念! タオルを忘れてきた。

 取りに戻ろうか、と考えていると、プリムヴェールが普段使っているというタオルを貸してくれた。


 浴室のドアを閉めてから、顔を埋めて深呼吸――。

 石鹸の香りしかしなかった。



 ローブを脱ぎ捨てて、いざ洗い場へ。

 風呂桶は木製で、筒状のものだ。

 ねずみ色をしたでっかい神様がネコの乗り物を呼ぶ映画で、確かこんな感じの風呂桶が出てきた。

 ともかく、入念に身体を洗ってから浴槽に浸かる。

 二か月ぶりの風呂。どうだ――――!



「…………」



 はっきり言ってしまうと、こんなものか、って感じだ。

 魔道具の性能が低いのか魔力の無駄遣いを抑えるためなのか分からないが、日本の風呂と比べて非常に水温が低い。

 ぬるくはないが、あのカーッと熱くなるような独特の温度がないのだ。

 少し物足りない気もするが、ともあれ、ようやくありつけた風呂だ。目一杯堪能してから出ることにしよう。


 バスタオルを巻いたプリムヴェールがほんのりと頬を染めて、「お背中流しましょうか?」とか言わないかな――なんて期待していたのだが、俺が上がるまでプリムヴェールは姿を現さなかった。

 ちょっと残念。



        ◇          ◇          ◇



 洗い場から浴室に戻ると、脱ぎ捨てていたはずのローブが綺麗に畳んだ状態で置いてあった。

 しかも乾燥機に入れたかのように、パリパリに乾いている。

 風呂で使ったものとは違う石鹸の香りがする。

 最後に洗濯したのは確か一昨日だったから、今使った石鹸と同じ香りがするはずなんだけど……。


 ローブを着て部屋に戻ると、プリムヴェールがほんのりと頬を染めて出迎えてくれた。


「お洋服、お洗濯しておきました」


 毛先を弄りながら、いじましく俺の顔を見つめてくる。

 心奪われるような上目遣いだ。


 その視線に見惚れてからふいと後ろに目をやると、さっきまで何も無かったはずのテーブルに、黒パンや干し肉を焼いたものなどが並べられていた。

 言うまでも無いことだが、二人分である。


「アヤメさんがお風呂に入ってる間に、全部用意しておきました」


 そういって俺を座らせると、そのすぐ隣に座布団を引き寄せ、プリムヴェールも腰かける。

 じっとこっちを見ては、幸せそうな照れ笑い。

 ヤバい、凄くドキドキする。


「こういうの、実は少し憧れてたんです」

「こういうのって――」


 入浴中に洗濯をしてくれたり、料理を用意してくれたり。

 しかもこんな、体温を感じさせるような距離に座って上目遣い。

 可愛くて献身的で、純粋で従順で優しい年上――では無いけど、甘えさせてくれるお姉さん。

 プリムヴェールが憧れてるのは、メイドさんか!

 ……なんてな、冗談だ。


「そ、そそそそ、それは、つつ、つまりその」

「もーぅ、顔が真っ赤ですよ」


 ほっぺたをつんつんと突っつかれた。

 余計に顔が熱くなるのが分かる。


 プリムヴェールはそんな俺の顔を見て、可愛らしく首を傾けてみせる。


「ほらアヤメさん、お料理が冷めてしまいますよ。……はい、あーん」


 手際よく一口大に切り分けた肉をフォークのような食器で突き刺すと、俺の口まで運んできた。

 ルビーの双眸を色香たっぷりに細め、誘っているような目つき。

 他意は無いのだろうが、腰の裏付近がゾクゾクする。


「…………んぅ」


 差し出された肉を口に含み、よーく味わって咀嚼。

 うん、美味しいけど味が分かんない。

 プリムヴェールが味付けしたのだ、美味しくないはずがない。でも味が分からない!


 激しく打ち鳴らされる心拍に邪魔されながら一口を味わっている間に、プリムヴェールは自分の分も切り分け、美味しそうに食していた。

 やがて俺が飲み込んだことに気が付くと、今度は俺の肉を切り分けてもう一度、あーん。

 う、嬉しいけど、ほら俺普通に自分で食べられますしですね、その。


「…………ぅん」


 しっとりと湿ったフォークから、一口大の肉が口腔内に躍り込んだ。

 あ、これって間接キスって言うんじゃないの。

 さっきより温い肉をゆっくりと噛みしめ、よーく味わって飲み込む。

 ほんのりと口腔を彩った風味は、何というか、甘かった。

 肉の味? 分かんないよ。



 いつもよりひどく長い時間をかけて、プリムヴェールと二人っきりの夕食は幕を閉じた。

 半分くらい「あーん」してもらったあたりで、残りは自分で食べることにしたのだが、うん、宿と比べると薄味だったけど、凄く美味しかったよ。



        ◇          ◇          ◇



 お風呂にも入った。

 嬉しい誤算だが、プリムヴェールの手料理まで戴いた。


 さて、もう帰らないといけないな。

 プリムヴェールは明日もお仕事があるだろうし、いつまでもここにいては迷惑だ。

 俺がいると着替え一つできないからな。

 現にさっきから、プリムヴェールは仕事着の上にカーディガンのようなものを羽織っているだけだ。

 幾ら俺が図々しく彼氏面しようと、流石に目の前で着替えるのは恥ずかしいらしい。


「もう遅いですから、今日は帰ります」


 言いつつ立ち上がりかけると、プリムヴェールにギュッと腕を掴まれた。

 ルビーの瞳が上目遣いにこっちを見た。

 断れるわけがない。


「もう一つだけ、憧れてたことが」


 憧れてたこと。

 さっきから察するに、所謂理想の新婚生活といったやつだろうか。

 実際もし俺とプリムヴェールが結婚した場合、外で働く司書と暇そうにぶらついているエセ賢者という関係上、今日してくれたようなことは俺がすることになるんだろうが。

 まあ、とにかくそんな感じのことだろう。

 ご飯も食べたし、お風呂も入ったもんね。

 後はプリムヴェールさんがお風呂に入れば、準備万端ですよね。


 とまあ幸せなプロレスごっこを想像していると、プリムヴェールはポケットから何やら棒のようなものを取り出した。

 細くて堅そうだ。先っぽは少し曲がっている。  

 というか、これに似たものを俺は見たことがあるな。

 どこで見たか、日本だ。

 確か薬局で見たと思う。


「膝枕するので、ここに横になってください」


 そう言って、俺の腕を引っ張る。


 慎ましやかに正座をしたプリムヴェールの膝に頭を乗せると、ふわりといい香りがした。

 気が付くと、顔の前にモノクロの仕事着が!

 あ、ヤバい。倒れる向きを間違えた。


「はい、動かないでくださいね」


 耳朶に温かい指が触れ、ゆっくりと何かが入ってきた。

 さっきの棒――所謂耳かきのようなものだ。

 膝枕に耳かき。ああ、確かに理想の新婚生活とかを絵にかくと、そういったことをしているね。


「痛かったら言ってくださいね。気持ちいいですか?」

「うん、大丈夫」


 指先が耳の周りを撫でつけ、奥の痒い部分を的確に掻いてくれる。

 うん、気持ちいい、とっても。

 でもここまで来て、これだけってのも、何か……。


 欲が出たので、ちょっとからかってみる。


「この後は、二人で一緒に寝てみますか?」


 耳かきの手がピタリと止まった。

 不意に湧き上がる嫌な予感。

 あ、ヤバい。もしかしてプリムヴェールは、そっち方面の話題が苦手な人だったのか。

 

 即座に失言を謝罪しようと顔を上方へ向けると――、プリムヴェールは顔を真っ赤にして口元を押さえていた。

 あら可愛い。


「それは、その……。まだ少し、早いっていうか」


 ぷいと顔を逸らし、耳まで真っ赤になった顔をペタペタ触っている。

 おぉう、急ぎ過ぎたか。


 まあいい、この世界における貞操観念はどの程度なのかは分からないけど――。

 ともかく、プリムヴェールは初めてだな。

 などと、はっきり言って至極下種なことを考えていた。


「ほ、ほらアヤメさん。つ、次は反対の耳ですよ」


 コロンと膝の上を転がされ、今度は左耳を弄くられる。

 温かい手に耳朶を撫でられ、心地よいところを的確に突いてくる。

 仕事着越しの太もももあったかくてやわっこいし、いつまでもここにいたい……。



 プリムヴェールの膝に埋もれるようにして、俺はそのままいつの間にか眠ってしまった。


 たった一つの石鹸から始まった風呂騒動は、そうして幕を閉じることとなった。



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