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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第2章 異世界観光は司書さんとともに
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2-9.柔らかな感触

 カウンターの裏から出てきた銀髪の美少女は、嫌に不機嫌そうな顔をしていた。

 どう見ても、「ぜひあなたと共に迷宮に潜りたいのです!」なんて言ったようには見えない。

 それに――、


 チラリとエイムの表情を窺うと、彼女は人好きのする微笑みを見せながら慎ましやかに佇んでいた。


 営業や接客をするときのような作り笑顔では無い。

 ましてや、裏で誰かを貶めようとして、腹黒い笑いを浮かばせているなどありえない。

 エイムは今、俺と銀髪の美少女(プリムヴェール?)を優しげな心で見守っているのだろう。

 一種のポーカーフェイスだ。

 そういえば、この人が笑顔を崩したところは見たことがないかもしれない。


「…………何で、しょうか」


 銀髪の美少女は何故か顔を赤らめると、指で毛先を弄り始めた。

 ここ一ヶ月彼女と接していて分かったことだが、プリムヴェールは照れた時や緊張しているときなんかに、こうして髪を弄る癖がある。

 普段の理知的かつ穏やかな表情が無いだけで、その他は全てプリムヴェールと同じだ。


 てっきり双子か何かが現れたのかと思ったが、どうやら違ったらしい。

 創作物の読み過ぎだな。


「えっと、エイムさん。俺と一緒に迷宮に潜りたいと言っていた女の子って、プリムヴェールさんのことだったんですか?」


 そういえば、何日か前に探索者の書物を読んでいるときにプリムヴェールに手元を覗きこまれたことがあったっけ。

 だから俺が迷宮に興味を持っていることを、プリムヴェールが知っていても何らおかしいことはない。


 むしろ部外者だという線は薄かったはずだ。

 考えてみれば、迷宮に潜りたいという旨をギルド関係者であるエイムに話したのはついさっきだ。

 普通に考えて、そんなタイムリーな同行者が身内以外から見つかるはずもないよな。


「ええ、そうですよ。さっきプリムが突然ギルドに来て、『ぜひアヤメさんと一緒に迷宮へ潜りたい』って」

「べ、別に賢――アヤメさんのためじゃありませんから! わたしも丁度、迷宮に用事があって、個人的に行きたかっただけです!」


 腕を組んで、拗ねたような顔でそっぽを向く。

 目つきこそ普段よりかは鋭いものの、頬がほんのりと染まっており、羞恥のためか口元がプルプルと小刻みに震えている。

 できそこないのツンデレキャラを見たような気分だ。


 そんなエセツンデレキャラを必死に演じるプリムヴェールの後ろで、エイムが声を殺してクスクスと笑っている。

 何もかもを分かっている、という表情だ。

 エイムさん、あなたプリムヴェールに何吹き込んだんですか。


 口に出したつもりは無いのだが、エイムは俺を見やると、笑顔のままペロリと舌を出してみせた。


 この妙なプリムヴェールが出来上がったのは、エイムが原因で間違いないらしい。

 ちょっと二人きりになって、エイムに問い質したいことが浮上したのだが――。


「ほら二人とも、せっかく揃ったんだからさっさと迷宮に潜って来ちゃいなさい! ああ、そうそう。素材でも鉱石でも魔道具でも、何か採れたらギルドに提出すること。それだけは守ってくださいね」


 行ってらっしゃーいと、ひまわりのような笑顔で見送られた。

 気が付けば、依頼を受注するためか他の冒険者たちが列を作っていた。

 これ以上ここで話をしていたら、邪魔になってしまう。


 釈然としないものを胸に感じながらも、俺とプリムヴェールは冒険者ギルドを後にした。



        ◇          ◇          ◇



「そういえば、アヤメさんはどうして迷宮に潜りたかったんですか?」


 外に出た途端、プリムヴェールの表情と声音が普段通りに戻った。

 髪も弄っておらず、身体の前で手を重ねながら姿勢よく歩行している。

 腕に挟まれたおっぱいが健康的に揺れていた。


「迷宮は一種の魔物だと記す文献が多いですが、構造自体は自然物のようなので。マナの吸い上げが可能かどうか、将来的に万が一潜ることがあったときにちゃんと戦えるか、調べておこうと思っているんです」

「流石ですね、アヤメさん。先のことを見通して、今から手を打っておくなんて」


 プリムヴェールは感心した様子で、うんうんと頷いている。

 呼び方は何故か賢者様ではなくアヤメさん、だ。

 まあ、アヤメさんって呼び方の方が、距離を感じさせなくて嬉しいからいいんだけど。


 揺れる胸を目に焼き付けてから、俺はプリムヴェールの持っていた地図をもう一度見てみる。

 先ほどエイムと話した時に、近場の迷宮の場所が書かれている地図を貰ってきていたらしい。

 用意がいいね。


 王都の周りにも迷宮はたくさんある。

 空から見るとひょうたんのような形状をした王都は、南を高原、東西を森林、北を山脈に囲まれている。


 とは言っても、それは地図上の話。

 南の高原はともかく、森林や山脈は一般人でも越えられる程度の安全な場所だ。

 魔物は出現するらしいが、定期的に兵士や冒険者が入って魔物駆除をしているそうなので、強力な魔物は滅多に出現しないのだとか。

 それでもやはりどこかしらに穴はあるらしく、前日の悪魔デーモン騒動のようなことも稀に起こる。

 故に比較的安全な王都でも、冒険者は失業しない。


 今回行く迷宮は、山脈に出現した中堅レベルの迷宮だ。

 本当はモグラや蟻が造った初級レベルの迷宮が良かったのだが、プリムヴェール曰くモグラや蟻が造った迷宮はマナ実験には適していないのだとか。

 元が山や地面を掘ったものであるため、自然の洞窟と大した違いはない。

 そのため初級の迷宮には、間違いなくマナは存在する。


 今回調べるべきことは中堅以上、所謂迷宮という魔物が矮小な魔物を喰らって造り上げた、自然物では無い方の迷宮にマナが存在するかということだ。

 故に初級レベルの迷宮に潜ったところで、欲しい情報は手に入らない。


 中堅レベルの迷宮であれば、プリムヴェールも潜ったことがあるらしいので、万が一何かあっても問題ないとのことだ。

 マナが使えなかったらすぐ戻るという条件で、その提案に了承した。


 せっかく初めて迷宮に潜ることになるのだ。

 図書館で仕入れた知識の断片をここで少しおさらいしておこう。


 迷宮には探索者を捕える趣味の悪いトラップがある。

 例えばこんなものだ。

 落ちたら身体中の肉や骨を溶かされ、カラフルな肉塊にされてしまう落とし穴。

 踏むと底なし沼のようにずぶずぶと沈み、いしのなかにいる、状態のまま生き埋めになる地面。

 蓋を開けた途端中から魔物が飛び出してくる石造りの棺。

 触れると皮膚を溶かしてしまう鉱石。

 諸々だ。


 これは全て、探索者に攻略されないために迷宮が造った嫌がらせ――というわけではない。

 上述の例は勿論のこと、迷宮に設置された罠のほとんどが偶発的な事象により発現したものである。

 落とし穴や踏むと沈む地面であれば、単に魔力の歪みが、虫歯菌のように地面を溶かして穴を開けただけである。

 触れると皮膚を溶かす鉱石も、膨大な量の魔力が循環しているために起こる突然変異のようなもので、迷宮という魔物が意図して造り上げたものではない。


 故に対処が難しい。

 探索者を嵌めるためのものであれば、引っかかりそうなところを念入りに調べれば済むことでもあるが、偶発的な自然災害の一種ならば、人知に発生を予測することは不可能だ。


 皮膚を溶解する鉱石はまだ、患部を切り取って治癒魔法を施せば生命に異常をきたすことはないらしいが、落とし穴や沈む床はデビルレベルに危険だ。

 間違っても、生身の人間が堪え切れるような代物ではない。

 とはいえ、中堅レベルの迷宮には罠が出来るほどの魔力は循環していないため、生命の危険を脅かすような罠は存在していないらしい。


 中堅レベルの迷宮であれば、棺や鉱石を見つけた時、ちょっと気を付ければよいだけだ。




 王都の外側をぐるっとまわり、山脈のふもとへ辿り着いた。

 整地されておらず、砂利などが埋まっていて足元がガタガタする。

 ただ地面は堅く、乾燥している。


 至る所から煙があがっている。

 狼煙か!?

 と、意気込んでみたものの、どうやら探索者や炭鉱夫のキャンプ地のものらしい。


 探索者や炭鉱夫は基本的に一攫千金を目指している、言ってみれば賭博師だ。

 そういった人々は、喩え近くに王都があろうと、宿泊代のかかる宿に泊まろうとは思わない。

 喩え新鮮な肉や生野菜が売っていても、自分で狩った魔物の肉や薬草を食す。

 そういう人種らしい。


 新入りの探索者は、既にキャンプを張っている探索者に顔を見せなければならないらしいが、俺らは探索者ではないので煙は無視して迷宮の入り口へ赴く。

 中で熟練者と鉢合わせして武勇伝とかを聞かされても嫌なので、静かな場所を選んだ。


 真っ暗な迷宮に男女二人きり。プリムヴェールは嫌がるかな、と少し思ったが、静かな方がいいという俺の提案には快く賛成してくれた。

 小さくガッツポーズしているのが遠目に見えた。

 俺に合わせようと無理をしているのでないのなら、別にいい。


 一応迷宮に足を踏み入れる前に、外の壁からマナの吸出しが可能か試みてみる。

 左手を山の大地に押し当て、火の玉を思い描く。


「――――」


 問題無く発動を確認したところで、俺とプリムヴェールは迷宮へ足を踏み入れた。


 だが入ろうとした瞬間中から「カサカサっ」という音がして、反射的に近くにあったものに飛びついてしまった。

 柔らかかった。

 右手の感触がいやに心地よいと思ったら、俺が抱きしめていたのはプリムヴェールの身体だった。

 右手が触れていたのは夢と希望と脂肪の塊だ。


 慌てと申し訳なさと焦りで言葉が出ず、ただ口をパクパクさせながら弁明したが、プリムヴェールは満更でもないような顔で頬を染め、「しょうがないですね」と言って俺の鼻先を指先で突っついた。


 ほわっとした甘い雰囲気が辺りを包み込んだが、お互いにハッとして冷静になる。

 危険地帯に入る前にすることでもなかった。



 さてと、

 気を取り直して、出発だ。  


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