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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第2章 異世界観光は司書さんとともに
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2-8.不機嫌なサクラソウ

 一ヶ月が経過した。



 ここ一ヶ月の俺の行動範囲は、図書館と料理屋と宿だけである。

 毎朝図書館へ赴き、昼過ぎまで読書をして知識を高める。

 プリムヴェールの休憩時間と合わせて外出して、近くの料理屋で軽く食事をしてから、二時前には図書館に戻る。

 それからは、午前中と同じく夕暮れまで書物を読む。


 正確な閉館時間は定められていないため、プリムヴェールの帰宅時間と合わせて退館し、彼女を送って帰る。


 プリムヴェールの自宅は、王都住宅街の端にある安アパートの二階だ。

 部屋番号までは分からない。

 前に一度部屋まで送ろうと言ったのだが、やんわりと断られた。


 警戒されているのか、もしくは部屋が散らかっているのかは分からない。

 ただプリムヴェールが嫌がっていることを無理にしようとも思わないため、それからは毎晩アパート前で別れている。

 プリムヴェールを送ってから帰宅するため、プリムヴェールは俺の帰宅場所を知らない。『一度でいいから、賢者様のご自宅を見てみたいです』と上目遣いで言われたこともあるが、その時は疲れていたこともあって断ってしまった。

 今思うと、少し惜しいことをしたかなと思っていたりする。



 ここ一ヶ月の行動で、幾つか分かったこともある。

 例えば、プリムヴェールと案内係の青年司書さんとの関係だ。

 プリムヴェールがお休みの日に、一度だけ彼と話す機会があったのだが。

 どうやら案内係の青年司書さんは、プリムヴェールに燃えるような恋慕を抱いていたらしい。


 ちなみに年齢は十六歳で、俺より年下だった。

 昼飯を食べるために蔵書室を退出したところで、赤い顔をした青年司書さんに腕を掴まれたのだ。


 いやあ、あの時は焦ったね。

 ほんのりと染まったほっぺたに、怒ってるような照れているような微妙な上目遣い。はぁはぁと息は荒く、ギュッと手首を握り締めている。

 藍色の前髪もチャーミングで中性的な顔立ちをしていたため、もしかしてここから禁断の恋が始まってしまうのではないかと危惧ドキドキしたものだ。

 実際は「どうすればプリムヴェールさんとそんなに仲良くなれるんですか?」という、見当違いな相談をされただけだった。


 どうやら傍から見ると、俺とプリムヴェールは仲の良い男女に見えるらしい。

 毎日一緒にお昼を食べて、毎晩送って帰っているだけなんだけどね。


 プリムヴェールは、相当モテるらしい。

 誰にでも物腰柔らかで、区別差別無く接してくれるし、優しくて笑顔が可愛くて、おっぱいは大きくて――と、熱弁された。

 だが当のプリムヴェール本人は、あまり色恋沙汰に興味がないらしい。

 今までにも数人の司書や兵士がプリムヴェールの興味を惹こうと頑張ったらしいが、知り合い以上の仲にはなれなかった。


 だから毎日のように一緒にいる俺が羨ましいと、そう言いたかったらしい。

 そうは言ってもねえ。

 別に俺は王都観光の案内をしてもらって、そこから普通に話すようになっただけだから、気になる娘をオとす方法なんぞ知らんよ。


 

 ついでに分かったことといえば、元の世界へ戻る希望はほぼ絶たれた、ということか。

 元々帰る予定は無かったが、両世界を行き来できたら少し便利だな――なんて思っていたのだが、どうやらこの世界の魔法学では「転移魔法」や「召喚魔法」が研究されていないらしい。


 研究はおろか、魔法の力を利用して物体を別の場所に転移させたり、別世界から生物を召喚するなどといった考えが、まず無いのだとか。

 召喚や転移といった概念が無いのだから、そんな魔法が存在するはずも無かった。

 


 それから、魔術師ウェインの殺戮譚を読了した。

 中々良かったな。

 最後はヒロインたち全員の気持ちに応えて、田舎で幸せに暮らすと言うハーレムエンドだった。

 やっぱ創作物はハッピーエンドが良いよね!


 書物に関する出来事だと、あとは探索者による手記を読んだ。

 探索者とは、主に迷宮を探索して一攫千金を目指す冒険者のことだ。

 勿論冒険者でもあるため、迷宮の無い地域では通常の依頼をこなして生活している。


 迷宮とは、どうして出来るのか。

 モグラや蟻のような魔物が、地下や山などの土を掘って造るのが一般的らしい。

 他には、戦乱の時代に造られた防空壕のようなものに魔力が溜まり、迷宮という一種の魔物に成長するものだ。迷宮が成長するとは、ウォ○ル・シャドウのようになるのかなと思ったが、違った。


 成長した迷宮は、魔力を食べてさらに成長する。

 言っても魔力とは目に見えるものでは無いので、間接的に吸収するのだ。

 例えば冒険者をおびき寄せ、迷宮内で力尽きればその者が持っていた魔力は全て迷宮の腹の中だ。

 故に挑み失敗する冒険者が多ければ多いほど、迷宮は徐々に強くなっていく。


 そして迷宮は、体内に魔物を産み落とす。

 体内とは、迷宮の回廊や通路のことだ。魔物とは、魔力の歪から生まれることが多いらしい。


 だが生殖器はある。知力の高い魔物もいる。

 しかし体内構造は人族などとは違うため、交配しても生命が誕生することはない。

 謎だ。書物でも、こういうものである、と断定されていて解説が無かった。


 一説には雨水からボウフラが湧くように、魔力の歪には視認できない程の小さな生物が住みついているのでないかとも言われているらしい。


 ちなみに魔力の歪から生まれるのは、魔物だけではない。

 冒険者が落とした武器や防具などと混ざり合い、魔道具なる物品が誕生することもあるらしい。

 魔道具とは、魔力が籠った道具のこと。そのままだ。

 魔道具に込められた魔力とはどこから来たのか、どうやって吸収されたのか、未だ分かっていないらしい。

 でも多分、正体は体外魔力マナを吸い上げた武器のことなのだと思う。


 そうだ、マナと言えば。

 魔導書の中にも、体外魔力マナを吸い上げて別の物質に流し込むための方法が記されていた。

 それを利用して、俺自身の体内に魔力を流し込めば、屋内だろうが、いつでもどこでも魔法を使えるようになる。

 

 これは便利だ! と試してみたものの、失敗した。

 どうやら俺は体内魔力オドが無いだけでなく、体内に魔力を貯めることができないらしい。

 蓋と底のない、筒のようなものだ。

 どんなに水を注いでも、すぐに空っぽになってしまう。

 マナを吸い上げて即刻具現化して放出することはできるが、体内に魔力オドとして溜め込むことができないため、必然的に魔力貯蓄はできなかった。


 ちなみに、プリムヴェールはマナの吸い上げの時点で目を回してしまった。 

 どうやら体内魔力オドの純度が高いため、体内で精製されたオド以外の魔力を注ぎ込まれると、耐え難い不快感に襲われるらしい。


 ターニャも無理だった。

 お兄さんのためなら! と頑張ってくれたのだが、地面に触れた方の指先が光った辺りでギブアップ。

 辛そうに俺の胸の中で丸まってしまった。


 ビリーさんにも頼んでみたが、彼もまた不可能だった。

 プリムヴェールやターニャのように気分を悪くすることは無いようだが、体内のオドと反発し合い、吸引できないらしい。

 ビリーさん曰く、オドが限りなく濁っている種族であれば問題無く使えるのではないか、とのことだ。


 魔力貯蓄以外の魔法も同様だ。

 大地や石ころ、花卉などからマナを吸い上げようとすると、先ほどと同じようになってしまう。

 魔族にも獣人にも、獣族にも使用できない魔法となると、いったい誰のための魔法なのか。


「エルフだろうな」


 というのが、ビリーさんの答えだった。

 俺も薄々そう感じてはいたが、ビリーさんの言葉で確信が持てた。

 世界中の魔法が書かれているといわれる、ユグドラシルの魔導書。マナを使用する魔法が書かれているページは、ハーフ魔族であるプリムヴェールにも獣人であるターニャにも読めないのだ。


 ちなみにターニャは、獣族の言葉と人族の言葉を両方読み書きできるらしい。

 母親が獣人で、父親が獣族だったらしい。

 だから獣寄りな獣人っぽい姿をしているのか。


 ビリーはターニャの実の祖父で間違いないらしい。

 ターニャの母親がビリーの娘で、ターニャの祖母は純粋な人族だった。

 ターニャの父親は迷宮で生命を落とし、母と祖母は病死だったらしい。


 不謹慎かとも思ったが、丁度迷宮のことも気になっていたため、俺はビリーさんに迷宮のことを幾つか聞いてみた。


「迷宮って、そんなに危険な場所なんですか?」

「迷宮の難易度はピンからキリまである。魔物が自力で掘って造った迷宮は魔力を食わぬから、子供でも安全に探索できる」

    

 その分見返りは期待できないらしい。

 ローリスクな迷宮に潜れば、ローリターンもしくはノーリターン。

 探索者と呼ばれる冒険者が潜るのは、ハイリスクハイリターンな迷宮なのだとか。


 少し怖いが、迷宮には潜ってみたい。

 マナの吸い上げが可能か不可能か、それが分かるだけでも結構な収穫になる。

 もし吸い上げが可能であれば、俺は迷宮内で恒久的に魔法を使うことができる。

 マナ吸い上げの魔法は、使用後にマナを自然に還すからな。



        ◇          ◇          ◇



 迷宮に潜るためには、自分の限界を知っていなければならない。

 喩え生命を賭けて一攫千金をと意気込んでも、「はいそうですか、ではどうぞ」と送り出されることはまずない。

 冒険者一人でも、迷宮内で無駄死にされると迷宮が成長してしまう。


 そのため、まずは実績を積んでいくことが大切になる。

 勿論ギルドを通さず勝手に飛び込んだ探索者までは面倒を見きれない。

 だが大抵の探索者は軽々しく生命を捨てるような真似はしないため、そういった輩は滅多に出ない。


 時折無名の新人が、最難関迷宮にしか出現しない魔物の素材を持ってくることもあるらしいが、十万人に一人いるかいないかの割合らしい。


 迷宮に潜るには、顔見知りの受付嬢や冒険者に自分の限界を測ってもらうことが大切である。


「――というわけで、エイムさん。迷宮に潜りたいんですけど、どこかいい物件ありませんか?」

「アヤメさんの実績なら、最難関の迷宮『龍獄孔』や、魔大陸の『煉獄炎』でも許可は出ると思いますけど……」


 一般市民や他の冒険者からは信じられていないが、エイムは一応俺が悪魔デーモンを数百体まとめて掃討したことを知っている。


 悪魔討伐に当たっていた兵団の長から直筆の書面が提出されたため、いくら嘘っぽかろうが、実績として残されているのだ。

 エイム自身も、興奮したプリムヴェールから俺の活躍を直接聞いたため信じてくれている。


 エイム曰く、プリムヴェールは人を貶めるような嘘はつかないらしい。

 喩えついたとしても、正直な娘だから嘘をついているのはすぐに解ると言っていた。


「もし潜るときは、アヤメさん一人で潜るの?」

「一応どの程度か見るだけですから、そうするつもりですけど」


 マナが使えなかったら、一階層ですぐに戻るつもりだしな。

 下手に見知らぬ冒険者とパーティを組まれたら、何もしないで帰りましょうなんて言えない。


「そっかー……。それは困ったなぁー」


 エイムはキツネ耳を揺らしながら、悪戯っぽい目で俺の顔を捉えた。


「ぜひアヤメさんと一緒に迷宮に潜りたいっていう人がいるんだけど」

「俺と、限定ですか?」


 そうよ、とエイムは邪気の無い笑顔。


 ふむ、しかしそれは困ったな。

 もしかすると、悪魔退治に不信感を抱いている冒険者のパーティとかかもしれない。

 マナさえ使えれば噂通りの働きはできるから足元を見られることも無いだろうが、もしマナが使えなかったら。

 一生、嘘つきのレッテルを張られるかもしれない。

 それは嫌だなあ。


「ちなみに、何人ですか?」

「正真正銘、一人だけ。ちなみに言うと、女の子」


 女の子と迷宮で二人っきりか――――じゃなくて。

 うむ、一人だけか。

 一人くらいなら、もしマナが使えなくてどうしようもなくなったとき、腹が痛いとかごまかして帰ることもできるかもな。

 逆にマナが使えれば、一躍ヒーローになれるかもしれない。


 どんな女の子かな。

 ギャルっぽい子は嫌いだ。

 ズバズバと下世話な話題を突っ込んで来たり、その気も無いのに「触ってみるか?」とか「挿れてごらん?」とか言う人種。

 あの人を小馬鹿にしたような「キャハキャハ」って笑いがダメなんだ。


 清楚可憐な――そう、プリムヴェールっぽい人だったら大丈夫。

 あとターニャみたいな幼――少女とか。

 子供は勝手に自分のことを話してくる。頷くだけで済むから、割と高評価だ。

 話題が無くても平気な人か、共通の話題がある人がいるといいな。

 書物にも「迷宮に潜る際、パートナーやパーティメンバーとの信頼を結ぶことは何よりも大事なことである」と書かれていたし。


「分かりました。でも、一応会ってから決めてもいいですか?」

「あら、意外と臆病なのね」


 口元を隠しながらクスッと笑みをこぼす。

 感情の表れか、キツネ耳がひょこひょこと跳ねている。


「ええ、ともに迷宮に潜るとなると、相性も大事だと思いますので……」

「まぁ! 相性だなんて」


 胸の前で指を絡め合い、エイムはにこやかに首を傾ける。

 そんなに面白いことを言っただろうか、俺は。


 ……言ったな。相性って、確かに捉え方にとってはよろしくない表現だったかもしれない。


「大丈夫よ、アヤメさんとの相性はバッチリなはずだから。――ね、プリム?」


 カウンターの後ろに備え付けられた扉が開けられ、銀髪にルビーの瞳をもった女性が慎ましやかに現れた。

 端正な顔立ちも、髪の長さも、瞳の色もプリムヴェールそっくりだ。

 だけど――、


「本日はお世話になります。()()()()()


 普段のプリムヴェールとは似ても似つかないひどく不機嫌そうな面差しで、銀髪の女性は俺のことを見やっていた。



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