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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第2章 異世界観光は司書さんとともに
15/101

2-3.暗闇に潜む隻眼の虎

 商店街を抜けた頃には、もう夕日が沈みかけていた。


「それでは、おやすみなさい。また明日」


 プリムヴェールは慎ましやかに腰を折って、宵闇の中に消えて行った。

 ずっと一緒にいたからかな、右側の肩がすげーいい匂いする。

 道中ずっと手を握り合っていたから、身体の距離はもう言うまでもない。


 まだ隣にプリムヴェールはいるような錯覚を覚えながら、俺は宿への道を急いだ。

 すっかり暗くなってしまったよ。



        ◇          ◇          ◇ 



 住宅街を歩きながら、俺はポケットの中の金貨を数える。

 プリムヴェールが選んでくれた衣服が、上下合わせて大体銀貨十枚程度。

 それが三着だから、単純計算では銀貨三十枚の出費だ。

 結局支払ったのは、衣類や小物類一式揃えて銀貨三十六枚。

 一式の中には、下着とか私物入れとか、その他諸々の必要物品も含まれている。


 銀貨三十六枚。

 銀貨百枚で金貨一枚の価値になるので、金貨一枚支払えば銀貨六十四枚のお釣りがくることになる。

 薄くて軽い鉄貨ならともかく、重量もある銀貨を六十四枚受け取るのは若干辛い。


 なんて思いながら金貨を一枚出すと、銀貨四枚に、少し大きめの銀貨を六枚手渡された。

 どうやら大銀貨という貨幣らしい。

 銀貨十枚で大銀貨一枚、大銀貨十枚で金貨一枚。

 このようになっているようだ。


 今までに見た貨幣だけで判断すると、ざっとこんな感じだろうか。


 鉄貨百枚で銅貨一枚。

 銅貨十枚で銀貨一枚。

 銀貨十枚で大銀貨一枚。

 大銀貨十枚で金貨一枚。


 ちなみにこの中で、鉄貨と大銀貨は世に出回った時期が若干遅いらしい。

 理由は金貨の価値が大幅に上昇したことにあるのだとか。


 遥か昔年の王都。

 コツコツ貯めた金貨を特殊な火魔法で溶かして、金の塊として売ることでボロ儲けした商人がいたのだとか。

 当時はまだ金貨の価値が実際の金より安かったために、そういった悪知恵が成功したらしい。

 しかし何時の時代でも、成功者の猿真似をする者はいくらでも出没する。

 その噂を聞きつけた商人たちが真似して金貨を塊に変えて、同じように儲けようと企んだ。


 結果は予想通り失敗だ。

 商人たちが溜め込んでいた金貨が一斉に消失したことで、金塊より金貨の方が価値が高くなってしまった。

 現在は貨幣を潰して売ることは違法とされているが、当時はそのような律法は存在しなかった。

 まさかそんなことをする輩が現れるとは思わなかったのだろう。

 見事に金塊の価値は下がり、様々な加工を施されて造られる金貨の価値が当時の倍以上に膨れ上がった。


 金貨を造るには、限りなく純粋な金が必要だ。

 しかし商人たちは価値が下がった金塊を売らず手元に残し、出し渋ったため、世の中から金が減ってしまった。

 世界から金が無くなろうと、その他の貨幣価値は変わらない。


 賃金給料から金貨は姿を消し、大量の銀貨でそれらが支払われることとなった。

 給金を全て千円札で支払われたような感じだろうか。

 小物類はともかく、家や土地などを購入する際の計算も面倒になり、個人宅からの支出が減った。

 その救済措置として、大銀貨を生産。

 銀貨十枚と同じ価値を持たせることで、増えすぎた銀貨を減らすことに成功した。


 やがて金塊が採掘され、金貨も徐々に流通。

 こうして今のような貨幣制度となったらしい。


 鉄貨に関しては、至って単純な理由だ。

 銅貨一枚で売るより、銅貨二枚で売った方が商人は得をする。

 だが銅貨一枚分の差があると、人々は商品を買ってくれない。


 昔は売れたらしい。

 あっちよりも色艶がいいよとか、サービスするよとか、何かしら話術でごまかしていたらしい。

 中には算術に無知な客を捕まえて、釣銭を誤魔化す輩も多かったらしい。

 

 だがそのうち算術が発展向し、商人は一般市民を騙せなくなってしまった。

 銅貨一枚とは言えど、それだけで安い果物を一個買える値段だ。

 賢くなった人々は、そう易々と騙されてくれない。

 ならば、銅貨より安い貨幣を作ってしまえば、僅かな差額を利用して、また人々を欺くことができるのではないか。

 銅貨よりも価値の低い貨幣はないのか、と商人たちが国に志願し、長い年月の後鉄貨が生み出された。


 結果的に算術はしっかりと発展し、今ではそういったぼったくりをする商人集団は姿を消したと言われている。




 住宅街を抜けて裏通りを歩くと、やがて宿に辿り着いた。

 闇に包まれたカウンターの前を素通りし、ギシギシと軋む階段を登る。

 一番手前の部屋に入り、背中に背負っていた布袋をズシンと床に置いた。

 ああ、重かった。


「さてと、日本青少年の秘儀、出番だな」


 布袋の口をしっかりと結び、ベッドの下に押し込む。

 昔から青少年が大事なものを隠す場所は、ベッドの下だと決まっているのだ。

 とくにこの部屋は暗いから、目立たないだろう。


 恐るべし隠匿術に満足していると、コンコンと扉を叩かれた。


「お兄さん、お夕食の用意ができましたよ」

「ありがとう、ちょうど腹が減っていたところだ」


 キィと扉が開かれ、虎っぽい子がお盆を片手に部屋へ入ってくる。

 夕飯を食べる時は、いつも一緒だ。

 今までは“じっちゃん”とやらと一緒に食べていたらしいが、俺が宿泊するようになってからいつもここで食べている。

 理由を聞いたところ、俺と一緒に食べると美味しく感じるのだとか。

 純真な目でそう言われた時は、素直に嬉しかった。


「お兄さん、お味はどうですか?」

「ん、美味しいよ」


 俺が咀嚼する場面を見つめてから、虎っぽい子は自分の分を口に入れる。

 今日はどんなことがありましたか、などとたあいもない世間話をしながら、二人だけの夕食を楽しむのがいつもの日課だ。


「お洋服を買ってきたのですかー」

「ああ、後で見てみるかい?」

「はい、見たいですー。それより、あの袋は何なのですかー?」


 黄色い手が伸ばされ、鋭利な爪が俺の背後を指さした。

 思わずドキリとしたが、ここで挙動不審になってはだめだ。

 虎っぽい子が差した場所が、ベッドの下とはまだ断定できない。

 別のものかもしれない。

 ここで下手に慌てるのはよくないことだ。


「ん、何がかな?」

「あれですー。ベッドの下にある、変なやつです」


 口に入れた干し肉を噴き出しそうになった。

 完全にばれている。

 え、何? あんたキリちゃんなの?

 カネの匂いを嗅ぎ分けるとか、そういう能力持ってたりするの?


「大事なものなのですかー?」

「ああ、すっごく大事なものだ」

「ふわー」


 カチャリと食器が置かれたときには、もう虎っぽい子の姿は見えなかった。

 四つん這いになって俺の横をすり抜け、ベッドの下に顔を突っ込んでいた。

 縞々のしっぽをふりふりしながら、お尻を突き出してベッドの下を漁る。

 ビリビリと嫌な音がして、虎っぽい子は布袋の中身を手に取った。


「宝石箱ですか? 重いね」

「ああ、中身はカネだ」


 言ってから、ポケットの中の大銀貨を一枚手渡す。

 虎っぽい子はそれを受け取ると、自身のポケットにそれを仕舞い込む。


「十日分、ですかー」

「少しばかり儲かる仕事があったからね」


 虎っぽい子はぺったりと座り込み、ふんふんと頷き俺の顔を見つめている。

 中身が見たいのだろうか。

 でもこればっかりは、流石にダメだ。

 ここ数日間の付き合いで信頼していないわけではないが、やはり全財産を他人に見せると言うことには抵抗がある。

 だが、


「大事なものなら、鍵かけてじっちゃんに預けた方がいいかもしれないよ」


 虎っぽい子は箱を大事そうに抱えながら、そんなことを言った。


「預ける、だと?」

「うん、じっちゃんは元冒険者だから、夜盗とかの足音には敏感だし、安全だよ。うちの宿人は少ないけど、一度もものを盗まれたことないし」


 えへんと胸を張ってみせる。

 だがなあ……。

 確かに俺は外出が多いし、ちゃちい鍵しかついていない部屋に置きっぱなしというのも気が引ける。

 だからと言って、会ったことも無い人を信頼して、全財産を預けろってのもなあ。


 まあ、会ってから考えればいいか。

 他に手がないのも事実だ。

 明らかに信用できない人でなければ、頼むことにしよう。


「分かった。とりあえず会ってみよう」

「はーい、じゃあ荷物持って付いてきてー」


 空になった食器を重ね、お盆を抱えた虎っぽい子が扉を開ける。

 先に部屋を出て、階段を軋ませながら一階へ降りる。


 虎っぽい子は階段を駆け下りると、闇に包まれたカウンターへ姿を消した。

 暫く待つと、虎っぽい子がトテトテと走ってカウンターから顔を出した。


「どうぞー、お兄さーん」


 カウンターに沿って中に入ろうとしたが、如何せん真っ暗だ。

 足元も不安だし、どうやって入ろうかな。


「奥の部屋には灯あるから心配しないでー」


 黄色い手がニュッと暗闇から伸びて、俺の手をキュッと握った。

 あ、そっちの手は今日一日中プリムヴェールと握り合っていた方の手なのに……。

 もう一生洗わない! とか思ってたのに、一晩越える前に上書きされてしまった。


 まあこの子の手も、小さくて短い毛がふわふわしてて心地良いけど。



 小さな手に引かれながら、俺は狭い通路をゆっくりと歩いた。

 方向感覚が掴めない。

 右へ行ったり左へ曲がったり、迷路みたいだ。

 距離としてはほんの数十歩程度なのだろうが、真っ暗なせいで長く感じてしまう。

 迷ったり足を引っかけたりしないか心配だ。


「もー少しだよ、ほら!」


 おぼろげな灯が目に映り、ぽやっと周囲を視認できるようになった。

 周りは土壁で囲まれており、床には木の板が敷かれている。


 通路を越えると、灯の点いた部屋が一つ姿を現した。

 中に誰かいる。

 部屋の壁に影が伸びている。


「じっちゃん。お兄さん連れてきたよ!」


 机に突っ伏すような状態で腰かけていた影が、ゆったりと動く。

 獣的な低い唸り声が奏でられ、ガチャガチャと金属同士が触れ合う音がする。

 鎧か何かを身に着けているのか、壁にかけられた明かりを反射してキラキラと煌めいている。


「えっと、初めまして。カザミ・アヤメと申します」

「……ビリー・オルブフェルだ」

「暗くてお互いに顔見えないでしょ? 今明かり点けるねー」


 虎っぽい子が部屋を駆けまわり、壁にかけられている蝋燭のようなものに、次々と火を灯していった。

 火が増えるにつれて徐々に部屋が明るくなっていき――。


 じっちゃんこと、ビリー・オルブフェルの姿がくっきりと視界に入った。


「…………」


 何と表現するべきか。

 簡潔に言ってしまえば、虎とライオンを足して二で割ったような風貌だ。

 完全に、二足歩行する動物としか表現できない。

 鎧に包まれた体躯からは黄金色の体毛が覗いており、腕には虎のような縞模様が刻まれている。


 身体つきも筋肉質だ。

 左目には裂傷が刻まれており、常時閉められている。

 過去の傷なのだろう。


 突き刺すような隻眼で、ビリー・オルブフェルは俺のことをじっと見つめた。


「預けたいものが、あるらしいな」

「あ、はい、これです」


 可愛らしい爪痕の付いた布袋を取り出し、机の上に乗せる。

 ビリーはそれを暫し見つめると、無言のまま抱えて奥の戸棚へ仕舞った。

 戸棚に鍵がかかっている様子はない。

 本当にここは安全なのだろうか。


「心配ない、俺は元傭兵の元冒険者だ。寝込みを襲われる度に、返り討ちにしてきた。カザミ様がお預けになったものは、絶対に守り抜きます」


 不安が顔に出ていたのか、力強い声で言われた。

 いえ、信頼していないわけでは無いんですよ。

 ただ中身を検めることもなく、そんなとこに仕舞って平気なのかなって思っただけです。

 一応中身は金貨の入った宝石箱だが、もしかすると爆弾とか毒ガスかもしれないのに。

 客を信頼しているのか、もしくは変なものならばすぐ分かるとでも言うのだろうか。


「重さから察しますに、中身は金貨か大銀貨のようですな」


 後者だったらしい。

 これも経験の差なのか、流石だな。

 だがビリーのじっちゃんよ、そういうことはあまり子供の前で言わない方がいいと思いますぜ。


「……金貨と、大銀貨!」


 虎っぽい子が目をキラキラさせている。

 おい、心配だな。

 外部犯から守ってもうのは当然だが、あんたの可愛いお孫さんからもちゃんと守ってくださいよ。


「中身を取りに来る場合は、この子と一緒に来た方がいいですか?」

「いや、壁伝いに来れば迷うことはないと思いますので、どちらでも」


 真っ暗だから解らなかったが、一本道なのか。

 道理で迷わずに俺をここまで連れて来れたわけだ。


 チラと視線を泳がすと、虎っぽい子はにへっと笑った。

 人のカネを盗もうなどと考えていそうには見えないな。


「では、お願いします。……その、代金の方は」

「守るものが一個増えただけだ。せっかくの宿泊客から、これ以上毟り取ろうとは思わんよ」


 鋭い瞳を薄く閉じ、口元をふんと緩めた。

 一見怖い顔をしているが、良い人みたいだな。


「それじゃあお兄さん、戻ろっか」


 手を握られ、俺はもう一度ビリーに頭を下げてから部屋を出た。

 少し歩んだところで、背後の灯が消された。


 そういえば、ビリーは先ほど一歩も動かなかったな。

 荷物を抱えて戸棚に仕舞う時も、少し身体を捻っただけだ。

 立ち上がることもなく、ずっと椅子に腰かけていた。

 じっちゃんと言われるくらいだから、見かけより年寄なのかもしれないな。


 そうこう考えている間に、もう部屋の前だ。


「それじゃーね、お休みなさい。お兄さん」


 ギザギザの歯を見せ、虎っぽい子は手を振ってから階段を降りて行った。

 俺はそれを見送ってから、ベッドに倒れ込んだ。


 まだ右肩からは、花のような甘い香りがしていた。


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