2-2.王都観光は司書さんとともに
冒険者ギルドを出てから少し通りを歩くと、王都の象徴ともいえる立派な建造物、フレドールの時計塔の前に出る。
掃除をするために以前来たことがあるが、やはりでかいな。
遠くからでないと、時計の盤がよく見えない。
これ、庶民の生活に必要なものなのかね。
「フレドールさんって、目立ちたがり屋だったんですかね。こんなに大きな時計塔を作って、街のど真ん中に設置するなんて」
「細工師フレドール自身は、外出嫌いな変わり者だったと書物には記されておりますよ。当時の技師や職人は、王族や貴族の注文通りに品を作製する職業だったそうですが、細工師としては致命的なことに、フレドールは作品に自分の色を出さなければいられない方だったようで……。目立つように大きめの時計を作ってくれと貴族に頼まれて、せっかくだから一人では使えないくらい大きいものを作ってやろうと、これを作製したといわれています」
詳しいな。王都ではそれも、日常生活に必要な常識なのだろうか。
覚えることが多すぎて大変だ。
「細工師フレドールの伝記や思想を記した書物は図書館にもあるので、気になったのでしたら読んでみてはいかがでしょうか」
耳元の髪を弄りながら、プリムヴェールは嬉しそうに俺を見た。
さりげなく図書館の書物を勧める。流石司書さんだ。
確かに気になってはいたことだし、時間があったら読んでみよう。
歴史書にはざっと目を通したが、細工師や技師などの職業に関しては調べていなかった。
あの時はまだ金銭的にも危うかったから、必要な情報だけを掻い摘んで書物に目を通していたんだよな。
時計塔前を通り過ぎ、宿や住宅が立ち並ぶ裏通りへ向かう。
うちの宿はこのもっと先、辺鄙な場所だ。
住宅やら他の宿から隠されるような場所に、ひっそりと建っている。
「そういえば、賢者様は王都の生まれでは無いのですか?」
「ええ、王都に足を踏み入れたのもここ最近の話です」
そうですか……、とプリムヴェールは顎に指先を当てながら思案気な表情。
俺が王都に詳しかったら、何か聞きたいことでもあったのだろうか。
「いえ、エイムさんが、賢者様は王都についてあまり詳しくないので、色々教えてあげたらどうかしらって」
「エイムさんが、そう言ったんですか」
キツネ耳を揺らすゴシップお姉さんの、邪気のない笑顔が頭の中に思い浮かぶ。
何故俺が王都に詳しくないことを彼女が知っているのか、それはすぐに解る。
身分証明書の発行にお金がいることを知らなかったり、全財産を丸投げするだけの旅費交通費をかけてここまで来たのだと思っているからだろう。
まあ王都に詳しくないということに関してはあながち間違ってはいない。
もっと詳細に言えば、この世界の常識に関して完全なる無知なのだが。
「エイムさん世話好きですから、きっと賢者様のことが心配だったんですよ」
脳内エイムが薄く目を開き、ペロリと舌を出した。
世話好きか、確かに。俺に銀貨三枚を貸してくれたときも、仕事だからというよりかは、困っている青年を助けてあげようって感じだったし。
いつも笑顔だし、優しい人なのかな。
「これから暮らす場所をよく知らないと何かと不自由でしょうし、今日は半日お休みですから、賢者様に王都を案内してあげましょうか?」
ポンと手を叩いて、真紅の瞳が俺の姿を捉えた。
じっと見つめられたので、今回は目を逸らさずにじっと見つめ返す。
いつ見ても綺麗な瞳だな。
透き通るように紅くて、大きくて。
「いいんですか? せっかくのお休みを俺のために」
「一人で読書をする時間も好きですけど。……もっと賢者様とお話したいなって思いまして」
頬をほんのりと赤らめ、照れ隠しに髪を弄ってみせる。
やだ何この人可愛い。
そういえばプリムヴェールは、「賢者」に憧れていたんだっけ。
それも魔法関連の賢者を目指していたと言っていたな。
漫画とかでよく見る、憧れの先輩と肩を並べて一緒に歩く、とかそんな感じなのかな。
まあ、彼女の真意はどっちでもいい。
俺も同じ考えだ。
読書する時間を潰すのは辛いけど、せっかくプリムヴェールから王都観光のお誘いをされてるのだ。
ここ五年間、男女問わず誰からの誘いももらえなかった俺、カザミ・アヤメ。
異世界に来て初めての観光のお誘いが、こんなに可愛らしい司書さんだなんて。
圧倒的勝ち組じゃないですか、やったー。
「それでは、行きましょうか」
さりげなく手を差し出してみた。
せっかく二人で観光するなら、手とか繋ぎたいじゃん。
プリムヴェールは俺の手と俺の顔を交互に見やると、理知的な瞳を細めてにへりと頬を緩めた。
「仕方ないですね、もう」
鈴の音のような愛らしい声音とともに、右手をキュッと温かな感覚が包み込んだ。
温かくて柔らかくて、指先が絡み合って何とも言えない気分だ。
空いた方の手で耳元の髪を弄りながら、プリムヴェールは首を傾ける。
一つ一つの仕草が魅力的で、可愛らしい。
「さあ、これで迷子にはなりませんから大丈夫ですよ」
クスッと笑みをこぼし、プリムヴェールは俺の手を握ったまま歩き出した。
どうやら俺が起こした必死の行動は、プリムヴェールの心に全く届いていなかったらしい。
迷子って、子供か!
思いつつも、とくに何かを申そうとは思わない。
理由はどうあれ、せっかくプリムヴェールに手を握ってもらえたのだ。
今はその感触を楽しむことにしよう。
◇ ◇ ◇
先ほどまでいた宿街から回れ右してぐるっと迂回する。
プリムヴェールが言うには、路地を一本間違えるだけで危ない通りに出てしまうのだとか。
どういったものかと恐る恐る聞いたところ、何のことはない、単なる娼館が建ち並ぶ春街があるだけだった。
一人で歩く分には問題無いのでは? と問うたところ、どうやらそこには恐ろしい魔族――サキュバスやインキュバスが常時たむろしているのだとか。
故に一人だろうが二人だろうが男女の二人組だろうが、身体で迫られてそのままモノにされてしまうのだとか。
本気になったサキュバスやインキュバスの魅力に打ち勝つことのできる種族は、常に禁欲的なハイエルフや、彼らより高等な魔族だけだという。
ちなみにプリムヴェールは、血筋とは全く関係のない個人的な理由でサキュバスを毛嫌いしている。
異様なほど彼女たちを悪く言うため、何故なのか非常に気になってきた。
春街の裏も通り過ぎたところで、ここぞとばかりに聞いてみたところ、
「だってあの人たち、わたしたちの目を盗んで、図書館の隅で年中昼間っから平気で盛ってるんですよ。しかもよごした挙句、後始末もせずにいなくなっちゃうし」
とのことだ。
端的に言えば、大切な図書館を色々な液体で汚すから嫌い、と単純な理由である。
直接的な言葉を使いたくなかったのか遠まわしにいう様が、清楚可憐な雰囲気をさらに醸し出しており、余計魅力的だった。
裏通りを抜けると、徐々に一般住宅が姿を見せ始めた。
庭先に植えられた樹木にワイヤーを引っかけて、洗濯物を干している。
洗濯バサミなどといった便利なものは無いので、袖にワイヤーを通して吊るす。
すぐに型崩れしてしまいそうな乱暴な干し方だ。
舗装された道路にはゴミ一つ落ちていない。
兵士もよく見回っているみたいだし、クリーン精神に敏感なのだろうか。
生活排水は、道端にあるパイプの中にまとめて流して処理をする。
王都の周りに川や海は無かったと思うが、あのパイプはいったいどこに繋がっているのだろう。
地中に捨てていれば地盤が緩んだり悪臭を放つだろうから、まさかそんなことにはなっていないのだろうが。
パイプの先にあるものに関しての疑問は、ひとまず置いておく。
住宅街を抜けると、次に広がるのは商店街だ。
生活感溢れる空間が、突如値切りや冷やかしの集まる活気のある空間へ変貌する。
「せっかくですから、何か買っていきましょうか」
プリムヴェールは楽しそうに俺の手を引っ張りながら、様々な露店へ連れ込んでいく。
見るだけだが、ジュエリー店や、安物のアクセサリーなどが売っている店など。
銀貨一枚で干し肉を売っている店では、銅貨八枚にまけてくれと両手を合わせて値切っていた。
後から聞いたのだが、王都では商品を買う時まず値切るのが常識らしい。
ちなみにプリムヴェールは、干し肉を結局銅貨八枚と鉄貨二十枚にまけさせていた。
さて、調べることがまた増えた。
新たな通貨、鉄貨。
文字通り、鉄を加工して作られたであろう貨幣だ。
あまり頑丈そうには見えないが、錆びや欠損の類は確認できない。
一つ一つに特別な加工を施しているとは考えにくいし……。
元の世界における鉄とは、少し違うのだろうか。
銅貨九枚を支払ってお釣りとして八十枚の鉄貨が戻って来たので、多分鉄貨百枚で銅貨一枚の価値になるのだろう。
鉄貨は真ん中に四角い穴が開いており、十枚纏めてひものようなもので繋いで使うらしい。
どうせ一単位増やすなら大鉄貨でも作ればいいのにとも思うが、硬貨は全て手作りであろうこの世界で実践するのは酷な話か。
「俺も何か買おうかな」
以前なら、節約のためにそんな科白を吐くことは無かったのだが、今俺には金がある。
一応すぐ使いそうな分はジャージのポケットに入れているので、わざわざこの布袋を開けて宝石箱を取り出す必要はない。
金貨五枚くらいなら、すぐに出せる。
「そうですねー……。お洋服なんてどうでしょうか。火魔法をお使いになりますと、やはり焦げや煤が付着したり、穴が開いたりしますから、それに……」
言いにくそうに顔を逸らし、毛先を弄り始めた。
「いつも、同じお洋服を着ているようですので……」
「ああー、一応毎日洗って乾かしてはいるんですけどね」
洗っているのは本当だ。
毎晩行水用のタライに水を汲んで、下着から全て洗って干しておく。
だから汗臭かったり、汚れていたりすることは無いと思うのだが……。
「これからもこうやって一緒に歩くとき、いつも同じ服なのはちょっと寂しいです」
シュンとして、口元に拳を当ててみせる。
確かにちょうど替えの服は欲しかったところだ。
洗っているとはいえ、毎日毎日上も下も同じジャージってのも嫌だし。
プリムヴェールのは制服ってか仕事着だから、毎日同じ服を着ていても違和感ないんだろうけど。
それとも、実は同じ服を何着も持ってたりして――。
ありえない話ではないな。
干し肉や干物を取り扱う店を何軒か通り過ぎた辺りに、魔術師や賢者用のローブや衣服が売っている店がある。
露店ではなく、ちゃんとした建物だ。
青空商店街からは少し外れた場所にて、他の店と並んで建っている。
大丈夫か、高くないよな、ここ。
金貨持ってるから、足りないってことはないだろうが。
ジャージ一着でどこにでも行ける俺には敷居の高い店だが、とにかく入ってみよう。
そういや中学高校は制服だったから、ちゃんとした私服を持っていなかったな。
ジャージ以外の衣服を買うために服屋に行くの、いつぶりだろう。
「や、いらっしゃい」
中に入ると、赤毛の女性がマネキンに服を着せていた。
着せているのは、ピエロのように奇抜な色彩をした派手なスモックだ。
彼女本人は、薄手のカーディガンにミディスカートを纏い、漆黒のソックスを穿いている。
靴下以外は全体的に春らしい色でまとめている。
「何かお探しかい? そちらの女性は彼女? それにしても奇妙な素材の服を着てるね、どこ製? 洗い方もなってないし、ちゃんと手入れしてる? 職業は魔術師かな? だったらこんなのはどうだい? さっき仕入れたばかりなんだけどさ、ねずみ色のローブだ。蓋つきのポッケが幾つも縫い付けてあるから、ナイフでも閃光玉でも火炎瓶でも何でも仕舞えるよ。
デート用の私服なら、こんなのはどうかな。お客さんの髪色なら、彼女さんみたいなモノクロ系統のもいいと思うんだ。
それとももっと大胆にセクシーにいってみる? これ、どうかな? 胸元をひもで結ぶから、少し解けば気怠げな感じが出るし、袖が緩いから、腕を挙げるとキュッと締まった二の腕がより魅力的に――」
「あの」
饒舌に語り続けていた赤毛の女性はピタリと止まり、頬をポリポリとかきながらぺろりと舌を出した。
あざとさ満載の仕草だが、不思議と嫌悪感は生じない。
むしろ大雑把に切り揃えた赤毛とのギャップに、少なからず魅力を感じさせる。
「これは失礼。私の悪い癖だ。飾り甲斐のある地味君を見ると、ついつい度が過ぎたアドバイスをしちゃうんだよね。
お客様の趣味とかも考えないで、やれモノクロだセクシーだとか言っても困っちゃうよね」
にゃはは、と奇妙な笑いをこぼし、赤毛の女性はマネキンに服を着せる作業に戻った。
勝手に見といてくれ、とでも言っているように見える。
服屋ってこんな感じだったのか。
「それでは賢者様。賢者様のお洋服は、わたしが選んでもよろしいでしょうか?」
気が付けばプリムヴェールが俺の前にしゃがみ込み、顔から足元までをじっくりと凝視していた。
そんな場所から見上げられると、腰を突き出したくなる衝動に駆られるのですが。
ふっと湧いた煩悩を打消し、俺は黙って首肯する。
どうせ俺が選べば、また真っ黒な服とかでまとめてしまうに違いない。
そもそもどんな色が俺に似合うのか、考えたこともないからな。
「さあ……、賢者様には、どんな色のどんなお洋服が似合うかな」
いつの間にかプリムヴェールは幾つもの衣服を腕にかけて、自身満々といった様子で堂々と胸を張っている。
パッと見ただけで十着以上はあると思うんですが……。
「えっと……?」
「試着室はそこにありますから、ぜひ着たところをわたしに見せて欲しいです」
「いや、あのですね?」
言いながらも、プリムヴェールはまだ売り場の衣服を物色している。
まだ着せる気かよ。
選んでくれるのは嬉しいけど、絶対俺のこと着せ替え人形だと思ってるだろ。
そういえば小学生の頃、毎日のように変な色の服を着ていた娘がいたな。
誰も何も言わなかったのに、転校してきた空気の読めない奴が何か余計なことを言って、その娘のこと泣かしてたっけ。
確かその娘の姉が当時中学生で、自分のお下がりを妹に着せて遊んでいたらしい。
当人としてははた迷惑な話だ。
当時は何が何やら……、と傍観していたけど、これがそれなのか。
ファッションについてよく分かっていない子を見ると、ついつい色々着せてみたくなってしまうという心理、それなのか。
逡巡している俺の心情を勘違いしたのか、プリムヴェールは顔を赤らめ、上目づかいで俺を見た。
「大丈夫ですよ。お着替え中は、絶対に覗きませんから」
うん、無理だね。
端から従うつもりではあったけど、これは断れないね。
期待するようなキラキラする視線で見つめられ、俺は渋々試着室へ入った。
中から出てくると、俺の姿を見たプリムヴェールが大絶賛してくれた。
賢者様格好いいとか、ほっそりした体躯によく似合ってます、とかベタ褒めだ。
これで終わりかなと溜息を漏らしたが、甘かった。
「今度はこっちをお願いします。今のよりも、きっと似合いますよ」
さっきと同じキラキラした視線で見送られる。
これがさらに、二十回以上も続いた。
結果的に購入した服は三着だけだったが、赤毛の店主はとくに何かを言うでもなく、商売人らしい清々しい笑顔で見送ってくれた。
試着しすぎとか咎められなかったけど、こういうこと、普通にあることなんだろうか。
ともかく、自分で服を選べるだけの経験があれば、こんなことにはならなかっただろう。
日本でもっと服屋に行っておけば良かったなと、そう思った。




