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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第2章 異世界観光は司書さんとともに
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2-1.金貨の詰まった宝石箱


 冒険者ギルド兼役所。

 基本的には、世界中を巡って魔物の討伐をしたり、各地に出現した迷宮を踏破して生活する冒険者という職業の人々のために、依頼を張り出したり情報交換の場を提供する場所である。

 故に冒険者ではない人達にとっては馴染みにくい場所のようにも感じるが、王都の冒険者ギルドに関して言えば、その見解は全く以てふさわしくないものとなる。 

 ここでは身分証明書の発行から仕事の斡旋、資金の貸付など、戦う術を持たない普通の旅人や王都市民が必要としている案件を、大体こなしてしまう。


「賢者様は、ギルドへ来られるのは初めてですか?」

「初めてじゃないよ。前に……えっと、お仕事の斡旋をしてもらいに、来たんだ」


 詰まりながらも、何とか答えることができた。

 仕事の斡旋をしてもらったことには間違ない。

 だが俺が初めてここに赴いたのはもう少し前、別の用件によるものだ。

 身分証明書の発行と、資金の貸付。

 間違っても、そんなことプリムヴェールに言うわけにはいかない。

 身元不明の無一文とか、明らかに怪しいからな。


「ここで、わたしの友人がお仕事しているんです。もしよかったら、紹介させてください」

「はい、喜んで」


 プリムヴェールの友人か……。どんな人だろう。

 落ち着いた雰囲気の優しいお姉さんとか、そんな感じかな。


 竹と木材の中間のような素材で作られた扉を開き、俺とプリムヴェールはギルドに入った。

 一瞬だけ視線が集まり、そのまま全ての視線が俺の隣へ降り注いだ。

 男性も女性も、プリムヴェールの美貌に見惚れているのだろう。

 あ、今冒険者っぽい奴らの視線が少し下がった。


 女神のような容姿にたっぷり癒された後は、モノクロを基調とした仕事着に包まれた魅力的な肢体に目がいくのは必然だ。

 俺も初めてプリムヴェールと会ったときは、顔に見惚れてそのまま視線が下に行った。


 慣れているのか気が付いていないのか分からないが、プリムヴェールは彼女自身に向けられる数多の視線をとくに気にしていないようだった。


「エイムさん見当たらないなぁ……。あの人だったらお辞儀しててもしゃがんでても、見つける自信があるのに」


 熱い視線の集中砲火を浴びている当の本人は、くっと踵を上げて背伸びしたり、眉の辺りに手をやってキョロキョロしている。


「お辞儀しててもって、そんなに目立つ人なんですか?」

「目立ちますよ。スラッとしてて背も高いですから、目印にも丁度いいんです」


 それはまた大仰な、と言いかけたが。


「あらあら、人のことをそんな看板みたいに言うなんて、失礼しちゃうわ」


 口に出そうとしたしたそのままの言葉を背後から紡がれ、俺は言葉を飲み込んだ。


 声がした方へ振り向けば、そこにはいつの間にか一人の女性が佇んでいた。

 お腹の前で手を重ね合わせ、姿勢よく背筋を伸ばしている。

 腰にまで届く金髪は西洋風のそれではなく、動物的な柔らかさを備えている。

 そして腰からは、思わず抱きしめたくなってしまうようなキツネのしっぽがぴょこんと生えていた。


「エイムさん」

「久しぶり、プリム」


 挨拶代りのハグが目の前で繰り広げられ、思わず視線を奪われる。

 エイムと呼ばれたキツネ耳のお姉さんも、プリムヴェールに引けを取らないほど大きい。

 いや、服で押さえつけているだけで、もしかするともっと大きいのかもしれない。


 遠慮なく身体を密着させて抱きしめるため、双方の膨らみが寄せたり返したりしているというか、おっぱい同士が押し付け合わされていた。

 率直に挟まれたいとそう思った。


「プリムがここに来るなんて珍しいわね。どうしたの?」

「こちらの賢者様と一緒に、兵士様からの報酬を戴きに参りました」


 プリムヴェールの小さな手が俺を引き寄せ、エイムの前に身体を向けられる。

 紹介してくれると言っていたけど、この人に初対面の挨拶はいらなかったな。


「もう、プリムったら堅っ苦しいなあ。私にまでそんな敬語使わなくてもいいのに――って、あら?」

「えと、その節はどうも……」

「アヤメさんじゃないですか。だって今賢者様って、あれ?」


 キツネ耳という辺りで気が付いていたが、やはり彼女だった。

 初めてここに来て身分証明書を発行してもらい、そのうえ資金を貸し付けていただき、仕事の斡旋まで行ってくれた――端的に言えばお世話になった恩人だ。


 キツネ耳をピコピコと揺らしながら、エイムは俺とプリムヴェールの顔を交互に見やり、おもむろにニタリと頬を緩めた。

 嬉しそうに微笑みながら、プリムヴェールの肩を突っついている。

 あの、多分あなたが考えているような関係とは違いますよ。


「プリムったら、ようやく()()()とお付き合いできるようになったのね」

「違いますよ、エイムさん。賢者様はお優しいので、わたしを助けてここまで一緒に付いてきてくださっていただけです」


 分かってたけど、そんなバッサリ斬られるのもちょっと寂しい。


「そっかぁ、アヤメさんがプリムを助けてくれたんだぁ」


 ニマニマと頬を緩めて俺の方を見た。

 思わず目を逸らしたが、その視線からは逃れられない。

 私には何でもお見通しよって感じの表情だ。


「エイムさんは、賢者様とお知り合いなんですか?」

「そうよ、えっとね――」


 キツネしっぽを揺らしながら、チラリと俺を見やった。

 大丈夫、余計なことは言わないから、なんて言葉が聞こえた気がする。


「お仕事の斡旋をしたことがあるのよ。あなたと同じで、屋外の方が魔法を使いやすいとのことだったから」

「そうだったんですかー」


 プリムヴェールは俺を見て、なるほどと言った様子で頷いた。


 確かにまあ、あの魔法を見れば屋内より屋外向きだと思うだろう。

 俺の場合屋外の方が得意なのではなく、()()()()使()()()()になるのだが、まあ余計なことは言うまい。


 入り口付近で話していると、不意に外が騒がしくなった。

 扉が開き、鎧を纏った兵士の一人が顔を出した。


「司書様に賢者様、ですね? お約束のものをお持ちしましたので、――エイムさん、奥のお部屋をお貸し戴ければ有難い」

「分かりました。こちらへどうぞ」


 先ほどまでのゴシップ笑顔はすっかり消え去り、お仕事モードになったエイムはテキパキと兵士たちをギルドの奥へ招き入れた。


 重そうなズタ袋を大事そうに抱え、十人近い兵士たちが各々別室に入っていく。

 途中二、三人の冒険者に声をかけ、ともに室内へ姿を消した兵士もいる。

 あれか、報酬の金額が違うから、個々別室に呼ばれるのか。


 確かに、悪魔を追い払うために頑張って戦ったのに、突如現れた見知らぬ賢者が金貨を数百枚もぶんどっていったら、気分良くないだろう。

 俺が冒険者の立場だったら、絶対文句を言いたくなる。


「賢者様、どうぞこちらのお部屋に」


 他の兵士と比べると若干豪奢な鎧に身を包んだ兵士さんに呼ばれ、俺は一番端の部屋へ赴いた。




「では本日の報酬になります。正確に、金貨二百三十六枚でございます」


 ご丁寧に十枚ずつ重ねて、数に間違いがないかの確認を行う。

 正確に二百三十六枚だ。

 もっとも俺が何体悪魔を焼き焦がしたのか分からないため、幾らかちょろまかされていても分からないのだが。


「では、こちらの入れ物に」


 ガッチリと施錠された宝石箱を開き、ザラザラとその中に金貨を仕舞い込んでいく。

 やがて全ての金貨を仕舞い込むと、銀色の鍵でしっかりと施錠する。

 そしてその宝石箱を大きめの布袋に入れると、銀色の鍵を差し出しながら布袋を机に乗せた。

 中身を知らない第三者から見れば、ただの荷物だ。


「失礼ですが、その鍵は安全なものですか?」

「この宝石箱と鍵は、数十年ほど前に迷宮から掘り出されたものだと言われています。魔物などの攻撃を受けても魔術師の魔法を受けても、ひび割れ一つ入らなかった頑丈な箱でございます」


 ということは、箱と鍵さえ守れば絶対に盗まれないと考えて良いのかな。


 でもどうすれば、こんな目立つ箱を宿の中に仕舞っておけるだろう。

 いつか土地でも買って、小屋を建てようとは思っているのだが……。

 それも今すぐというわけにもいかないし。


「土魔法か何かを使用して、床と同化させてしまえばそう簡単には見つからないでしょう」


 簡単に言ってくれるが、俺は屋内で魔法が使えない。

 石ころ幾つかでまかなえるような魔法でもなさそうだし――、仕方ない、日本青少年必殺の隠し場所を使うか。


「それでは報酬の引き渡しはここまでということで」

「はい、わざわざここまで運んでいただいて、ありがとうございます」



 兵士さんが出て行ったのを確認してから、俺も受付まで戻った。

 流石にプリムヴェールはもういないかな――とあまり期待はしていなかったのだが。


「あ、賢者様ー」


 受付越しにエイムと談笑しながら、こちらへ手を振ってくれた。

 手を振り返すと、銀髪を弄りながらにへりと照れ笑い。

 やだあの子可愛い。


 ポサっと見惚れていると、エイムの邪気のない笑顔に見つめられた。

 俺を見ながらはにかむプリムヴェールと俺とを交互に見やりながら、ニマリと頬を緩める。


 エイムからはもしかすると、俺とプリムヴェールが初々しい恋仲にでも見えるのかもしれない。

 実際違うけど、何だか嬉しいな。

 あんな綺麗な人と恋仲に見えるってことは、俺の容姿も中々捨てたものじゃないってことだ。

 流石にそれは違うか。


「賢者様も戻ってこられたので、わたしもそろそろ帰りますね」

「私は大抵ここにいるから、何かあったらまた来てね」


 エイムはそう言うと、躊躇うことなくプリムヴェールのほっぺたに唇を当てた。


 え、何? もしかしてほっぺたにキスするのが、この世界の挨拶だったりするの?

 地球でも親族との挨拶はハグをしたりする国があったし、無いとはいいきれない。


 さりげなくエイムの顔を窺うと、パチンとウィンクで返答された。

 ゴーサインかストップか、よく分からないが……。


「それでは賢者様、行きましょうか」


 エイムの表情を見ている間に、プリムヴェールは既に俺の前まで歩んできていた。

 横顔が目の前にある。

 銀髪の美髪越しには、柔らかそうなプリムヴェールのほっぺたが。


「あの、えっと……。さっきエイムさんと、何をなされていたんですか?」

「? エイムとですか。――ああ、耳にゴミがついていたらしいので、吹き飛ばしてくれたんですよ」


 もう一度エイムの顔を見た。

 エイムは素知らぬ風を見せながら、ペロンと舌を出して後頭部に手をやった。

 危ねぇ……。あと一歩で人間としての終末を迎えるところだった。


 あの人の仕草には気を付けよう。

 そう心に留め、俺はプリムヴェールとともに冒険者ギルドを後にした。


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