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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第1章 異世界転移は魔導書とともに
12/101

1-11.爆炎と暴風の協奏曲

 空を覆い尽くした悪魔デーモンが、一斉に地上へ降り立った。

 漆黒の巨体に、彗星のような真紅の球体が、幾つも顔に埋め込まれている。

 背中には雄々しい翼が生えており、気まぐれに羽ばたくだけで、大地が捲れ上がるほどの強風を巻き起こす。

 形状は鋭角的で筋張っており、蝙蝠の翼に類似している。


 身体を支える脚は重みのためか、常時曲がっている。

 背丈は三メートル程度。腕は長く、クレーンのように荒々しい腕が地面付近まで伸びている。

 生物というよりは、人工物――メカなどにも通ずる造形だ。

 どこかの初号機を真っ黒に塗りつぶせば、あんな感じになるかもしれない。



 穏やかだった広場が、突如地獄へと変貌した。

 いつの間にか集まっていた兵士たちは低級の火魔法や水魔法で牽制しながら、槍や剣で悪魔を迎撃しようと試みる。

 悪魔は火に弱いのか、兵士の手から吐き出された火の玉が着弾した箇所は焼けただれ、痛々しい傷痕を残していた。

 

 善戦しているようにも見えるが、この数、この巨体だ。

 兵士五人で一体の悪魔を相手にするのが精一杯なようだ。

 残りの悪魔たちは広場の芝生をむしってみたり、仲間の背中に噛り付いたりしている。

 知能は低いのだろうか。


白銀の暴風(シルバー・ストーム)!」


 鈴を転がしたような声音が木霊し、銀髪紅瞳の司書プリムヴェールが跳躍する。

 否、ただの跳躍ではない。

 本棚から本棚へ飛び回るように、風魔法を使用して緩やかな飛行をしているのだ。

 だが普段の移動手段とは異なり、彼女自身を守るように、薄い風の盾を纏っている。


重圧的な強風(クラッシュ・ウィンド)!」


 空中を舞いながら、プリムヴェールは新たな魔法を使用する。

 風の流れが変わった。

 空が落ちてきたような轟音とともに、悪魔たちが停滞する。

 元々曲がっていた脚はさらに曲げられ、プルプルと震え始めた。


 上空から強風を叩きつけ、相手を押しつぶす類いの風魔法だ。

 図書館で読んだ魔法教本にも書かれていた。あまりに膨大なオドを使用するため、並みの人族が使うと一瞬でオドが真っ黒に染まる、強烈な魔法。

 ハーフ魔族でありオドの純度が高いプリムヴェールでも、これを長時間続けることは不可能だろう。


「……賢者、様っ、早く、早く……。逃げてください、ぃぃぅ……」


 両腕を上げて風向きを操作しながら、プリムヴェールの悲痛の声が聞こえた。

 眦に涙を浮かべ、歯を食いしばっている。


 何故あんなにも疲弊してまで、俺を逃がそうとしてくれるんだろう。

 出会って間もないのに。二日しか経っていないのに。

 ただ俺が賢者だと名乗っただけ。

 彼女が憧れていた、賢者という職業を目指していると言っただけだ。


「ほら、さっさと逃げろよ」


 突如始まった戦闘だったため、思考が停止していた。

 そんなとき、不意に投げかけられた軽蔑するような言葉。

 気が付けば、背後に一人の兵士が立っており、見下すような目つきで俺を見ていた。


 持久走の授業で貧血を起こして木陰で休んでいた時に、体育会系のクラスメートから向けられた視線にそっくりだ。

 自分と同じだけの能力を求めようとは思わねえけど、他人に迷惑かけるんじゃねーよ、って感じの嫌な視線。

 明らかに自分より下等な存在に向ける、軽蔑の目線。


「役立たずはさっさと尻尾丸めて、ケツ捲って逃げろよ」

「……逃げるならお前一人で勝手に逃げれよ。兵士のくせにこんな後ろまで来ちゃうとか、あんたこそ腰抜けじゃねーのか」


 悪いが、お前みたいな奴とは何度も対面している。

 人がせっかく静かな場所で読書を楽しんでいるというのに、何が面白いのかわざわざ邪魔しにくる輩達。

 自分よりも弱いやつを見ると、安心するんだろうなって思う。

 嫌悪感より先に、人の邪魔するしかできないの? なんて、憐みを感じてしまう。

 実に可哀想な人たちだ。


 魔法教本を開き、左手を地面にピッタリと着く。

 大地に眠るマナを利用した、火魔法の使い方。

 高原での移動中に何度も試しては、小石に火を灯す程度しかできたかった、だがしかし。

 ここ数日間の読書のおかげで、新たな可能性に辿り着いた。

 小屋を建設するなど、手順を説明することが困難な魔法には、詠唱や魔法陣が組み込まれている。

 俺は今まで、正確な魔法を伝授するために、詠唱や魔法陣は生み出されたのだと思っていたが、プリムヴェールの話で、確信した。


 体内魔力オドの総量に限度があるため、出来る限り無駄な魔力を使用しないようにしているのだろう。

 同じ火魔法でも、火の玉を出すのと周囲一帯に火炎を放射するのでは、後者の方が魔力を食う。

 てきとうに乱発して、魔力オド不足になるのは困る。

 だから詠唱をして、間違って膨大な量のオドを使用する魔法を使ってしまった、ということにならないようにしているのだろう。


 確かに戦場で全力疾走しながら、的確な大きさの魔法を想像して――なんて細かい作業を行うのは難しいのだろう。

 戦いながら早口で詠唱するのと、どちらが簡単かどうかは分からないが。   

 

 確かに俺も、詠唱や魔法陣を使わなければ、マナから小屋を建造する魔法は使えなかった。

 だが火魔法や水魔法など、魔力マナがあればあるほど強化されていく魔法は別だ。

 体内魔力と違って、こっち(マナ)は無制限だ。


「……プリムヴェールさん」

「賢者様! 早く逃げてくださいと――」

「悪魔たちの足元に群がっている兵士たちを、残らず避難させてください」

「な――」


 プリムヴェールは何かを言おうとしたようだが、俺の真剣な表情かもしくは魔力の溜まった右手を見て、美しい瞳を困惑に瞬かせた。

 え、何で? とでも言うようにびっくりしていたが、彼女はすぐ我に返り、愛らしい美声で返答した。


「分かりました、けど……。いったい、何を?」

「悪魔たちを全滅させる」


 大地からエネルギーを吸い上げる感覚に、左腕が熱くなる。

 吸い上げられたマナは体内を駆け巡り、前方――悪魔たちのひしめく地点に向けて突き出した右腕へ、ぐんぐんと集結していく。


 熱が右手まで上り詰め、指先がジンジンと痛くなる。

 すぐにでも発動可能だ。


「プリムヴェールさん! 兵士さんたちを安全な場所に!」

「分かりました! 白銀の暴風(シルバー・ストーム)!」


 竜巻のような旋風が発生し、悪魔の足元で戦っていた兵士たちの体躯が瞬く間に上昇する。

 悪魔の背丈を超える高度まで吹き飛んだことを確認したところで、


「――――」


 火魔法が発動し、右手から凄まじい量の火炎と爆風が噴き出した。

 視界が橙色に染まり、耐え難い暑気に額からぶわっと汗が吹き出る。


 綺麗に整備された芝生が一瞬で黒焦げになる。

 自然管理委員とかのおじさんに後で何か言われるかもな、などと余計なことを考えながら、ふと前を見る。

 灼熱の業火に焚かれ、じゅわじゅわと溶けていく悪魔の体躯。

 元々黒かったため焦げているのか焼けているのかよく分からないが、右往左往する悪魔たちに、反撃の意思は無さそうだ。


 暫く手から火炎を放出し続けている間に、数百体と並んでいた悪魔は完全に焼却された。


 消し炭くらいは残るかなと思っていたが、とんでもない。死体どころか骨も残らず、残ったのは焼けた芝生と、何が起こったのか分からず口をパクパクさせるプリムヴェールと吹き上げられた兵士さんたちだけだった。


「……なんなんだよ。お前、いったい何者なんだよぉ……」


 さっき俺を小馬鹿にしていた()兵士が、腰を抜かして座り込んだまま、俺を見上げていた。

 時折身体をブルリと震わせ、「あっ」という声とともにちょろちょろと地面が濡れていく。

 威圧的な喋り口調だったから男性かと思っていたが、よく見ると女性だったらしい。


 それにしちゃよく鍛え上げられている身体だ。

 もしかしたら、動けなくなっていた俺を助けてくれようとしていたのかもしれない。

 さっきは兵士のくせにとか言ってごめんね。てへぺろ。


「俺は、賢者だ。極めて普通のセージ様だよ」


 ニコッと笑いかけ、前髪をかきあげてみせた。

 何こいつって顔で、ジト眼でドン引きされた。何故だ。



        ◇          ◇          ◇ 



「どうすっかな、これ」


 焼け野原になった広場を眺め、俺は半眼のまま目を逸らした。

 悪魔を残らず全滅させることができたのは良かったが、支払った代償が少しばかり大き過ぎる。


 吸い出したマナは魔法の消滅とともに還元されるため問題ないが、火で燃やした芝生や植物は戻って来ない。

 ゾウ同士が戦うときに傷つくのは草だ、とかいうことわざをどっかで聞いたことがあるけど、まさにその通りだった。


 植物に感情移入するわけではないけど、これでは暫く広場として解放はできないだろう。

 少年たちが遊ぶ場所も減っちゃったし、何より。


「日当たりのいい読書スペースが無くなっちゃったなぁ……」


 緑豊かな景色に包まれながら、お日様の下で読書するのに少し憧れていたのだが……。

 残念だ。


 しかし、この戦いは俺にとって僥倖だったかもしれない。

 一人で火を扱うことに恐れを感じ、高原では一度も松明以上の火を灯したことが無かった。

 故にあれだけの威力を出すことができるというのは、単なる空想理論だったのだが。

 こうして現実に発動させ、はっきりとこの目で確認することができた。

 身体に疲れもないし、不調も感じさせない。

 実験ついでに人助けできたと思えば、それでいいか。


「アヤ、アヤヤ、アヤメさ、……いえ」


 振り向くと、背後にプリムヴェールの姿があった。

 言葉尻が少し震えている。

 無理もないか、戦力にならないだろうからと必死に逃がそうとした相手が、いともたやすく目の前の脅威を取り除いてしまったのだから。


「えっと……。驚かせちゃって、すみません。せっかく逃がそうとしてくれたのに、結局戦っちゃったし……」

「流石は賢者様です! すごい、あれどうやったんですか? もしかして、あれですか? オドの使用量を極限まで節約して、高威力の魔法を低コストで使うとか、そういうやつですか? 流石です、賢者様!」


 抱きしめられた。

 ギューッと。

 モノクロを基調とした仕事着越しに、温かい弾力が押し付けられる。

 柔らかくて気持ちいい。


「何、賢者だと?」

「てっきり凄腕の魔術師か何かだと思った……」

「人族で、あんな強烈な魔法を使える者がいるとは……」


 プリムヴェールに吹き飛ばされた兵士さんたちが、俺の方を見てざわめき始めた。

 こそこそと噂話されるというよりは、褒め称えられているようだ。

 ちょっと嬉しい。


「賢者様、そして司書様。本日は王都の危機を救っていただき、誠にありがたく存じます」


 ざわめいていた中の一人。兵士の中では一番豪奢な鎧に身を包んでいた兵士さんが、兜をとって跪いた。

 兵長さんだろうか。

 目付きは悪くないし、かりあげてはいないけど。


 兵長さん(?)が膝を折ると同時に、背後に連なる兵士たちも一斉に胸の前に手を当てて敬礼。

 ピッチリした動きに思わず息を呑む。


 俺もピシッとしたポーズで応えた方がいいと思うのだけど、司書さんにガッチリ拘束されているので動けない。

 いいのかな、こんなおっぱいに顔を埋めるような恰好で聞いてても。

 大事な話だと思うんだけど。


「いえ、わたしは何も。これは全て、兵士様方と賢者様による功績です」

「何をおっしゃいますか。プリムヴェールさんがいなかったら、俺も動けませんでしたよ」


 一応結果的な功績を上げたので、ちょっと上から目線にしてみる。

 あなたがいたから俺も頑張れました、ってやつだ。

 これでまた日本人的思考で「いえいえ、私なんかが」とか言ったら、確実に嫌味な奴にしか見えない。


 対応が間違っていなかったかな、と薄く視線を泳がすと、兵士さんたちがこぞってほんわかした表情で俺らのことを見守っていた。


 おっぱいの大きい年上お姉さんに抱きしめられ、ドギマギする青年。

 傍から見ると、どうやって見えるんだろう。

 少なくとも、対等な恋人同士とかには見えないんだろうな。


 兵長さんが立ち上がり、コホンと咳払いをする。


「少し卑しい話になってしまいますが……。その、報酬の話です」


 思わず喉が鳴った。

 魔物を倒した報酬ともなれば、多分金銭的なものなのだろう。

 昼飯一つ女の子に奢ることもできないという、この現状を回避できるかもしれない。

 まさに雲の切れ目から差し込む一筋の光だ。


「兵士である我々には、国から特別賃金が支給されます。実は本日、悪魔討伐には十数人の冒険者様にも参加していただいておりまして、ですね」

「冒険者様が、ですか?」


 冒険者って、すなわちあれだろ?

 幾つかの大陸とか国を旅して、一攫千金を目指す人のことだ。ウェインの殺戮譚とか増殖譚の主人公も、魔術師であり英雄であり、冒険者だった。

 迷宮に潜ったり強い魔物を打倒して、国やギルドから報酬を戴いて生活している人の事だ。

 保険加入と同じで、幾つかの審査に通れば誰でもなれる職業だと、書物に書いてあった。


 ようやく俺から身体を放したプリムヴェールは、キョロキョロと周囲を見渡した。

 同じく視線を泳がせてみるが、冒険者らしき人の姿は見えない。


「悪魔の打倒と申しましても、やはり第一は王都市民の安全を守ることこそが、兵士の役目ですから。冒険者様方には、商店街や住宅街に出現した悪魔を、見晴らしの良い場所へ誘導する仕事を頼んでいたのです」


 あわよくば打倒してやろうとも思っていたようですが、と続け、兵長は頬をポリポリと掻く。


「一応冒険者様たちには、打倒した悪魔一体につき、金貨一枚の報酬を約束しておりまして」

「一体につき、金貨一枚……!」


 プリムヴェールは感嘆し、ちらりと俺を見やった。

 はっきりとした金貨の価値は分からないが、確か二枚で宝石付きのアクセサリーを買うことができたはずだ。

 さっき倒した悪魔の数は、ざっと百――二百体くらいか。

 二百体と仮定して、金貨二百枚ということは、つまり。


「銀貨何枚になりますかね?」

「え、銀貨でですか? 王都に出回っている金貨は、銀貨百枚分の価値がありますから――ざっと、数万枚ですな」


 さりげなく貨幣価値を確認してみた。

 銀貨百枚で金貨一枚分の価値。ということは、間にもう一種類くらい別の貨幣が入るのかな。

 とにかく、金貨の価値が分かって良かった。


「兵団に戻り次第、司書様と賢者様にはそれ相応の報酬を贈りますので――、ギルドの方でお待ちになっていてください。他の冒険者たちの分も含めて、ギルドの別室で手渡すことになっておりますので」


 兵長さんはそれだけ言うと、兵士たちを連れて広場から早々に撤退した。




 ともかく、身に余るほどの大金が手に入った。

 これで財産の残額を計算しながらの貧乏生活ともおさらばだ。


 未だ解決していない事項もまだたくさんある。


 キツネ耳お姉さんとの噛み合わない話と、今回の戦闘。

 体外魔力マナを利用した魔法が普及しているのであれば、さっき俺が発動した魔法など誰でも簡単に扱えるだろう。

 だがプリムヴェールや兵士さんたちも、自分自身の体内魔力オドだけで魔法を使っていた。

 図書館に置いてあった魔法教本にも、マナを使用する魔法の使い方は書かれていなかった。

 所謂、秘術や隠術というものに分類されるのだろうが。


「だとすると、俺の持っているこれは何者なんだ」


 この菖蒲色をした書物は、教本ではないのか。

 教本でないなら、何なのだろうか。


 ――そもそも、俺は何で異世界に転移させられたのだろうか。


 まあ、考えるのは後でも良いか。

 一つ一つ、少しずつでも分かっていけば、それでいい。

 先急ぐことなんか無いんだからな。


「賢者様、行きましょうか」


 プリムヴェールの甘美な声音が鼓膜をくすぐり、白銀の美髪が風になびく。

 俺はそれに少し見惚れてから、プリムヴェールの背中を追った。


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