2-4.司書さんと二人で
「よし、これでいいかな」
RPGなんかに出てきそうな魔術師用ローブに袖を通し、姿見の前でクルッとターンしてみる。
外側は深いねずみ色で、内側の布地は鮮やかな群青色をしている。
いつもダークグレーのジャージを着ているから、ねずみ色が好きなのだと思われたらしい。
でもまあ、嫌いな色ではない。
銀色と少し似ているしな。
「似合ってますねー、お兄さん。でも、少しぶかぶかしてませんかー?」
紫紺のラインが入った袖を擡げ、虎っぽい子がローブを撫でつける。
それは仕方がない。
試着時点で少しぶかぶかしていることは分かっていたが、俺の身長ではこのサイズが標準の体格になるらしい。
背は一応高校生の平均程度だが、どうにもこうにも体重が軽すぎる。
筋肉も付いていない、典型的なもやしっ子だ。
魔術師には小柄な人も多く、ウサギ系の獣人や小悪魔族なんかが身に着けるローブも売ってはいたのだが、今度は丈が足りない。
これでもう少し背が低ければ、ワンサイズ小さいものでも良かったのだが。
キツくて動けないよりはマシだろう、と割り切ったのだ。
「んー、お兄さん格好いいですー」
布地の触り心地がいいのか、虎っぽい子はべったりと背中にくっついている。
「ふかふかしますー」
「ほら、帰ってきたらまた抱き付いていいから」
へばりついた黄色い手を掴み、優しく引き剥がす。
幸い爪を立てられることはなかったため、服に傷がつくことは無かった。
「また図書館ですかー。図書館ってそんなに面白いとこなのー?」
「面白いよ。図書館以上に楽しい場所は、まだ出会ったことがないね」
「そーなのですかー」
虎っぽい子は両腕を広げると、トタトタと部屋から出て行った。
◇ ◇ ◇
いつも空いている奥の机に、幾つかの本を積み重ねる。
読みかけの書物『魔術師ウェインの殺戮譚』と、もう一つ気になっていたものだ。
「何体か逃げ出した悪魔、か……」
兵士の話によると、訓練場から逃げた悪魔は数体という話だった。
その割にはあれだけの大軍を見ても、驚いた様子を見せなかった。
悪魔とは、増えるものなのだろうか。
それとも仲間を引きつれ、集団で群れる魔物なのか。
「やっぱ気になるよなぁ……」
前回は広場での戦闘だったため、マナを使用した火魔法で片付けることができたが、次も屋外だという保証はない。
怪我をした少女たちの治癒に半日という時間を費やしても、報酬は銀貨数枚しか貰えない。
だが悪魔を一体倒すだけで、金貨を一枚貰える。
戦う術を持っているのであれば、どう考えても後者の方がいい。
実入りの良い依頼だ。
これからもここで暮らすのであれば、魔物を討伐する依頼を主に受けた方がいいだろう。
屋外なら、大体の場所で俺の魔法は使用できるからな。
そのためにも、やはり魔物の特性や生態系は知っておいた方がいいと思うのだ。
火魔法が効くのか、水魔法が効くのか。
魔法は効かないのか、群れなのか、毒などはもっているか。
最低限でも知っていれば、いざというとき慌てずに対処できる。
とりあえず俺は、この世界に出没する魔物に関しての書物を一冊ずつ読むことにした。
王都付近だけでも良かったかもしれないが、これも用心のためだ。
外来種、とかあるかもしれない。
普通は出ないはずなのに、生態系が崩されて出現するとか。
緊急クエスト! ジン○ウガが渓流に出現しました。とかな。
魔物の本を開いた途端、魔族と魔物の違いについて淡々と綴られていた。
種族差別の減少したこの時代でも、やはり魔族を迫害しようとする人々はいるのだろうか。
プリムヴェールもハーフ魔族だけど、もし彼女が森林から飛び出してきても、魔物だとは思わないな。
むしろ俺が魔物になるかもしれない。
お嬢さーん、お逃げなさーい。
……冗談はともかく。
魔族と魔物とは全く違うものだ。
実際魔物と魔族や人族、獣族が性行為をしても子供は生まれない。
根本的に構造が違うのだ。
遥か昔は、奴隷と魔物同士を交配させて、魔物かどうかの判断をしていたらしい。
考えただけで悍ましい話だ。
ちなみに、この世界においてはオークやエルフも魔物ではない。
他種族との行為でも、子孫は生まれるらしい。
ハーフオークという種族も、普通に存在する。
おおまかに分けると、魔族ということになるらしい。
ファンタジー世界の定番中の定番ゴブリンは、魔物になる。
故に討伐することには何の問題もない。
良かった。これでもしゴブリンも魔族扱いするとかだったら、俺は異世界来た初日から犯罪を犯していることになっていた。
一応頭の中で復唱。
オークは魔族、エルフはエルフ族、ゴブリンは魔物。
よし、覚えた。
とりあえず日本でも名前だけは聞いたことのあるファンタジー生物は、覚えるのが早い。
悪魔についても調べてみる。
図体はあのようにでかいが、知能はゴブリン未満らしい。
確かに俺が出会ったゴブリンは知能が高そうだったな。
肉を運ぶ前に丁寧に血抜きをして、棒で串刺しにして運んでいた。
悪魔は知能が低い代わりに、それを補うほどに余りある残虐性と馬鹿力を持っている。
竜族でもないのに長距離を飛行することができる魔物は少ないらしい。
はて、竜族?
また新しい言葉が出てきたが、とりあえず無視。
とにかく悪魔とは、知能が低い代わりに力が強い魔物らしい。
増殖するとか、群れで行動するなどといったことはとくに書かれていなかった。
だがやはり、弱点は火魔法で良いらしい。
体表が溶けると、動きが鈍くなるのだとか。
普通は下級火魔法で体表を溶かし、鈍足になったところで串刺しにして打倒するらしい。
悪魔を打倒するとき気を付けることは、周りの一般人を巻き込まないようにすること。
出来る限り広い場所に誘導してから、一気に打倒することが大切です。
なるほど、だから兵士さんたちは悪魔を広場に誘導していたのか。
納得。
他にも魔物の説明を読んでみたが、全て覚えておくのは難しい。
やはり実践が一番いいのだろうが、最低限の知識は欲しいし……。
ゲームみたいに、これとこれとこの魔物しか出ませんよ、なんてエリアとかないかな。
一種族ずつ弱点や行動範囲、戦い方を覚えてから、戦うのが一番効率が良いんだ。
無論、全部先述の通りゲームでの経験だ。
「……腹が減ったな」
椅子に深く座り、くっと腕を伸ばす。
窓から差し込む日差しは高くなっており、読書をしている人々の数も減ってきている。
蔵書室の時計を見てみると、正午を過ぎた頃だった。
「昼飯、どこで食おうかな」
「けーんじゃーさまーっ」
伸ばしていた両手首を突然誰かに掴まれ、ストンと落とされる。
ふわっと漂ってきた甘い匂い。
モノクロの仕事着が視界に入り、俺は高まる鼓動を抑えながら振り返った。
「プリムヴェールさん、どうしたんですか?」
「今日も半日でお仕事が終わりなので、お昼ご飯ご一緒させていただこうかと思って」
白銀の美髪を弄りながら、えへへと笑みをこぼす。
花が咲いたような可愛らしい笑顔だ。
「あ、じゃあ今日こそは俺に出させてください。昨日は不甲斐ないところを見せてしまったので……」
裏地に縫い付けられたポケットに手を当てる。
中には昨日の悪魔討伐で手に入れた金貨と銀貨が数枚ずつ入っている。
見栄を張るくらいの食事代を出す程度、朝飯前だ。
二人並んで図書館を出ると、案内係の青年司書さんが羨ましそうな顔で俺のことを見ていた。
ちょっと勝ち組気分。
◇ ◇ ◇
大通りを、二人で肩を並べて歩く。
残念ながら、手は繋いでいない。
昨日と同じように手を差し出したのだが、「大丈夫です。流石にもう迷いませんよ」と邪気のない微笑みで返されてしまった。
ただ手が繋ぎたいだけなのだが、まさかそうはっきりと言うわけにもいくまい。
せっかく程よい距離感を保っているのに、下手に踏み込んで逃げられても嫌だ。
今はまだ、こうして一緒に食事に行けるってだけで満足しなければ。
「さて賢者様、今日は何が食べたいですか?」
「あー、欲を言うと、黒パンとか干し肉以外のものがいいなーって」
嫌いでは無いのだが、その二つはいつも宿の晩飯として出るので少し飽きた。
米は毎日食べても飽きないのに、不思議。
ともかく外食してまで同じものを食べることはないなとは思う。
「黒パンと干し肉以外、ですか。お魚の干物とかだったらありそうですけど、高いからなぁ……」
なんと、この世界にも魚の干物があるのか!
流石に刺身とかはないだろうが、焼き魚とか煮魚なら食べられるのかな。
米が無いのは悔やまれるが、魚だってたまに食べたくなるときがあるのだ。
白身魚とか鮭系なら、パンにも合う。
「周囲に海は無いようですけど、王都にも魚はあるんですか」
「ええ、島国からお越しになった行商人の方々が、時々干物を販売しているんです。料理屋さんにはあまりありませんけど、酒場にはたまにありますよ。魔物退治とかで肉を見たばかりで食べたくないって人とかが、たまに注文するそうです」
でも酒場か……。
酒場ってことは、酒を飲むところだよな。
ここの世界の成人は幾つからか分からないけど、呑みたくないなぁ……。
日本でも飲んだことないかと言えば嘘になるけど、あまり美味しく無かったし。
「酒場、ですか」
「あ、大丈夫ですよ。お料理が美味しい店も多いので、お子さんとかも普通に入ってますから。そういうわたしも、まだ十七ですから、飲めるようになってから二年しか経っていませんし」
――――待って、今なんつった。
十七だから、飲めるようになってから二年しか経っていない。
ああ、ということはこの世界で酒が飲める年齢は十五歳ってことになるのか。
違うね。
うん、俺が驚いたのはそこじゃない。
プリムヴェールの年齢のことだ。
十七歳? 十七歳だと。
花も恥じらう女子高生と同じ、十七歳。
チラとプリムヴェールの横顔を見てみる。
長く繊細な銀髪に、透き通るようなルビーの瞳。
首筋を描く曲線も魅惑的で、仕事着に包まれた肢体ははっきり言って殺人的な魅力だ。
外に纏うものが無くなったら、理性を抑え続ける自信がない。
背丈は俺と同じくらい。
いや、ほんの少しだけ踵の高い靴を履いているから、背中を合わせて測れば若干俺の方が大きいか。
「どうか、なさいましたか?」
あまりじっくり見ていたからか、プリムヴェールに心配そうな目で見られた。
慌てて視線を外し、「何でもないです」と告げる。
プリムヴェールさんじゅうななさい。
カザミ・アヤメさんじゅうはっさい。
わーい、俺の方が年上でした。
ずっとプリムヴェールの方が年上だと思ってたよ。
危ねえ。自分基準で考えていたから、プリムヴェールは二十前半、若くても十九くらいかと思っていた。
十七も十九も大して変わらない?
そんなことあるか。十七と十九が違うんじゃなくて、自分より年上か年下かってところが重要だ。
いや、違うな混乱してきた。
プリムヴェールは俺より年下。
よし、分かった。理解した。
危なかったぁ。何かのはずみで年上扱いしていたら、口利いて貰えなくなるところだった。
……流石にそれは大袈裟かな。
「……さっきからどうしたんですか? 眉間に皺寄せたり、納得したような顔したり、笑顔になってみたり。何か難しいことでも考えているのでしょうか?」
確かに、「何歳に見える」とは世界で何番目かに返答が難しい問の一つだ。
大丈夫、もう落ち着いた。
しかしまあ、気になることは一つだけ浮上した。
さっきプリムヴェールはこう言った。「大丈夫です。お子さんとかも普通に入っていますから」と、そう言った。
プリムヴェールは俺を幾つくらいだと思って接していたんだ……。
俺は別に童顔だとか、中性的な顔つきでよく女の子と間違えられたなんて経験はない。
もし俺が実年齢より若く見えるとすれば、苦労していなさそうな顔をしているから、とかそんな理由だろう。
わざわざ心を抉る必要も無いので、幾つくらいに見えたかは聞かないでおく。
「いえ、魚にするか別のものにするか迷っていまして」
「あら賢者様、そんなにお腹が空いているんですか?」
口元を手で隠し、クスッと笑みをこぼした。
「酒場はここから遠いですから、近くの料理屋にしましょうか」
「そうですね、そうしましょうか」
俺はあの、酒を飲んだ人から漂う臭いが苦手なのだ。
正月とかに親戚が集まると、毎度のようにあの臭いに苛まれる。
だから人が集まってくると、別室で優雅に本を読み始めるのはいつものことだった。
可愛い親戚か何かが「何読んでるのー」とか言って背中に乗ってきたり、「ご本読み聞かせしてー」とか言って袖を引っ張ったりと。
そんなギャルゲーみたいな展開は一度も無かったな。
プリムヴェールの背中を追って、俺は料理屋の立ち並ぶ通りへと足を運んだ。
◇ ◇ ◇
プリムヴェールに案内された料理屋は、いわゆる手軽に食べられる定食屋といった場所だった。
黒くないパンと肉無しシチューのセットがあったため、俺は迷わずそれを注文。
プリムヴェールは暫く迷っていたが、結局俺と同じものに紅茶をセットで頼んでいた。
昨日も紅茶のおかわりを何度かしていたけど、好きなのだろうか。
「はい、お待ちどーさん!」
注文して十分もしない内に、湯気の立った食べ物が運ばれてきた。
いかにもな体型をしたおばちゃんが、盆に載った皿を並べながら俺とプリムヴェールの顔を交互に見やりながら、微笑ましい目線を送っている。
向かい合って座る十七歳と十八歳。この世界では疾うに成人している年齢になるらしいし、大人から見ればやはり青春している若い男女にでも見えるのだろうか。
慎ましくシチューを食すプリムヴェールを見ながら、俺も同じものをゆっくり食べた。
皿を擡げコクコクと喉を鳴らしながら飲み干す姿に見とれてしまい、シチューというかしょっぱい野菜スープを口端から零してしまった。
一部始終を目撃していたらしい料理屋のおばちゃんは、口元に笑みの籠った皺を寄せながら俺が零したシチューを拭いていた。
何とも言えぬ半笑いでチラチラと見られて、少し恥ずかしい。
食休みを終えて会計を済ませようとすると、全部で銀貨一枚だった。
昨日もここで食べればこれくらいで済んだのに! と、少し思う。
支払ってからプリムヴェールの顔を見ると、満足げな顔をして口元を拭っていた。
まあ、喜んでもらえたみたいだし、いいか。
こういうのは金額ではない。
とは思ってみたものの、やはり昨日の不甲斐なさはまだ腹の底の方で蠢いていた。




