9.人見知りの宿泊者
3005年05月07日
まだおばあちゃんが寝ている。起こさないようにそっとベッドから出て、窓のカーテンを少し捲ってみるがまだ辺りは暗い。昨日は疲れて早く寝ちゃったからな。御手洗に行きたくなったので、音を立てないよう部屋のドアを開ける。一階からは明かりが漏れているので起きている人がいるようだ。階段を下ると筋肉痛で足が痛い。
んぐぅぅ⋯普段から運動しておけば良かった⋯。
「おうおチビか、酷い歩き方だな。」
グラスを片手に持ったジェイドが食堂で座っていた。
「うるさい。痛いんだから仕方ないでしょ。」
そう言って頬を膨らませながら食堂を通り過ぎ、洗面所の方へと歩いてゆく。
食堂の方に戻ってくると、入口の時計が目に入る。時計の針は2時を指していた。
「こんな時間まで一人でお酒飲んでるの?」
「一人で飲んでたんだけどな、丁度今困ってるところなんだ。」
大袈裟に困った風な口調だが、あまり困っているようには見えない。なんだろう?ルーナは首を傾げる。
「おい、いい加減出てこいよ。」
「ヒェッ!」
キッチンのカウンターの陰から女性の悲鳴が聞こえた。
「⋯誰?」
「二階の真ん中の部屋のやつ。いつもおどおどしててて俺を見ると隠れる。で、今日も俺の姿を見るなりあそこに隠れて出てこなくなったわけだ。」
ジェイドは面倒そうにテーブルに肘を乗せ、肩手で頬杖をつきながら、カウンターの方に顎をしゃくる。
「ジェイド何かしたの?」
疑いを込めた目でジロリと睨む。
「いーや、なんもしてねぇ。初対面の頃からずっとこんな感じだ。だからそんな目で見るな。」
ジェイドだからと疑ってしまったことに気まずさを感じ、視線を横へ逸らす。
「ごめん。」
「こいつは女将とフェルナンドとは話すんだけどな。人間が苦手らしい。」
あー、あの二人は全身から穏やかで優しいオーラが出てるからね。ジェイドはちょっとガラの悪そうな雰囲気だし、すぐに人を揶揄ってくるからね。
「たぶん俺らがいたら出てこねぇな。寝るぞ。」
そう言ってジェイドが台所の流しにグラスを片付けに行くと、またカウンターの陰から「ヒッ!」と言う声が聞こえた。結局姿は見えなかったけどどんな人なんだろう?ジェイドが溜息をつきながら戻ってきた。
「ほら行くぞ。」
「うん。」
ジェイドと階段の方に向かって二階へのぼ⋯ろうとした。筋肉痛が酷くてなかなか登れない。一段登るのにも痛くて足が壊れそうだ。手摺にしがみついて足への負担を減らし、プルプル震えながらやっと一段登れた。階段の頂上がまだまだ遠い。
「ふっ、何やってんだ?」
すでに二階に到達したジェイドが、なかなか登れないルーナを見て揶揄うように笑う。
「痛くて登れないの!ジェイド⋯⋯」
ルーナが涙目で縋るように見ると、ニヤリと口の端を上げる。
「なんだ?言ってみろ。」
「⋯⋯⋯お⋯⋯⋯⋯⋯おんぶして!」
恥ずかしさに顔を赤らめながらジェイドにお願いした。ジェイドはニヤニヤしながら仕方ねぇなと階段を下りてくる。
「ははっ、可愛いハムタリアンのお願いなら聞いてやるしかねーな。」
そう言うとひょいとルーナの体を持ち上げ抱き上げた。そしてルーナの顔を見てニコリと満足そうに笑む。
「なっ!⋯⋯な、なんで抱っこなの?」
やはり今日も酒臭いが、ジェイドの顔が近くて恥ずかしい。それに今は寝間着の薄いワンピース一枚だ。体の熱も心臓の音もすぐに伝わってしまいそうで落ち着かない。もっと防御力が欲しい。
「どっちでも変わらないだろ?」
「だっだっ抱っこは⋯⋯恥ずかしい。」
「なんでだ?」
階段を登りながら、またニヤリとした顔で聞く。
「なんでも!」
「ふーん。」
部屋の前まで着いたので下ろしてもらう。落ち着かなくてジェイドにおやすみを言うとそそくさと自分の部屋に入った。
◆◆◆◆◆
もう一度寝て起きると朝食の時間になっていた。筋肉痛が酷いのでおばあちゃんに回復魔法をかけてもらった。筋肉をつけるためには良くないのだが、階段も登れないのは不便だ。筋肉をつけるのは少しずつでいい。おばあちゃんと一階に下りると、ジェイドとフェルナンドさんが出かける準備をしていた。
「おはよう。どこか出かけるの?」
「おう、これから依頼で一週間くらい帝都だ。」
帝都って、プロスペールから馬車で半日くらいのところにあるって言ってたはず⋯。
「護衛?」
「護衛じゃないが、依頼内容は秘密だ。なんだ、俺がいなくなるのが寂しいのか?」
またルーナを揶揄うような表情で言う。
「おばあちゃんがいるから大丈夫ですー!」
腰に手を当てて余裕そうな顔で言う。少し寂しいと思ったが、認めるのは癪なので言わない。
「フェルナンドさん、気をつけて行ってらっしゃい!」
「うん、ありがとう。」
「おい、俺にはねぇのか?寂しいなぁ。」
「ジェイドお土産よろしくー。」
「ああ、おチビが毎日ちゃんと運動してたらな。」
ルーナの顔が引き攣る。毎日は大変そうだから週に三日くらいから始めようと思っていたのだ。いきなりノルマが倍になってしまった!
ジェイドとフェルナンドさんを見送ると朝食を食べた。今日の朝食はサラダとカボチャっぽいスープとピザパンだ。こっちにもカボチャがあるのかな?前世のと同じカボチャの味がする。ピザパンはいつもの硬いパンで作ったものだ。ピザパンにすると硬いパンの食感がいい感じだ。
ルーナたちが食べていると、女将さんがもう一人分トレイに乗せて二階に上がってゆく。あの女性の分だろう、朝食にも顔を出さないようだ。
「おばあちゃん、真ん中の部屋の人と会ったことある?」
「まだないね。」
「今日一度、夜中に目が覚めて一階に下りた時にいたんだけど、カウンターの陰に隠れてて会ってないんだよね。ジェイドから逃げて隠れちゃったみたい。人間苦手なんだって。」
「ほぉ、それはなかなか会うのが大変そうだね。」
おばあちゃんと話していると女将さんが二階から戻ってきた。
「そうなのよ、あの子極度の人見知りでね。ファビエラちゃんっていう子で、何かの研究の仕事をしてるみたいなんだけど、私もあの子、いつも外でどうしてるのかしらって心配なのよね。」
頬に手を当て女将さんは本当に心配そうにしている。研究の仕事ってことは、学術地区で仕事してるのかな?たしかに、夜のような感じだと学術地区までたどり着くのも大変そうだ。
朝食を食べ終えると、今日はおばあちゃんと一緒に街の東側の森に行く。ルーナの運動も兼ねて、薬草採取に行くのだ。おばあちゃんが薬師ギルドへ納品する薬の素材だ。薬師ギルドで買った方が早いのだが、ルーナの体力をつけるために採取しに行く。
東側の森へは、東門が近いので東門から出て行く。門番さんに二人で大丈夫かと心配されたが、おばあちゃんがいれば大丈夫だ。
東門から森まで歩いただけでルーナはだいぶ疲れた。おばあちゃんが昨日ほどは歩かせないと言っていたが、筋肉痛は確定だ。
今日は森の浅い所でヒール草を探す。結構簡単に見つかる薬草で、傷口に塗る軟膏や初級のポーションに使われる。他にも何人か新人冒険者らしき人たちが採取している。ヒール草は根元を残しておけばまたすぐに生えてくるので、根元を残しておくのがマナーらしい。
採取をしていると近くの冒険者たちの会話が聞こえてきた。
「おかしいわ、今日は一匹も魔物が出て来ないわねぇ。」
「森で何かあったんじゃねぇのか?一応ギルドに報告するか。」
ゴメンナサーイ!!絶対うちのおばあちゃんのせいなんです!森の異常事態とかじゃないんですー!!
内心で土下座し、詫びながら知らないふりをする。
休憩を挟みつつ二時間程採取して、今日は街に帰ることにした。採取の途中で木苺を見つけたのでそれも摘んできた。後でおばあちゃんと宿のキッチンを借りてジャムを作る予定だ。
午後からは早速お薬作りをする。初めてのお薬作りで楽しみだ。お昼を帰る途中で買ったサンドイッチで済ませ、宿に入ろうとガチャリと扉を開けた。
「ヒィィッ!」
「あ。」
「おや。」
栗色の癖毛の若い女性が、脱兎のごとくキッチンのカウンターの陰に逃げて行った。
「あら、お帰りなさい。驚いたわよね?この子がファビエラちゃんよ。人見知りで、慣れればそのうち出てくるようになるとは思うのだけどね⋯。」
女将さんは困り顔だ。
「いや、こちらこそ驚かせたようで悪かったね。私らは部屋に戻るから安心しておくれ。」
「驚かせちゃってごめんなさい。」
元々お薬作りは部屋でやる予定だったのでそう言ってすぐに二階に上がった。
「おばあちゃん、ファビエラさんいたね。また挨拶できなかったけど⋯。」
「ああ、あれは時間がかかりそうだね。まさかあそこまでとは。」
どうやって女将さんとフェルナンドさんは話せるようになったのだろう?やっぱり穏やかで優しそうなオーラが必要なのか?おばあちゃんの言った通り、会って挨拶するにも時間がかかりそうだね。
さて、初めてのお薬作りだ。とは言ってもまだお手伝いできるのは少しだけ。作るのは初級ポーション で、初めに採ってきたヒール草をおばあちゃんが魔術で乾燥させる。自然に乾燥させてもいいが、魔術だと一瞬だ。今日のルーナのお仕事は、この乾燥させたヒール草を細かく刻む作業だ。刻むのもおばあちゃんなら一瞬だが、今日はルーナがやる。その後はおばあちゃんが煮たり抽出したりして瓶に詰めたらできあがり。煮たり抽出したりも魔術なしでもできるが時間がかかる。まずは魔術を覚える方が先だね。
お薬作りの後は、文字のお勉強をしてからお風呂に入った。
お風呂を上がると今日の夕食はアヒージョだった。具材は魔兎の肉と野菜ときのこ。ニンニクの香りとこの塩気が良い。勿論パンと一緒に食べる。そして今日は、品数と量が少ないなと思ったらデザートがあった。甘いフルーツタルトだ!嬉しい!肉大好きなジェイドやフェルナンドさんがいない間に、女性達だけで甘い物を楽しんじゃいましょう!だそうだ。一口食べると頬が緩み目尻が下がる。糖分で今日一日の疲れがとれた気がする。
疲れがとれたところで、今日は寝落ちする前に部屋で魔力を放出してみる。意外と魔力を動かすのは簡単だった。自分の魔力を意識して、放出するイメージをすれば放出できた。
「おばあちゃんできたよ!」
「おお、さすが私の孫だ。センスがある。」
ルーナよりも何故かおばあちゃんの方が得意げだ。
「あ、だんだん⋯⋯⋯」
ルーナは意識を失った。
「魔力量はまだまだだね。」
◆◆◆◆◆
夕方、帝都に到着したジェイド達は、冒険者ギルドのギルド長室に来ていた。ここにいるのはジェイド達と帝国の冒険者ギルドのトップ、総ギルド長のギルバートだけだ。
「また起きたのか?」
「そうだ、今回は帝都だ。どうも帝都とプロスペールを行き来してるらしくてな。商人か冒険者か知らねぇが、行き来してる奴を調べて欲しい。」
「そんなのいくらでもいるだろ、候補が多すぎる。」
「そうですね、それにどうやって街の外に出しているのでしょうか⋯。」
「すまんがわからん。ただ、この前までBランクのやつらに調査させてたんだが消された。」
「敵にAランク以上の実力者がいるってことか⋯」
「その冒険者たち、何か情報を掴めなかったんですか?」
「あー、そいつら初めは商人を調べてたんだが何も出なくてな、切り替えて冒険者を調べることにしたんだ。⋯⋯⋯それで少し経った頃消された。俺は、冒険者を疑ってる。」
「そうですか⋯⋯わかりました、調べてみます。」
「お前らなら大丈夫だと思うが、気をつけてくれよ。」
「おう。」




