8.プロスペール観光(後編)
「わあ、ここだけ街の中じゃないみたいだね。」
奥の大きな建物へと続くレンガの道の周りには、芝生が広がり、木々や色とりどりの花々があちこちに植えられている。のどかな公園のようだ。道の途中に置かれたベンチや芝生の上では、読書をしたりお昼を食べたりしている人の姿が見える。
そして、門を入ってすぐ手前側にも、奥の建物ほどではないが大きな建物が建っている。石造りの古そうな建物だ。
「この建物は300年も昔に建てられた建物で、今は図書館として利用されています。ここも観光名所の一つですね。図書館の本は持ち出し禁止ですが、中で読むだけなら誰でも利用できます。あと、自由に読める本ならば写本も自由なので、よく奥にある学校の生徒がやっていますね。きれいに書ければお小遣い稼ぎにもなるみたいですよ。」
フェルナンドさんが説明してくれた。
「私も写本したい!」
「ふふ、ルーナちゃんもお小遣い稼ぎがしたいの?」
「おチビは字書けるのか?」
フェルナンドさんは優しいが、ジェイドの相変わらずのおチビ扱いが気に食わないので睨みつけておく。
「字は書けるもん!まだ⋯分からない単語がいっぱいあるからお勉強するの!」
「ほお、勉強熱心だな。」
「それはいいことですね。」
「いいんじゃないかい。」
三人とも感心したように何度も首を縦に振る。沢山写本して、上手に書けるようになったらお小遣い稼ぎもできるかも?5歳児でもできるならいいかもしれない。この世界では、正式にどこかに弟子入りしたり、冒険者になったりと、働けるようになるのは12歳からだ。10歳くらいになれば見習いとしてお手伝いさせてくれる職場はあるが、技能を教える代わりに無賃だ。5歳児が少しでも稼げるのなら写本はいい方法だと思う。勉強にもなって一石二鳥だ。図書館にはたまに通わせてもらおう。
図書館の中に入ると、最初に入った部屋には受付と休憩スペースがあった。受付の司書さんに聞けば、どんな本がだいたいどの辺にあるか教えてくれるらしい。それと、お喋りできるのもこの部屋までで、この先の閲覧室はお喋り禁止。静かな空間で、小声でも声が響くので、閲覧室はちらっと入口から覗くだけにした。覗くと古い本の匂いがする。沢山の本棚が並んでいて、一辺の壁際には机と椅子が並んでいた。何人か書き物をしている人もいる。閲覧室は二階にもあって、貴重な本は二階の閲覧室にあるそうだ。どんな本があるのか気になる⋯。
「貴重な本ってどんな本?」
フェルナンドさんとジェイドを見て聞いてみる。
「使える人の少ない魔術についての本とかかな。俺も昔、飛行魔術のことが知りたくて調べに行ったことがあるよ。」
飛行魔術!気になる!
「俺は珍しい魔獣の情報が書いてある本を見に行ったな。」
「あぁ、珍しい魔獣ってもしかして⋯くふっ。」
「そうだ、あの時のだ。」
あの時のって何!?こっちもどんなのか気になるー!
「どっちも気になるー!あの、飛行魔術ってフェルナンドさんも使えるんですか?」
「ジェイドのあの時の魔獣ってどんなのだったの?」
「落ち着け。」
どっちも気になって、前のめりになりながら二人に立て続けに質問したら、嫌そうな目のジェイドに片手で肩を押さえられた。
「飛行魔術は一応使えるようにはなったんだけど、あの魔術は消費魔力が多くてさ⋯、使いどころがないんだよねぇ。俺の魔力でも小さい川を渡ることくらいならできるけど、態々大量の魔力を使ってまでそんなことに使いたくないよね。」
「そうなんですね。飛行魔術、使ってみたいのにな⋯」
燃費悪いのかぁ、それじゃ飛行魔術で移動しながら知らない土地に旅行しに行く、なんてことは現実的ではないってことか。かなりガッカリだ。
「飛行魔術は風属性の魔術でね、体が軽い方が消費魔力が少ないんだ。羽のように体が軽いルーナちゃんなら、飛行魔術を覚えられれば俺より長く飛べるかもね、ふふっ。」
ガッカリが顔に出ていたのか優しいフェルナンドさんが励ましてくれた。フェルナンドさんの笑顔の癒し効果は抜群で、ルーナのガッカリした気分も晴れる。
「それで、ジェイドのあの時の魔獣って?」
ジェイドが身を屈めてこっちこっちと手招きしてきたので近づくと、ルーナの耳元に口元を近づけ片手を添える。なんだろう?
「ヒ・ミ・ツ。」
キィィィィィ!態々耳元で言わなくてもいいじゃん!
ジェイドがルーナの目線の高さに合わせたまま無言でにこりと笑むと、ルーナの顔はどんどん真っ赤に染まってゆく。
「なっ!⋯⋯⋯⋯ジェ、ジェイドの意地悪っ!!」
プイッと体を反転させてムスッとしながらしゃがみ込んだ。完全にただのいじけた子供だ。
「おやおや。あんまりうちの孫をからかわないでやってくれ。」
「そうだね、可哀想だよ。」
「はいはい俺が悪かった。怒るなよ。おチビを見てると、ついからかいたくなるんだよなー。不思議だ。」
ジェイドは全然反省している気がしない。ムスッとしたまま黙り込む。
「まったく、ジェイドは大人気ないよ。」
「悪かったって。」
「はぁ、まったく、ルーナがこんな風になるのは初めてだ。困ったねぇ。」
おばあちゃんはやれやれといった様子で、まるで仲裁する気はないようだ。ジェイドが怒らせたんだからジェイドが何とかしろとでも言いたげだ。
仕方なしとフェルナンドさんがルーナの隣に来てしゃがんだ。
「あの通りジェイドはたまに子供なところがあってね、相手をする方は困っちゃうよね。」
こくりと頷く。するとフェルナンドさんがルーナにだけ聞こえるように小声になる。
「ジェイドは恥ずかしいから言いたがらないんだろうけど、聞いたことは二人だけの秘密だよ。」
なんだろう?顔を上げてフェルナンドを見て一つ
頷く。
「実はね、ジェイドは昔ハムタリアンって言う小さくて可愛い魔物を飼ってたことがあって、そのハムタリアンをジェイドは物凄く可愛がっててね⋯クスッ、ごめん、思い出したら我慢できない。」
出た!ハムタリアン!話が気になるのでじっと聞く。
「このくらいの目がきゅるんとした可愛らしい魔物でね、依頼を受けて仕事に行く時以外、常に連れ歩いてたんだ。寝る時まで一緒で、あのジェイドが猫撫で声で話しかけるんだよ、似合わないでしょ?」
「ぷっ。」
フェルナンドさんが両手の親指と人差し指で、これくらいと円を作って教えてくれる。ルーナも猫撫で声のジェイドを想像して吹き出してしまった。
「そのハムタリアンは雌だったんだ。ちょっと気が強い子でね、番を見つけてあげたかったみたいなんだけど、その辺の飼い慣らされたハムタリアンには見向きもしなかったんだ。」
ふむふむ、魔物も番を作るんだね。
「雌は自分より弱い雄には惹かれないみたいだからね。それで、野生のハムタリアンを探しに行くことにしたジェイドは、ハムタリアンの生息地を詳しく調べるために図書館の二階に行ったんだよ。ハムタリアンはこの国には生息していなくてね、この国で飼われている子たちは魔族領から輸入されて来てるんだ。」
なるほどー、その後が気になるな。
「それで、番は見つかったの?」
「それが、生息地まではたどり着けたんだけどジェイドがね⋯クスッ、せっかく雄が近づいて来ても、ジェイドが品定めをするような目で見るからみんな逃げちゃったんだよ。威圧まで放っていたからね、ハムタリアンは弱い魔物だから威圧だけでも寄ってこなくなっちゃうんだ。まるでジェイドが彼氏かお父さんのようだった。結局諦めて帰るしかなくて、ジェイドが帰りにすごく落ち込んで大変だったよ。」
想像してクスクスと笑う。
「ねぇルーナちゃん、一緒にジェイドに仕返ししない?俺もジェイドには何度も困らされててさ。たまには反省してもらわないとね。後で一緒に作戦立てない?」
フェルナンドさんが片目を瞑ってくすりと笑う。ルーナも気分が上がってきた。フェルナンドさんとの仕返し作戦、絶対楽しいに決まってる。ルーナの口角も自然と上がって、ふたりで悪い顔をして顔を見合せる。
「おいおい、なんか企んでねーか?」
ジェイドが悪巧みを察知したらしいがもう遅い。いつも人を揶揄って反省しないのが悪いのだ。
「さあ、なんのことかな?」
「ヒ・ミ・ツ!」
教えてあーげないっ!楽しみだね、とフェルナンドさんとクスクスしながら顔を見合わせる。
気を持ち直したので観光の再開だ。学術地区の奥に向かってレンガの道を進む。奥に進むと建物が多くなってきた。この辺りの建物はそんなに古くなさそうだが、雰囲気を壊さないためか、皆同じような石造りの建物だ。全部研究室だそうで、研究内容ごとに建物が別れているそうだ。ここの研究室も、研究しているメンバーの許可があれば誰でも入れる。学びたい人達が自然に集まってきて研究しているらしい。
そして一番奥の大きな建物の前まで来た。荘厳な建物で、城壁の目の前に来た時のような威圧感を感じる。この建物には学校関係者しか入れないようだ。
「この建物も300年前から建っていて、今は学校になっていますが、昔はこの建物に王太子が住んでいたそうです。ルーナちゃんは学校興味ある?」
「うん!」
せっかく長い寿命があるのだからこの世界の学校も一度は通ってみたい。青春したい!
「ここの学校は王都のものに比べたらだいぶ規模が小さいけど、魔術師のクラスもあって、優秀な生徒を多く排出しているようだよ。」
へぇ、優秀な先生がいるのかな?魔術の勉強が一番だけど、その他はどんなことを学ぶのかな?
「おばあちゃん、学校通いたい!」
「ふっ、構わないがまだまだ先だよ。」
そうだったわ⋯
学校に通えるのは9歳からだ。見た目が9歳になるのは早くて20年後くらいか⋯。うん、その時になるまで学校のことは忘れよう。
ルーナたちは学校の建物を見た後、学術地区を出た。中央広場に戻り、今度は中央通りを南門に向けて歩いてゆく。ここは昨日も通った道だが、明るい時間だと雰囲気が違う。夜には閉まってたいたのであろう、田舎では見かけないような華やかな服が並ぶ店、見たことのない異国の物が並ぶ店、スイーツ店、魔導具屋、食材の店も種類が豊富だ。通りは買い物客で賑わっている。
さらに南門の方に近づくと、屋台の数が増えてきて、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「今日はこの辺りで美味しいものを食べて帰りましょう。ルーナちゃんも沢山歩いて疲れたでしょう?」
たしかに疲れた。今までほとんど自分の家の屋敷から出ない生活をしていた。そんなルーナの足はそろそろ限界だ。アラサーの精神力がなければ今頃とっくに立ち止まっていただろう。
「ルーナはあまり出歩かないからね。子供ならもう少し元気が良くてもいいんだが、ルーナは大人しいのさ。面倒を見る方は楽でいい。」
おばあちゃんが、屋敷どころか自分の部屋からほとんど出てこないルーナの普段の生活を、二人に説明する。引きこもりがちな自覚はあるけど、改まって他人に説明されると恥ずかしい。
「一日中ほとんど部屋の中って、飽きるだろ。」
ジェイドが眉間に皺を寄せている。ジェイドには引きこもり生活なんて無理そうだもんね。
「たまには山菜採りに出かけたりしてたよ。うーん、食べて寝て、お絵描きや読書をしたり、勉強にお裁縫の練習、おやつを食べながらおばあちゃんとお喋りしたり⋯そんなに飽きなかったよ?」
それにこの体はすぐ眠くなるから、お昼寝含めて寝てる時間が長かったしね。本当に一日があっという間で、屋敷での生活も全然苦ではなかった。
「少しは運動もしろ。」
「「そうだね。」」
皆から言われてしまった。さすがに運動しなさすぎだったしね⋯自分でもそう思うよ。
「わかったよ。これからはちゃんと一日に一回は外に出る⋯。」
少し俯きながらそう言って約束する。
「ああそうしろ。」
「さて、何を食べましょうか?」
フェルナンドさんが話を切り替える。沢山の屋台が通りの両側に並んでいて、様々な料理の匂いが漂ってくるが、ルーナはその中に気になる匂いがある。懐かしい匂いだ。これは⋯どこの屋台からだろう?
「なんだか嗅いだことのある匂いがするねぇ。これはどこで嗅いだ匂いだったか⋯」
おばあちゃんもこの独特な食欲を誘う匂いを知っているようだ。
「ああ、カレーだな。南西の王国の料理だ。いろんなスパイスが入ってて美味いけどちょっと辛い。平たいパンにつけて食べる料理だ。おチビは大丈夫か?」
「カレー!!カレー食べたいっ!」
「ああ、建国した大昔の勇者が広めた料理だったか?そういえば昔一度食べたことがあるね。」
やっぱりカレーだったんだ!まさかこの世界でこんなに簡単に食べられるとは思っていなかった。建国した勇者って絶対前世世界の人だよね?この世界たまになんでこれあるの?って物があるから過去にそういう人がいたとは思ってたんだよね。トイレが水洗で、下水をきれいにする技術があったりね。過去の転生者さんたちありがとう!
「まあ、おチビが食べられるって言うならいいか、向こうだ。」
本当にカレーだ!家で食べるどろっとしたカレーより本場のカレーに近いサラッとしたカレーだ。こっちはパンが主食だし、このカレーの方がこの世界の人には受け入れられ易いんだろうな。
「ルーナ、辛くないかい?」
「大丈夫だよ!おいしい!」
「ルーナちゃんすごく嬉しそうだね。」
「そんなに気に入ったか?いつでも食えるぞ。」
「うん!」
カレーを食べて、途中で女将さんに甘味のお土産を買い、宿に帰った。ルーナは宿に辿り着いた時にはクタクタで、おばあちゃんに清浄の魔法だけかけてもらって寝てしまった。




