5.ヴェール町からの道中
3005年05月04日
「準備はできたかい?」
「うん!もういつでも出られるよ!」
旅のために新しく買ってもらった服を着てご機嫌で返事をする。子供用のきれいなブルーのフード付きローブも買ってもらった。魔術師っぽくていいでしょ?まだ魔術は使えないけど、気分は立派な魔術師ですよ!
町の門のところまで行くと門番さんが手招きしている。
「よう!こっちこっち!あそこにいる茶髪の若いのがベンだ。」
指さされた方を見ると、ふわふわした茶髪の細身の青年が荷物の確認をしていた。まだ20歳くらいだろうか?
「ああ、ありがとう。行ってくるよ。」
「おう!」
青年の馬車に近づくと、おばあちゃんが声をかける。
「おはよう、あんたがプロスペールまで乗せてってくれるっていう商人かい?」
青年が気づいて近くに来た。柔らかい印象の顔立ちだ。
「おはようございます。そうです、初めまして、僕が商人のベンジャミンです。あなた達のことは聞いています。荷物があるのでちょっと狭いですがどうぞ。」
そう言うと馬車に案内してくれる。
「ああ、よろしく頼むね。マーリンだ。こっちは孫のルーナだよ。」
「ルーナです。よろしくお願いします。」
ニコリと笑って挨拶する。
「ふふ、よろしく。魔術師さんかな?可愛らしいね。」
腰をかがめて頭を優しく撫でながら褒めてくれた。ルーナの中での好感度が上がった。
「うん、今は練習中だよ。」
「そっか、練習頑張ってね。」
「ありがとう。」
おばあちゃんが乗車賃の小銀貨2枚を渡して、二人で馬車に乗り込む。
「では出発しますね!」
ベンジャミンが御者台に座り、馬車はヴェール町を出発した。プロスペールまでは二日の道程だ。
護衛は男が二人、片方はがっちりとした体型で剣を腰に下げている。もう片方は⋯、魔術師だろうか?ローブを羽織っている。襲われたいとは思ってないけど、攻撃魔術見てみたいなぁ。おばあちゃんの場合はなぜか、魔術も使った様子がないのに魔物が逃げて行くからね。
町の外の道に出ると馬車が思っていた以上に揺れる。
ガタンガタンッガタッ
「お尻痛いね⋯、次の街でいい家が見つかるといいな⋯。」
どこかに道の舗装を頑張ってくれる異世界人とか、サスペンション付きの馬車を開発してくれる異世界人とかいないのかねぇ⋯、自分でやる気は起きないですけど⋯。飛行魔術とか移動に使えそうな魔術を覚える方が早そうだよね!
「そうだね。大きな街だし暫くはいられるさ。ただ、ルーナが大きくならないことに気づかれて不審に思われるのは避けたいところだね。私らのことを探ってこられると面倒だ。1、2年なら誤魔化せるだろう。他人に会わずに暮らせるならもう少し長くいられるんだが⋯。」
だよね。同じ歳の子が成人しても私の見た目は今と殆ど変わらないだろうし、私が成人する頃には皆おばあちゃんだ。魔物だ魔族だとか言われて討伐対象にされるかも⋯。研究対象にされる可能性もあるな。万能薬がバレてもまずいし⋯。おばあちゃんの正体がバレるのもまずい。うーむ⋯。
「やっぱり難しいよね。私はおばあちゃんが一緒なら、旅しながら暮らすのでも、どこかに隠れ住むのでもどっちでもいいよ。隠れ住む所が見つかるなら、魔術の勉強沢山できそうだしそっちの方がいいかな!」
ぐふふ、引きこもりの魔術三昧大歓迎だぜ!!前世世界の魔法技の再現の夢も叶うかもしれない!
「ははっ、そうかい、さすが私のかわいい孫だ!」
そう言って私の頭をわしゃわしゃ撫で回す。
ティモロ町の屋敷を出てからおばあちゃんの眉間の皺が減った気がする⋯。
「プロスペールって何があるのかなぁ、大きな街楽しみだなー。」
「あんまりはしゃいで迷子になるんじゃないよ。」
「はーい。」
ヴェール町を出て四時間程、初めての大きな街にワクワクしながらおばあちゃんとお喋りをしていると馬車が止まった。丁度馬車を何台か止めておけるような広場になっている。馬車で通る人達の休憩場なのだろう。
「ここで食事休憩にしましょう。」
ベンジャミンさんが皆に向かって言う。護衛の二人は交代で休むようだ。
馬車から降りて伸びをしていると、おばあちゃんが今日ヴェールを出る前に買っておいたサンドイッチを、アイテムバッグから出して手渡してくれる。
「ふー疲れたー、ありがとう。」
二人でお尻の下に布を敷いて、座ってサンドイッチを食べる。小さく割いた魔兎肉と、玉ねぎ、トマトのような野菜、バジルっぽい香草が挟まっている。スパイスと酸味の効いたソースがかかっていて、さっぱりしていて美味しい。あっという間にペロリと平らげる。
満腹感でぼーっとしながら辺りを見渡していると、腰に剣を下げた方の護衛の人と目が合ってしまった。ちょっと気まずくてすぐに目をそらす。
「おうおチビ、しっかり食べたか?」
話しかけられたので頷く。おチビとは失礼な!
「お腹いっぱい⋯。おチビじゃなくてルーナだよ⋯。」
「はは、悪かったなルーナ。俺はジェイドだ、よろしくな。眠そうなおチビはしっかり俺が守っててやるからゆーっくり昼寝してていいぞー。」
揶揄うように言われる。
「だからおチビじゃないもん!」
頬を膨らませ、キッと睨みつける。
「そう怒るなよ、かわいいお顔が台無しだ。」
ぷいっと顔を背ける。飄々として軽薄そうな男だ。
「ははっ、嫌われたか。将来美人になりそうなのに残念だ。そろそろ出発だな。」
全然残念じゃなさそうに言うと、もう一人の護衛の男の方に向かって行った。ルーナたちもまた馬車へ乗り込む。馬車が走り出して少しすると、食後の眠気に抗えず眠ってしまった。
慌ただしい空気に目覚めると、草原の中の道で馬車が止まっていた。幌の隙間から覗くと、どうやら魔物が出たようだ。魔狼が何頭かの群れで襲ってきている。
「土壁!」
ローブを羽織った護衛が、魔術で土の壁を作って魔狼達の動きを限定させ、そこをジェイドさんがどんどん切り伏せてゆく。やっぱり魔術師だったんだ!
「岩槍!!」
後方にいた群れのボスっぽい魔狼が魔術師さんの放った岩の槍に貫かれ絶命する。あっという間に魔狼の群れを撃退した。
「うおおおおお!かっっこいーー!!見た?見た?おばあちゃん!」
「ああ見た見た、私の出番はなかったようだね。」
やれやれといった感じだ。
「私も魔術早く使いたーい!」
「毎日地道に練習するのが早道だね。今日も夜寝る前に練習すればいいさ。」
「うんうん!」
上下に首をブンブンと振る。
クスクスと笑う声が御者台の方から聞こえたような気がする⋯。
魔狼の死体は必要な素材を剥ぎ取り、魔術師さんが土魔術で掘った穴に入れ、火で焼いた後埋めていた。こうすることでゾンビ化したり、他の魔物が寄ってくるのを防げるそうだ。処理が終わると馬車がまた動き出す。
その後は魔物に襲われることはなく、今晩の野営地に着いた。小さな村の近くで、村には皆が泊まれるような宿がないため野営にするそうだ。ルーナはおばあちゃんのアイテムバッグの中にあったテントで一緒に寝る。
「アイテムバッグ持ちか、テント張り手伝うぞ。おチビと二人じゃ大変だろう。」
「ああ、冒険者やってた頃のさ。助かるね。」
ジェイドさんが気を利かせて手伝ってくれる。キーッ!!またおチビって言った!頬を膨らませジェイドさんを睨みつける。
「ぷっ、お前ハムタリアンみたいだな。」
なんか馬鹿にされているのだけは分かる。おばあちゃんまで吹き出してる。
「ハムタリアンって何?」
「お前みたいなチビッこいやつだ。」
「ふふふ、ああ、たしかに小さくて可愛らしいね。」
むぅ⋯。ちょっとムカつくので近くで薪広いをしているベンジャミンさんのお手伝いをすることにした。ベンジャミンさんは穏やかで優しいからね!
「ルーナ、あんまり遠くに行くんじゃないよ。」
「大丈夫、ベンジャミンさんのお手伝いしようと思っただけ。」
「ふふ、手伝ってくれるの?ありがとう。それじゃあ僕と一緒に薪広いしようか。」
「うん!」
魔術師さんが器用に魔術でかまどを作ってくれたので、ベンジャミンさんと一緒に乾いた枝を拾って持って行く。
「うわー魔術師さんすごい、こんなこともできるんだね!」
「すごいよね、彼にはいつもお世話になってるんだ。オルランドさんっていって、ベテランの冒険者でとっても器用なんだよ。土の魔術でなんでもできるんだ。」
ベンジャミンさんがそう言ってオルランドさんを紹介してくれた。橙色の髪を尻尾のように首の後ろで纏めていて、少し憂いげだが若く見える。あまり社交的ではなさそうだ。
「おいおい子供に嘘はよくないよ。なんでもできるわけじゃない、魔力量が少ないから小器用になっただけだよ。それにベテランはやめてくれ、おじさん臭い。俺はまだ30だよ。」
「はは、謙遜しないでください。いつも助かってるんですから。」
30歳には見えない!!けどベンジャミンさんから見たらベテランだよね⋯。前世アラサーだった私は気持ちがよく分かるけど!なんか親近感がわいてきたよ⋯。
「初めまして、ルーナです。あの⋯、昼間、魔狼と戦ってる時もかっこよかったです!」
「ルーナちゃん、すごくはしゃいでたもんね。」
昼間の戦闘を思い出して少し興奮しながら言うと、ベンジャミンさんにクスッと笑われる。
「俺ぐらいにならすぐになれるよ。まだ君の歳じゃ難しいけど、子どものうちから頑張ってればもっといろんなことができるようになるよ。俺は頑張るのが遅かったから苦労してる方だ。」
かまどに火をつけ、夕食のスープを作りながらオルランドさんが魔術について教えてくれた。魔術は体内の魔力を体外に放出して発動させる。自分の魔力をまだ外に放出できないので、今のルーナにはできないが、放出できるようになれば、魔力を使い切る度にどんどん魔力量が増えてゆく。ただ、体の成長が止まると魔力量の伸びも止まるそうで、個人差はあるが大体20歳くらいまでには止まるらしい。
あれ?それって⋯、私後何十年もかけて大人になる予定なんだけど⋯、魔力量どこまで伸びるんだろう?チートじゃない!?世界征服もできちゃうかも?
スープができあがったのでおばあちゃんのところに戻って一緒に食べる。具は野菜と腸詰め肉で、味付けは塩とスパイスだ。今日町から出発したばかりのため、野営にしては豪華なものだそうだ。何日も野営する冒険者は、お湯に干し肉を入れて茹でただけのスープだったり、堅パンとナッツだけだったりが常識らしい。ベンジャミンさんの馬車に乗せてもらえて良かった。そしてなぜか、おばあちゃんはジェイドさんと気が合ったらしく、今は仲良く一緒にお酒を飲んでいる。これから行くプロスペールの情報を聞いたり美味しい魔物肉の話だったり、他国の話だったり⋯、楽しそうにしているので隣で坐禅を組んで魔力感知の練習をする。
暫く目を瞑って集中していると急に脇の下に手を入れられふわっと体が地面から浮いた。
「おいハムタリアン、お前もう魔力感知できんのか?」
ジェイドにひょいと両手で持ち上げられ目の前で足をブラブラさせている。
「だからハムタリアンって何?まだひとりじゃできない。下ろして。」
足をジタバタさせるが、自分が疲れただけでビクともしない。
「だよな、お前いくつだ?ぷっ、それにしてもそっくりだな。うちのは背中がグレーの縞模様だったけどな。ふっ、俺が持ち上げるとジタバタするところまでそっくりじゃねーか!」
むっとしながら諦めて力を抜く。
「5歳!ハムタリアンじゃないもん!」
ハムタリアンがどんなのかは知らないが否定しておく。
「だからそう怒るなってぇ。」
ジェイドの胸元に引き寄せられ、片腕にしっかりと抱かれる。清浄の魔術をかけた後なのか、汗臭くはないがお酒臭い⋯。ぷいっと顔を背ける。
「なぁ、俺のことは嫌いか?寂しいじゃねぇか。」
そう言ってジェイドの自由な方の手で、そっと顔の向きを直される。青灰色の瞳は、すぐ近くからじっとルーナのことを見つめている。
ちょっ、近い!近いって!恥ずかしいっ!無駄に顔整ってるし!知らないでしょうけど中身はアラサーなんだ!やめてくれー!!!
心の中で絶叫しながら、ルーナの顔がみるみる赤く染まって耳まで熱くなっていく。心臓もドクドクとうるさい。
「ふあっ、いっ⋯いやっ⋯、そんなことは⋯。」
心臓の音や熱が伝わってしまうんじゃないかと思うと余計に恥ずかしくてまともに返事もできない。
「なーに赤くなってんだぁ?まぁ嫌いじゃないならいい。よちよちお前うちの子になれよぉ。」
恥ずかしさのあまりジェイドの肩に顔を埋める。絶対飼ってたハムタリアンと同じ扱いで言ってるよねこれ?私だけ恥ずかしくなっているのが腹立たしい。
「はっはっは!うちの孫はまだまだやれないよ。私が死ぬまで誰にも渡す気なんかないね。」
おばあちゃん!さすが!だよね!
「じゃあ今日だけ。」
「何言ってんだ、護衛の仕事があるだろ?」
「しょーがない⋯、俺の護衛の時間になったら返す。」
「あんたも仕方のない子だねぇ、うちの孫に傷つけたらただじゃおかないからね。ちゃんと寝かせてやってくれ。それとルーナを貸してやるんだ、向こうに着いたら良い宿の紹介頼むよ。」
えっ!?おばあちゃん!?おばあちゃんもちょっと酔ってる?
「おう。ばあさん怒らしたらやばそうだから肝に銘じるー。」
そうして勝手に酔っ払い二人の間で取引が決まり、ジェイドたちのテントに連れていかれた。
「あれ?ジェイドさん、誘拐してきちゃったんですか?」
テントの中でベンジャミンさんが横になっていた。今はオルランドさんが護衛をしているようだ。
「誘拐じゃねぇよ!ちゃんとばあさんの許可はもらった。なー?」
そう言われて顔を見られると、また恥ずかしくなって顔を隠すようにこくりと頷く。変に意識してしまって普通に顔を見れない。こ⋯、これはもしや、⋯恋なのか!?5歳にして初恋なのか!?
「ふふ、よくもらえましたね。それに、いつの間にそんなにルーナちゃんと仲良くなったんですか?」
「ひみつだ。いいだろ?」
「羨ましいですね。ちゃんと寝かせてあげなきゃだめですよ。僕ももう寝ます。」
「ああおやすみ。よし俺らも寝るぞ。」
「うん。」
ルーナはジェイドに抱かれたまま毛布に包まった。まだ心臓がバクバクしている。眠れないよー!何この状況?
顔を上げるとジェイドと目が合った。いやあああああ!
「ちゃんと寝ろよ、ハムタリアン。」
「ハムタリアンじゃない!」
小声で抗議してジェイドの胸に顔を埋めた。
「ふっ、ほんとそっくりだ。おやすみ。」




