33.三人旅の初日
3005年10月17日
ルーナたちは朝早くにアンバーナ町を出発した。これからの計画は特にない。たまたまたどり着いた町や村に寄りながら、気の赴くままに旅をする予定だ。
そんなことができるのも、おばあちゃんの力があってこそだ。雪山で遭難しようが、海で漂流しようが、おばあちゃんの転移魔術があればすぐに安全な場所に飛べる。携帯食も十分に買ってあるが、無くなって飢え死にすることもないだろう。馬車に乗ろうと思えば乗れるお金もある。あえて徒歩で旅がしたいだけだ。おばあちゃんが言うには、護衛のついた馬車で移動して、夜は転移して宿で泊まります。なんて味気ないだろう?だそうだ。ルーナもそれには同感だ。
「次はどこへ向かっているのでしょうか?」
リアムが心配そうにおばあちゃんに尋ねた。今は街道を三人で歩いている。
「決めてない。」
「えっと⋯、それはさすがに危険では?⋯⋯私も戦えますが、夜も野営となると私だけでは守りきれないかもしれません。」
まだおばあちゃんの強さを知らないリアムは、ルーナたちのことを守ってくれるつもりのようだ。
「問題ない。私はこう見えてリアムより強いからね。元々ルーナと二人で旅をする予定だったのだが、私とルーナが二人きりで外を歩いてたら皆不審に思うだろう?それに犯罪にも巻き込まれやすくなる。だから奴隷商には、戦闘力はあってもなくてもいいから見た目が強そうな男が欲しいと言った。それで勧められたのがリアムだ。」
「そうでしたか⋯。てっきり私は護衛かと⋯。失礼かとは思いますが、マーリンさんはとても強そうには見えないので⋯。」
まだリアムは信じていない様子だ。不安そうにおばあちゃんを見ている。
「大丈夫だよ、たぶんうちのおばあちゃん人族最強だから。」
「ははっ、ルーナ嬢、さすがにそれは⋯⋯」
有り得ないと言いたいのだろう。首を横に振りながら呆れたように笑った。
「嘘じゃないよ。」
一応それだけ言って、そのうちリアムにもおばあちゃんの非常識さが分かるだろう、とルーナは説明を諦めた。
話題を変えて、ルーナたちがティモロ町から旅をしてきたこと、最近までプロスペールにいたことを話しながら歩いていると、二匹の魔兎が現れた。頭に小さな角が生えた兎の魔物で、毒もない。美味しい魔物だ。
「ここは私が!」
「いや、一匹はルーナにやらせよう。」
「え。」
おばあちゃんの言葉にリアムが驚いて固まった。ここは見せてあげるのが早いだろう。ルーナは水魔術で出した水球で、一匹の魔兎を丸ごと包み込んだ。小さな陸上の魔物ならだいたいこれで倒せる。まだルーナはこれしかできないが、魔兎一匹なら問題ない。後は窒息するのを待つだけだ。
リアムはそれを見て唖然としながらも、もう一匹の魔兎に剣を向けた。首の辺りを一閃。さすがに魔兎程度なら敵ではないようだ。
「ルーナ嬢は小さいのにもう魔術を使えるのですね。」
リアムが感心したように言った。
「まだこの方法しか攻撃手段がないし、魔力量も少ないから何度もはできないけどね。」
打ち出して攻撃できればいいのだが、そんな威力の水魔術を放つ練習はしていないし、たぶん当てるのも大変だろう。
「それでも驚きました。まだ5歳なら、普通は魔力の感知もできませんからね。」
「私の孫だからね。」
ルーナが褒められておばあちゃんは得意げだ。
「暫くは野営が多くなりそうだし、折角の外だ。今日から他の属性も教えてみようかね。」
おおおおお!何か便利な魔術がいいなぁ。いや、かっこいいのも捨てがたい⋯。
「おばあちゃん、雷魔術とか⋯」
「そんな危ないのはだめだ。」
言い切る前に断られた。
「じゃあ火魔術ならいい?」
「火ももっと大きくなってからだ。5歳の子供が扱うには危ない。」
「火は事故も多いですからね。」
意識してなかったけど私まだ5歳だもんね⋯。そりゃそうだ。私がおばあちゃんの立場でも教えない。ちょっとがっかりだ。
ルーナは口を尖らせて肩を落とした。
「まあ、とりあえずお昼にしよう。丁度美味しそうなのが獲れたしね。」
そう言っておばあちゃんは魔術を駆使して二匹の魔兎をきれいに解体していく。そして、解体が終わると、オルランドさんが前に作っていたように、土魔術で竈を作った。
「凄いですねぇ。こんなに器用に魔術を使える人を初めて見ました。」
「私のおばあちゃんだからね。」
今度はルーナが得意げに言った。
「ふふ、薪を拾ってきてくれないかい?魔術で乾燥させるから何でもいい。」
ルーナとリアムで辺りに落ちていた枝を拾い集め、おばあちゃんに乾燥させてもらった。竈に入れ、火をつけて魔兎の肉を焼いていく。
「美味しそうだね。」
肉が焼ける匂いが食欲をそそる。ただ塩をかけて焼いただけの肉だが、冒険している雰囲気が出ていていい感じだ。
「野外演習を思い出しますね。」
騎士だった頃を思い出しているようで、リアムがどこか懐かしそうな、寂しそうな顔をしている。
「リアムはどこの配属だったんだい?」
「私は第四騎士団に配属され、ついこの間まで主に帝都やその周辺の治安維持をしていました。それがまさかこんなことになるとは⋯。」
そう言ってリアムは目を伏せた。
「何があったの?」
ルーナがそう尋ねると、リアムはこれまでのことを話し始めた。誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
リアムの実家のジーグレイン子爵家は帝国の西側、連合王国との国境沿いに領地を持つ家だそうだ。リアムはそこの三男で、家を継ぐ予定がないため、帝都で騎士になったらしい。
そして、いつも通り帝都で仕事をしていたリアムに父から知らせが届いた。内容は、子爵家が行っていた事業が失敗し、このままでは家が潰れてしまう。そこで、家を守るため、元々家を継ぐ予定のなかったリアムに借金を肩代わりしてもらいたいというものだった。家に残って領地を守る兄たちや、既に嫁に行った妹に肩代わりさせる訳にもいかないため、リアムに肩代わりさせることにしたようだ。
リアムには寝耳に水の話で、詳しい話を聞くために領地に戻ったが説明はなく、家族皆から「お金に余裕ができたら必ずお前を買い戻すから」と言われ、結局借金を押し付けられ、借金奴隷になってしまったそうだ。
たぶん、リアムの家族にリアムを買い戻す予定はないだろう。
「リアムの家も大変だね⋯。」
「せめていったい何にお金を使ったのかくらいは説明して欲しかったですね。あんな堂々と人に全部押し付けて悪びれもしないなんて、家族には失望しました。あれで貴族を名乗るなど⋯なんと恥知らずなことか。」
リアムは借金を押し付けられたこと以上に、貴族としての矜持に欠ける家族の振る舞いに怒りを覚えているようだ。額に青筋を浮かべ、顔を歪めている。
「まあ、そういうやつなら聞いたところでろくな理由じゃないだろうさ。肉が焼けたよ。食べな。」
おばあちゃんは焼けた肉を皿に載せ、リアムに差し出した。少なくともこれから三十年はルーナたちと一緒だ。騎士に戻すことはできないが、リアムにとっても楽しい生活になればいいと思う。
ルーナも魔兎の肉をもらって口に運んだ。少しパサついているが美味しい。たまにはこういう野性味あふれる料理も悪くない。
昼食を食べ終え、また歩き始めたルーナたち三人は、そこそこ大きな町へと続いているであろう街道を逸れ、どこに続くかわからない森の小道を進むことにした。街道を逸れると魔物の数も増える。夕食のお肉もすぐに集まりそうだ。
襲ってくる魔物の殆どは、おばあちゃんとリアムで倒してくれた。だが、弱い魔物はルーナにも任された。そして、魔力が残り少なくなってくると、ルーナはナイフで戦うしかなくなり、いつも通りに傷を負ってはおばあちゃんに魔術で治療してもらいの繰り返しで、ボロボロになりながら戦った。
「いつもこんなことしてるのですか⋯?」
リアムがドン引きしている。
「ああ、魔力だって無限にあるわけじゃないんだ。魔術に頼らず戦う術も必要だろう?治せる私が元気なうちに覚えさせた方が安全だ。」
「いや、それでもまだ早いのでは?もう少し大きくなってからでも⋯。」
ルーナも普通の子供と同じように大きくなれるならばそれでもいいと思う。だが⋯、
「ルーナは普通の子供と違ってすぐには大きくならないからねぇ。大きくなるのを待っていたら、私のお迎えの方が先に来てしまうよ。」
「それは⋯、どういうことでしょうか?」
おばあちゃんの言葉の通りなのだが、まだ事情を知らないリアムは何を言っているのか分からないようで、困惑顔を浮かべている。
「ルーナは一度死にかけていて、その時に私が万能薬を飲ませた。その影響で、寿命が普通の人間の五、六倍になってしまったんだ。それで成長速度もそれに比例してゆっくりなのさ。」
おばあちゃんは真面目にそう答えたが、リアムは信じていないようだ。ルーナもおばあちゃんの言っていることは正しいと頷いてみせたが、訝しげな目を向けている。
「万能薬とは、あるかどうかもわからない幻の薬ですよね?」
「ああ。兎に角ルーナが大きくなるのなんて待っていられない。そのうちリアムにも分かるさ。」
リアムはまだ納得していないようだが、そう言っておばあちゃんは話を終わらせた。
暫く歩いていると視界が開け、川に出た。川はなだらかな山の谷間を縫うように流れている。流れはゆったりとしていて穏やかで、ルーナたちが歩いている小道は、この先この川の流れに沿って続いているようだ。日が傾く前に、今日はこの辺りでテントを張ることにした。
テントはプロスペールの街で買ったもので、五人用の物を同じ物と繋げられるようにできている。今日はこれを二つ繋げた。三人なのでかなり広々としている。
こんなテント、張るのも大変だろうと思っていたが、おばあちゃんが魔術を駆使して張ったらあっという間だった。地面を土魔術でならし、風魔術で浮かせながら組み立ててゆく。あとは杭で地面に固定するだけで完成。あまり力を使わないので簡単だ。
「本当に器用ですね。マーリンさんが私よりも強いというのは、今日一日でなんとなく理解できました。驚くことばかりです。」
まだまだ驚くことばかりだろうが、リアムがなんとなくでも理解してくれたようで何よりだ。アンバーナ町を出たばかりの、不安で気を張っているような雰囲気はなくなった。
今日は早めに寝床の準備もできたので、川辺でバーベキューをすることにした。おばあちゃんが肉の準備をしている間に、ルーナとリアムは野菜を切った。ルーナは手慣れた様子で食べやすいように切ってゆく。
「ルーナ嬢は随分と手慣れてますね。」
「プロスペールでたまに女将さんのお手伝いをしてたからね。」
平然と嘘をついたが、本当は前世での自炊で慣れているだけだ。だが、この秘密はおばあちゃんにも言っていないし、今のところ誰にも言うつもりは無い。
「凄いですね。私は殆どやったことがないのでこの通りです。」
恥ずかしそうなリアムの手元にある人参は、皮を剥かれて半分くらいの大きさになっている。これはいけない。
「じゃあ私が皮を剥いたりヘタをとったりするから、リアムは食べやすい大きさに切って。」
「すみません、ありがとうございます。」
作業を分担して、何とか野菜が半分になるのを防いだ。ただでさえ沢山食べるリアムがいるのに、半分になってはすぐに野菜がなくなってしまう。リアムが包丁の扱いに慣れるまではこうするしかないだろう。
食材の準備を終えた頃には日が傾き始めていた。橙色の空を映した川の水面がきれいだ。静かな自然の風景を眺めながら、三人でバーベキューをする。周りには魔物よけの結界の魔導具を作動させているので魔物も来ない。穏やかな時間だ。
こうして食べるご飯は美味しいし、こんな生活も悪くないなぁ。
バーベキューには贅沢なことに、数種類の魔物の肉が並んだ。沢山魔物を倒した中で、美味しそうだった肉を何種類か選んでおばあちゃんのマジックバッグに入れていたのだ。どのお肉も想像通りとても美味しい。
「おばあちゃん、幸せだね。」
「ああ、ルーナが幸せそうだと私も嬉しいよ。」
「私もなんだか幸せな気分になってきました。」
「そうかい。」
そして、お腹が膨れた後は、おばあちゃんがテントの横に土魔術で作ってくれたお風呂に入った。大自然の中で入る露天風呂。最高だ。テントを挟んで反対側にはリアムの分も作ってある。
「湯加減はどうかい?」
「いい気持ちです。まさか野営で湯船に浸かれるとは思っていませんでした。正直宿より快適です。」
ルーナもアンバーナ町の宿より快適だと思う。美味しいご飯とゆっくりできるお風呂って大事だよね。
因みに、お布団も三人分おばあちゃんのマジックバッグで持ち運んでいるので寝床も快適だ。
お風呂から上がり、髪を乾かしてもらうと、今日は土魔術の練習をした。土魔術は基本的にその場にある土や砂などを利用する。魔術で出すこともできるが、その場のものを利用した方が魔力消費が格段に少ないのだ。
土を使って形を作る練習をしたが、水よりも重く、魔力も使う。だが、一度形作ってしまえばキープするのは水よりも簡単だ。ルーナにはこちらの方が楽な気がする。
「ルーナも土の方が適性があるみたいだね。」
「そうみたい。」
ひたすらいろんな形を作っては崩しを繰り返し練習した。しっかりイメージできる形はすぐにできるが、ぼんやりしたものだとうまくできない。これはどの魔術でも同じなのだろう。繰り返しやっているとだんだんスピードが上がってきた。いい調子だ。
暫くやって、魔力が枯渇して眠くなってきたのでテントに戻って布団に入った。後は適当に魔力を放出して眠りにつく。いつもはライトの魔術を使っているが、今日は辺りが暗くて眩しいのでやめておいた。
「おばあちゃん、リアム、おやすみ⋯」




