34.名も無き村
3005年10月19日
ルーナたち三人は、ゆっくりと採取をしながら山の谷間を通り抜け、小さな村へと辿り着いていた。木製の砦で囲まれ、魔物よけ効果のある草が植えてあるだけの、名前もない村だ。
村に到着した三人はまず、村長さんの家に案内された。村長さんは人の良さそうな40代くらいの男性で、家にはもう一人、奥さんらしき女性もいる。二人とも親しげな笑顔で歓迎してくれた。
「珍しいな、こんな辺鄙な村まで来る客人は久しぶりだ。」
「旅の途中で向こうの谷を抜けてきたばかりでね。この村に一泊したいんだが構わないかい?」
「どうぞ。何もない村だけどゆっくりしていってくれ。」
「感謝するよ。」
村長さんから滞在の許可をもらい、一泊することになったが、この村には当然宿泊できる宿もない。村長さんが家に泊めてくれると言ってくれたのだが⋯、ちょっとルーナには衛生的に無理だったので、こっそりおばあちゃんに言って丁重にお断りしてもらった。さすがに、砂埃だらけの床の上に藁を積んで、いつ洗ったのか分からないシーツを被せただけのベッドに寝るのはごめんだ。
そういう訳で、結局ルーナたちは村の中でテントを張らせてもらうことにして村長さんの家を出た。
「ふー、正直助かりました。私もあそこでは寝れそうにないです。」
リアムは安堵の息を吐き、小声でそう零した。
「だよね、絶対に虫がいっぱいいるよ。それにちょっと臭いもね⋯。」
「私もあそこで寝るくらいならテントの方がいいね。」
どうやらルーナだけでなくおばあちゃんとリアムも嫌だったらしい。
「普通の家ってみんなあんな感じなの?」
ルーナはこの世界の一般的な家庭の暮らしを知らない。あれが普通なのであれば、クズで浪費家だった両親にも感謝したくなるほどだ。
「そうだねぇ、ティモロ町くらいの町ならあれが普通だね。都市部でも貧しい家ならあんな感じだろう。」
おばあちゃんの話を聞いて、ルーナとリアムは顔を引き攣らせた。
「おばあちゃん、私今初めて両親に感謝したよ⋯。」
「平民の暮らしとは厳しいのですね⋯。」
「ふっ、初めからあれが普通だと思って育てばあれでも快適だっただろうさ。」
前世の記憶もなければね⋯。前世の暮らしを思い出した時点で手遅れだ。特に衛生面と食事は耐えられそうにない。今だってだいぶ我慢しているくらいだ。定住する場所が見つかったら、少しずつ環境を整備していこうとルーナは密かに思っている。
「食事を用意してくれると言っていましたが、それも少し不安になりますね。」
「さすがにそれは大丈夫だよね?今まで屋台でもそんなに気になるようなものは見たことないし。」
ルーナもちょっと不安になってきた⋯。
「味が大丈夫なら何とかなるさ。腹を壊しても治せるからね。」
そういう問題!?
おばあちゃんはこれまでに同じような経験があるのだろうか、平然とそう言ってのけた。これは覚悟を決めるしかなさそうだ。
ルーナたちは村の空いているスペースにテントを張った。今日は五人用テントを一つだけだ。一応人の目があるので魔術も使わずに頑張った。
そして、テントを張り終え、中で寛いでいると村長さんがやってきた。
「いるか?夕食の準備ができたぞ。」
「いるよ、わざわざ悪いね。」
おばあちゃんが返事をしてテントの入口を開けた。
「ほぉ、これは立派なテントだな。随分と快適そうだ。」
村長さんはテントの中を見て少々驚いたようだ。
「ああ、中々いいだろう?」
「俺もここに泊まりたいくらいだよ。」
「リアムと一緒の布団でいいなら構わないよ。」
「マーリンさん!?私は困ります!」
冗談半分にそんな会話を交わし、村の中心の広場に案内された。到着する前から風に乗って、肉の焼ける美味しそうな香りが漂ってきていた。
「この辺に座ってくれ。今日は魔猪の丸焼きだ。」
広場には、料理を囲むように座るための布が敷かれていて、ルーナたち以外にも沢山の住民が集まっている。今日は皆で宴会のようだ。丸焼きの他にも、参加者が持ち寄った料理や果物なんかが並んでいる。
そして飲み物が配られ、村長さんがルーナたちのことを村人たちに軽く紹介してくれた後、乾杯の一声で宴会が始まった。大人たちはお酒だが、ルーナはもちろん果実水で乾杯だ。
ふと思ったのだが、ルーナ以外に子供の姿が見えない。
「村の子供たちは参加しないのかなぁ?」
「そういえば見かけないですね。それに女性の姿も少ないですね。」
ルーナとリアムが広場全体を見渡す。
「どうかしたか?」
ルーナたちの様子が気になったのだろう。村長さんが問いかけてきた。
「えっと、村の子供たちは参加しないのかなと思って。」
「ああ、宴会の時はたまに酔って暴れるやつもいるから子供は参加させないようにしてるんだ。もちろん客人には俺が気を配ってるから安心してくれ。」
「なるほど。」
村の男たちは、お世辞にもお行儀が良いようには見えない。ルーナとリアムは子供たちがいない理由に深く納得した。女性たちも子供と一緒に家に残っているのだろう。
それから暫く美味しい料理を食べながら宴会を楽しんだ。スパイスと爽やかな香りの香草で味付けされた魔猪の丸焼きが特にお気に入りだ。おばあちゃんはどこから持ってきたのか、ベリーソースをかけて食べている。
「おばあちゃん甘い物ばかり食べ過ぎじゃない?病気になっちゃうよ。」
「ふっ、そんなもん治癒魔術で治すから大丈夫だ。」
左様でございますか。
ルーナはおばあちゃんにじとっとした視線を向けた。きっとこれもおばあちゃんだからできるのだろうなと思う。それがこの世界の当たり前ならば、もっと平均寿命が長くなっているはずだ。
ルーナがお腹いっぱいになって眠くなってきたなと思っていると、隣のリアムからスースーと寝息が聞こえてきた。
「リアム、寝るならテントに戻ろう?」
そう声をかけて体を揺すってみたが、全然起きない。
「おや、寝ちゃったのかい?」
おばあちゃんが強めに揺すっても起きない。疲れていたのかもしれないなとルーナが思っていると、急に周りの空気がピリッとした感覚がした。
「おい、なんでばあさんは寝ないんだ?」
周りにいた男の一人が薄笑いを浮かべてそんなことを言った。
「そういうことかい。私は睡眠薬なんかじゃ効き目がなくてね。」
どうやら酒に薬を入れられていたようだ。ルーナたちを囲むように宴会をしていた村人たちが集まってきた。
「男が寝たなら問題ない。やれ。」
村長さんが仮面を剥ぎ取ったように柔和な笑みを消し、冷徹な声で命令した。
囲んでいた村人たちが一斉に襲ってくる。おばあちゃんとルーナだけなら余裕で倒せるとでも思っているのだろう。
「仕方ないね。」
おばあちゃんはそう呟くと、座ったまま次々と村人たちの頭を土魔術の弾で撃ち抜いてゆく。
「は⋯?」
あまりにもあっさりと仲間が死んでゆく様子が理解できないようで、村長さんは呆気にとられて情けない声を漏らしている。
「あんたら盗賊かなんかだろう?元の住民たちはどうしたんだい?」
最後に一人残った、村長さんのふりをしていた男におばあちゃんが問いかけた。
「ん、んなもん殺したに決まってんだろ!お、お、お前はなんなんだ!」
男はこの場から逃げようとしていたが、足が震えて力が入らないようで、腰を抜かして後ずさりしながらズボンに染みを作っている。
「情けないねぇ。今から死ぬやつに教えても仕方ないだろう?運が悪かったと思って諦めるんだね。」
おばあちゃんに出会ってしまうなんて本当に運が悪い。最後の男もあっさりと片付けたおばあちゃんは、大きな溜息を吐いた。
「この村はこれで全員のようだね。魔力反応はもうない。」
「最初から子供なんていなかったんだね。」
この村は盗賊たちに乗っ取られ、根城になっていたようだ。村長役の男が言っていた通り、元の住民は皆殺しにしたのだろう。
その後、おばあちゃんは盗賊たちの死体から使える物だけ回収すると、広場に土魔術で穴を掘って、穴の中にに死体を集めた。
「乾砂」
死体だったはずのものが、ただの砂の山へと変わってゆく。
え?何その怖い魔術⋯
骨すらも残らない。最後に土魔術で完全に穴を埋めて広場は元通りだ。ルーナは顔を引き攣らせながらおばあちゃんの完璧な作業を見守った。リアムは今もぐっすりと眠っている。リアムにもおばあちゃんのこの非常識さを見てもらいたかったが残念だ。
「おばあちゃん、リアムはどうするの?」
「どうせそろそろ寝る時間だ。朝まで寝かせておけばいいさ。」
きっと朝になったら村人たちが消えていることに驚くだろう。
おばあちゃんは、酒を運んでいた台車にリアムを乗せてテントまで運んだ。そして誰もいなくなったので、テントの横に土魔術でお風呂を作ってくれた。今日は入れないと思っていたので嬉しい。ルーナもお風呂から上がって魔術の練習をした後はすぐに眠った。




