31.プロスペールからの旅立ち
3005年10月16日
昨日までの二日間で、ルーナとおばあちゃんは旅に必要な物を買い揃え、お世話になった人達に挨拶をしに行った。
まず最初に行ったのはノエルの家だ。ここでルーナとおばあちゃんの冬用の服を買い揃え、ティアとノエルに街を出てまた旅をすると伝えた。ルーナたちは、会えなくなるからと、前以上に気合いの入った二人に大量の服を着させられ、その日はそれだけで疲れ果てて一日が終わった。
「凄かったね⋯」
「ああ、ここまで体力を使ったのは久しぶりだ。カインより手強いかもしれないね。」
ティアが冒険者になったら本当に勇者カイン以上になるかもしれない。
その勇者カインはといえば、どうやら亡くなったようだ。ノエルの家での買い物を終えて宿に帰ると、珍しくファビエラさんが部屋の外に出てきていた。ルーナたちの姿を見ると隠れてしまったのだが、フェルナンドさんに必死で何かを訴えていたようだったので、おばあちゃんが何かあったのかと聞くと、ファビエラさんの隷属魔術が解けたらしい。このタイミングで隷属魔術が解けたということは、ギルバートさんが上手くやったのだろう。
皆、ファビエラさんに良かったねと言ったのだが、本人はこのままレオナルドさんの奴隷でいたいようで、解放されたら生きていけないと泣いていた。この国の法律では、国から資格を得た者にしか契約魔術は扱えない。隷属魔術などもっての外だ。レオナルドさんとファビエラさんは、魔術を介さない、一般的な契約書で主従の契約を結んだそうだ。ファビエラさんは契約がないと安心できないらしい。
その翌日は残りの買い物を済ませた。とは言ってもほとんど携帯食や調味料だけだった。火も水も魔術で出せるこの世界はつくづく便利だなと思う。
午前中に買い物を済ませた後は、薬師ギルドにも旅に出ることを伝えに行ったのだが⋯、おばあちゃんの薬は評判が良く、ランクはCランクに留めていたが、知識量も納品量も多いおばあちゃんがいなくなるのは困ると職員さんたちに泣きつかれていた。最終的に、アーネストさんが職員たちを宥めてくれたお陰で解放してもらえた。
ルーナはベンジャミンさんにもお別れを言いたかったのだが、お祭りの後すぐにプロスペールを離れていたようで会えなかった。仕方がないので、ジェイドに街を離れたと伝えてもらえるよう伝言を頼んだ。
今日、ルーナたちはプロスペールを旅立つ予定だ。ここでこうして女将さんの美味しい朝ご飯が食べられるのもこれで最後だと思うと、目に涙がにじんできた。
今日のメニューはホッとあたたまるクリームシチューとパン、爽やかな酸味のキャロットラペ、ふわトロのチーズが入ったスクランブルエッグだ。おばあちゃん用に、ベリーのジャムも置いてある。全部ルーナとおばあちゃんが好きなものだ。昨日の夕食もルーナたちの好きなメニューが並んでいた。女将さんの心遣いが嬉しくて、余計にここを離れるのが寂しくなってしまう。
「なんだおチビ、泣いてんのか?」
ジェイドにいつもの揶揄うような口調でそう言われると、必死に我慢していた涙が目から零れてしまった。
「だって⋯。」
会えなくなるのが寂しい。そう言いたかったが、言ってしまったら、ここを離れたくないという気持ちを我慢できなくなってしまいそうだ。
「また近くに来たら寄ってくれれば会えるよ、ルーナちゃん。」
「ああ、それに俺らは冒険者だ。どこかの街でばったり会うかもな。」
フェルナンドさんとジェイドはそう言ってくれたが、そう簡単には会えないと思う。秘密はおばあちゃんの正体だけではないのだ。泣かないようにと思って我慢していたが、堰を切ったようにボロボロと大粒の涙が溢れてくる。
「ひっく、⋯ずずっ、うぅ⋯」
「あー、ほら、こっちこい。」
そう言われてジェイドの方に行くと、優しく抱き上げてよしよしと背中をポンポンしてくれる。ジェイドにこうしてもらうと、自分ではどうしようもなく溢れていた涙も止まり、不思議と気持ちも落ち着いてくる。
「ふふ、ジェイドは立派なお父さんみたいだね。」
「それはいいなジェイド、うちの息子になるか?」
「ばぁさんの息子は勘弁してくれ!」
ジェイドはルーナが落ち着いてくると、膝の上でご飯の続きを食べさせてくれた。今日が最後だ。そう思ってルーナは目一杯甘えることにした。
朝食を終えると、ルーナは宿の皆にプレゼントを渡した。昨日おばあちゃんと買い物に行った時に買ったお揃いのカップだ。デザインはお揃いだが、ちゃんと一人一人の名前を入れてもらった。リバーシ大会で貰った賞金で買った物だ。
そしてジェイドには特別にもう一つ。小さなハムタリアンのぬいぐるみだ。これはノエルの家で頼んで作ってもらった。素材はルーナの着ぐるみを作った時のものが余っていたようで、それを使って作ってもらった。
「ハムタリアンじゃねーか⋯こいつはどこでも連れて行けるな。」
「可愛いでしょ?」
「ああ。」
ジェイドは顔を綻ばせて、思った以上に喜んでくれているようだ。
そして、おばあちゃんは薬草茶や薬をプレゼントしていた。
「マーリンさん、これ⋯、超級ポーションですよね?初めて実物見ましたよ⋯。」
「ああ。どこかちぎれても、ちぎれた先が残っていれば治る。生えては来ないから気をつけるんだね。」
「希少素材集めて作ったようなやつだったよなたしか⋯。」
「転移できれば素材集めなんて簡単だ。私にとっては低級も超級も大して変わらないよ。」
「「「「⋯⋯⋯⋯⋯。」」」」
おばあちゃんは超級ポーションが八本も入った箱を渡していた。
希少素材とは、本来人が中々立ち入れない場所でしか手に入れられなかったり、強い魔物からしか採取できなかったりするから希少なのだ。つまり、そんなところに人はいない。それをいい事に、ちょこっと転移で行って採取してきたようだ。
「買ったら一本いくらすると思ってんだよ、はぁ⋯。ありがたく貰っとくわ。」
「大袈裟だね。」
「俺たちからも、超級ポーション程の物は渡せませんが、これを。」
そう言ってフェルナンドさんがおばあちゃんに手渡したのは紹介状だった。
「俺たちからと、ギルド長からの紹介状です。身分は隠して旅をするのでしょう?これなら少しは役立てると思いまして、ギルド長にも頼んできました。」
「おや、これは助かるね。」
この紹介状は、グレゴリオさんやAランク冒険者のジェイドとフェルナンドさんが、ルーナたちは危険人物ではないですよと保証してくれているような物だ。帝国内なら身分証がなくても信用が得られやすくなる。どこかの町に入る時や、何か起きた時には役立つだろう。
「私からはこれよ。」
「お弁当だ!女将さんありがとう!」
朝食で最後だと思っていた女将さんのご飯がまた食べられる。旅に出た後の楽しみができて、気持ちが前向きになってきた。
「しっかり食べてね。」
「うん!今まで美味しいご飯作ってくれてありがとう。」
「最後まで世話になったね。ありがたくいただくよ。それじゃ、私たちはそろそろ行くよ。」
そうしてお別れを言って、ルーナたちは宿を出た。ジェイドとフェルナンドさんは門まで見送ってくれるらしい。ジェイドは自然な動作でルーナを抱き上げ、南門まで歩いた。
この街とも暫くはお別れだ。ルーナは何十年、何百年後かにまた訪れるかもしれないが、その頃には街並みも変わっているだろう。自分はこの景色の中からいなくなるのだなと思うと寂しさと疎外感が込み上げてきて、ジェイドにぎゅっと抱きつき顔を埋めた。ジェイドの匂いで胸をいっぱいにすると、胸の中に空いた穴が埋まったような気がした。
「おやおや、今日は随分甘えん坊じゃないかい。」
おばあちゃんにそう冷やかされたが気にしない。今日は目一杯甘えると決めたのだ。
そしてとうとう南門まで着いてしまった。ルーナたちはここから乗合馬車に乗って街を出る。
「ほらおチビついたぞ。」
ジェイドはそう言って屈みながら首にぎゅっとしがみついているルーナをポンポンと叩いた。
「ジェイド、大好きだよ。」
ルーナは離れる前にそう言って、ジェイドの頬にチュッと軽くキスをした。
「おう、俺もだ。ちゃんとばぁさんの言うこと聞くんだぞ。」
ジェイドはもう一度ぎゅっとルーナを抱きしめると、行ってこいと頭を撫でて送り出した。寂しいがお別れだ。
「ジェイドもフェルナンドさんも元気でね、ありがとう。」
「ああ、気をつけろよ。」
「ルーナちゃんたちが家に来てくれて楽しかったよ、ありがとう。」
ジェイドとフェルナンドさんに別れの言葉を告げて、ルーナたちは馬車に乗り込んだ。
二人は見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。馬車はだんだんと街を離れ、街の城壁が小さくなってゆく。 寂しかったが、ルーナの旅はまだまだこれからだ。気持ちを切り替えるように、街から視線を離し、前を向いた。
◆◆◆◆◆
二日前に異変が起きた。勇者カインに隷属させられていた奴隷たちが、いきなり術を解かれて各地で勇者カインの蛮行を訴え始めたのだ。勇者カインが亡くなったのだろう。事情を知っているグレゴリオには何が起きたのか予想がついたが、何も知らない各地のギルドでは、情報を求めて騒ぎになっているようだ。総ギルド長はまだ帰って来ていない。どうしたのだろうか。
グレゴリオが9歳の頃、勇者たちが召喚された。帝国の勇者カインは少年だったグレゴリオから見ても格好よく、いつしかグレゴリオは勇者たちに憧れ、自分も冒険者になって活躍しようと思うようになっていた。
そんなグレゴリオは12歳になるとすぐに冒険者ギルドに登録した。似たような仲間たちとパーティを組み、勇者パーティのように強くなろうと努力し、着実に力をつけていった。
そして、15歳の時に魔王が討伐された。グレゴリオの中で、勇者パーティへの憧れはピークに達し、帰還した勇者に会いに行くために、仲間たちと帝都を目指した。だが、帝都で会った勇者カインはグレゴリオの想像していた人物とは違った。人を見下し威張り散らすカインを見て失望し、憧れは消え失せ、冒険者の仕事もただ淡々とこなすだけの日々になってしまった。
そんなつまらない日々を送っていたグレゴリオだったが、魔王討伐から帰還した後すぐに、他の任務に出ていたギルバートが帰ってきたと聞いて、一応見に行った。ギルバートはカインと違って、後輩たちにも優しく面倒見のいい男だった。グレゴリオの中での憧れか復活し、それからずっとギルバートの右腕になろうと目指し続けてとうとうギルド長にまで上り詰めた。
魔王討伐の真実を知った時には愕然としたが、グレゴリオが見てきたギルバートは憧れに足る男だった。そんなギルバートがカインを倒しに行って帰ってこない。彼は帰って来るのだろうか⋯。グレゴリオは一抹の不安を感じている。




