30.魔王討伐の真実
ギルバートさんが語った真実はこうだった。
当時、既にAランク冒険者となり、勢いに乗っていた勇者カインは、大剣使いの剣士ギルバート、魔術師のエリス、白魔術師のステファンと共に、四人パーティで魔王討伐の旅に出た。
カインたちは、魔族領との境である帝国南部から連合王国南部に連なる険しい山岳地帯を迂回し、大陸の西側から魔族領へと入った。そこから魔王の元へと向かおうとしたカインたちだったが、そこは当然相手も警戒しているルートである。カインたちのパーティだけで魔王の元へと到達できるはずもなく、あっけなく敗退し、すぐに魔族領から撤退することになってしまった。
そして、その情報は魔王討伐を後押ししていた皇帝にも届く。あまりにも呆気ない敗退に、皇帝はカインたちだけでの魔王討伐は厳しいとすぐに考えを改めた。討伐できずに終わるよりは良いと判断した皇帝は、他の二国の勇者たちにも魔王討伐に向かうよう圧力をかけた。そのせいでおばあちゃんたちは魔王討伐に向かうことになったのだ。
思うように事が進まずもどかしく思っていたカインは、他の二国の勇者パーティも討伐に参加すると聞くと喜んだ。また、自分が皆を率いて次こそは突破してみせると意気込んでいた。
だが、他の二国の勇者たちは、魔族領と隣接する南西の王国への影響も考え、それぞれ山岳地帯を抜けていくルートを選んだのだ。
強国である帝国に召喚された自分が一番強いと思い込み、勝手に皆を率いるつもりでいたカインは、そのことを知ると、何故人の好意を無碍にするのだと憤った。
それから三年の月日が流れ、その頃にはカインも西からのルートを諦め、山岳地帯を抜けるルートを進んでいた。
そして、初めの頃はカインたちの方が順調に進んでいて、やはり自分たちの方が優れていると得意になっていたのだが、いつの間にか二国のパーティの方が先を進むようになっていた。元々二国の勇者たちに良い印象を持っていなかったカインは、この状況が面白くなかった。
こうなった一番の原因は、二国のパーティの魔術師たちが会得した転移魔術だ。何故お前は使えないのだ、とカインはエリスを責めたが、帝国から手厚い支援を受けていたカインたちとは違い、自力で苦労して進んできた二国のパーティは、着実に力をつけていたのだ。
カインたちは、帝国から様々な魔導具を持たせてもらっていた。そして、その魔導具のお陰で本来するはずだった苦労もせずここまで来た。それに気づかず、過信していたカインたちの力が足りないのは自明の理である。
皇帝は、どこよりも手厚い支援をしたにも関わらず、他の二国のパーティに遅れを取っているとカインたちを責めた。国としても、強国である帝国の勇者が遅れを取るなど許せなかったのだ。
そして皇帝はこう言った。魔王の首だけはお前たちが必ず取ってこい。取って来なければお前らに帰ってくる場所などない、と。
皇帝からの言葉に危機感を覚えたカインたちだったが、今更努力を始めたところで簡単にこの差は埋まらない。そこでカインたちは、魔物と戦うことを避け、二国のパーティが通って行った道をそのまま後をつけるように進む安全策をとり、魔王との戦いに全てを集中させることにした。
そして魔王と対峙する時が来た。とてもカインたちが戦える相手とは思えなかった。二国のパーティは協力して、交替しながら三日三晩戦い続けたが、カインたちは戦わずに様子を見ていた。ステファンは回復だけでも手伝いに行こうと言って出ていこうとしたが、カインとエリスが止めた。隙を見て首を取って帰れなければ自分たちがどうなるか分からないのに、回復などしてもらっては困るのだ。
三日目になると戦っていた二国のパーティの人数は半分になっていた。そして、カインたちのパーティも人数が減っていた。助けに行こうと何度も言い出すステファンをカインが殺したのだ。この頃にはカインの精神は壊れていた。
そしてとうとう決着がついた。結局最後までカインたちは何もしなかった。決着が着いて残った方を殺すことにしたのだ。
死力を尽くして魔王に勝った勇者たちは皆満身創痍だった。初めに、カインとエリスが残っていた勇者二人を殺した。残り二人。マーリンと連合王国の魔術師の鬼のような形相に気圧されたギルバートは、ほんの一瞬躊躇してしまった。そして、その一瞬でマーリンが消えた。ギルバートが消えたマーリンに気を取られていると、気づいた時にはもう一人の魔術師をカインが殺していた。魔王の命が潰えてから一分にも満たない間の出来事だった。
その後は、魔王の首を持って帝国に帰還した。皇帝からは賛辞の言葉と莫大な報酬を貰い、魔王討伐はカインたちの功績として認められた。
「これが魔王討伐の真実だ⋯。」
あまりにも身勝手な内容に、開いた口が塞がらない。
「魔王と戦ってもねーのかよ。ひでぇな。そりゃばぁさんの方が強ぇわけだ。」
「何故、勇者カインを最後まで止めなかったのですか?」
フェルナンドさんが躊躇いがちに問いかけた。
「俺はカインが可哀想だと思っちまったんだ。13歳のガキが勝手に召喚されて、そこで勇者なんて称号与えられたら調子に乗るのは仕方ねぇだろ?それで働きが悪かったら脅されて、挙句の果てに殺されるなんて⋯。遅れを取った時点でこのまま国に帰っても命はないと思ったからな。皇帝が許しても、帝国が圧力かけて参加させた魔王討伐から一番に逃げ帰ってきたとなれば他国は黙っちゃいねぇ。それで戦争になれば万全の状態の他国の勇者たちと戦わなきゃならねぇ。⋯身勝手なのはわかってる。」
ギルバートさんは話終えると、俯き、顔を歪ませた。
たしかに勇者カインたちも可哀想だけど、判断力が足りなかったとはいえ、自分たちで決めて始めたことの結果だ。巻き込まれた上に、言い出しておいて何もしなかった勇者カインたちに仲間を殺されたおばあちゃんの方が可哀想だ。
「あんたらがそうやって甘やかし続けた結果があれだ。責任持って勇者カインをどうにかするんだね。」
「ばぁさんの言う通りだな。いい歳したじじぃがいつまでガキのつもりなんだ?」
場の空気が重い。グレゴリオさんはずっと黙ったままだ。
「カインのことは俺が何とかする⋯。もう覚悟は決めた。グレゴリオ、⋯⋯すまなかった。」
そう言い残すとギルバートさんは宿から出て行った。
「俺たちはどうしましょうかね。」
「後のことはとりあえず総ギルド長に任せればいい。私もギルドに戻る。世話になった。」
グレゴリオさんもそう言って出て行った。なんだか少し寂しそうに見えた。
「じゃあ俺らは普段通りか?」
「そうだね。まだ勇者が来るかもしれないから警戒はしないといけないと思うけど。」
ジェイドとフェルナンドさんは勇者が宿に押しかけてくる可能性を考えて、今日は一日宿に居ることにしたようだ。ルーナたちもそうすることにした。女将さんたちのことも心配だからね。おばあちゃんがいれば安心だ。
「ねぇおばあちゃん、魔王を倒した後って、やっぱり転移魔術で飛んだの?」
「ちょっと聞きづらかったんですけど、それ、気になりますね。」
「私も気になるわ。」
フェルナンドさんと女将さんまで興味津々だ。おばあちゃんは渋々といった様子で答えてくれた。
「あの時は満身創痍で転移魔術を使えるほどの魔力が残ってなくてね、幻術を使って消えたように見せて、岩に擬態して隠れてただけさ。あいつらが冷静な状態だったら見つかっていたかもしれないね。」
「なるほど、動かない物なら少ない魔力で済みますもんね。」
「昨日グレゴリオさんを荷物に見せてたみたいに?」
「その通りだ。あいつらも首を持って逃げるように去っていったからね。私は魔力が回復するまでじっと待って帝国に逃げたのさ。」
ふむふむ、それで南部のティモロ町にいたわけか。
「なんで帝国に逃げたんだ?あんなことされて帝国になんて来たくなかっただろ?」
「まぁね。だが旅の途中、あいつらと話す機会も何度もあった。カインとはほとんど話していないがね。あいつらがどういう状況で、皇帝がどんなやつかも大体わかっていた。皇帝が私を暗殺するように命じるのは予想ができたから帝国に逃げたのさ。まさか帝国にいるとは思わないだろう?」
そう言っておばあちゃんはしたり顔で笑った。
「上手く出し抜いたな。」
「さすがおばあちゃんだね。」
「ああ。だが、迷惑なカインのせいで私がここにいるのがバレてしまったね。今の皇帝がどんなやつかは知らないが、また面倒が起こる前に旅に出るとするよ。」
やっぱりそうなるよね。この街にはもう少し長くいられると思ってたのに、迷惑な勇者だ。
「そうか⋯」
「寂しくなりますね。」
「あら、寂しいわ。」
ルーナもこの宿の人達と離れるのは寂しい。素性の分からないルーナたちにも良くしてくれた。本当の両親より、家族のように扱ってくれていたと思う。
「まだ旅の準備ができるまではここにいる予定だ。少しの間だが、それまでは今まで通り頼むよ。」
「ふふ、任せてちょうだい。」
それからルーナたちは、旅に必要な物を確認して買い物リストを作ったり、部屋を片付けたりして一日を過ごした。半年も過ごしていなかったが、だいぶ物が増えていた。こうやって片付けながら手に取って見ていると、いろいろ思い出ができたなと思う。
そして、女将さんが作った夕食を食べて、ジェイドの部屋に拉致された。どうやらルーナたちがここを発つ日まで一緒に寝る気らしい。暇で早い時間から飲んでいたようで酒臭い。
「なぁ、俺のハムタリアンだろぉ?どこ行くんだよぉ。」
「ハムタリアンじゃないってば!」
寂しがってくれるのは嬉しいが、決してジェイドのハムタリアンではない。ルーナが頬を膨らませていると、ジェイドが頬擦りしてきた。何を言ってもダメそうだ⋯。 そのままジェイドにぎゅっと抱き抱えられていると、ジェイドの体温と鼓動の音がだんだん心地よくなってきて眠っていた。
◆◆◆◆◆
ギルバートは宿を出ると、南門へと向かった。
街から馬車でどこかへ向かうならここだろう。監視役からの連絡も途絶えてカインの居場所が分からない。
「ちょっとすまない、話を聞きたいんだが。」
ギルバートが衛兵に声をかけると、相手はギルバートの顔を知っていたようだ。
「ギルバート様、いかがなさいましたか?」
「ああ、勇者カインのことなんだが、今朝ここを通らなかったか?」
グレゴリオたちが目覚めているのならカインも目覚めているだろう。隷属が解かれたことに気づいたカインはすぐに逃げたはずだ。
「カイン様なら今朝早くに街を出ていかれましたよ。」
「そうか。ありがとう。」
やはりもう逃げ出していたか。
ギルバートはそのまま街の外へ出ると、草原の人気のない場所へと向かった。
「ここでいいだろう。」
周りを見渡しながらそう呟き、アイテムバッグからマーリンから受け取った転移の魔導具を取り出した。それを地面に置き、大剣を手に待ち構える。
この魔導具の欠点は、転移先の状況が分からないことと、使用する時に両方の魔導具が光るせいで、転移先に誰かが転移してくるのが分かってしまうことだ。
転移の魔導具を諦めきれていないカインはそのうち絶対に使う。アイテムバッグから出ていないかこまめに試しているはずだ。こうやって待ち構えていれば一撃は絶対に入れられる。一撃で殺せなかったとしても、怪我をした状態のカインになら負けることはないだろう。
今度は躊躇しないと心に決めて、ギルバートはカインが転移してくるのを待った。




