29.ギルバートの来訪
3005年10月13日
ここはどこだ?
見知らぬ部屋のベッドに寝かされている。私は昨日、勇者カインに隷属魔術をかけられて⋯、ジェイドにバレそうになってジェイドを殺そうとした。そして、逆にやられたはずだ。ああ、そうか⋯。
記憶を思い返してグレゴリオはここがフェルナンドの家の宿ではないかと思い至る。
ベッドから出て、身体の傷を確認するが、誰かが治療をしてくれたようできれいに治っている。グレゴリオが部屋の扉を開けて外に出ると、やはりここは二階の客室のようだった。まずは状況確認がしたい。声のする一階に下りようと階段を下っていると、皆が私に気づいて顔を向ける。
「起きたか。」
「おはよう、良かったわ。ギルド長さんも座って朝食を食べて。」
フェルナンドの母親か、雰囲気がそっくりだな⋯。
「ありがとうございます。」
とりあえず礼を言って朝食の席に着いた。昨日一緒に来ていたマーリンさんとその孫もいる。無事だったか。そしてその正面にはジェイドとフェルナンド、キッチン側の端の席にもう一人男が座っている。目元が似ている。あっちは父親だな。
「気分はどうだい?」
「問題ありません。それで、私は何故ここにいるのでしょう。誰か説明していただけませんか?」
そう言ってその場にいる者たちに目をやると、ジェイドが口を開いた。
「昨日あんたを気絶させた後、他の連中に見つかると騒ぎになるからここに運んだ。副ギルド長には状況説明してある。総ギルド長には副ギルド長から連絡がいってるはずだ。それよりも何があったのかは俺たちの方が聞きてぇ。」
なるほど。ギルドのことは副ギルド長がなんとかしてくれているだろう。騒ぎになっていないのは助かったな。
「そうか⋯。」
それから私は皆に、勇者カインが情報を求めてやって来たこと、一瞬で隷属させられ指示に従っていたことを話した。
「従属させられている間は、指示されるとまるで自分がそうしたかったかのように従ってしまう。だから反抗する気すら起こらない。本当に恐ろしい魔術だよ。それで、なんでその恐ろしい魔術が解けている?」
これが最大の疑問だ。私に魔術をかけたのは勇者だった。解ける人間などいるはずがない。
「あんたのもフェルナンドのもばぁさんが解除した。俺もなんでばぁさんが勇者の魔術を解除できるのか聞きてぇ。」
ジェイドがそう言うと、皆の視線がマーリンさんに集まった。
「勇者カインの力が私より弱かったってだけのことさ。勇者の肩書きに奢って、今まで大した努力もしてこなかったんじゃないかい?」
涼しい顔をしてマーリンさんはそう言い放った。
いや、性格は兎も角、魔王を倒した勇者だぞ?少なくとも私より遥かに強いし、総ギルド長でもあの魔術は解除できなかった。いったい何者なんだ?
けどこれで、ジェイドが異様に強くなっていた理由は分かった。鍛えたのはマーリンさんだろう。
◆◆◆◆◆
今日は朝食を食べながら、皆で昨日の話をしている。フェルナンドさんはルーナが起きるよりも早く目覚めて、アイザックさんから大体の話は聞いていたようだ。ルーナたちもグレゴリオさんが起きてくる前にフェルナンドさんの話を聞いた。
フェルナンドさんは昨日、外でクロシェット販売をしている時に、勇者カインが現れて隷属魔術をかけられたそうだ。勇者カインが、少し話があるからどっか行っててくれと人払いをし、人目が離れた数秒の隙にかけられ、抵抗する間もなかったらしい。力の差を身に染みて感じさせられたと言っている。
だが、そんな勇者の魔術をおばあちゃんが解除してしまった。おばあちゃんは涼しい顔をしているが、何者なのかと皆怪しんでいる。
そろそろ正体を隠し切るのも限界なんじゃないかな?勇者さえ出てこなければ、昔魔王と戦っていた頃に活躍していた凄腕の魔術師、くらいで誤魔化せたかもしれないけど⋯。もうこの街にいられる時間も長くないかもしれない。初めから覚悟していたことだが、折角仲良くなれた皆と別れなくてはいけないと思うと寂しい。
ルーナがそんなことを考えていると、玄関の扉が開き、がっちりとした体型の、背の高い年配の男性が入ってきた。
「失礼、グレゴリオがここにいると聞いてやって来たんだが⋯」
「「総ギルド長!!」」
「あ?」
グレゴリオさんとフェルナンドさんが、男性を見て驚いたように立ち上がる。ジェイドは少し敬意が足りない気がする⋯。
総ギルド長?ってことは冒険者ギルドのトップだよね。
「お前ら!目覚めたのか!?隷属魔術をかけられたんじゃなかったのか?」
総ギルド長さんも二人の姿を見て驚いているようだ。そういえばジェイドは、二人の術を解除したことまでは副ギルド長に話していなかったかもしれない。
「隷属魔術ならこのばぁさんが解除してくれた。」
ジェイドがそう言っておばあちゃんを親指で指差すと、総ギルド長さんが怪訝な顔でおばあちゃんを見る。おばあちゃんは我関せずといった感じで、目も合わせずにのんびりとお茶を飲んでいる。
「何者だ?」
警戒した様子で総ギルド長が問いかけた。
「人に聞く前に自分が名乗ったらどうだい?ギルバート。」
知り合いなのか。ルーナがそう思っていると、ジェイドたちも「え?そこ知り合いなの?」とでも言いたそうに、二人に視線を往復させている。
「お前⋯、まさか⋯!」
ギルバートさんの目が見開かれ、皆は次に続く言葉に息を呑む。
「お前⋯、賢者か?賢者マーリンなのか?」
信じられないものを見たような驚きようだ。グレゴリオさんも口をポカンと開けて驚いている。
「やっぱりな。」
「そうなのかもしれないとは思ってました。」
ジェイドとフェルナンドさんは予想していたようだ。
「久しぶりだな、ギルバート。30年振りか?」
「あ、ああ⋯。まさかこの国にいたとは⋯。はっ、
そりゃ探しても見つからないはずだ。」
「なんだい、殺すために探し回ってでもいたのかい?そりゃご苦労だったね。で、やる気かい?」
二人の間の不穏な会話で、その場に緊張が走る。
「いや⋯、当時の皇帝の命令でこっちも仕方なくだ。この国の皇帝も今は代替わりしてる。お前を殺す理由はない。それに逆に返り討ちに合いそうだからな。」
緊張が解けた。それにしてもおばあちゃん、帝国から命狙われてたなんて知らなかったよ!
「そうかい。そりゃ残念だ。」
「はぁ、賢者がいたなら全てに合点がいった。カインは今どこにいる?」
「知らないね。自分らのしり拭くらい自分らでやりな。」
そう言っておばあちゃんは、黒っぽくて四角い何かをギルバートさんに放り投げた。
「あ、それは⋯」
「やっぱりな!」
「あなたでしたか!」
そう、転移の魔導具だ。やっぱりおばあちゃんだと思ったよ。
「お前が持ってたんなら見つからねぇわな。持っててくれて助かった。お陰でカインの手に渡らずに済んだ。」
ギルバートさんはおばあちゃんにお礼を言うと、自分のマジックバッグの中にしまった。
「やっと事情がわかりましたよ。まさか賢者様だったとは⋯。」
グレゴリオさんは探しても見つからない魔導具の在処がずっと気になっていたようだ。肩の荷を下ろしたような小さな吐息が漏れた。
「しかし、賢者の方が勇者より強ぇんだな。」
ジェイドがそう呟くと、ギルバートさんが気まずそうな顔になった。ルーナもそれは不思議に思っていたことだ。
「たしかに、弱くなったのですかね。それともマーリンさんが魔王討伐後に強くなったのでしょうか。⋯けど、ここ最近マーリンさんにいろいろ教わって分かりましたが、強くなるにもそれ以上に強い相手がいないと中々難しいですよね?」
フェルナンドさんも疑問に思っているようで、顎に手を当てて考え込んでいる。
「なんでなんだ?」
「ふっ、ギルバートに聞きな。理由ならよく知ってるはずさ。」
ジェイドはおばあちゃんに問いかけたが、答える気はないようだ。ジェイドはおばあちゃんに聞くのを諦めて、ギルバートさんに視線を送った。ジェイドだけでなく皆がギルバートさんに注目している。
「それは⋯⋯」
何か理由があるらしい。言おうか言うまいか迷っているようだ。
「はぁ⋯、話すと長くなる。俺も掛けてもいいか?」
「どうぞ。」
数秒目を泳がせ沈黙した後、覚悟を決めたようにフェルナンドさんが引いた椅子に腰掛け、内密な話だと前置きをしてから話し始めた。
「まず初めに、俺がカインのパーティにいたのは知ってるだろ?そっちの賢者はシルヴィア王国の賢者だった。」
ルーナもそれはおばあちゃんやジェイドたちから聞いて知っている。うんうんと頷きながらギルバートさんの話を聞く。
「勇者が召喚された当初は、どの国も魔王と戦う気なんてなかった。カインも召喚された時まだ13歳のガキで、召喚されたばかりの頃は素直なかわいいやつだったんだ。」
「今じゃ信じられませんね。」
「ああ。」
フェルナンドさんの信じられないという言葉に皆が頷いている。
「けどな、勇者っていうのは、普通の人間より元から肉体も強く、魔力量も多く召喚される。さらに干渉力の成長が早い。カインは俺たちと冒険者をしながらめきめきと力をつけていった。それで調子に乗っちまったのか、カインは魔王討伐に行こうと言い始めたんだ。なんでもカインが元いた世界では魔王は人間を滅ぼす悪者だったらしくてな。魔王という存在が許せなかったらしい。」
あーなるほど。世界が違えば常識も違うからね⋯。これは異世界の記憶を持ったルーナにも共感できる。
「俺ともう一人の仲間は魔王討伐に反対だったんだが、魔術師としてパーティに参加していた皇女がカインに賛成した。皇女の方も側室の子で、可愛がられてはいたが発言権が弱くて功績が欲しかったらしい。それに、カインはその当時人気で、他国に権勢を見せつけたかった国も良い機会だと後押しした。ここまでが討伐に向かう前までの話で、大まかなことは世間にも知られてるはずだ。」
「聞いた事あるな。」
「ええ、私も存じてます。」
ジェイドとグレゴリオさんが同意を示すと、他の皆も頷いた。
「けど、ここからの話は表向きの、帝国の勇者カインが中心になって魔族領に侵攻し、魔王を討伐したって話とは全然違う。」
そこまで言うと、ギルバートさんは視線を下に落とし、唇を固く引き結んだ。
「で、本当はどうだったんだ?」
ギルバートさんから放たれる重苦しい緊張感に、部屋の空気は静まり返っている。ルーナは口元を見つめ、次の言葉が出てくるのをじっと待った。
「結論から言うと、俺らは魔王を討伐していない。」
「は⋯?」
「なっ!」
今まで世間で語られていた話とは真逆の事実に、
皆は言葉を失った。




