28.お祭り最終日(後編)
それからルーナたち三人は、冒険者ギルドへと向かった。
「なぁ、ばぁさん⋯。」
「なんだい?」
「⋯いや、なんでもねぇ。やっぱ後でいい。」
「そうかい。」
ジェイドは何かをおばあちゃんに問いかけようとしてやめた。踏み込むべきかどうか悩んでいるのだろう。ルーナには何を聞きたいのか大体予想が付いている。
宿から冒険者ギルドまでは徒歩で五、六分だ。すぐに到着して中へ入ると、「おう、ジェイドじゃねーか、そいつが噂の新しいハムタリアンか?」などと揶揄う声が何人かから上がる。昨日ルーナを連れ歩いていたのがギルドで噂になっていたようだ。ジェイドは平然としているが、ルーナはそんな噂で注目されるのは恥ずかしい。フードを深く被り、顔を隠しながらジェイドの陰に隠れるようについて歩いた。そうしていると余計に、よく懐いたハムタリアンみたいだな、と思われていることなどルーナは知らない。
「ギルド長いるか?至急話したいことがある。」
カウンターの職員さんにジェイドがそう告げると、職員さんはギルド長室へと確認に向かった。待っている間も、冒険者たちから好奇の目を向けられ居心地が悪い。そんな場合ではかったが、着ぐるみは着替えて来ればよかったと後悔している。
ルーナには長く感じたが、数分で職員さんが戻ってきて面会の許可がおりた。やっと助かった、という気分だ。職員さんの案内で二階へと階段を上り、前回来た時と同様、扉の前に着くと「入れ」と言うグレゴリオさんの声が響き、そのまま扉を開けて入室した。
「ギルド長、話がある。内密な話だ。人払いしてくれ。」
「普段私と話さない君から話とは珍しいな。フェルナンドはどうした?まぁ座れ。マーリンさんたちもどうぞ。」
そうすすめられてルーナたちは来客用の椅子に腰掛けた。勇者の話になると察したのだろう、グレゴリオさんも扉の外の職員に、絶対に誰も入れるなと念を押して命じると、ルーナたちの前に座った。
「それで?」
「今日はフェルナンドのことで話しに来た。」
「何があった?」
グレゴリオさんに特に変わった様子はみられない。グレゴリオさんが話の先を促すと、ジェイドはふぅと小さく息を吐き、口を開いた。
「今日宿に帰る途中、別行動してたフェルナンドに襲われた。いきなり俺らの首目掛けて、殺す気の奇襲だ。」
グレゴリオさんは一瞬目を見開いて驚いたような表情を浮かべたが、すぐに元の表情に戻った。ジェイドもグレゴリオさんの反応を探りながら話しているようだ。
「それで?」
「なんとかフェルナンドは取り押さえた。今は宿で気を失って寝てる。」
「そうか。襲われた理由は分かったのか?」
そこでジェイドはまた一呼吸置くと、意を決したように話し始めた。部屋の中に緊張した空気が漂う。
「実は⋯、フェルナンドは隷属の魔術をかけられてた。たぶん勇者の仕業だ。」
「なに⋯」
グレゴリオさんは何も知らなかったかのように小さく呟き、一瞬眉を顰めた。
「フェルナンドに俺らのことを殺させて、転移の魔導具を見つけた後に命令して自害させればバレねぇとでも思ったのかもな。」
「なるほど。それは随分と甘い考えだね。」
その通りなら本当に甘いと思う。おばあちゃんの実力を知らなかったとしても、同格のジェイドがいれば、自害する前に取り押さえられる可能性がある。それに、奇襲に失敗して戦闘になれば、すぐに騒ぎを聞きつけてグレゴリオさんだって駆けつけただろう。隷属魔術をかけたことがバレるリスクの割に、成功率が高いとは言えない。
「ふっ、やっぱりさすがにそれは甘すぎると思うよな。」
「そうだな。本当はどう考えているのか話せ。」
ジェイドが嘲るように鼻先で笑って言うと、グレゴリオさんの声色が、普段に増して冷たくなった。部屋の中の緊張感も増してゆく。
そして、ジェイドはまたあえて焦らすように、グレゴリオさんをじっと見つめて、少し間を置いてから話し始めた。
「勇者は昨日までオルランドを殺したやつを探してた。だがいくら近所で聞いて回ったところで知ってるやつなんていねぇ。やったやつを知らねぇなら、尚更態々リスク冒して隷属させてまで、俺らを襲う必要がねぇよな。」
「そうだな。隷属魔術は禁忌だ。いくら勇者といえど、この国で使用すれば許されない。」
連合王国で奴隷にかけるだけでも印象が悪いが、帝国民にかけたとなれば、確実に勇者としての身分は剥奪され、大罪人に転落だ。背負うリスクが全然違う。
「だったら少なくとも、勇者はどこかで犯人を知ったんじゃねぇかと思ってる。それでもさっきも言った通りリスクに見合わねぇ。けど、フェルナンドに隷属魔術をかけたことが俺らにバレても揉み消せるとしたらどうだ?」
ジェイドはじっと鋭い視線でグレゴリオさんを見つめるが、グレゴリオさんの表情は変わらない。何を考えているのだろうか。
「それは私が勇者のために揉み消すとでも言いたいのか?」
グレゴリオさんは淡々と、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげにそう問い返した。
「ああ。情報を教えることも、揉み消すことも、あんたなら両方できるだろ?」
「そうだな。だが私が勇者に手を貸すメリットはない。勇者の考えが甘いだけかもしれないな。情報を聞くためにフェルナンドに隷属魔術をかけたのだろう。それで、フェルナンドは気を失っているだけなのだろう?まだ隷属しているなら危険だ。こちらで拘束しておこう。」
淡々と話しているが、早く話を終わらせたがってるようにも感じる。
「いや、その必要はねぇ。それよりも、まずあんたが隷属させられてないか確認させてくれ。」
「なに?」
グレゴリオさんが怪訝そうな顔をする。そして、数秒間シーンと静まり返り、空気が張り詰めた。
ガタンッ!
椅子が蹴り倒され、いつの間にかグレゴリオさんが手に握った短剣でジェイドに襲いかかっていた。
ガコッ!
「チッ、やっぱりか。」
ジェイドも攻撃を躱して剣を構えている。やはりグレゴリオさんも隷属させられていたようだ。ルーナはいつの間にか部屋の隅でおばあちゃんが張った結界の中にいるので安全だ。
今度はジェイドがグレゴリオさんに斬りかかり、グレゴリオさんが短剣で受け流す。二人の剣と剣がぶつかる音が部屋の中に響き渡った。
「おばあちゃん!」
ルーナはジェイドが心配で、おばあちゃんに助けを求めた。
「大丈夫だ。そう簡単にやられはしないはずさ。」
おばあちゃんはいつも通りの落ち着いた様子で、ルーナが結界から飛び出さないように肩を押さえている。ジェイドの助けに入る気はないようだ。
そして、何度も鋭い金属音を響かせ、二人が剣を合わせていると、部屋の外から安否を問う声が聞こえた。
「ギルド長!!大丈夫ですか!?何かありましたか!?」
部屋の外のギルド職員にも争っている音が聞こえたようで、慌てたように扉を叩いて叫んでいる。
「大丈夫だ、入るな。入ってきたらクビだ。」
「ああ、絶対に入ってくんじゃねーぞ!」
二人がそう叫ぶと扉を叩く音が止んだ。
「わかりました⋯。」
困惑しているような返事だ。
部屋の中では激しい剣戦が続いている。剣の腕ならばジェイドの方が上なのだが、部屋の中では短剣の方が扱いやすい。両者互角の戦いを続けている。
「くっ、君がここまでやるとは、正直驚いた。」
「ああ、俺も驚いてるところだ。」
グレゴリオさんもジェイド自身も、ジェイドがグレゴリオさんと互角に戦えるくらい強くなっていることに驚いているようだ。
グレゴリオさんの短剣がジェイドの頬を掠めた。グレゴリオさんの方が動きが素早く、ジェイドは少しずつ傷を負っている。しかし、上手く攻撃を誘導しているようで大きな怪我は無い。体力はグレゴリオさんの方が疲弊しているようだ。
「グッ!」
「ジェイド!」
一瞬スピードを上げたグレゴリオさんにジェイドの脇腹が斬られた。だが、グレゴリオさんが狙っていたほどの傷ではないようで舌打ちをしている。
そして、暫く攻防を続けた後、グレゴリオさんは今まで受け流すようにしていたジェイドの剣を止めると、ジェイドの腹に押し退けるように蹴りを入れて自身も飛び退き、ジェイドとの距離をとった。
それから、素早い動きで立てかけてあった弓を手に取り矢を放った。矢の向かう先にいるのはおばあちゃんだ。
「余所見してんじゃねぇ!!」
ジェイドはおばあちゃんには意識を向けず、グレゴリオさんへと迷わず一足で飛んだ。剣の柄で鳩尾へ一撃。グレゴリオさんは意識を失った。
「ヴッ⋯」
「ふっ、ばぁさんの強さを分かってねぇのが敗因だな。⋯はー疲れた。」
傷だらけになり肩で息をしながら、ジェイドはそう言ってその場に座り込んだ。張り詰めていた空気は消え、おばあちゃんも結界を解いた。当然グレゴリオさんが放った矢でおばあちゃんの結界を壊すことはできていない。
「なんだ、手助けは要らなかったようだね。」
そう言って、おばあちゃんはジェイドの傷を治療する。
「いや、いてくれて助かった。こいつが俺だけに集中してたら勝ててたか分からねぇ。」
「そうかい。」
おばあちゃんは治療を終えると、小さな子供を褒めるように、よしよしと座ったままのジェイドの頭を撫でた。
「撫でんなよ、俺はガキじゃねぇ。」
「ふっ、私から見たら子供のようなものだ。」
気恥ずかしそうにしているジェイドを見て、ルーナはふふっと笑う。
その後、おばあちゃんはグレゴリオさんの隷属を解き、ジェイドが副ギルド長を呼んで簡単に状況を説明した。状況を聞いた副ギルド長は、それは事実なのかと驚いていたが、総ギルド長には伝えておいてくれるそうだ。総ギルド長に伝われば、これから勇者カインは大罪人として扱われることになるだろう。
そして、そのことが今街に広まればパニックが起こってしまう。勇者の件はまだ内密だ。副ギルド長とも相談して、意識を失っているグレゴリオさんは、事情を知っている人しかいないルーナたちの宿にこっそり連れ帰ることになった。
「どうやってこっそり運ぶの?」
「ちょっと幻術で誤魔化せば大丈夫さ。」
そう言っておばあちゃんが魔術をかけると、ジェイドが担いでいるグレゴリオさんの姿が、ただの大きめの荷物に見えてきた。
「おぉぉ、ただの荷物にしか見えない。」
「そうなのか?」
担いでいるジェイドにはちゃんとグレゴリオさんに見えているらしい。便利な魔術だ。
そうして宿まで連れ帰ると、女将さんが空いている部屋を貸してくれたので、グレゴリオさんはベッドに寝かせた。後で部屋代はジェイドがギルドから徴収するらしい。
「ばぁさん、こいつらいつ起きるんだ?」
「そんなすぐには起きないよ。明日の朝には目覚めると思うがね。私が見張っておくから祭りにでも行ってきな。今は術をかけた勇者も気を失っているだろうから安全なはずだ。夕飯だけ買ってきておくれ。」
おばあちゃんがそう言ってくれたので、ルーナとジェイド、女将さん、アイザックさんの四人でまたお祭りへと出かけた。これから丁度、中央広場のステージで大会の表彰式だ。ほんの二、三時間くらいしか経っていないが、リバーシ大会が半日以上前のことのように感じる。
表彰式が始まると、司会の人に名前が呼ばれ、お祭りの実行委員長から、賞品や賞金が渡される。
「リバーシ大会子供の部優勝、ルーナ。」
ルーナも名前が呼ばれたので、ステージに上がって賞金を貰いに行く。
「おめでとう。」
「ありがとうございます。」
リバーシ大会子供の部で貰えた賞金は、小銀貨5枚だ。大人の部のアイザックさんは大銀貨1枚だったそうだ。
次々と表彰されて、最後にクロシェットの大会の表彰が始まった。
「第三位、セリーナ!」
見事女将さんも三位に入賞した。誰よりも早くアイザックさんが感涙している。
「おめでとう!俺の、俺のセリーナが⋯、ひっ、ぐすっ、俺は信じでだよ、ひっ、ずずっ⋯」
「ありがとう。ふふ、ステージに上がるから離してちょうだい。」
泣きながら抱きついているアイザックさんを引き剥がして、女将さんはステージに上がった。
「良がっだ、ひっ、ずびっ。」
女将さんはステージの上からアイザックさんを見てまたふふっと笑っている。クロシェットの大会の三人の入賞者が並び、賞金を受けとる。なんとクロシェットの大会の優勝賞金は大金貨1枚だそうだ。三位の賞金でも小金貨1枚でリバーシ大会の10倍だ。さすがはメインの大会である。
その後に実行委員長から挨拶があり、最後に学術地区から魔術で空に花火のようなものが上がった。これで催しは終了だ。ルーナたちは徐々に片付け始まる出店で、祭りの名残惜しさを感じながら、まだ残っていた美味しそうな食べ物を買って宿に帰った。
◆◆◆◆◆
ギルバートが執務机でコーヒーを飲んでいると、通信の魔導具が作動した。プロスペールからだ。
「グレゴリオか、どうした?」
「いえ、私は副ギルド長のユリウスです。」
「あ?グレゴリオはどうした?」
これは本来ギルド長専用の通信だ。ギルド長不在の緊急時でもなければギルド長以外が使用することはない。ギルバートは手に持っていたコーヒーのカップを置き、ただならない様子に眉を顰める。
「ギルド長は今意識を失って眠っています。そのことについてなんですが⋯。」
「なに!?意識を失っただと!?何があった!」
カインが何かやったのか?
「それが、私は部屋に入るなと言われていて直接は見ていなかったのですが、面会していたAランク冒険者のジェイドが言うには、ギルド長は勇者カイン様に隷属魔術をかけられていたそうです。」
「それは本当か?」
本当だとしたらかなりまずい。カインがプロスペールのギルドを乗っ取ったようなものだ。
「なんでも、まずフェルナンドがジェイドたちを襲ってきたことで隷属させられていることに気づいたそうです。それでギルド長から情報が漏れたんじゃないかと疑って面会を求めたようで、その面会中に確認させてくれと言ったところ、襲ってきて戦闘になったそうです。」
「それは⋯、ジェイドは無事なのか?グレゴリオは今眠ってるんだよな?いったいどうやった?」
隷属が本当だったとして、グレゴリオは元Sランク。Aランクのジェイドにどうにかできるような相手ではないはずだ。意味がわからない。
「ジェイドは無事です。どうやったかは分かりませんが、ジェイドがギルド長を気絶させたそうです。」
「そうか⋯わかった。とにかくすぐにそっちに行く。」
詳しい事情を聞くためにもプロスペールに出向く必要がありそうだ。




