27.お祭り最終日(中編)
「おいおチビ、起きろ。」
ルーナが体を揺すられて目を覚ますと、リバーシ大会の会場にいた。富豪エリアにあるちょっとお高めの宿の食堂で、柔らかな明かりが灯り、床には絨毯が敷き詰められた落ち着いた空間だ。なんの木材かは分からないが、リバーシが置かれた艶やかなテーブルも高級そうだ。
ここには6セットのリバーシが用意されており、今日は初戦から全部門で一斉に準決勝戦が行われる。その後は一戦ずつ子供の部から学生の部、大人の部の順で決勝戦だ。
「目覚めたか。大人の部と子供の部の優勝は俺たちで頂こう。健闘を祈るよ。」
大人の部で勝ち残っているアイザックさんが、応援の言葉を送ってくれた。アイザックさんはあまり緊張しているようには見えず、むしろ余裕すら感じる。
「ありがとうございます。お互い頑張りましょう!」
今日はルーナも気合いが入っているが、直前までお昼寝していたお陰か程良く緊張感が抜けている。
ルーナの準決勝戦の相手は、髪を二つに結んだ大人しそうな女の子だ。名前はケイティ。お互い挨拶を済ませ、席に座って開始の合図を待つ。どうやらケイティはとても緊張しているようで、頻りに服のボタンを弄っている。
そして、開始の一声で対戦が始まった。序盤はお互い、石を中央に集めるように打っていく。
昨日の男の子たちみたいに序盤からどんどんひっくり返してくれる方が楽なのにな、とルーナは思う。
中央の16マスが埋まり、ルーナは自分のミスに気をつけつつ、ケイティが打てる選択肢を減らすように打っていく。
そして、そこでケイティがミスをした。緊張しすぎていたせいか、まだ他に置く場所があるのに角の一つ斜め内側のマスに石を置いてしまった。ケイティも置いてから気づいて「あっ」と声を漏らしている。ちょっと可哀想だと思ったが、これは勝負だ。遠慮なく角に自分の石を置いて、そこからじわじわと辺を這うように自分の石を広げていった。
結果、ケイティの石を置ける場所が無くなった時点でケイティは降参した。潔い。まだ他に対戦してる人たちが残っていたため、静かに対戦のお礼を言ってジェイドの元へと戻った。
「勝てたよ。」
そう言ってルーナは両手を上に伸ばし、抱っこをせがむ。今戦っている人達の勝負がついたら、次はすぐに決勝戦だ。そう思ったら緊張してきて、抱っこの安心感がほしくなったのだ。
「よくやった。」
ひょいとルーナを抱き上げて、優しく背中をポンポンしてくれる。そして流れるような自然さで、ほっぺにチュッと軽くキスをした。
ふあっ!
不意打ちはやめて欲しい。安心したくて抱っこしてもらったはずなのに、違う意味で心臓がドキドキしてきた。
ルーナは赤くなった顔を隠すようにジェイドの肩に顔を埋め、鼓動の音を響かせる自分の心臓に、お願いだから早く落ち着いてくれと只々祈った。
それから数分経つと、アイザックさんも勝ち上がって帰ってきた。相手は昨年の優勝者だったらしく、中々の接戦だったようだ。
そしてすぐに子供の部の決勝戦が始まった。決勝の相手はヘクターという男の子で、昨日ルーナと当たればラッキーなんて言っていた不届き者だ。覚えている。
ヘクターはルーナと当たればラッキーなんて言っていた癖に、大して強くなかった。昨日の男の子たちと同じタイプだ。角を取られると不利になるのは分かっているようだが、それだけだ。何も考えずに取れるところを取っていく。ルーナが出場していなければ優勝はケイティだっただろうなと思う。石を置ける場所が無くなって来ても、ルーナが弱すぎて石が少ないせいだとでも思っていそうな笑みを浮かべている。すぐにその立場は逆転し、決勝戦もルーナの圧勝だった。
「優勝したよ!」
対戦のお礼を済ませ、後ろで観戦していた大人たちに報告する。
「ああ、おめでとう。」
「やっぱ楽勝だったな。」
「君が勝つと思っていたよ。」
皆最初からルーナが勝つと思ってくれていたようだ。だよね、って感じでちょっと感動が薄い。
「そういえばフェルナンドさんはまだ来てないの?」
フェルナンドさんとはここで合流する予定だったのだ。
「ああ、セリーナのクロシェットが美味しすぎて店が忙しいのかもしれないな。私が戻れば合流できるだろう。」
最終日の今日も女将さんのクロシェットは人気で、沢山の人が来ているらしい。
「後で一旦宿に戻るか。」
「うん。」
アイザックさんの決勝戦を見届けてから、先にクロシェットの大会の投票に行く。投票が16時までなのだ。リバーシの大会は15時頃には終わるので丁度いい。その後で一旦宿に戻ることになった。
今後の予定を話し合っていると、学生の部が終わった。次はアイザックさんの決勝戦だ。
「アイザックさん頑張ってください!」
「ああ、今日は宿でお祝いだ。」
決勝戦でもアイザックさんは余裕そうだ。ルーナたちはアイザックさんの後ろで観戦する。やはり大人の部は皆頭を使ってくるので、子供の部のように簡単にはいかないようだ。
終盤になってやっとルーナにもアイザックさんの勝ちが見えてきた。アイザックさんはきっと何手も先を読んでこうなるようにしたんだろうな。
こうして大人の部の勝敗も決まり、アイザックさんが優勝した。
「おめでとうございます!今日はお祝いですね!」
「ああ、当然だ。表彰式が終わったら宿でお祝いしよう。」
宿にはもう美味しいお酒が用意されているらしい。会場を出ると、セリーナさんも一緒にお祝いできるように、ルーナたちは広場の投票所へと向かった。
投票所では、クロシェットを買った時にもらえる、作った人の名前を書いた紙を渡して投票する。一人三票までで、同じ人には一票しか投票できない。ルーナも女将さんと、他に美味しかったと思った二人に投票した。
今日は投票所が何ヶ所か設置されている。隣の投票所はベストカップルを選ぶ投票らしい。どこがそんなことやってるのかと思ったら、ティアの家の商会だった。選ばれるとペアの腕輪が贈られるそうだ。
そういえば⋯、ティアの家は宝石類を売っているって言ってたな。いい宣伝なのかもしれない。
ルーナたちは投票所を後にして、宿へと向かった。宿の前では女将さんが一人でクロシェットを売っている。フェルナンドさんは中かな?
そう思った時だった。ブワッと突風が吹いて、直後にジェイドがルーナを守るように覆い隠した。
「何!?」
自然に起こった風じゃない。誰かの魔術がルーナたちを狙ったのだ。
「なんのつもりだい?」
「防がれてしまいましたか。さすがマーリンさんです。」
ジェイドに隠されていて見えないが、フェルナンドさんの声だ。どういうこと?
「フェルナンド?どういうことだ?」
「おい、なんだ?今のは冗談じゃ済まされねぇ。ばぁさんいなかったら全員首飛んでたぞ。」
アイザックさんとジェイドも困惑している様子だ。ジェイドは他にも敵がいないか警戒しているようで、周りを気にしている。
「全員殺すつもりでしたからね。まさか不意打ちでも防がれるとは思いませんでした。」
いつも通りの優しい口調で、フェルナンドさんの口から出たとは思えない言葉が出てくる。
「お前⋯フェルナンドだよな?何言ってんだ?」
「なっ⋯なにを⋯」
アイザックさんは続く言葉を失っている。
今どういう状況?フェルナンドさんなんだよね?
「はぁ、これで無理なら俺に勝ち目はありませんね。」
全てを諦めたような、何か嫌な予感のする言い方だった。
「おいフェルナンド!!」
そうジェイドが叫んで、ルーナの頭を覆っていた手が離れた。
そして、振り向いたルーナの目に映ったのは、首から血を流すフェルナンドさんの姿と、それを取り押さえているおばあちゃんの姿だった。生きてはいるようだ。おばあちゃんが治療したのかもしれない。
「フェルナンド!おい、何が起きている!」
アイザックさんもわけが分からないようだ。たぶんおばあちゃんが転移して取り押さえたのだろう。ジェイドは手を伸ばしたまま驚愕したように固まっていた。
そして、おばあちゃんが何か一瞬強力な魔力を放った。離れた位置からルーナでも感じられるほどの魔力だ。何をしたのか分からなかったが、フェルナンドさんが気を失った。
「ばぁさん⋯」
「大丈夫だ。気を失っているだけだ。話は宿の中でしよう。人が集まってきそうだからね。」
その後、ずっと抱きかかえていたルーナを下ろし、ジェイドがフェルナンドさんを肩に担いで宿に連れて帰った。クロシェットの販売所からは、幸いフェルナンドさんの姿は見えていなかったようだったが、何かが起きていたことは分かったようで、運ばれてきたフェルナンドさんを見るなり、心配そうに女将さんが駆け寄ってきた。
「フェルナンド!」
「大丈夫だセリーナ。生きているよ。俺にも何が何だかよく分からなかったのだが、マーリンさんが中で説明してくれるそうだ。一緒に行こう。」
アイザックさんが女将さんを宥めて落ち着かせるように、そっと手を伸ばし肩を抱き寄せた。
一先ず全員で宿の中に入り、ジェイドがフェルナンドさんを自分の部屋のベッドに寝かせにいった。
そして、食堂に皆が集まったのを確認し、おばあちゃんが説明を始めた。
「順に話す。まず初めに、宿に帰っている途中で私たちはいきなり攻撃を受けた。的確に首筋を狙った攻撃だ。飛んできたのは無数の風の刃で、こちらも咄嗟に風魔術を放ってかき消した。中々の腕だがいったい誰の仕業かいと思って敵の姿を確認したら、そこに居たのはフェルナンドだったんだ。」
「まさか⋯」
女将さんは信じられないようだ。目を見開いて言葉を詰まらせている。
「まあ最後まで聞きな。それから私に敵わないと思ったあいつは、自分の首を切って自害しようとしたんだ。とりあえず私はそれを途中で止めて治療した。命に別状はないから女将も安心しておくれ。」
おばあちゃんが顔色を悪くしてゆく女将さんを安心させるように優しくそう告げた。
「その時、治療するのに魔力を通して気づいた。フェルナンドが誰かに隷属させられているとね。それで、本来は術者本人が解くか、術者を殺すかしないと解けないのだが、強引に隷属を解除した。今はその影響で眠っている。目が覚めれば何が起きたか話が聞けるだろうさ。」
「隷属って⋯ファビエラと同じか?また勇者が関係しているのか?」
「そうなんだろうな。勇者しかいねぇだろ。」
どこまでも迷惑な勇者だ。優しいフェルナンドさんを隷属させて仲間を殺させようなんて悪辣だ。
「とりあえずフェルナンドが無事で安心したわ⋯。ありがとうマーリンさん。」
「ああ、俺からも感謝する。」
「感謝なんかいらないよ。勇者は私を狙ってきたのだろうからね。全く迷惑な話だよ。」
女将さんとアイザックさんは感謝しているようだが、おばあちゃんは渋い顔をしている。
「おばあちゃん、それっておばあちゃんのこと喋っちゃった人がいるってことだよね?」
「ああ、そうなるね。」
やはり、昨日のルーナの嫌な予感は当たっていたようだ。
「グレゴリオか⋯。どっちにしろすぐにフェルナンドのことはギルドに報告しないといけねぇ。今からちょっと行って報告がてら様子見てくる。」
そう言ってジェイドは膝に乗せていたルーナを下ろした。一人で行くつもりだろうか?ジェイドを一人で行かせたら危険な気がする。
「ジェイド連れてって。」
「あ?危ねぇだろ。グレゴリオは敵かもしれねぇ。フェルナンドみたいに隷属させられてる可能性だってある。おチビはばぁさんとここで待ってろ。」
ルーナに諭すようにそう告げると、ジェイドは立ち去ろうとする。だがそれはだめだとルーナの勘が言っているのだ。ルーナは追いかけてジェイドの服を引っ張った。
「占い師のおばさんがジェイドは私と一緒にいた方がいいって言ってたでしょ?一人で行ったらジェイドの方が危ないよ。」
真剣な顔で言ったが、ジェイドはやれやれとあえて面倒そうな素振りでルーナを引き剥がした。
「俺はハムタリアンと違って強いから大丈夫なんだ。」
そう言われてもすぐに引き下がるつもりはない。
「グレゴリオさんよりも?」
「⋯⋯⋯⋯。」
ルーナがそう聞くとジェイドは言葉を詰まらせて嫌そうな顔をした。
「仕方ないねぇ、それなら私がルーナを連れて一緒に行こう。それなら問題ないだろう?ジェイドが死んだらルーナが悲しむからね。」
おばあちゃんが来てくれるなら断る理由もないだろう。ルーナもそれならいいよね?とじっとジェイドを見つめて頷くのを待った。
「⋯⋯⋯わかった。⋯ちゃんとしっかり見てろよ。」
渋々といった感じで口元を歪めてジェイドは同行の許可を出した。
「誰に向かって言ってんだい?ルーナはうちの孫だ。」
「わかってる。」
ただひたすらルーナの心配をしてくれているだけなのだろう。ジェイドは案外心配性だなと思う。




