3.ヴェール町
3005年05月02日
目覚めるとまだ森の中だった。うっすらと漂う霧が、葉の隙間から差す木漏れ日に照らされきらきらと輝く。夜の不気味な雰囲気が嘘のようだ。
「おはよう。」
キュルルルルル⋯
「おはよう⋯。」
お腹が先に挨拶をする。そういえば昨日の晩ご飯途中までしか食べてない!
「ふっ、町に入ったらまず朝食にしよう。悪いが食べ物は持ってなくてね。」
そう言ってカップに魔術で出した水を注いで渡してくれる。
「うん、ありがとう。」
お礼を言ってグビグビと一気に飲み干すと空腹感も多少はマシになった。
「さて、ここからもう少し歩けばすぐに町だ。この辺りのは弱いが、魔物もいるから離れるんじゃないよ。」
歩きだしたおばあちゃんの横にぴったりついて歩く。途中で小さな蛇の魔物を見かけたが、おばあちゃんが何かしたのか慌てたように逃げていった。私には何も見えなかったけどおばあちゃん強ぇ。
暫く歩いていると森を抜けて、町を囲む塀が見えてきた。ルーナはティモロ町から出たことがなかったので初めて来た。町の名前はヴェール町と言うらしい。ティモロ町と同じく、狩猟や林業、農業などで生活している住民が多いがティモロ町より少し大きな町だ。
町の入口に近づくと、門番らしき防具を着けた男性がこちらに訝しげな目を向けてくる。
「見かけない顔だな、この町に来るのは初めてか?二人だけか?」
この辺り、近隣の町村同士の距離はそんなに近くない。朝早くに来たおばあちゃんと小さな子供の見かけない二人組なんてそりゃ珍しいよね。
「ああ二人だけさ。この子は初めてだが、私は一度来たことがある。かなり昔だがね、ははっ。あれは何年前だったか⋯、うーむ⋯」
おばあちゃんが顎に手を当てて考え込む。
「いや、いい。それよりお前らどこから来たんだ?」
門番が不思議そうな顔でルーナとおばあちゃんを見比べる。
「ティモロ町から山を越えてきたのさ。酷い目にあってね、はぁ⋯。この町で買い出しと、少し休息をとろうと思って寄ったんだ。」
おばあちゃんが山の方を指さして答える。
「ああなるほど。あの町の町長はクズだって噂で有名だからな。うちの町の方に来たのはあんたらだけだが、商人たちの噂じゃ山向こうの周辺の町村はティモロ町からの難民が多くて大変らしいな。お前らも大変だったな、ゆっくりしていってくれ。」
うんうんと納得顔で頷かれる。なんだか都合良く解釈してくれたようで助かるな⋯。それにしても⋯お父さんってこの辺りの有名人なんだね、悪い意味で。火事の噂が広まるのも時間の問題だな⋯。
町の中に入ると、建物の造りなど似た雰囲気も感じるが、ティモロ町よりも活気があるのが分かる。開いているパン屋さんとスープ屋さんがあったので朝食はパンとスープになった。硬いパンと野菜が入った薄い塩味の素朴なスープだ。屋敷で食べていたパンも硬かったからこれがこの世界ではスタンダードなのかも。ながーーーいルーナの人生、柔らかいパン作りは必須だね。スープにパンを浸して食べると、空腹なせいか美味しく感じる。空腹は最上の調味料だね!
朝食を終えると宿をとった。ベッドが一台置いてあるだけの小さな部屋で、1泊2食付きで1部屋小銀貨2枚だった。
この世界のお金は、鉄貨、銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、白金貨の7種類だ。鉄貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で小銀貨1枚と同価値だ。こんな風に鉄貨から白金貨まで価値が上がってゆく。休憩がてらおばあちゃんに教えてもらった。因みに先程食べた朝食のパンとスープはそれぞれ銅貨1枚ずつだった。それが安いのか高いのかはまだよく分からない。
少し宿の部屋で休憩すると、おばあちゃんと一緒に買い出しに出かけた。
まずは古着屋さんで私の服を買ってもらった。これからの旅用に動きやすい服を何着かと、靴も歩きやすく丈夫そうなブーツにした。鏡の前でポーズをとっていると、古着屋のお姉さんに可愛いと褒められた。私も我ながらそう思う!今の私、何着ても可愛い!おばあちゃんには痛いものでも見るような目で見られたが気にしない。
服の次は食料品。塩やスパイスなどの調味料に干し肉、乾燥させた果物など日持ちがする物を多めに買った。途中で猪肉の肉串と果実水を買ってお昼にした。猪肉は少し臭みが強く気になったが、果実水は甘酸っぱくて美味しかった。
宿に戻ると買ったものを整理してアイテムバッグに詰め直した。おばあちゃんが持っているアイテムバッグは、大きめの馬車一台分くらいの荷物が入るらしい。生きたものは入れられず、時間停止の機能はないそうだ。勇者パーティ時代に貰った物らしい。
その後はおばあちゃんに清浄の魔術をかけてもらって身体と服の汚れを落とした。いやー、魔術って便利だね!一瞬だもん!これは絶対に覚えなくては!何日も水で濡らした布で拭くだけなんて耐えられないよね。
「おばあちゃん!私も清浄の魔術覚えたい!」
「一番最初に覚えたい魔術がそれとは変わった子だね。」
たしかに。けどこれはなるべく早く習得したい。前世の記憶を思い出す前なら気にならなかったのだろうけど、宿のベッドの衛生状態が気になる!この宿のベッドはおばあちゃんにきれいにしてもらったけど、今後もずっとおばあちゃんに頼りきりという訳にはいかない。
「これ難しい?」
「そんなに難しい魔術じゃないが、まずは基礎からだね。魔力を知覚できるようにならなきゃ魔術は使えないよ。」
そう言うとおばあちゃんは私の手をとった。
「今私の魔力をルーナに流している。何か感じるかい?」
⋯⋯⋯⋯。
集中すると少しずつ手からじわじわ何かが入ってくる感触がある。
「ちょっとだけ感じる。」
「それが私の魔力だ。じゃあ、その魔力を押し返すように流れている自分の魔力は感じられるかい?」
⋯⋯⋯⋯。
「んー⋯よく分からない。」
ルーナが顔を顰める。
「小さい子供のうちは魔力が少なくて感じづらいのさ。だが意識していればだんだん分かるようになるはずだから地味に頑張ることだね。」
そんな簡単にはいかないかぁ⋯
夕食の時間まで頑張ったが、自分の魔力は分からなかった。
夕食は1階の食堂で食べる。ここは宿に泊まっていなくても利用できるようで賑わっている。メニューはお馴染みの硬いパンと、野菜のスープ、魔兎の肉の香草焼きだ。ここの野菜スープはスパイスが効いていて美味しい。魔兎の肉も柔らかくて香草の風味も良く美味しかった。
まだ少し早かったが、部屋に戻るとすぐに眠くなった。
「ゆっくりおやすみ。朝まで起きるんじゃないよ。」
◆◆◆◆◆
ティモロ町の集会所、話し合いが行われていた。
「燃えた屋敷の片付けは進んでるかしら?」
「ああ、かなりの人数が手伝ってくれたんで大分片付いた」
「証拠は残らなそうね。」
「そっちは大丈夫だ⋯、だが気になることがある⋯。」
「気になることってなによ。」
「死体の数が足りない。三体分しか見つからないんだ。」
「夕食前には全員屋敷にいたわよ。お祖母様以外は確実に床で倒れてたはずだし、屋敷が燃えてからは他の住民達も屋敷の周りを囲んでたから、誰か出てくれば気づいたはずだけど⋯。」
「ああ⋯。見つかった死体は予定通りきれいに骨だけになってた。大きいのと子供のは町長と長女の死体で間違いないだろう。もう一体は大人の骨だがばあさんのじゃないだろう。あとの二体は欠片も見つからないんだ。おかしくないか?」
「生きてるかもしれないのね⋯。毒を盛ったのが私なのはバレてるでしょうから⋯念の為ほとぼりが冷めるまで難民に混じって西の村にでも逃げることにするわ⋯。」
「ああ、お前はその方がいいかもしれないな。気をつけろよ。」
「わかったわ。早い方がいいでしょうから、夜が明けたら出発するわ。」
「了解。じゃあ今日はもう解散しよう。」
二人は別れてそれぞれ帰途についた。
◆◆◆◆◆
面倒なことになったわね⋯生きているとは思えないけど⋯。
!!
「⋯誰かいるの?」
誰かに腕を捕まれ、一瞬の浮遊感の後瞬きの間に知らない部屋にいた。
「なん⋯で、生きてるの?⋯ここはどこ?」
「ここは屋敷の地下室さ。私は昔賢者って呼ばれててね、こうやって転移魔術も使えるんだ。まさかエレノアさん、あんたがルーナまで殺そうとするなんてね。」
エレノアはガタガタ震えながら後退る。
「⋯ごめんなさい。許して⋯くだ、さい⋯。」
壁際まで後退し、口をハクハクさせている。
「悪いが消えてもらうよ。どうやら私とルーナが生きてるのもバレてるみたいだしね。死んでると思われている方が都合がいい。」
エレノアの膝から力が抜け、ずるずると床に崩れ落ちた。
「や⋯、やめて!」
「乾砂」
エレノアがミイラのようになってゆき、そして床に砂の山だけが残った。




