2.万能薬
3005年05月01日
「万能薬⋯って何?」
ルーナがポカンとした顔で尋ねる。
「万能薬ってのは、猛毒で死にかけてようが手足がちぎれてようが、なんでも治す最上級の回復薬のことさ。」
ふふんと口の端を上げ、得意そうにおばあちゃんが教えてくれる。
「凄い!!!それで他の皆は治せないの?」
物心ついてから、食事の時に同席するくらいしか両親や姉との関わりがない。ほとんど母や姉の買い物の話や、ルーナが連れていってもらえないお出かけの話ばかりしているので、いつもルーナは空気だ。正直家族という感覚も薄く、居なくなったことに寂しさや悲しさはあまり感じないが、治せるのなら治った方が良い。身勝手に振る舞う両親と姉に良い感情は持っていなかったが、死んで欲しいとまでは思っていない。
「それは無理だね。生きてりゃ何でも治すが、一度死んだ物を生き返らせることはできない。それにこれは物凄く希少な薬で、ルーナに飲ませた分以外この世に存在するかどうかも分からない。あるとしてもどこかの国の宝物庫に一本あるかどうかってところさ。」
そう言いながらおばあちゃんがつまんだ空の薬瓶を振る。
「そっか。」
ルーナの顔色がだんだんと青褪めてくる。
「ど、ど、どどうしよう⋯⋯、国の宝物庫にあるような薬⋯⋯飲んじゃった⋯。」
万能薬は錬成するのが難しいのは勿論、素材自体が数百年、数千年に一度しか手に入らないような代物らしい。特に、素材の一つの『魔王の心臓』は入手難易度が高い。
この世界には魔王が存在する。魔王は倒されると、倒された時点で新たに魔力の強い者が魔王となる。その魔王のなかでも力をつけ、『真なる魔王』となった者の心臓でなくては万能薬は作れない。
そして、いくら倒しても魔王自体がこの世界からいなくなることはないので、人間側も積極的に人間の領域を侵すような魔王でなければ態々討伐する必要がなく、数千年君臨し続けることもある。真なる魔王になれるような者は、人間側にも都合の良い魔王の場合が多い。そのため、素材が手に入る機会は本当に稀なのだ。
それにしても⋯
「どうしておばあちゃんは万能薬なんて持ってたの!?」
とてもこんな片田舎の町の町長の家で手に入れられる代物じゃない。
「それは私が作ったからだよ。この話をすると長くなるから今は手短に話す。昔、千年以上君臨していた先代の魔王を倒した勇者のパーティにいてね、私は賢者って呼ばれてたんだ。たまたま全ての素材が手に入ったから好奇心で作ってみたら出来ちゃったのさ。流石賢者様だろぉ?本当に万能薬なんて幻のような物が出来上がるのかは半信半疑だったから驚いたね。」
物凄いドヤ顔だ。
「勇者とか賢者って御伽噺だと思ってた!おばあちゃんってすご人だったんだね!」
「まあね、でも私が賢者だってことは他の人には内緒だよ。家族にも町の人にも言ってない。死んだ爺さんにだって言ってなかったんだ。」
おばあちゃんが人差し指を唇の前に立てて言うのでうんうん頷く。おじいちゃんにまで内緒にしてたなんてどうしてだろう?
「それと、これは飲んだことのある人間なんて会ったことないから絶対ではないのだけども⋯。」
「うん、なーに?」
「ルーナは普通の人間よりだいぶ長生きするかもしれない。いや、ほぼ確実に長生きするな。そうなると身体の成長もゆっくりになる。」
んー、いいこと?悪いこと?嬉しいような困るような⋯。
とんでもない情報ばかりで思考が追いつかない。とても自分の身に起きていることだとは思えないのだ。
「⋯⋯⋯それって⋯、どれくらい?」
息を飲んで尋ねる。なんだか自分の心臓の鼓動がうるさい。
「不老不死になるなんて噂もある⋯⋯が、不死だって言うなら今でも飲んだやつが生きてなきゃおかしくなる。不死は流石にただの噂だろう。」
少しの間その場で硬直する。驚かさないでほしい。
「錬成方法が載っていた文献には、残りの寿命が五、六倍延びるのではないか、と書いてあった。老衰で死にそうな女王様が飲んだ時は、一年ちょっとしか生きられなかったそうだ。」
「へ、へぇぇ。」
それって若ければ若いだけ寿命が長くなるってことだよね!?
それと⋯、なんだかおばあちゃんがニヤニヤして珍しく楽しそうだ⋯。私が困惑してるの見て面白がってない!?こっちはそれどころじゃないのに!!
「ルーナはまだ5歳で⋯70歳くらいまで生きるはずだったとしたら、あと3、400年生きることになるかもしれないね。成人までは後5、60年ってところか!はっはっは!私が賢者ならルーナは大賢者になれるな!!」
おばあちゃんが意地悪そうな顔をして愉しそうに笑う。
「いやア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!大人になるまでそんなにかかるなんて!!嫌だっ!聞いてない!!大きくなれる薬はないの!?」
涙目になりながら頭を抱えて叫ぶ。
そんな長い間小さいままなんて嫌だぁ!
「ふっ、そんなもんないね。」
絶望に身体をプルプル震わせる。
「早く美人なお姉さんになって、結婚してお嫁さんになって、かっこいい旦那さんと仲良く幸せに暮らす予定だったのにー!!⋯⋯⋯あ。」
そう叫んだ瞬間ふっと頭の中で走馬灯のように情景が浮かんだ。白い壁紙の物が沢山ある部屋、並ぶ高い建物、夜でも明るい路、三人の女性と沢山の食べ物や飲み物を囲んでいる光景、⋯ソファーの上で片手に持った光る板⋯、スマホだ!スマホで見てるこれは⋯、漫画!!○○君と○○ちゃんが、とか○○君と○○君もあり!とか妄想してたなぁ、懐かしい。そうだそうだ、思い出した!これは私の記憶だ!前世で社会人だった頃の記憶。なんで忘れてたんだろう?
「叫んだりぼーっとしたりいきなりどうしたんだい?」
おばあちゃんが不思議そうに尋ねる。
「おばあちゃん⋯。」
顔を上げ、真剣そうな顔を作って言う。
「私、大人だったみたい!!」
「はぁ?何言ってるのさ急に、ルーナはまだまだまだまだ子供だよ。」
呆れたような顔で流された。それとまだが多い!
まぁ事実だ。ソウデスヨネ、何言ってんだこいつって思いますよね。でもさ、一番戸惑ってるのは私だと思う。急に思い出したんだもん!前世の記憶!
これも万能薬の力で私の魂に残ってた記憶も修復された、とかなのかな?死んだ記憶はないけど寝てる間にルーナになった?死んだ記憶がないだけ?ま、考えても分からないから置いておこう。
前世の私は日本人で、毎日漫画やラノベを読み耽る一人暮らしのアラサー女だった。まさか自分が異世界転生する日が来るとは⋯。
暫く一人で思考に耽っていると、おばあちゃんが咳払いをする。
「子供を大人にする薬はないが⋯⋯周りの人間から大人の姿に見えるようにすることは魔術を使えばできる。頑張って沢山魔術の勉強と練習をしないといけないがね、どうだい?」
腕を組み、顎に手を当てニヤリとしながら提案する。
魔術!異世界といったらこれを習得しなくてどうする!
「やる!やります!覚えます!教えてくださいお願いします!!」
目を輝かせおばあちゃんに詰め寄る。
魔術があるのが当たり前の世界で生まれ育った今までのルーナとは違う。前世の魔術のない世界で生きた記憶を思い出した私はやる気満々だ。やっぱり魔術って憧れるよね!オラ、ワクワクすっぞ!後で時間ができたら前世の世界のやりたい魔法技リストでも作ろう、ふふふ。
「やる気になってくれたようで嬉しいね。ルーナにやる気があるならこの賢者マーリンの全てを教え込んでやるよ。」
ぉぉおおおお!!賢者様直伝の魔術!楽しみ!!
今までのルーナの記憶の中でも、小さな火を起こす魔術、水を出す魔術などの生活魔術は見たことがあった。これらの魔術は大人なら大体誰でも使える。
けど⋯、賢者様の魔術⋯⋯。
転移魔術は勿論覚えたいし、異世界で定番なのだとアイテムボックスとか召喚魔術とか?鑑定はあったら私が鑑定されると困るんじゃないか?あ、飛行魔術もいいな!夢が広がりますな⋯、むふふふ⋯。
「ありがとうおばあちゃん!頑張る!」
「今日からルーナは私の弟子だ。」
「はいっ!よろしくお願いします!!」
「さてと、ちょっと外の様子でも見てこようかね。」
手をパチンと叩いてそう言いながらおばあちゃんが立ち上がった。
「大丈夫?危険じゃないの?」
この地下室には結界が張られているらしく、防音効果もあり外の様子が分からない。
「幻術の魔法で姿を隠して行くから問題ないさ。この町に見破れる魔術師なんていないからね。すぐに戻ってくるからルーナはここで待ってておくれ。絶対にここから出てはいけないよ。」
「わかった。気をつけてね。」
私の頭を片手でポンポンとすると転移魔術を使って消えていった。
これが転移魔術かぁ!!一瞬だったなぁ。詠唱必要ないんだね!ふむふむ⋯「深淵の底に眠りし漆黒の炎よ――」とか「我が呼び声に応えし天上の輝きよ――」とか恥ずかしい詠唱唱えなくていいのは非常にありがたい!
おばあちゃんを待ってる間暇だったので棚に積んであった本を読んでみた。
うーむ⋯ まだ読めない単語が多いな⋯。
もっと勉強頑張っとけばよかった、と思ったけど5歳児ならこんなもんか。
なんとか読めそうな本を探してページを捲っているとおばあちゃんが帰ってきた。
「おかえり、外どうだった?」
「はぁ、酷かった。この町にはもういられなさそうだ。」
と言うとこの屋敷が町の住民達に囲まれ、火や石を投げ入れられていたことを教えてくれた。
「火が消えたらこの地下室の入口も見つかるかもしれないから火が消える前にここを出るよ。」
おばあちゃんが鞄に次々と荷物を詰めてゆく。
もしかしてあれはアイテムバック!?後で聞いてみよう。私の私物は全部燃えちゃったので持っていける物はない。服はボロボロなので地下室にあった布と紐でワンピースみたいにして着た。
「ここを出たらどこに行くの?」
気になったので聞いてみる。
「落ち着く場所はまだ決めちゃいないが、とりあえず山を越えたところの町で必要な物を揃えるよ。ルーナの着替えもないだろう?」
「うん。」
「山の向こう側まで転移で行くよ。準備ができたらこっちにおいで。」
荷物を詰め終わったらしいおばあちゃんがルーナに向かって手招きする。初転移!緊張する!!
「じゃ、行くよ。」
おばあちゃんに手を繋がれると一瞬の浮遊感があって、目を瞑った間に周りの景色が変わっていた。辺りは暗く、木々が生い茂っていてざわざわと風で木の葉の擦れる音が不気味に響いて聞こえる。ルーナは怖くなっておばあちゃんにすっと縋り付いた。
「ふっ、それじゃ歩けないじゃないか。仕方ないねぇ、ほら乗りな。」
そう言うと背中におぶってくれた。鼻で笑われたが怖いものは怖いのだ。
「森を抜けたら町がある。だが朝まで町には入れないから途中で休憩するよ。」
「わかった。」
おばあちゃんの背で揺れているといつの間にか眠っていた。




