1.プロローグ
「燃えちまえーーー!!!」
パリーン!
「早く地獄に落ちろー!」
「さっさと死んじまえ!」
「ファイヤーボール!!」
ガシャーン!
「お前のせいでうちの娘は死んだんだ!」
グランディール帝国南部の小さな寂れた田舎町、ティモロ町。夜の闇の中、町の奥の立派な屋敷が炎に包まれ燃えている。周りを囲む人々から罵詈雑言を浴びせられ、石を投げつけられ、さらには火炎魔術を放つ者までいる。
その屋敷の地下、部屋の中央にある調合台の上に小さな少女が寝かされている。傷のない透き通るような白い肌に、腰の辺りまで真っ直ぐに伸びた艶のある黒髪が美しい。しかし、着ている服は半分くらいが焼け焦げ穴が開き、血にまみれている。
長い睫毛を瞬かせ、少女が目を覚ます。まだ眠たそうにぼんやりと薄く開いた瞼の隙間から、これまた神秘的で美しい深海の宝石のような瑠璃色の瞳を覗かせる。
「おやルーナ、やっと目が覚めたかい?」
うぅ⋯、背中が痛い⋯。
⋯⋯どこだろう?見たことない場所⋯。
「⋯ん、おばあちゃん?⋯おはよう、ここ、どこ?」
なんだか今までとても長い間、違う世界のような場所にいた気がする。
夢でも見てたのかな⋯?よく分からない⋯。
けど!おばあちゃんがいるってことはここは現実だね。
おばあちゃんにいつも通りの機嫌の悪そうな顔で声を掛けられ、急激に現実に引き戻された感覚になる。
ふふ、この顔見るとなんだかほっとするな⋯。
おばあちゃんはいつも、眉間に皺を寄せているせいか機嫌が悪そうに見える⋯、というか実際いつも機嫌が悪いのだろう。普段から毎日お母さんと嫌味の言い合いをしているか、お姉ちゃんを叱りつけているか、お父さんに延々と小言を言っているか、そんな姿ばかりしか見ない。唯一ルーナに対してだけはいつも優しいおばあちゃんだ。長々と愚痴を聞かせてくるのは面倒臭いが⋯。
「ここは屋敷の地下室だよ。私の秘密の地下室さ。私があいつらから離れて息抜きできる大事な場所だよ。」
「へぇ、秘密基地だね!」
探しても探しても見つからない時があるから不思議だったんだよね、なーんだこんな所にいたのかー。
少し薬のようなツンとした匂いがする薄暗い部屋。部屋の中を見回すと、調合用の器具、不気味な角、乾燥させた植物、本、よく分からない記号が並んだ紙、他にも沢山物が散らかった乱雑な部屋だ。ルーナが寝かされていた調合台の上しかきれいな場所がない。
調合台か⋯、道理で背中が痛いと思ったよ⋯。それにしても、何故こんな所に?私何してたっけ?
「はぁ、ルーナが無事で本当に良かったよ。痛むところはないかい?なかなか目が覚めないから心配したよ。何があったかは覚えているのかい?」
おばあちゃんがとても心配そうに私を見ている。
「えっと、大丈夫だよ。⋯⋯今日は⋯、午前中に家政婦のエレノアさんと山菜採りに行って⋯、午後はお昼寝してから文字のお勉強をして⋯、あとはお風呂に入っていつも通り皆で晩ご飯を食べて⋯⋯、うーん、あれ?⋯⋯そうだった!途中でお父さんがいきなり苦しそうになって倒れたの!その後お母さんも、私も⋯、急に苦しくなって⋯、後は覚えてない⋯。他の皆はどうしたの?おばあちゃん知ってる?」
⋯私、もう死ぬんだと思った⋯。
目の前で家族が倒れてゆく光景を見ながら自分も苦しみ倒れた恐怖を思い出し、涙が溢れてきた。
「どうやら食事に毒が盛られていたみたいだね。ちっ、⋯いつかこんな日が来るんじゃないかとは思ってたよ。バカ息子夫婦は自業自得だ。あいつらの影響で我儘に育っちまったローレンも可哀想だが、しかし⋯、ルーナまで巻き込みやがったのは許せないね。あぁ、こんな話を小さな子供にしなきゃならない事にも腹が立つよ。」
おばあちゃんが静かに怒りの籠った声で話す。ローレンは私の5歳年上のお姉ちゃんだ。
「私は大丈夫だよ。だから話して?何があったか知りたい。」
鼻を啜り、手で涙を拭いながら話を促す。怒っているおばあちゃんを見たらそっちの方が心配になって涙が引いてきた。
「言いにくいんだが⋯、ルーナ以外皆死んだ。家政婦は見てないから知らないが⋯、たぶん毒を盛ったのはあの女だろうから逃げただろうさ。それと、屋敷も燃えてる。あぁ、この部屋だけは安全だから安心しとくれ。」
えっ!?
「エレノアさんがか⋯。怖かったしびっくりだけど⋯おばあちゃんがいるなら大丈夫。大好きなのおばあちゃんだけだし⋯。」
可愛がって面倒を見てくれていたのはおばあちゃんだけだ。他の家族が死んだことはどこか他人事のように感じている。エレノアさんがルーナのことまで殺そうとしたことだけは少し悲しいと思った。
「そうかい⋯。」
おばあちゃんは一瞬だけ目を伏せて悲しそうな表情をしたが、すぐに微笑んでルーナの頭を優しく撫でてくれる。
「それで、おばあちゃんが私のことを助けてくれたの?」
「あぁ、そうだ。」
おばあちゃんが一緒の食事の席にいると、両親達と喧嘩になってゆっくり食べられないため、私達とは別々に食べている。そのお陰で毒を盛られた食事を食べずにすんだそうだ。
「私は毒にも耐性があるからあの程度の毒ならなんともないがね。」
へ?
「あの時は自室で本を読んでいたんだが、突然屋敷で爆発が起きたんで様子を見に行ったのさ。この時間は夕食を食べている頃だと思ってね。そしたら皆血塗れで火傷を負った酷い状態で床に転がってたんだ。」
死にかけている自分の姿を想像し、両腕で肩を抱きながら顔を引き攣らせ困惑する。
「ひぇっ⋯、私それでよく生きてるね⋯。」
おばあちゃんはひとつ頷いて話を続ける。
「こりゃ助けられても一人が精一杯だと思って、それでルーナを抱えて慌ててこの部屋に転移してきたのさ。」
ルーナが大きく首を傾げる。転移?揶揄われてる?
「んもーっ!!おばあちゃんこんなときに冗談言わないでよ!びっくりしたでしょ!よく見たら服はボロボロなのに全然傷も残ってないし、血塗れだったなんて嘘でしょ?」
ペシッ!と調合台を掌で叩き、口を尖らせて抗議する。
「ふふふ、それは万能薬を飲ませたからさ。転移魔術も本当だ。私はちょっとばかし魔術とお薬作りは得意なんだよ。」




